何に資金を投下するべきか?

紀ノ国屋、サミット、コクヨの各店舗からファーミングユニットを撤去してから、そろそろ3ヶ月。Infarm 日本法人を解散し、代表取締役社長を退任してから今月末で1ヶ月になる。法的には「弁済禁止期間中」という期間にあり、まだ「清算会社」としての存在は残っている。

とは言え、実務的には終了しており、次の展開について、毎日、あれこれ思考を巡らせている。

以前に書いたブログでも紹介したが、Precursor Ventures の創業者 Charles Hudson のNews Letter は、これからの人生でやりたいことを考える上で、示唆に富んでいる。

Charles は、Pre-Seed ステージを資金調達額「$1M(¥130/$=1.3億円)」以下と定義しており、Seedステージ、つまり、over $1Mのファイナンスができた投資先と出来なかった投資先では、1ヶ月の「バーンレート(資金燃焼額)」がどう異なるか?を分析している。以下はそのグラフである。

2017年から2022年を比較し、その年にSeedファイナンスをしたスタートアップと、できなかったしたスタートアップを比較したところ、Seedファイナンスが出来た投資先の方が、1ヶ月のバーンレートが高かった。つまり、より資金を使っていたということだ。

ここで注意したいのは、資金をより多く使えば、Seed ファイナンスにたどり着けるという単純な話ではない、ということだ。

データが示していることは、彼が日頃の観察から得ていた感触と合致しているそうだが、Seed ファイナンスに成功した投資先は、Product-Market-Fit(PMF)に至ることができており、自信を持って顧客獲得のための先行投資(先行投資)ができているのだろうと分析している。結果として、Seedファイナンスができなかった投資先よりもバーンレートが増えているということだ。

Pre-Seed スタートアップ創業者の仕事は、投資から調達した資金を使って、PMFを実現するための「Insight(示唆)」を獲得することだ (by Charles)。

当たり前だが、いくら使ったか?ではなく、「何にお金を使ったか?」が重要ということだ。

彼のニュースレターを読んで僕が学んだことは、シード&アーリーステージという、極めて属人的な判断や嗅覚が求められる領域においても「分析(データ化)」と「科学的アプローチ」が必要ということだ。

DreamVision portfolio performance as of 2019

少々振るいデータ(2019年現在)だが、サンブリッジ時代に組成し、ドリームビジョンで引き継いで運営している2つの投資ビークルとドリームビジョンからの直接投資の計28社に関しては、「約8割」が次の資金調達を実現できている。また、生存確率は93%と、自画自賛だが投資パフォーマンスはかなり良い。

問題は、次のラウンドに行けなかった6社は、次のラウンドに進めたスタートアップと何が異なるのか? ということだ。今から当時のデータを確認できるか? は分からないが、出来る範囲で分析してみよう。

僕は約20年以上もの間、インターネット関連業界で仕事をしてきたが、ソースコードは書けないし、エクセルもまったくダメ。でも、嗅覚には自信があることもあり、自分の直観と運の良さに甘えて来たが、これからの人生で僕がやりたいことを実現するには、上述のとおり、「分析」と「科学的アプローチ」が必要だ。

つまり、数値化が得意で、エクセル操作スキルが高く、ちょっとしたコードなら書ける人が必要だ。そして、そこそこ英語ができる必要がある。

そういう人を募集できるように、まずは、ピッチデックを作らないと!

ユニコーンになったInfarm から学んだこと。

FIVE lessons learned from the Infarm Launch in Japan.

The Infarm founders. July 7th, 2016, at the Infarm HQ office. Photo by myself.

2021年12月、投資先のInfarmはヨーロッパは「ユニコーン」になった。

物語の始まりは、2015年11月18日。初めて訪問したベルリンで、無謀にも初めてのInnovation Weekend Berlin を開催した。

SunBridge Global Venturesという、シード&アーリーステージのスタートアップへの投資会社を経営していた頃、口を開けば「Go Global」と言っていたこともあり、まずは、自分たちが Go Global を実践しよう!ということで始めたのが、Innovation Weekend というピッチイベントの Small World Tourだった。

2014年5月にシンガポールでKick-offし、2016年までの3年間、ロンドン、ボストン、ニューヨーク、サンフランシスコ、そしてベルリンで開催した。イベントこそ主催しなかったが、パリにも足を伸ばし、現地のスタートアップエコシステムを研究した。

シンガポールでは、TECHINASIAのメンバーが協力してくれたこともあり、順調に ピッチ登壇スタートアップが集まったが、ボストンでは、イベント当日3日前の時点で、わずか「3社」しか登壇スタートアップが集まらず、スポンサーの皆さんに何と言ってお詫びをすれば良いのか?と途方に暮れていたことを思い出す。

その後、堰を切ったようにたくさんのスタートアップからの応募があり、結果的には大盛況に終わったが、今にして思うと、奇跡としか言いようがない。

ベルリンでは計2回、開催した。Infarm は初回の優勝スタートアップで、2015年の年間チャンピオンにもなった。

実は、初めてのベルリンでの開催にも関わらず、そこそこ順調にピッチ登壇スタートアップが集まり、既にアプリケーションを締め切っていたのだが、Storymaker というPR会社の創業者 Bjorn Eichstadt から紹介されたのがInfarmだった。

2013年にベルリンで創業したInfarm が我々のピッチイベントに登壇した時は、パイロットファームが1台あっただけで、ビジネスモデルも固まっていなかった。

InStore Farm designed by Infarm (old model) at the Infarm office in 2016. Photo by myself
The Infarm HQ office in 2016. Photo by myself.

Innovation Weekend Berlin で優勝した翌日、Infarm のオフィスを訪ね、創業者たちと話をしながら、彼らなら、この奇想天外な構想を実現するのではないか?と思い、その一年後、投資することを決めた。

暫くはホームグラウンドのヨーロッパで地歩を固めるため、日本に来ることはなかったが、2018年の秋、いよいよ日本市場参入を本格的に検討したいので相談に乗って欲しいと、久しぶりに連絡があった。

それから入れ代わり立ち代わり、四半期に1度のペースで、ファウンダーたちが東京に来るようになり、その度に僕は、投資家候補やクライアントになってくれそうな流通関連企業の幹部とのアポイントを取り、彼らを連連れ回していた。

JR東日本の皆さんとは、SunBridge Global Ventures を経営していた頃に知り合った。鉄道会社ではあるものの、非鉄道部門の事業を伸ばすことにコミットされていることを思い出し、興味を持っていただけるのではないか?と思い、たしか、3年ぶりに連絡をした。

僕の読みどおり?とても興味を持っていただき、一緒にベルリンやパリに出張し、当時のInfarm 本社オフィスや生産施設、Infarm のユニットを導入してくれているスーパーマーケットを視察した。そして、子会社の紀ノ国屋の皆さんをご紹介いただいた。

サミットとのご縁は、住友商事の知り合いを介してだった。初めて西永福のサミット本社を訪問し、当時、住友商事から執行役員としてサミットに出向されていた方とお会いした時、この人とは是非、一緒に仕事をしてみたいと思った。その年の暮れ、創業者の一人でCEOのErezが来日した時、3人で食事をした。

コクヨの東京本社に併設されているTHE CAMPUSに導入いただいたのは、日経ビジネスの記者の方(酒井大輔氏)が書いて下さった記事を社員の方がご覧になられたことがキッカケだった。社長の黒田さんとは10数年前、とある会合で知り合っていた。

こうして振り返ってみると、Steve Jobs が言っていた connecting the dots そのものである。きっと、これからの人生もそうありたい。

最後に、Infarm 日本法人の経営者として、また、Infarm 全体のリーダーシップチームの一員として、幹部会議に出席し、Global スタートアップの経営に参画してきたことで学んだことを整理したい。

1つ目:CAPEX。野菜を生産しているという意味では「農業」であり、AgriTech スタートアップだが、その収益構造は、完全に「製造業」だということ。

もちろん、設備投資の額は何を生産するかで大きく異なるが、テスラを生産するのか? iPhone を生産するのか? 野菜を生産するのかの違いであり、需要予測に基づき、生産拠点という「設備投資」を行う必要がある意味では、基本的な構造は同じである。

また、Vertical Farming(LED/水耕栽培)というカテゴリーは、研究開発投資(R&D)が求められる点でも、テスラやアップルのような大企業と類似している。ひと言で言えば、財務的体力が求められる事業ということだ。

2つ目:Diversity。Infarm は一時期、11カ国で事業展開しており、1,000人を超える従業員が在籍し、その国籍は「50カ国」を越えていた。ベルリン(ドイツ)発祥にも関わらず、僕が思うに、ドイツ人はせいぜい3割もいなかったし、英語が母国語の人も2割もいなかったと思う。でも、もちろん、社内公用語は「英語」である。

グローバルな事業を生み出すには、グローバルな問題意識、環境、そして、多様性が極めて重要ということだ。

一方、日本のスタートアップを見ると、殆どのケースで、創業者は全員「日本人」、投資家も日本人 or 日本企業 or 日系VC、社員も殆ど日本人、顧客も日本企業(日本人)だろう。尚且つ、現時点では、世界第3位のGDP(日本市場)があり、それでは、ガラパゴス化は必然であり、むしろ合理的である。

理想を言えば10年、できれば20年前に、Infarmのようなグローバルスタートアップの経営に参画する機会があったなら・・・と思うが、Infarm で得た貴重な経験を、これからの人生に活かしていきたいと思う。というか、活かすことのできる仕事をしたい。

3つ目:Expansion v.s. Focus。個人的な感想だが、市場にしても、品種にしても、手を広げ過ぎたように思う。一般論で言えば、少ない市場、少ない品種の方が経営資源の投資効率が良いのは間違いない。ソフトウエアのビジネスと違って、生産施設を前提としたビジネスであり、アゲインストの風が吹いた時の撤退コストも大きい。

4つ目:Product Market Fit。定量的に検証したわけではないが、お菓子やスイーツ等、デザートに分類されるものは、それなりに「冒険(試しに買ってみる)」する人が多い気がするが、日常の「食事」に使う食品に関しては、基本的に「冒険しない(知らないものは買わない)」人が多いように思う。

Infarm の主力商品は「ハーブ類」であり、顧客の立場で考えれば、購入する前に「試食」をしたいだろう。でも、Infarm が日本市場に参入するまさにそのタイミングで、新型コロナウイルス(COVID-19)が猛威を振るい、紀ノ国屋やサミットに限らず、すべてのスーパーマーケットで「試食」は出来なくなったことは極めて痛かった

PMF:Product Market Fit に至る前に撤退を余儀なくされたことは、経営者として悔しかったが、そのようなリスクも含めた上で経営するのがビジネスだ。

5つ目:Office & Factory。僕は今まで、インターネット関連のビジネスにしか携わったことがなく、「本社部門(オフィスワーク)」と「生産施設(現場)」とに分かれている事業(組織)は初めての経験だった。

また、Infarm はヨーロッパに親会社があり、本国では事業基盤が整っているが、日本法人はスクラッチから立ち上げる必要があり、純粋なスタートアップとは言えず、かといって、出来上がっている組織でもなく、社内のカルチャー、緊張感、スタッフのモチベーションをどうマネージすれば良いか?が難しかった。

Infarm Japan の経営を通じて、僕はたくさんのことを学んだ。

今後は、株主の一人として、Infarm がこの世界的な逆境を乗り越え、力強く成長して行くことを見守りたい。

ひとつ、付け加えることがあるとすれば、残念ながら撤退することにはなったが、Infarm に投資し、日本市場への参入を実現できたことで、欧州の「AgriTech/FoodTech」系スタートアップで、日本市場への参入に興味のあるところから相談されるようになった。

その中の一社で、とあるノルウェーのスタートアップと交流ができ、6月に、人生で初めて、オスロに行くことになった。

本当に最後に、このような機会を提供してくれた、Erez, Guy, Osnat の3人の創業者、また、リーダーシップチームのメンバー、日本法人のメンバー、上記で紹介したJR東日本、紀ノ国屋、住友商事、サミット、コクヨの皆さんには、改めてお礼を申し上げたい。

ありがとうございました!!