ウイスキーがお好きでしょ。

ウイスキーがお好きでしょ。

久里浜港から対岸の金谷港までフェリーが出ている。その日の天候にもよるが片道約40分。今から約2年前、中学一年生の9月に罹患したコロナで、次男は後遺症に苦しむことになる。あれから約2年半。完全復帰には程遠いが、ようやく少しずつ何とか学校にも行けるようになった。

だいぶ回復してきたとはいえ、混雑するGWに遠出は無理だ。先日の会津と郡山の2泊3日の旅行に次いで、今度は三浦半島に住む妻の兄の家に泊まりに行った。

そんなことで、彼のリハビリを兼ねて、東京の我が家からクルマで約1時間半もあれば着く久里浜港からフェリーに乗り、東京湾を渡り、対岸にある金谷港へ向かった。まだ子供たちがいない頃、夫婦でよく行ったルートだった。

しかし、我々は考えが甘かった。金谷港を降りると、127号線は大渋滞。目的地の「鋸山ロープウェイ」を目指すも入口のだいぶ手前からクルマの長い列。仕方なく、ロープウェイは諦め、昼食を食べて帰ろうということになる。

海沿いのオシャレなレストランに入ると、席に案内されるまで30-40分、テーブルに着いてから料理が出てくるまで約20分と案内される。海辺で遊んでいると携帯に着信があり、思いの外、早く席に通された。

4人それぞれにモバイルオーダーを済ませ、談笑していたが、周囲のテーブルも料理が運ばれる気配がない。受付の女性にキッチンに確認してもらうと、オーダー後、1時間ほど待つという。

撤退は早いほうがいい。こちらに来る時も予定のフェリーは満車で乗れず、一便、後になった。

何もすることなく金谷港を後にしたが、予定より一便早いフェリーに乗り、久里浜港に帰ってきた。

その日は義兄の家に泊まり、彼が買ってきた新鮮なマグロを食べた。モノがいいのは当然だが、彼は腕がいい。翌日のサラダとパスタも絶品だった。

Screenshot from YouTube_オリコンニュース(以下同様)

ウイスキーがお好きでしょ」といえば、大概の人はサントリー角瓶のTVCMを思い浮かべるだろう。他にもTVCMはたくさん見ているにも関わらず、その歌詞とメロディーがずっと頭に残っている。何か僕の心に留まる理由があるのだろう。

Claudeに訊いてみると、ギターの弾き語りは「RADWIMPS野田洋次郎」氏。邦楽に疎い僕は、その名前を聞いたことはあったが、CMに出ているその男性が誰かは知らなかった。

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そして、その歌は1990年、サントリークレスト12年(何となく記憶がある)のTVCM用のために企画制作され、1990-1991年、石川さゆりさんが「SAYURI」という別名義で歌っていたらしい。その後、本人名義で「カバー」した。YouTubeでその映像を見つけた。

石川さゆりさんで演歌ではなく、ジャズテイスト」でと、CM音楽プロデューサーの大森昭男氏によるリクエストだったそうだ。ジュリー・ロンドンの「Cry Me A River」をイメージして。

僕も含めて殆どの人にとってTVCMやCMソングは、それほど注意深く見たり聴いたりする対象ではないだろう。素人の僕が解説するのは烏滸がましいが、そのカットのひとつひとつが見事に計算されているように思えた。

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1990年、サントリーが「サントリークレスト12年(終売)」という高級ウイスキーのCM用に作曲を依頼した時と今とでは、日本社会におけるウイスキーの位置づけや意味が大きく異なる。ローヤルやオールドは今も製造販売しているようだが、昭和の古(いにしえ)でしかないそれらを再度ヒットさせることは難しいだろう。

僕が中学高校時代だったので、1970年代半ばから1980年代初頭に掛けてだったと思う。我が家のサイドボードには、サントリーのオールドやローヤルはもちろん、Johnnie Walker (赤黒), Old Par, Chivas Regal 等の高級ウイスキーが並んでいた。昭和のウイスキーは「到達の証」であり、「社会的上昇のメタファー」だった

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1989年(平成元年)には、ウイスキーの等級制度が廃止され、関税が大幅に下がったことで、スコッチに代表される輸入ウイスキーの価格が大幅に安くなった。今にして思うと皮肉なことに、バブル経済崩壊前夜だった。

若者がアルコールを飲まなくなった理由は色々あると思うが、サントリーは「ウイスキー」という商品の「意味の書き換え(RePositioning)」を行う必要があったということだ。そして、それは、ある程度、上手く行っているように思う。

「幸せの定義」も人それぞれに異なる。

ウイスキー」=「昭和の出世物語」=「男性社会」という価値観(意味性)から、職業も年齢も性別も社会的立場も異なる人たちが「人生の余白を満たすもの(寄り道は大事)」に再定義した、ということだと思う。

そこには、同じ組織の上下関係やしきたりもない。一人ひとりの「個人」が、何気ない日常の一瞬を共有するだけだ。「昭和の遺物」だった「スナック」が、若い人たちの間で支持を得ていることにも通じるのかもしれない。

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