先日のエントリーで書いた少年の「生き方」に、衝撃を受けた。
彼のことを考えているうちに、何故だか分からないが、「相田みつを」の本を読み返してみたくなった。
好きな方はもうお分かりだと思うが、今日のエントリーのタイトルは、その「相田みつを」の「言葉」である。
随分前に妻が日めくりのカレンダーを買ってきて以来、好きになった。
読み返してみたのは、自宅の本棚の上の方に置いてある「生きていてよかった」という本だ。
その本に書かれている「言葉」は、氏が、週間ダイヤモンドに1986年4月12日号から1987年4月4日号に「おかげさん」と題されて連載されていたものだという。
「相田みつを」の息子さん(相田一人氏)が書いた巻末の解説を読み、そのことを知った。
「相田みつを」は59才の時に処女作「にんげんだもの」を出版したらしいが、60代前半は、息子である一人氏からみて、「相田みつを」の最も充実した時期だったという。
享年67才なので、最盛期に逝った人なのだろう。
ところで、一人氏の文章を読んでいると、今は亡き父親に対する愛情がひしひしと伝わってくる。
それは、見方を変えると、父である「みつを」氏が、それだけ真摯に人生を歩まれていたということで、その姿が「一人」氏に大きな影響をもたらしたということだと思う。
そういう意味では、僕も亡き父から大きな影響を受けた。
話を一人氏に戻すと、巻末の解説に、こんな文章がある。
「それは正に、相田みつをが完全燃焼した一年であった。傍らで原稿の整理を伝だっていた私には、そう見えた。さほどに父の打ち込み方は激しく、また一方で、あれほど生き生きと筆を執る父の姿もかつてなかった」。
プロスポーツの選手が、自分の子供に、自分が現役で活躍する姿を見せたい、正確には、自分の子供が自分の現役時代を覚えていられる年齢になるまで現役でいたいという話を時々耳にするが、相田みつをという人は、晩年に、その姿を息子さんに見せたのだろう。
ところで、僕は46才、僕たちの子供は4才。
彼が父親の生き方から何かを学ぶ年齢になった時、何かを伝えられる生き方をしていたいと思う。