「日本のベンチャーキャピタル」と「スタートアップIPO」。

「日本のベンチャーキャピタル」と「スタートアップIPO」。

日本のスタートアップエコシステムが、ひとつの転換点を迎えようとしている。東京証券取引所がグロース市場の上場維持基準を時価総額100億円に引き上げる方針を打ち出したことで、IPOの「出口」としての意味合いは大きく変わる。ベンチャーキャピタル(VC)のポートフォリオ戦略も、スタートアップの資金調達の設計も、これまでの前提を見直す必要が出てくるのは必至だろう。

そうした文脈のなかで、ネットバブル以降の四半世紀を振り返ってみたい。

スタートアップへの資金提供と育成に関するVCとしての成果は、IPOに限らず、M&AでのEXIT等も含めて語る必要がある。しかし、データ取得の容易性、冒頭で述べた東証の上場維持基準の引き上げによるIPOの意味合いの変化を踏まえ、本レポートでは、日本のVC各社が生み出してきたIPOに限定して調査した。また、金融系・独立系・事業会社系といった母体の違いによって違いはあるのか。個々のVCが自社の実績をウェブサイトに掲載していても、横断的に比較できる形で整理されたものは少ない。

本レポートは、JVCA(日本ベンチャーキャピタル協会)会員以外を含めて、主要なVCを対象に、各社の公式サイト、JPX(日本取引所グループ)の新規上場データ、INITIAL、STARTUP DBといった業界標準のデータソースをもとに、IPO実績を3つのレイヤーで分析したものだ。累計IPO数2000年以降のIPO数、そしてスタートアップIPO数(定義はレポート本文中で説明)に絞り込んだ数字を、できる限り横並びで比較できるよう整理した。

また、日本のスタートアップに関する英語の情報発信は、未だに限られている。海外の投資家やスタートアップ関係者が日本のエコシステムを正確に理解しようとしても、参照できる一次情報が少ない。このレポートが、国内外の業界関係者にとって、多少なりとも参考になれば幸いである。

※本レポートの英語版:https://ikuohiraishi.substack.com/p/mapping-japans-vc-landscape

1. 調査概要と「スタートアップIPO」の定義

日本のVC業界には長い歴史がある 。特に、銀行系VCや老舗VCの「累計IPO数」には、1990年代以前の古い案件や、スタートアップとはみなされない中小企業(SME)へのファイナンス型投資が多数含まれている。そのため、スタートアップ投資の純粋な成果を測定するために、各VCの実績を以下の3つのレイヤーに構造化した:

レイヤー1 累計IPO数(全期間/設立来):各VCが公式に発表している全期間の総IPO数。公式発表がない場合は、外部データベースからの推定値を記載している。

レイヤー2 2000年以降のIPO推定数:ITバブル期以降の現代のベンチャー投資の成果を測定するための指標。ジャフコ グループについては、公開されているPDFリストから実績値をカウントし、他のVCについては、公開情報に基づく推定値を使用している。

レイヤー3 スタートアップIPO推定数(2000年以降):レイヤー2の中から、以下の条件を満たす案件を「スタートアップIPO」として抽出・推定した数値。

条件1:1998年以降に設立された企業(ネットバブル以前の歴史の古い中小企業案件を除外)

条件2:VC投資を受けている時点でスタートアップの蓋然性が高い企業と判断(投資ステージは問わない。シード〜レイターすべてを含む)

※理想的には複数VCによるシンジケート投資が望ましいが、単独投資であっても上記条件を満たす場合はスタートアップIPOに含める。

本調査は、全体像を把握するための「推定値」を含んでおり、JPX(日本取引所グループ)の新規上場データ、INITIAL (Speeda)STARTUP DB等のスタートアップデータベース、および各VCの公開ポートフォリオ情報をもとに網羅的に分析している。 [1] [2]。

2. 主要VCのIPO実績(3グループに分類)

本レポートの調査対象とした主要VCを、「銀行系・老舗VC」、「独立系スタートアップ特化VC」、「CVC・事業会社系VC」の3つのグループに分類した。

【銀行系・老舗VC】 歴史的に、これらのVCには中小企業へのファイナンス型投資が含まれているため、レイヤー3はレイヤー1および2から絞り込まれている。ただし、投資ステージ(シードからレイター)に関係なく、「1998年以降に設立されたスタートアップ」であればレイヤー3に含まれる。

注:三井住友海上キャピタルは1990年設立の老舗VCだが、会社全体の公式な累計IPO数が見当たらず(2001年以降の52社のみ抜粋掲載)、表からは除外している 17

【独立系スタートアップ特化VC】設立以来、これらのVCは主にシードおよびアーリーステージのスタートアップに投資しており、協調投資が標準となっている。レイヤー3 ≒ レイヤー1および2となる。

注:B Dash Venturesは公式noteで『累計100社以上に投資し、多くのIPO・M&Aの実績』と述べている(2024年10月)。一方、STARTUP DBでは投資先77社、EXIT 22社と記録されている。公式のIPO数は非公開のため、表からは除外した。[1] [28]

【CVC・事業会社系VC】親会社との事業シナジーを目指す一方で、スタートアップへの純投資も行っている。比較的最近設立されたため、多くの場合、レイヤー3 ≒ レイヤー1および2となる。

注記:

•*1:ジャフコ グループのレイヤー2「382社」は、公式の公開PDF「上場ポートフォリオ企業一覧」(2026年4月22日現在、国内833社)からテキストを抽出し分析して直接集計した実績値。ただし、PDFのレイアウト上、テキスト抽出の誤認識がある可能性があり、約±5社の誤差を許容している。

•*2:三菱UFJキャピタルおよびみずほキャピタルのレイヤー2の数値は、公式実績ページに掲載されている年次データおよび企業リストに基づく推定値。

•*3:ニッセイ・キャピタルのレイヤー1「278社」は、公式サイトに記載されている数値。レイヤー2は、同リストから2000年以前の案件をカウントして除外した数値。

•*4:SBIインベストメントの「169社」は、公式IPO実績ページ(アーカイブ01-05、2001-2026年を対象)からの集計値。公式サイトの別の場所に記載されている「総投資先1,314社」は総投資件数であり、IPO数ではない。IPO数は、海外IPO(NASDAQ、NYSE、KOSPIなど)を含む。

3. 日本の年別スタートアップIPO件数推移(2000年〜2025年)

以下の表は、市場全体の総IPO数に対して「スタートアップIPO」(レイヤー3)が占める割合の推移を示している。総IPO数はJPX(日本取引所グループ)の新規上場情報に基づいている [38]。INITIALなどのデータベースに基づく推定値を含む 。[1] [37]

注:このデータにはTOKYO PRO Marketは含まれていない。

4. 考察

今回の調査を通じて、日本のスタートアップIPO市場を支えるプレイヤー(VC)の多様性と構造的な違いが理解できる。

3層構造が示す「銀行系・老舗VC」と「独立系VC」の本質的な違い

銀行系・老舗VC(ジャフコ三菱UFJキャピタルみずほキャピタル等)は、レイヤー1(累計IPO数)では1,000社前後の圧倒的な実績を誇る。しかし、レイヤー2(2000年以降)に絞ると約250〜400社となり、さらにレイヤー3(スタートアップIPO)に絞ると100〜180社規模まで縮小する。この「逓減構造」は、彼らの歴史的実績の中に、中堅・中小企業への融資的な上場支援案件が多数含まれていたことを示している。それでもなお、レイヤー3において、独立系VCを上回る100社超のスタートアップIPOを創出しており、彼らが伝統的な中小企業投資と並行して現代のスタートアップ投資に適応し、日本のエコシステムにおける資金供給のバックボーンであり続けていることを証明している。

一方、グロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)グローバル・ブレインインキュベイトファンドUTECなどの独立系VCは、レイヤー1からレイヤー3までほぼ同じ数値を示している。これは、彼らが設立以来、主にシードおよびアーリーステージのスタートアップへの投資に注力し、他のVCとの協調投資を行うという現代のスタートアップ投資の王道を歩んできたことの直接的な証拠である。「ほぼ100%のスタートアップIPO純度」という数字は、彼らのファンドの性質そのものを体現している。

CVCの台頭と実績

Z Venture Capital伊藤忠テクノロジーベンチャーズスパークス・アセット・マネジメントなど、2000年代以降に設立されたCVCや事業会社系VCは、20から40社規模のスタートアップIPOを着実に生み出している。この数字は、彼らが親会社との事業シナジーだけでなく、純粋なキャピタルゲインとスタートアップの成長支援の両方を達成し、市場における重要なプレイヤーとしての地位を確立していることを示している。

スタートアップIPO市場の成熟と直近の「選別」

2000年代初頭、全IPOに占めるスタートアップIPO(レイヤー3)の割合は約20%に過ぎなかったが、2015年以降は一貫して50-60%を占めており、日本のIPO市場においてスタートアップが主役の座に就いたことを明確に示している。

しかし、2025年には総IPO数が66社に急減し、スタートアップIPOも40社台に落ち込んだ。INITIALのレポートでも指摘されているように、東証グロース市場の上場維持基準の厳格化(上場後10年で時価総額40億円以上から、上場後5年で時価総額100億円以上へ)を背景に、投資家は「小規模IPO」を敬遠する傾向を強めており、勝てる道筋が明確な企業に資金が集中する「選別」が強まっている。AIがあらゆる産業の境界線を書き換えている世界において、スタートアップは、どの市場でどのような事業を行うのかを再考する必要がある。日本のスタートアップエコシステムが、大きな転換期を迎えていることは間違いない。

参考文献

[1] INITIAL. 『選別と延長戦が進む ── 2025年スタートアップ資金調達動向』.

[2] STARTUP DB. 『【2025年通期】国内スタートアップ投資動向レポート』.

[3] ジャフコ グループ株式会社. 『ポートフォリオ(上場ポートフォリオ企業一覧PDF )』.

[4] 三菱UFJキャピタル株式会社. 『IPO実績』.

[5] みずほキャピタル株式会社. 『上場実績』.

[6] 大和企業投資. 『実績』.

[7] りそなキャピタル. 『IPO実績』.

[8] 日本アジア投資. 『IPO実績』.

[9] ニッセイ・キャピタル株式会社. 『投資実績』.

[10] オリックス・キャピタル. 『私たちについて』.

[11] 日本ベンチャーキャピタル. 『IPO実績』.

[12] SMBCベンチャーキャピタル株式会社. 『投資実績』.

[13] STARTUP DB. 『DBJキャピタル株式会社』.

[14] モバイル・インターネットキャピタル. 『MICについて』.

[15] KSP. 『投資ファンド』.

[16] SBIインベストメント株式会社. 『IPO企業一覧』.

[17] 三井住友海上キャピタル. 『IPO実績』.

[18] グローバル・ブレイン株式会社. 『ポートフォリオ』.

[19] グロービス・キャピタル・パートナーズ株式会社. 『沿革』.

[20] サイバーエージェント・キャピタル. 『ポリシー』.

[21] インキュベイトファンド. 『SUMMARY OF 2025』.

[22] 東京大学エッジキャピタルパートナーズ. 『UTEC』.

[23] STARTUP DB. 『WiL, LLC』.

[24] XTech Ventures. 『ポートフォリオ』.

[25] Tracxn. 『ANRI』.

[26] ユナイテッド. 『投資先一覧』.

[27] STARTUP DB. 『Coral Capital』.

[28] B Dash Ventures. 『B Dash Ventures 公式note』.

[29] Z Venture Capital. 『パフォーマンス』.

[30] 伊藤忠テクノロジーベンチャーズ. 『ニュース』.

[31] スパークス・アセット・マネジメント. 『未来創生ファンド』.

[32] NTTドコモ・ベンチャーズ. 『ポートフォリオ』.

[33] GMO VenturePartners. 『ポートフォリオ』.

[34] 電通イノベーションパートナーズ. 『会社概要』.

[35] 日本郵政キャピタル. 『ポートフォリオ』.

[36] 博報堂DYベンチャーズ. 『ニュース』.

[37] INITIAL. 『スタートアップIPOの動向』.

[38] ジェネシアベンチャーズ. 『ポートフォリオ』.

[39] サムライインキュベート. 『ポートフォリオ』.

[40] dnx Ventures. 『JPファンド ポートフォリオ』.

[41] アーキタイプベンチャーズ. 『ポートフォリオ』.

[42] East Ventures. 『ポートフォリオ』.

[43] Scrum Ventures. 『投資先一覧』.

[44] DIMENSION株式会社. 『公式サイト』.

[45] Beyond Next Ventures. 『会社概要』.

[46] スカイランドベンチャーズ. 『公式サイト』.

[47] : https://www.jpx.co.jp/listing/stocks/new/index.html “JPX(日本取引所グループ ). 『新規上場情報』.” 参照: https://www.jpx.co.jp/equities/listing-on-tse/new/basic/04.html