成功の定義 〜 Define your own success. 〜

ドリームビジョンのオフィスから徒歩2~3分のところに、サンドイッチの美味しいカフェがある。ゆっくりランチを食べる余裕がない時は、そのお店のサンドイッチをテイクアウトで買ってくることが多い。昨日もそのお店に行った。

僕のオーダーしたサンドイッチが出来上がるのを待っている間、お店に置いてあったある写真集を手に取った。

それは「aqua」というタイトルで、世界中の「イルカ」を撮った写真集だった。ペラペラとページをめくると、あるページに何とも言えない可愛い目をしたイルカが写っていた。

その本の解説によると、イルカにもいくつかの種類があり、人懐っこいイルカもいれば、警戒心の強いイルカもいるらしい。でも、そのいずれもが、とても愛くるしい表情をしていて、人間の子供を思わせるものがあった。

最近、子供がもう少し大きくなり物心がついたら、アフリカのサバンナや南の島など、とにかく、自然を満喫できるところに連れて行きたい、というか、一緒に行きたいと思うようになった。自分の経験でもそうだったが、親と行動を共にしてくれるのは、小学生までだろう。そうなると、あと10年ちょっと。一緒に旅行に行けるとなると、2~3年後から5~7年間だろう。僕の年齢で言うと、53~54歳までだ。

その「夢を実現する」には、時間とお金が必要である。そして、体力も。

3月に上海に行った帰りの飛行機の中で、大谷さんが「子供と一緒に地球一周をするのが夢だ」と言っていたことを思い出す。その時は、一般論としてしか理解できなかったが、今はとても「共感」できる自分がいる。

ところで、最近のニュースでは、ライブドアや村上ファンドに替わって、コムスンやNOVAが世の中を騒がせている。そのいずれもが、「飽くなき成長意欲」が根底にあるように思う。

誤解のないように言うと、成長意欲自体はとても大切なことで、それを否定する理由はどこにもない。

問題は、その成長意欲を「駆り立てているもの(動機)」にあると思う。

ところで、最近はビジネスの話しではなく、最近の僕の心境や子供との触れ合いの中で感じたことを書いて来たが、久しぶりにビジネスに関するテーマでのエントリーを書きたいと思っている。

具体的には「ヘッジファンド」と「バイアウトファンド」の行動様式の違いや、大袈裟に言えば「資本主義の未来」といったことにも想いを巡らせつつ、自分の考えを整理してみたい。

追伸:昨日は、ドリームビジョンの株主(正確には彼が経営する会社)でもあり取締役でもあるジョナサン・ヘンドリックセンがオフィスに来た。彼も人生の「大きな転機」にいるらしい。彼の新しいチャレンジを心から応援したいと思う。

あれから1年。僕らが始めた「何か」。

先週の金曜日(6/1)の夜遅く、ある方から1通のメールを頂いた。

実は1年前の6/1、ドリームビジョンの創業を記念して、マネックスの松本さんをゲストとしてお招きし、渋谷のセルリアンタワー東急ホテルでセミナー(トークセッション)を開催した。メールの主は、参加者のおひとりである。

因みに、その時のテーマは、「流されない生き方 自分らしく働くために」というものだった。

頂いたメールには、こんなことを書いてあった。

「あのとき、あのセミナーに、セミナーという物に始めて出席し、名刺を忘れたから交流会に出ても何も出来ないからと、会場をあとにして、突然、何に導かれたのか、一枚だけ、その日ノート挟んだ名刺を思い出し、それをコピーするなどそれまでしたことのない行動に駆り立てられ、乾杯の済んだ会場にあとから参加をしました。

この1年、語れるような成果があるわけではありませんが、いまの自分がいるのはすべて、平石社長が始めた何かにあると思っております」。

僕たちがドタバタの中で開催したセミナーが、その方にとって何らかの意味があり、彼の人生に何らかの良い影響をもたらしたのであれば、とても幸せなことである。そして、超多忙なスケジュールにも関わらず、僕らの依頼にひとつ返事でO.K.してくれたマネックスの松本さんに感謝したい。

ところで、僕にとっては「平石社長が始めた何かにあると思っております」という一文が、頭にひっかかった。特に、僕が始めた「何か」という表現に。

ドリームビジョンは、僕と安田のたったふたりで創めた会社である。

セルリアンでトークセッションを開催した時は、僕と安田に加えて、アメリカの大学を休学してインターンとしてドリームビジョンの立ち上げに参加してくれた山田くんの3名だった。イベントは、様々な支援者のお陰で開催することができた。

そんなドリームビジョンも、現在はフルタイムが4名、パートタイムが6名で、合計10人が関与する会社になった。インタースコープの時のスピードと較べると、とても緩やかな成長ではあるが、それ故に「得られている」ことがたくさんあるように思う。

ところで、僕が安田に声をかけて創業したドリームビジョンであるが、僕はここで「何」を成し遂げようとしているのか?彼のメールは僕にその問いを投げかけてきた。

僕の心の底にあるものや創業当時の想いは変わってはいないと思うが、この1年間、僕らは様々な試行錯誤を繰り返しながらやってきた。理念とビジョンはあっても、それを「何でどう具現化」するのか?更に言えば、何でどうやってお金を稼ぐのか?それも、継続的に成長していけるもので・・・。

でも、その「何か」は、まだ、具体的な形にはなっていない。

最近、経営会議と称するMTGを定期的に行うようになった。正確に言うと、泉谷さんと松本さん(5月から加わったスタッフ)が加わり、個性も性格も異なるが、理念とビジョンは共有できている4人が集まったことにより、ようやく「組織」らしくなってきたことを受け、中長期および短期的に、ドリームビジョンをどんなふうに経営していくか?どんな会社にしていくか?について、議論をしている。

まだまだ、試行錯誤は続くと思うが、焦る心を落ち着けて、一歩ずつ、やっていこうと思う。

追伸:マネックスの松本さんとのトークセッションの内容を久しぶりに読み返してみようと思う。原点に返る良いきっかけ(視点)があるような気がする。

世界で「最もイノベイティブな企業」を目指して・・・。

晴天に恵まれた日曜日。何十年ぶりかに「上野動物園」に行った。

「上野」のという場所は、僕たち(の世代ぐらいまでか?)東北出身の人間にとっては、東京という「全国区での挑戦」や自分の生まれ故郷に対する「郷愁」なり、心のどこか奥深くにあるものを呼び起こさせてくれる何かがある。

駐車場に車を停めて上野駅の公園口の前から上野公園に入ると、敷地内には「樹齢何十年(僕が子供の頃からそこにあったのだろう。歴史にはロマンを感じる)」という樹木がたくさんあり、そこには静かな佇まいがあった。僕の普段の生活圏である渋谷・原宿・恵比寿辺りとは異なる赴きに、東京の文化的・知的側面を感じた。

子供の頃に来て以来の「上野動物園」は園内の案内標示がわかりやすく、トイレや休憩所がたくさんあり、とても居心地のよい場所だった。子供がもう少し色々なことがわかるようになったら、また、連れて行こうと思う。

時間は逆行するが、土曜日は今年8回目のゴルフに行った。メンバーは、マクロミルの福羽さんと柴田さん、楽天リサーチの森さんと僕。スコアは今年になって「2度目」の「89(44+45)」だった。

嬉しくなかったと言ったら嘘になるが、後半は明らかに防げたミスがあり、それがなければ「85~86」で回れたはずであり、少々悔しさが残った。でも、自分のゴルフのレベルが確実に上がっていることを実感でき、今年の目標である「85」を出す自信がついた。

また、インターネットリサーチ業界の盟友と言ってもいいマクロミルの福羽さんと柴田さんと一緒にラウンドできたことは、とても嬉しかった。断トツのトップを走るマクロミルとインタースコープインフォプラントの合併による新会社で切磋琢磨し、僕らが育ててきたインターネットリサーチ業界をより一層発展させていってくれたら、とても嬉しく思う。

ところで、また、時間は逆行するが、先週金曜日の夜、ドリームビジョンの経営会議を行った。19時頃から始めた会議は集中力を保ったまま23時半頃まで続き、帰りに「じゃんがらラーメン」を食べて帰った。

会議の目的は第一四半期のレビューとそれをもとに今後の事業戦略および実行計画を詰めることだったが、最後に「企業理念」について、僕がここ数ヶ月、大袈裟ではなく、毎日毎日考えてきたことを踏まえて創ったドラフトをもとにみんなで議論をした。

現在の「企業理念」は「夢を実現する」であるが、抽象的過ぎて、外部の人はもちろん、これから人数が増えていった時、社内においても、僕がその言葉に込めた意味を理解してもらうことが困難になるだろうと思い、ここ数ヶ月、そもそも僕は「何を成し遂げたいと思っているのか?」を自問自答してきた。

結論は「イノベーションを起こしたい」ということだった。

インターネットリサーチは、今までの僕のキャリア(市場調査・分析、戦略立案等)をインターネットにより「イノベート」する、格好の題材だった。

では、僕がドリームビジョンという組織を通じて、どんなイノベーションを起こしたいと思っているのか?それは、近日中に僕らのウェブサイトでブラッシュアップされた「企業理念」として公開したいと思う。

ところで、その企業理念のブラッシュアップは、先月からドリームビジョンのメンバーとなってくれた泉谷というスタッフにお願いした。

彼は大学卒業後、東レという大企業を経てアジアネットというベンチャー企業に転じ、その後、KPMGという会計系のコンサルティングファームで働いた後、彼の母校である早稲田大学のビジネススクールで学んでいる。

僕がまだインタースコープの経営をしていた頃、彼は早稲田のビジネススクールで学びながらインタースコープでアルバイトをしていたことがあり、その時に、僕が久しぶりに担当したある新規事業開発のプロジェクトを手伝ってもらったことが縁である。

先程、メールをチェックしたら、その彼から、僕がまとめた「企業理念」と「経営方針」について、ブラッシュアップされた案が届いていた。

そこに書いてあったことは「The Most Innovative Companies」としてランキングされている企業(日本企業では、ホンダやトヨタがランクインしていた)の「企業理念」なり「経営理念」なり「経営方針」と、僕らの「企業理念」と「経営方針」だった。

内容は別の機会に譲りたいと思うが、僕が最も嬉しかったことは、

【ドリームビジョン】(The Most Innovative Companies 20XX 第X位)

と書いてあったことだ。

21世紀のうちに、The Most Innovative Companies の1社として、世界ランキングにランクインしよう!!!という意味である。

インフォプラントの大谷さんは、これからの自分の人生を「八戸を日本のシリコンバレーにする!!!」ことにコミットすることに決めたと言っていたが、僕はドリームビジョンを「世界で最もイノベイティブな企業(組織)」にすることを目標にしようと思う。仮に、僕が生きている間には実現できなかったとしても・・・。

そして、もうひとつ、僕が嬉しかったことは、仲間を信じて「自分の想いを託す」ことができれば、それは、何倍もブラッシュアップされて自分に返ってくるということを実感できたことである。

インタースコープの平石としては成し遂げられなかった「Unfinished Business(終わっていない宿題)」を、ドリームビジョンの平石として実現したいと思う。

大好きなゴルフも、昨年の秋まではどうやったらもう一度80台のスコアを出せるのか?がわからず苦しい思いをしていたが、今は「80台前半」を出せるイメージがある。数年以内に「70台」も出したい。

自分を信じて「理に適った努力」を続けて行けば必ず、結果はついてくる、と思っている。

「人生は短い」。でも、「峠はまだ先の先にある」。

先週金曜日の日経新聞で読んだ、大リーグで活躍する「松井選手」のインタビュー記事の最後に書いてあった言葉である。

追伸:「八戸を日本のシリコンバレーにする!!!」ことにコミットした大谷さんが、先週土曜日の日経新聞一面に載っていた。「志」が支援者を呼び、社会を変える!!!のである。

ギャル革命!!

ソフトブレーン・サービス主催のセミナーで、「ギャル革命」の著者であり、ギャル・マーケティングの第一人者?であり、経営者でもある「藤田志穂さん」の講演を聴いた。

とても勉強になった。

確かに、お世辞にも教養があるとは言えないし、ボキャブラリーが不足しているので、本人の伝えたいことを上手く言葉に出来ていない面は否めないが、でも、彼女は「物事の本質」を理解しているし、組織をマネージすることの意味を理解していると思う。

講演では、こんなことを言っていた。

・周囲がどんなに「上」から注意をしても、本人が「自分で気づかなければ」治らない。
・女の子たちが「やりたい」と言ってくれなければ、彼女たちが興味がなければやれない。
・知らなかったら出来た。(先入観が何も無かった)

また、「おかし」を大切にしていると言っていた。

「お」は「思う」。
「か」は「書く」。
「し」は「しゃべる(人に話す)」。

そして、「感謝の気持ちを忘れない」ことが大切だと言っていた。

講演中も「ありがとうございます」を連発していた。

また、「ギャル」という自分の「コンピタンス」に「フォーカス」していることで「記号性と意味性」が構築される。

そして、僕にブログで書かせる「魅力(人を惹きつけるもの)」を持っている。

自分の「強み」を活かした「USP」が大切だということを再認識させられた。藤田 志穂
ギャル革命

初めての東京ミッドタウン

昨日の夜、東京ミッドタウンの「リッツ・カールトン」で、第1回 DREAMGATE AWARD(35才以下の起業家表彰制度)の表彰式とパーティが開催された。インタースコープ時代にドリームゲートの仕事(リサーチ関連)をさせて頂いたり、かばん持ちインターンを受け入れたり、ブログを書いたりしていたことで、お招きいただいた。

インタースコープを退任した後は、同社とは関係が無かったが、代表の松谷さんがネットで僕の所在をつきとめて招待状を送ってくれた。とても嬉しかった。

起業家の表彰制度としては、第2回目の時に僕もセミ・ファイナリストにノミネートいただいた「EOY(Entrepreneur of the Year) Japan」なるものがある。ドリームゲイトは、EOYにとってのコンペティターということになる。起業家なりベンチャー企業の輩出が必要だという、社会的認識が高まっているということだろう。

記念すべき第1回のアワードでは、30人の起業家がノミネートされ、その中からエスグラントコーポレーションの杉本さん、リサイクルワンの木南さんら、オイシックスの高島さん等、今を代表する若手起業家「7人」の方が受賞された。

昨日の表彰式とパーティに参加させていただき印象に残ったことは2つあった。

ひとつは、審査委員を代表してのブックオフ創業者の坂本さんの挨拶。

僕の記憶では、坂本さんは50歳で起業された方で現在65歳ぐらいだったと思う。50歳で起業されたということだけで凄い。

その坂本さんが古本屋を始めた時、銀行は融資をしてくれなかったし、店舗を出そうとマンションやアパートを当たっても、イメージが悪いとして、貸してもらえなかったらしい。その上、150万円を払い、リクルートの就職情報(当時)に採用広告を出したところ、ひとりも応募が無かったという。そのような苦労を乗り越えて、今日のブックオフを築いて来られたという話にとても感動したと同時に、勇気を頂いた。

ふたつめは、オプトの鉢嶺氏(ハチ)との会話。パーティの席でハチの方から僕の姿を見つけて話しかけてきてくれて、お互いの近況について話しをした。

彼とは12~13年の付き合いになるが、お互いに苦労をしていた(僕は今でもしているが)時代を知っているだけに、今や年商300億円企業の社長になった彼には、畏敬の念すら覚える。本当に素晴らしい人だ。

そのハチが2005年の秋、灘高に講演に行った際に、100人ぐらいの生徒たちの中で、将来のなりたい職業を尋ねたところ、なんと49人が「起業したい」と答えたそうだ(授賞式の際のスピーチでの話し)。それは、誰の影響かと質問したところ、堀江さんと三木谷さんの影響だったらしい。講演が「半年後」だったら、ひょっとしたら全く違った反応だったかもしれないと、ハチは言っていた。

たしかに、最近の「起業家」なり「ベンチャー企業」に対する社会的評価は一時期とかなり変わってきているとのを感じる。要するに、起業家といわれる人達の「生き方」が問われているのだと思う。

良い刺激を頂いた夜だった。

父の命日。

4月4日は、父の命日だ。人が亡くなった日を「命日」と呼ぶのは意味深い。

父が亡くなってから今日でちょうど20年になる。父は、桜の咲く季節(4月27日)にこの世に生を受け、桜の咲く季節に亡くなった。

僕が生まれ育った福島県郡山市は東京から200キロほど北にあり、当時は今ほど地球が温暖化していなかったこともあり、ゴールデンウウィーク直前が桜の季節だった。

父からは多くのことを学んだ。

最近になってよく想うことは、もし、今、父が生きていたら、僕の生き方を何と言うだろうか?ということと、僕の妻と気が合うだろうか?ということだ。

一昨日のブログにも書いたが、結婚というのは本人同士の問題だけではなく、双方の家族の問題であることを自分自身の経験から学んだ。でも、間違いなく、どんなことがあっても、孫のことは可愛がってくれたと思う。

僕は15才の時に母を亡くし、24才の時に父を亡くした。母は45才、父は55才だった。そのせいか、同年代の人達よりも「死生観」というものが発達したように思う。

こうしてブログを書いていることにも幸せを感じられるのは、両親を早くに亡くしたことと無縁ではないと思う。

話しは変わるが、山手線の中で見た「ADIDAS(アディダス)」のコマーシャルが印象的だった。

辛い時期は必ずやってくる。でも、それを乗り越えるということが大切なんだ」。by デイヴィッド・ベッカム

そのことの「本質」を理解できる人は、「困難(辛い時期)」を乗り越えたことのある人だけだと思う。

2人だけの経営会議。

今日(厳密には昨日)は創業メンバーで取締役の安田と2人でMTGをした。

数字もついてきつつあり、これからの事業推進に関して意見交換をした。

夕方、妻に電話をしたところ、子供の体調もよくなってきたようで、これからエンジン全開?でいけそうな予感。

一昨日(3/21)に開催されたネットエイジデイでの西川さんと小池さんの対談で、成功する起業家の共通項として、「運命的な出会い」があること、とにかく「気力、情熱、突破力」があることが挙げられていたそうだが、僕に関しては、「運命的な出会い」に支えられていると思う。

もうひとつ、シリコンバレーの起業家と日本の起業家の違いは「能力」ではなく、最初から「世界を目指すかか否か?」という「マインドの違い」らしい。

勘違いも含めたマインドには自信がある僕は、その勘違いに「磨きをかけよう」と思った。

「夢しか実現しない!!!」。