母国を捨てた起業家たち。

母国を捨てた起業家たち。

昨年の秋からこの春にかけて、3社のスタートアップにエンジェル投資をした。

一見すると、3社に共通点は見当たらない。業種も、ステージも、地理的条件も異なる。

でも、一歩引いて3社を俯瞰してみると、自分でも計画していなかったパターンが浮かび上がった。そしてそれは、起業家および投資家としての僕の信念を、最も明確に言語化したものだった。

3社とも「AI」を使っている。3社とも、創業者が母国を離れて異国で起業している。そして、3社とも、日本と深い接点を持っている。

Dwilar:「移民」が創業者になるとき

Dwilar創業者の中村さんと出会ったのは、2024年のIVS京都。共通の知り合いを通じて紹介された。僕の記憶が正しければ、当時の彼はまだUC Bekeley MBAに在学中で、不動産 x 金融のスタートアップを立ち上げようとしていた気がする。おもしろそうだな・・・と思ったが、彼のモデルでは、僕の財布の大きさでは無理な話で、先には進まなかった。次にお会いしたのは、いつだったかは憶えていない。彼がPivotしたのか? 僕の理解が違っていたのかは分からないが、「これはオモシロイ!」と思った。

彼は大学時代、神戸で「移民の子供たち」に勉強を教える塾のような事業を10数カ所運営していた。優秀な子供たちばかりだ。でも、日本語のレベルが追いつかず、公立の小学校の授業についていけない。神戸市もそういう子供たちを支援すべく、助成金を出していた。上手くいっていた。ところが、市長が変わり、政策が変わり、助成金が打ち切られた。

彼は大学卒業後、トヨタ自動車やP&Gといった大企業を経験した後、UC Berkeleyで、自費でMBAを取得した。相当な覚悟だったと思う。その時、今度は自分自身が「移民」になった。 与信がない。実績がない。アパートを借りるのも、クレジットカードを作るのも、とてつもなく大変だということに気づいた。

その実体験がスタートアップになった。Dwilarは、移民が母国で積み上げてきた経済的履歴をAIで分析し、米国のアパートのオーナーや不動産会社、金融機関に提供するというビジネスだ。太平洋の両側で感じた「痛み」から生まれた事業。僕は応援したいと思った。

Retreat Technologies:オペレーション・エクセレンスという静かな強さ

Retreat 共同創業者の一人、山田さんとは、同じくベイエリアで起業している共通の知り合いを通じて知り合った。彼らのビジネスは旅行関連だ。

旅行業界は成熟したビジネスだし、ExpediaやBooking.com等、マーケットを占有しているプレイヤーが既にいる。そこにどんなオポチュニティがあるのか? と思うかもしれない。でも、彼らが目をつけたのは、それらの巨人たちがすべてB2Cプレイヤーであるという事実だ。B2Bには、ポッカリと穴が空いている。 法人向けの出張手配、グループ・リトリート、チームのオフサイト。派手なコンシューマー向けブランディングよりも、オペレーション・エクセレンスがモノを言う世界。そこにこそ、日本人の創業者の強みが生きるのではないか?

決め手は創業者二人の人柄だった。とても誠実な二人で、厳しい局面でも踏ん張ってやっていけるだろうと思った。スタートアップには、必ず厳しい局面が来る。実際、山田さんはベイエリアで成功しかけた最初のスタートアップでの思いもよらぬ挫折を経験している。諦めない強さがある。

彼はソフトバンクでエンジニアをしていたらしく、旅行業界に知見があったわけではない。そのピースを埋めているのが、もうひとりの創業者、Jack Tadami 。純粋な日本人だが、何故、そういう名前を名乗っているのかは知らない。彼はLos Angeles で旅行関連の米国法人を経営していたらしく、業界の人脈とオペレーションのKnow-Howを持っている。

投資するにあたって明確な戦略があったわけではない。僕の「直観」として、何かに繋がるのではないか?と思った。そして実際、予想もしなかった形で、いくつかのピースが繋がり始めている。

Entention Social:97%の中にもダイヤモンドはいる。

3社目は、最も長いストーリーがある。

創業者のPhilipは、ベトナム系アメリカ人。京都大学で原子力工学の博士号を取得しており、超優秀だ。京都に惚れ込み、そのまま住み着いた。僕が彼と知り合ったのは、サンブリッジ時代に阪急電鉄にご出資いただき設立したファンドを運営していた時のことだ。彼は原子力の仕事には就かず、「Gochiso(ご馳走)」というスタートアップを立ち上げようとしていた。加盟店になってくれたレストランで食事をすると、その食事代の一定割合が指定するNPOへの寄付になるというモデルだった。社会的インパクトへの情熱に根ざした美しいアイデアだったが、爆発的な広がりにはならず、休眠させた。

Philipは諦めなかった。次に彼が始めたのは、サステナビリティ領域で、中小企業向けに自社のCO2削減への取り組みを可視化し、ウェブサイトに表示できるプロダクトだった。エストニアのアクセラレーターに採択され、前に進み始めていた。ところが、Trump 2.0で潮の流れが変わった。というか、止まったと言った方が適切だろう。米国では、再生可能エネルギー系のスタートアップが、充てにしていた政府の助成金がカットされ、窮地に陥っているらしい。Philipも、またPivotせざるを得なくなった。

彼が辿り着いたアイデアは、僕が最も可能性を感じるものだ。彼の洞察はシンプルだが、パワフルだ。シード・アーリーステージの創業者は、やることなすことすべてが初めてで、相談する相手もなく、孤独である。 アクセラレーター、YC、Techstars等――に採択されるのは、スタートアップのわずか3%に過ぎない。では、残りの97%はどうすればいいのか? その中にだって、ダイヤモンドの原石はいるはずだ。

Entention Socialは、アクセラレーターに採択されなくても、同じステージの創業者同士がざっくばらんに相談し合える――精神的にも実務的にも支え合える――ピアコミュニティを創ろうとしている。

これは、僕にとって、とても個人的に響いた。2006年、ドリームビジョンを創業したとき、僕は本当はEduTechスタートアップを立ち上げたかった。実務家同士が学び合うプラットフォームだ。でも、自分なりにフィージビリティ・スタディをした結果、当時の日本の社会環境では、アントレプレナーシップを大学のカリキュラムに導入するなどということは、到底受け入れられないと判断し、断念した。また、僕の実力的にも到底無理な話だった。

それから15年後の2021年、伊藤羊一さんから武蔵野大学アントレプレナーシップ学部の創設に声を掛けられた時、僕はこれは神様の啓示だと思い、二つ返事で引き受けた。自分が断念したアイデアが、思いもしなかった形で戻ってきた。

Philipが Entention Social で創ろうとしているものを見た時、僕は同じ共鳴を感じた。僕がドリームビジョンで実現できなかった「実務家同士が学び合うプラットフォーム」を、彼と一緒に創れるかもしれない。そう思った。

3社をつなぐもの

僕は「投資テーゼ」を先に立てて、それに合うスタートアップを探したわけではない。この3社は、25年間、起業家であり投資家として築いてきた人間関係のネットワークの中から、僕のところにやってきた。あるいは、僕が見つけたものだ。

でも、3社を並べてみると、テーゼは明確だ。

僕が今、最も惹かれる起業家は、ひとつの市場の中で最適化しようとしている人たちではない。母国を離れ――自らの意志で、あるいは環境に押されて――文化や言語やシステムの交差点で創っている人たちだ。 自らのルーツに根ざした規律や誠実さを持ちながら、地理に縛られることを拒否している。

以前も書いたが、単一民族国家である日本は、グローバル化する世界において構造的なハンディキャップを抱えている。でも、この3人の起業家たち――そして彼らのような人たち――は、そのハンディキャップは宿命ではないことの「生きた証拠」だ。日本の起業家精神の未来は、東京から生まれるとは限らない。京都から、バークレーから、タリンから――日本との接点を持つ創業者たちが創ることを選んだ場所から、生まれるかもしれない。

「故郷」は関係ない。「創る」ことが、すべてだ。

諦めない創業者。形を変え続けるアイデア。そしてその根底にある、僕も共有する信念――Where diamonds shape themselves.

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。国境を越えて、日本と接点を持ちながら起業している創業者をご存知でしたら、是非、教えて下さい。