初めての東京ミッドタウン

昨日の夜、東京ミッドタウンの「リッツ・カールトン」で、第1回 DREAMGATE AWARD(35才以下の起業家表彰制度)の表彰式とパーティが開催された。インタースコープ時代にドリームゲートの仕事(リサーチ関連)をさせて頂いたり、かばん持ちインターンを受け入れたり、ブログを書いたりしていたことで、お招きいただいた。

インタースコープを退任した後は、同社とは関係が無かったが、代表の松谷さんがネットで僕の所在をつきとめて招待状を送ってくれた。とても嬉しかった。

起業家の表彰制度としては、第2回目の時に僕もセミ・ファイナリストにノミネートいただいた「EOY(Entrepreneur of the Year) Japan」なるものがある。ドリームゲイトは、EOYにとってのコンペティターということになる。起業家なりベンチャー企業の輩出が必要だという、社会的認識が高まっているということだろう。

記念すべき第1回のアワードでは、30人の起業家がノミネートされ、その中からエスグラントコーポレーションの杉本さん、リサイクルワンの木南さんら、オイシックスの高島さん等、今を代表する若手起業家「7人」の方が受賞された。

昨日の表彰式とパーティに参加させていただき印象に残ったことは2つあった。

ひとつは、審査委員を代表してのブックオフ創業者の坂本さんの挨拶。

僕の記憶では、坂本さんは50歳で起業された方で現在65歳ぐらいだったと思う。50歳で起業されたということだけで凄い。

その坂本さんが古本屋を始めた時、銀行は融資をしてくれなかったし、店舗を出そうとマンションやアパートを当たっても、イメージが悪いとして、貸してもらえなかったらしい。その上、150万円を払い、リクルートの就職情報(当時)に採用広告を出したところ、ひとりも応募が無かったという。そのような苦労を乗り越えて、今日のブックオフを築いて来られたという話にとても感動したと同時に、勇気を頂いた。

ふたつめは、オプトの鉢嶺氏(ハチ)との会話。パーティの席でハチの方から僕の姿を見つけて話しかけてきてくれて、お互いの近況について話しをした。

彼とは12~13年の付き合いになるが、お互いに苦労をしていた(僕は今でもしているが)時代を知っているだけに、今や年商300億円企業の社長になった彼には、畏敬の念すら覚える。本当に素晴らしい人だ。

そのハチが2005年の秋、灘高に講演に行った際に、100人ぐらいの生徒たちの中で、将来のなりたい職業を尋ねたところ、なんと49人が「起業したい」と答えたそうだ(授賞式の際のスピーチでの話し)。それは、誰の影響かと質問したところ、堀江さんと三木谷さんの影響だったらしい。講演が「半年後」だったら、ひょっとしたら全く違った反応だったかもしれないと、ハチは言っていた。

たしかに、最近の「起業家」なり「ベンチャー企業」に対する社会的評価は一時期とかなり変わってきているとのを感じる。要するに、起業家といわれる人達の「生き方」が問われているのだと思う。

良い刺激を頂いた夜だった。

30代の記憶。

「30代」は自分の中ではそう遠くない記憶のつもりだが、先月末で44才。もう40代も半ば、50才まであと6年である。

「人生は短い」。35才の時にそう思ってから9年が過ぎた。時の経つのは本当に速い。

さて、先週の土曜日は、リフレクトの佐藤裕氏と2人で千葉県富津市竹岡というところにある「随縁カントリークラブ」に行った。内房の海沿いの小高い丘の上に立つゴルフ場で、天気もよく絶景が楽しめた。東京湾を一望でき、対岸の久里浜辺りがはっきりと見えた。

久里浜には、義理の両親が住んでいた。義理(妻方)の兄夫婦が買ったマンションに両親が住み、大田区の東雪谷にある実家に兄夫婦が住んでいた。

両親が住んでいたマンションは久里浜海岸沿いあり、毎年8月に開催される花火大会の時は、絶好の花火鑑賞スポットだった。妻の誕生日が8月ということもあり、毎年それに合わせて泊まりに行っていた。

久里浜から対岸の金谷港まではフェリーで繋がっており、レンタカーを借りて、館山にあるアクシオン館山というリーズナブルなリゾートホテルに何度か泊まりに行った。貧乏だった僕らの年に1度の楽しみだった。

僕は31才の時に結婚し、39才の時に妻の両親が亡くなった。母が8月、父が12月だった。僕の30代は、妻の両親と過ごした時間でもあった。

話しをゴルフ場に戻すと、最初の5ホールこそ調子が良かったが、強い海風の影響で6ホール目から崩れてしまい、久しぶりに「三桁」を叩いた。

ラウンド後に風呂に入ると、ガラス越しに東京湾が一望でき、立ち上がると正面に久里浜の辺りが見えた。

僕にとっての30代は「辛い時期」だった。特に、30代の半ばは、起業したはいいものの鳴かず飛ばずで、その先の人生に対する展望が開けなかった。当時は、そんなことを考える余裕すらなかったが、今になって振り返ってみると、義理の両親との交流は、先が見えずに経済的にも厳しかった僕にとっての「精神的な緩衝材」になっていたような気がする。

当たり前の話であるが、あの頃には二度と戻れないし、妻の両親と話をすることも叶わない。

僕にとっては大切な「記憶」である。

株主からの手紙。

僕のブログを読んで下さっている方々の中で、ハイパーネット創業者の板倉さんをご存知の方はどれぐらいいるだろうか?残念なことにハイパーネットは倒産してしまったが、板倉さんは非常に頭脳明晰な方だ。

その板倉さんが、株主として、ドリームインキュベータ創業者で代表取締役会長の堀さん宛てに書いた手紙への返事を、板倉さんの了承のもと、板倉さんの手紙と共に同社のウェブサイトで公開している。

倉さんが堀さん宛ての手紙でなされている指摘と提案は示唆に富んでおり、株式会社としての在るべき姿を考える上で、とても参考になる内容だった。ご関心のある方は、一読されることを薦めしたい。

ところで、ドリームビジョンは、約半分が外部の株主だ。未公開ではあるが、今のステージと体力に妥当な範囲で株主に対するディスクロージャーを行っており、今年1月末には、昨年度のレビューと今期の計画案についての「株主報告会」を行った。海外にいる方を除き、多くの方が出席してくれた。

ここ最近の僕は、会計年度ではなく、実質的なスタートから1年が経ったこと、3月から派遣社員の方々を採用したこと、4月から新しいスタッフが合流したこと、そして、連休明けからもうひとりが合流することもあり、小さな会社ながら、これからどのように経営していくべきか?について、日々、考えている���株主に対する姿勢(考え方)も、大きなテーマのひとつである。

そんな僕にとって、板倉さんの手紙はとても示唆に富んでいた。

人生は設計できるものではない。

日経ビジネスオンラインに、「人生は設計できるものではない」というタイトルの宋文州さんのコラムが掲載されていた。彼とは同い年で、また、彼の「生き方」に惹かれていることもあり、いつも興味深く読んでいる。

僕の「自作の座右の銘」のひとつは「人生はすべて必然」であるが、「人生は設計できるものではない」というのは、そのとおりだと思う。

以前にもこのブログに書いたことがあるが、米国ワシントン州立大学のある方が、世界的に著名な起業家から売上が数百億円規模の会社の起業家を含めて20人(だったと思う)をインタビューした結果、誰一人として最初から今のビジネスをしようと思っていた人はいないというレポートを書いており、そのことを「Given Means(その時にに与えられていた材料での発想)」と称している。

恐らく、孫さんにしても、最初から携帯電話の事業をやろうとは思っていなかっただろうし、Yahoo! という会社が現れることを予期していたわけではないだろう。

僕にしても、1991年に商法改正がなければ会社は創らなかっただろうし、山川さんと出会わなかったらインタースコープは立ち上げていなかっただろうし、山川さんが田部さんをインタースコープに誘わなかったら、安田がインタースコープでインターンをしていなかったら、僕はドリームビジョンを立ち上げていなかったかもしれない。

そもそも、中高生の頃は、ミュージシャンになりたいと思っていた。

そうして考えると、偶然という「幸運」に感謝せずにはいられない。

また、すべては極めて「不確実」であることを考えると、とても怖くもなる。

目の前を通り過ぎる「偶然」をどう判断し、どんな行動をするのかにより、人生は大きく異なっていくと思う。

その意味で、自分の「選択」の「結果」が今の自分であると考えると、すべては「必然」とも言える。

宋さんのコラムを読んで、久しぶりに鳥肌が立った。

追伸:ドラッカーは、「変化はコントロールできない。出来るのは先頭に立つことだけだ」と言っているそうである。不勉強な僕は、江副さんの本を読んでそのことを知った。

社長面接。

人材紹介のビジネスとして、ベンチャー企業の社長(経営者)にキャンディデイトを引き合わせることがある。

その際は、僕も必ず同席させて頂いている。そうすることで、その会社とキャンディデイト双方に対する理解が深まると共に、何より僕自身がとても勉強になる。同じ経営者として、人材に対する判断基準や質問の視点など学ばせて頂くことが多い。

また、このビジネスの仕組み上、クライアント側とキャンディデイト側の両方への配慮が必要だが、やはり、忙しい経営者の方に貴重な時間を割いて頂くことに対しては、とてもプレッシャーを感じる。今日もあるベンチャー企業の社長にキャンディデイトを紹介した。

一方、ある意味でキャンディデイトを売り込むわけで、経験はないが、芸能プロダクションのマネジャーになったような気分でもある(笑)。ひょっとしたら、キャンディデイト本人よりも、僕の方が緊張しているかもしれない。

今の仕事の進め方は、決して効率の良いやり方だとは思わないが、こうして、一歩一歩、自分自身が現場の経験を積んでいくことで、現場の人間が増えた時に、的確なアドバイスが出来るようになれればと思っている。

ところで、今日はメールニュース創業者(CCI に売却した)の才式さんとお昼をご一緒させて頂いた。

彼のオフィスは「新宿御苑前」にあり、2002年2月13日に、大谷さんと一緒に立ち上げたインターネットリサーチ研究会の設立準備会議を、新宿御苑前にあったインフォプラントのオフィスで開催したことを思い出し、とても懐かしい想いに駆られた。才式さんのオフィスは、当時のインフォプラントのオフィスの真ん前のビルに入っている。

才式さんに連れられてランチを食べたのは、グローバルダイニングが経営する「ラ・ボエム」。新宿御苑のすぐ横にあり、その前を何度か車で通ったことがあり、一度、入ってみたいと思っていた店だった。

才式さんは現在、5つの事業(会社)を経営されており、飲食業界にも知見が豊富で、その業界の最近の経営課題を教えて頂いた。

やはり、経営者の方と話すのは、とても勉強になる。

でも、僕が勉強させて頂いているだけでなく、相手にも何かを提供できる人間になることが必要である。

「人生は短い」。

この人とランチを食べれば、あの人とはランチを食べられない。大食漢は別として(笑)。

時間は「有限」である。

リーダーシップとは「決める」こと。

4月最初のウィークデイ、ラソナの入社式の席で社長の岡村氏が新入社員に向けて言った一言が印象的だった。

「リーダーシップというのは決めることやからね」。

何かを「決める(決断する)」ことには、「勇気と自信」が必要である。何故なら、何かを決める(取る)ことは、可能性のある何かを「捨てる」ことだからだ。

何でもゴルフの例えで申し訳ないが、ベストショットを放てばグリーンに届くスプーンで打つか? 手堅く7番アイアンで刻むか? 当たり前だが、両方を選択することは出来ない。どちらで打っても成功する保証はない。

「決断」することは、即ち、「リスクを受け入れる」ことである。

しかし、決断せずに、その場に留まることは、時として「リスクを増幅」させることになる。

「地球の温暖化」がまさしくその典型的な例だ。

話しをラソナの岡村氏に戻すと、彼は大阪芸大を中退して(意思決定して)、単身、スペインに渡った。

そして、スペインでの画家の登竜門と言われる品評会で「優勝」した。

しかし、日本人ということで「ギャラリー」がつかず(契約してくれるギャラリーがなく)、手元には賞金だけが残った。

その賞金で一生、画家生活が出来ればよかったが、当然、そんな額ではない。

それで現実を直視させられた岡村氏は、帰国を決意(決める)した。

恐らく、そのことが彼の原体験になっているのだろう。彼は口癖のように「マーケットはあるのか?」と言う。

スペインに「日本人の画家のマーケット(スポンサーになってくれるギャラリー)はない」=スペインで画家にはなれないのだ。

人生は学びの連続である。

久しぶりに週末らしい週末。

今週末は、土曜日の14時から面談があった以外は特に予定がなく、久しぶりに週末らしい週末を過ごしている。先週はよく働いた一週間だったので、よい休息になっている。やはり、何事もメリハリが大切だ。

インタースコープの立ち上げ時期(最初の1~2年)の頃と較べると、最近は時間的にはその6~7割ぐらいしか働いていないが、経営者としての仕事も実務的な仕事も、質は高くなっていると思う。もうひとつ感じることは、体力的な面で、あの頃と同じようには働けないことだ。そういう意味では山川さんはインタースコープの創業期に今の僕と同じ年齢だったことを考えると、驚異的な体力の持主だ。その分、だいぶ身体に無理がきているようだが・・・。

昨日は、妻をボランティアの会場まで送り、その後、キャンディデイトと面談をした後、久しぶりに恵比寿にあるゴルフショップに行った。

何本かのクラブを試打したところ、5番ウッドで215ヤード、24度のユーティリティで185~195ヤードぐらいだった。それに較べてドライバーが220~230ヤードぐらいしか飛ばず、僕のスイングはアイアン向きだと言われた。ドライバーのバックスピンが「7番アイアン」でちょうど良いぐらいらしく、ヘッドスピードが44~46m/sということを考えると、だいぶ距離を損している。その分、ショートアイアンがよく止ることを考えると、そういう攻め方をすればいいと言うことか? でも、たまに左足に上手く体重が乗った時はドライバーで260~270ヤードぐらい飛ぶので、要するにまだまだドライバーを打つ「技」がないということだ。

さて、ここまで書いたところ、今日は「選挙」に行った。僕らの投票所のすぐ隣に公園があり、投票を終えた後は、そこで子供を遊ばせた。おなじような親子連れがたくさん来ていた。ブランコや滑り台などで1時間近く遊んだだろうか、家に帰る途中、彼はベビーカーで寝てしまった。

暫く昼寝をした後、子供にお昼ご飯を食べさせて、今度は僕ら夫婦の遅い昼食兼子供の散歩に出掛けた。

旧山手通り沿いの西郷山公園には、名残惜しげな花が残っている桜の木の下で、花見をしている人達が大勢いた。僕らはカフェでカレーを食べた。その後、菅刈公園に移動して、また、滑り台で子供を遊ばせた後、スーパーで買い物をして帰ってきた。

子供が出来てから、特に、歩くようになってからは、時間の経つのがとても速く感じる。朝起きた時点で、どのぐらいのスピードで一日が過ぎるかが想像がつく。ある意味、かなりアクティブ(密度の濃い)な休日を送っているとも言える。

子供に夕食を食べさせ、お風呂に入れて、何とか寝かしつけ、僕らが食事をし終わった頃には、もうくたくたである(笑)。

ゴールデンウィークは、久しぶりにゆっくりしたい。