
2025年から2026年にかけて、世界の株式市場とスタートアップ・エコシステムは歴史的な転換点を迎えている。 今回は、直近の市場動向、アジア各国の新興企業向け市場との比較、そしてグローバルなVC投資の最新トレンドを踏まえて、日本のスタートアップ市場の現在地と今後の展望を考えてみたい。
アジアのマクロ環境を俯瞰する
各国の証券市場を理解するには、まず基盤となるマクロ経済とデジタル環境を押さえておく必要がある。アジア主要5カ国を比較すると、こうなる [1] [2] [3] [4]。

※日本のVC投資額は「Japan Startup Finance 2025(Speeda)」に従い、狭義のVCによる投資額のみを記載。総資金調達額(VC・事業法人・金融機関・海外法人等合計)は8,840億円(約56億ドル)。他国のVC投資額は各国のスタートアップデータベースおよびCrunchbase等に基づく推計値。
シンガポールは人口わずか620万人だが、1人当たりGDPは$88,447(約1,390万円: ¥157/$USD, 以下同様に計算)。東南アジアのVC投資の91%(約49億ドル)を吸収する「ハブ」として機能している。ユニコーン18社。小さな国が圧倒的な存在感を示している。
日本はGDP約4兆ドル(約628兆円)、スタートアップへの投資額も約56億ドルとアジア有数の規模だ。しかし、ユニコーンはたったの8社。経済規模に対して明らかに少ない。スタートアップが「メガベンチャー」へスケールする過程に、構造的な課題があることは明白だ。
インドネシア、マレーシア、タイは、インターネット普及率こそ急速に伸びているが、1人当たりGDPはまだ成長途上。VC投資も低迷している。これらの国では、テック系スタートアップよりも、既存産業で確実に利益を出せる企業が好まれる傾向が強い。
東証グロース市場の「厚み」
マクロ環境の違いは、各国の「新興企業向け証券市場」の構造にそのまま反映される。比較すると、東証グロース市場の特徴が浮かび上がってくる [5]。「小粒上場」と揶揄されがちな東証グロース市場だが、東南アジア諸国と比較すると、その優位性が分かる。

東証グロース市場は時価総額約553億ドルと他国を圧倒しながら、上位10社への集中度は25.9%と低い。一部のメガベンチャーに依存せず、多様なセクターの企業群で支えられている「厚みのある市場」だ。
シンガポール(SGX Catalist)は集中度52.0%。少数の企業が市場を牽引している。また、SGXの主力プレイヤーは、REIT(不動産投資信託)やメガバンクなど「安定した高配当」を好む資金だ。そのため、Amazonのように「利益をすべて成長投資に回し、長期間赤字を掘り続ける」というSaaSやディープテック特有のモデルは、SGXの投資家からは全く評価されない(敬遠される)。
数年前、シンガポールの友人から聞いた話とも一致している。彼が言うには「FinTechと定義するよりも、(従来型の)Financial Serviceと自社を定義した方が投資家に安心してもらえる」らしい。
マレーシアやタイでは、テクノロジー企業よりも消費財やインフラ系の中堅企業が上位を占める。新興国のマクロ環境では、投資家が「将来の成長性」よりも「現在の収益性」を重視せざるを得ないからだ。
東証グロース市場が直面する2つの「構造的課題」
他国と比較して規模も分散性も圧倒的な東証グロース市場だが、足元は厳しい。日経平均の力強い上昇とは裏腹に、グロース市場は低迷期を迎えている。この「二極化」には、2つの構造的理由がある [6]。
1つ目は、マクロ環境の激変による資金逃避。 地政学リスクの高まりやグローバルな金利上昇への警戒から、機関投資家は流動性の低い小型グロース株を避け、大型株(プライム市場)へ資金をシフトさせている。
2つ目は、東証による上場維持基準の厳格化。 周知のとおり、「上場後5年以内に時価総額100億円」というルールが導入され、かつての「小粒上場」が実質的に許容されなくなった。IPOのハードルが急激に上がり、2024年から2025年にかけてIPO件数が激減する「IPOの冬」が到来している。
「AI」一強のグローバル投資環境

グローバルに目を向けると、さらに劇的な変化が起きている。
サンブリッジ時代からの知り合いのKeith Teareの妻、Gené Teare(Crunchbase News’ senior data editor)によるCrunchbaseの最新レポートによると、2026年Q1のグローバルVC投資総額は過去最高の3,000億ドルに達した [7]。
しかし、その内訳は極端だ。全VC投資額の「80%(2,420億ドル)」がAI関連企業に集中。さらに驚くべきことに、そのうちの65%(1,880億ドル)が、OpenAI($122B)、Anthropic($30B)、xAI($20B)、Waymo($16B)という米国のたった4社に独占されている。
国別で見ても、米国企業が全体の83%(2,500億ドル)を占有。まさに「AI一強」「米国一強」のWinner-takes-allだ。
内向きとの決別。”United Characters of Japan” への挑戦
この「米国AI一強」のグローバル環境と、国内市場の基準厳格化という逆風の中で、日本のスタートアップ・エコシステムが生き残る道はどこにあるのか?
僕は「圧倒的な内向き志向からの脱却」と「多様性の受容」が必要だと思う。
現在、日本の証券市場は極めてドメスティックな状態に陥っている。2026年4月現在、東証全体(3,924社)に占める外国企業の数はわずか「5社」だ [8]。プライム1社、スタンダード2社、グロース2社。1990年のピーク時には125社の外国企業が上場していたから、35年間で96%減。ほぼ絶滅である。

Claude Opus 4.6にその原因を質問すると、以下の回答だった。ある意味、外国企業にとっても、東証にとっても、合理的ではある。
1. そもそも「重複上場」モデルの限界
2. ITの進展で重複上場の意味が消失
3. 日本語の壁 ── 開示・IR・アナリストカバレッジ
4. 日本の投資家が外国株を買わない
5. 東証の誘致姿勢の後退
6. 為替リスクと円の長期的な不安定さ
NYSEやNASDAQ、London証券取引所に上場している銘柄が、高いコストを払って東証に重複上場する意味は無くなったということだ。一方、日本企業は、NYSEやNASDAQに重複上場しているケースが多く、証券市場の実力を物語っている。
それどころか、日本で6,500万人以上が使っている決済サービスの「PayPay」ですら、日本の証券取引所を「素通り」してNASDAQに行った。外国企業が東証から去っていくだけでなく、日本発の企業までもが東証を選ばない。
一方、米国のNYSEには530社以上の国際企業が上場し [9]、NASDAQには1,500社を超える外国企業がいる [10]。 プライム市場がNYSEやNASDAQと直接競争するのは、ほぼ不可能だろう。しかし、素人考えかもしれないが、新興企業向けのグロース市場であれば、東証が本気になれば、東南アジアをはじめとする海外の新興企業を呼び込むことは十分に可能なはずだ。
事実として、僕が2012年、初めてシンガポールを訪れ、参加したEchelonというスタートアップ向けカンファレンスには、当時の東証マザーズの引受担当者がブースを出し、シンガポールや香港と、アジアのスタートアップの誘致を競っていた。しかし、いつの間にかそうした動きは消え、市場は再び「内向き」に閉じてしまった。
東南アジアの有望な新興企業を日本の証券市場に呼び込むには、英語での審査体制の構築、英語でのアナリストレポートの提供、英語から日本語への翻訳・通訳を伴うIR活動の支援が不可欠だ。最初はペイしないだろう。ビジネスとして成立するまでには、10年単位の地道な努力が必要かもしれない。でも、人口減少が確実な日本で、「日本語」でしかビジネスが完結しない証券市場のままでは、「金融」という本来、グローバルであるべき産業の中で、新興市場のグローバル化など実現できるはずがない。
その根底には、日本が単一民族国家であり、母国語が日本語であるという「ハンディキャップ」への自覚が、圧倒的に不足しているという問題がある。
僕は以前、ベルリン発のスタートアップ「Infarm」に投資し、日本法人を経営していた。Infarmは約1,000人の従業員が50〜60カ国の国籍で構成される、極めてdiversified & globalizedな組織だった。ドイツで創業したにもかかわらず、創業者は3人ともイスラエル出身。ドイツ人比率は30%未満、英語ネイティブも20〜30%程度だったが、社内公用語は当然「英語」だった。
こういう環境を経験すると、全員が日本人で日本語しか話さない日本の典型的なスタートアップは、率直に言って「50年前に戻って白黒テレビを見ている」ような感覚に陥る。
ベルリンの公立インターナショナルスクールでは、17カ国籍の子どもたちが共に学び、各国の郷土料理を振る舞う学園祭が行われている。こうした「多様性に富む環境」で育った子どもたちは、自然と異文化理解力やコミュニケーション能力を身につける。「相手は自分とは異なる」ことを前提として向き合う。周囲が全員日本人という環境で育った子どもたちとは、18歳になった時に見えている世界がまるで違う。
日本でこの環境を根本から変えることは至極困難だ。しかし、だからと言って何もしなければ、それは「座して死を待つ」ことと同義だろう。
実例がある。ラグビーの日本代表には多くの外国出身選手が所属し、リーチ・マイケル選手がキャプテンを務めていた。それに対して文句を言う日本人はいなかった。ビジネスや金融の世界でも、全く同じであるべきだ。
多様な「キャラクター」── 国籍も文化も専門性も異なる個性ある人材たち ── が日本というフィールドで融合する “United Characters of Japan”。日本独自の強み(製造業の基盤やロボティクスなど)と、世界中の多様なタレントや資本が出会い、化学反応を起こす場所。
これこそが、「AI一強」の米国に対抗し、日本のスタートアップ・エコシステムがグローバルで存在感を発揮するための、唯一にして最大の挑戦である。
References
[1] World Bank. (2024). World Development Indicators: GDP and GDP per capita. [2] INITIAL Inc. / STARTUP DB. (2026). Japan Startup Finance 2025 Annual Report. [3] Hurun Research Institute. (2025). Global Unicorn Index 2025. [4] International Telecommunication Union (ITU). (2024). Percentage of Individuals using the Internet. [5] Manus AI. (2026). アジア主要新興企業向け株式市場の比較分析レポート. [6] Manus AI. (2026). 東京証券取引所グロース市場の今後の展望と構造的課題. [7] Crunchbase News. (2026). Q1 2026 Shatters Venture Funding Records As AI Boom Pushes Startup Investment To $300B. [8] Japan Exchange Group (JPX). (2026). Number of Listed Companies/Shares. [9] New York Stock Exchange (NYSE). (2026). International Listings. [10] Ritter, J. R. (2026). The Number of Operating Companies Listed on Nasdaq. University of Florida.