The World after Trump.

トランプ大統領が誕生した翌日(2017.01.21)、ある意味、記念すべきタイミングで米国に入国した。San Francisco 市内はトランプ大統領に反対するデモの影響で渋滞が酷い。例によって時差ボケで眠れないので、ブログを更新することにした。

首都ワシントンでは、トランプ大統領に反対する約100万人の人々がデモ行進を行ったようだが、僕の起業家仲間も何人か、わざわざワシントンまで飛行機で飛び、そのデモに参加していた。

最初に、彼・彼女たちのfacebook ページで写真を見たときは、いまひとつ、ピンとこなかったが、ネットで検索しているうちに、普通の日本人には想像できないほどのマグニチュードが今、アメリカで起きていることが理解できた。

デモは全米に留まらず、ロンドン、パリ、南アフリカ、レバノン、アルゼンチン等、全世界で行われているようだ。そして、東京でも。

アメリカや欧州のような「人種や民族間の争いがない」単一民族国家の日本では、そのリアリティを感じずに済んでいるかもしれないが、膨張が止まらない「医療・介護」費用、返済の見込みがない「公的債務(事実上、我々国民の負債)」により、殆どの国民が起こるはずはないと思っている(思わされてる?)「財政破綻」が現実となった場合、民族間ではないにしても、富める者と富めざる者との間の争いが起こらないと保証できるだろうか?

「移民」とは言わないかもしれないが、東京では、コンビニの店員の1/3、ひょっとしたら半分近くが日本人ではない人たちになっている。イギリスやアメリカの構造にも通ずる社会構造になりつつある。

また、これから確実に進むであろう「A.I.」により付加価値の少ない仕事がますます無くなっていった時、BREXITやTrump支持者のように、グローバリゼーションとテクノロジーの進展に取り残された人たちが、その怒りを顕にしたり、あるいは、そのような人たちの支持を取り付けた政治家が現れることはないと言えるだろうか?

そういう僕も、いつどうなるか分からない。繁栄を勝ち得ることができるのは、常に努力を続ける人間だけだ。

時差ボケついでに、ホワイトハウスを去るオバマ大統領と、就任演説をするトランプ大統領の両方のスピーチを聴いた。

gumi の國光さんもコメントしていたが、その内容の善し悪しは別として、トランプ大統領のスピーチは、単純、明快、簡単な単語で構成されており、誰が聴いても理解できる、とても分かり易い内容だった。

一方、オバマ大統領の最後のスピーチは、洗練された言葉で構成されて、知的な雰囲気が漂っており、集まった観客から惜しみない拍手(泣いている人もいた)が贈られていたが、敢えて辛口に評論すると、冗長でメッセージが分かりにくい。

「Decisive(物事が明白な、疑う余地のない)」という点では、トランプ大統領の方に軍配を上げざるを得ない。

参考までに、僕がチェックしたトランプ大統領就任に関連するニュースのリンクを掲載しておくことにする。

米国で最もリベラルと言われるベイエリアには水曜日(1/25)まで滞在し、その後、ボストンに移動する。東海岸がどのような雰囲気なのか?この目で確かめたい。

オバマ大統領 最後の演説

トランプ大統領就任演説

Demo: Women’s March Against Trump

http://www.aljazeera.com/news/2017/01/women-world-protest-president-trump-170121134424671.html

http://www.huffingtonpost.jp/2017/01/21/womens-march-trump_n_14310944.html

http://www.nikkei.com/article/DGXLASGN21H3J_S7A120C1000000/

http://diamond.jp/articles/-/114564

http://www.huffingtonpost.jp/yoko-kuroiwa/trump-news_b_14291336.html?utm_hp_ref=japan

アメブロからは引っ越したが・・・。

現地時間で土曜日(1/21)の11:55am、今年初めてのサンフランシスコ国際空港に降り立った。ここ数年は、1-2ヶ月毎に海外出張が続いていたので、半年ぶりの国際線は新鮮だった。

ところで、今週の火曜日(1/17)、とある相談で、何年ぶりかで元上司を訪ねた。

20代の頃に働いていた会社でお世話になった方で、彼は僕が生きている世界やI.T.には疎い人だが、人間の本質というか、いつもズバッと核心を突いて来る。今までも人生の岐路に立たされた時には、いつも彼に相談してきた。

人間は誰しも、自分の中に「答え」を持っている。しかし、自覚がないか?言語化できていない人が多い。でも、それは、他人に話すことで、自然と言語化され、自覚するようになる。

今となっては「死語」だが、80年代、バブルの頃、「私と仕事とどっちが大事なの?」というフレーズが一世を風靡?した。

たしかに、物事には何事も「トレードオフ」な側面がある。ある日のある時間に、キレイな女性と食事をすれば、その間は仕事はできない。

しかし、そういうことではない。前提条件、判断基準を設ければいい。

起業して成功している人(音楽家やアスリート等も)は誰でもそうだと思うが、公私という区別があまりない(と思う)。たしかに、子供の入学式に参列すれば、その時間は会社には行けない。でも、職業と自分の人生を本質的なところで一致させれば、何を優先させるべきか?迷うことは無くなるはずだ。

仕事と私生活を分けて考えるほうが無理がある。自分という人間はひとりしかいないわけなので、仕事だろうが私生活だろうが、その時の自分にとって最も大切なことを優先するしかない。

自分の人生にとって「最も重要なこと」は何なのか?

「シーモアさんと、大人のための人生入門」というドキュメンタリー映画をみて、自分自身のことを考えた。

一流のピアニスト(演奏家)を目指すのなら、先人が書いた名曲を弾くだけでなく、自分でも作曲した方がいい。彼はそう言っていた。

僕の場合、「新しいことに挑戦する」「困難なことから逃げずに、挑戦する」「成功すれば勿論だが、仮に失敗したとしても、その課程を、尊敬でき、信頼できる人たちと共有すること」ができれば、幸せだ。

ところで、スターバックスが成功した理由のひとつは、「かぶる帽子をひとつにする」というポリシーにあるという。

自分を誤魔化しながら生きていくのは辛い。でも、失敗しても構わないと思えるほどの何かが無ければ、人は自分を誤魔化し続ける方を選ぶのだろう。得たいものが得られなくても、失うものも無いから・・・。

でも、実は、可視化できない大切なものを失っている。勿論、霞を食っては生きていけないが、砂時計の砂は確実に落ちていく・・・。おカネは取り返せるが、時間は取り返せない。命は永遠ではない・・・。

アメブロに書いたままじゃなく、そういう自分も、そろそろ、終わっていない宿題を片付けないとね。

自分への手紙。

半年間、積み上げたままだった寝室の段ボールを昨日、ようやく開梱した。

11年住み慣れた恵比寿のマンションから今の住まいに越したのが昨年6月下旬。予想はしていたが、四方が直接、外気に触れる一戸建ては夏は涼しいが、冬は寒い。エアコンをつけて部屋を温めながら、長男が中学受験の模擬試験に行っている間に、古い書類を整理した。

昭和38年生まれの僕は子供の頃、父方の祖父母と一緒に大家族で暮らしており、嫁入り前の父の妹2人、僕から見ると叔母も一緒だった。そのふたりの叔母のひとり(長女)には、子供の頃、とてもお世話になった。少々気恥ずかしいが、正直に言うと、大学を卒業した後も結婚するまでは、お年玉はもちろん、帰省する度に、叔母は僕に小遣いをくれていた。

旧札の1万円札には「1990年2月11日」と書いてある。僕が初めて起業する約一年前だ。きっと、お金に困っていたのだろう。本当にどうしようもなくなったら、叔母がくれた一万円に手を付けよう(そうならないように頑張ろう!)と思って、お札に日付を書いたのだと思う。その一万円札を昨日、久しぶりに見つけた。何とか手を付けずに、27年、やってこれた。

長男からの手紙もあった。僕が50歳になった時にくれた手紙なので、彼が小学校2年生の時のものだ。

もうひとつ、開店休業中のドリームビジョンで作った2009年の年賀状も見つけた。「挑戦する人を創出し、広く社会に『勇気と自信と感動』をもたらす新しい社会的価値を創造する」という企業理念が書いてある。サンブリッジ グローバルベンチャーズの企業理念の原案である。

思い出の品は何も出て来ないが、世話になった人はたくさんいる。自分自身のために頑張るのは勿論だが、彼らに喜んでもらえたら最高に幸せだ。残念ながら、恩返しをできないまま、亡くなってしまった方もいる・・・。

3月30日になると、僕は54歳になる。どこからどう見ても本格的な50代だw。60歳まで、あと6年と3ヶ月しかない。

Your time is limited, so don’t waste it living someone else’s life. by Steve Jobs.

「人生は短い」。他人に気兼ねしている暇はない。