太陽が南に傾くと、季節の移ろいを感じる。
東側に小さなベランダがある我が家のキッチンには、夏の暑い頃は朝早くから太陽の光が差し込む。朝食を作る際、その光を遮るために、妻はブラインドを下ろす。とても暑くてたまらないから。でも、秋分の日を過ぎた頃から太陽は南に大きく傾斜し、ベランダ越しには光は入らなくなっていく。年齢のせいだろうか、こうして時間が過ぎて行くことを感じると、感傷的になる。
武蔵野EMCは学部名のとおり、アントレプレナーシップを学ぶために創設された。そのために、一年目は、徹底的に自分と向き合うことを強いられる。自分が何者なのか? 自分は何に興味があり、自分の原動力は何で、何が自分を突き動かしているのか? を知るためだ。
そういう僕にとっても、自分という人間を再発見する機会になっている。
武蔵野EMCは、とても素敵な学部だ。様々なバックグラウンドを持つ個性豊かな学生たち、そして、ほぼ全員が、武蔵野EMCの教員としての仕事以外に、世の中の定義でいうところの本業を持っている多様性に飛んだ教授陣。
強いて言えば、教員に外国人がいれば、さらに多様性が広がるだろう。但し、それには、学生たちにも、教員たちにも、英語というハードルがある。そういう意味でも、日本人として生まれたことは、大きなハンディを背負っている。英語教育における政府の致命的なミスだ。
武蔵野EMCで僕が受け持っている授業は、以下の2つ。
1つは、プロジェクトという科目。ビジネスアイディアを考えて、学生という立場(制約条件)であっても、何らかの形で実践することを求められる。起業したり、社会に出てから、自ら新しい価値を創造し、世の中をより良い方向に変えていける人間になるための予行演習のようなものだ。EMCのメインコンテンツと言っても過言ではない。
もう1つは、今年の夏、EMC創設後、初めて実施した「シリコンバレーツアー(研修)」。これもメインコンテンツと言っていい。僕の投資先の創業者たちに、起業に至る自分の人生や取り組んでいる事業について語ってもらい、それをもとに質疑応答(もちろん、英語で!)する。
起業家精神とは何か? 起業するとはどういうことか? ということをリアルに感じてもらうことが主目的だ。と同時に海外、特に、シリコンバレーのような「イノベーションの聖地」で生きている人たちから見た「日本(の危機的状況)」を理解することも大きな目的である。
僕が今、行っていることは、Infarm Japan の経営も武蔵野EMCの教員としての仕事も、スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式のスピーチで言った「Connecting the dots.」だ。
ところで、武蔵野EMCには「他人の夢を笑わない」という素晴らしいカルチャーがある。
数週間前、EMCの魅力を伝えるシリーズとして、計10回に渡り、僕のブログでEMCの価値観やカルチャーを紹介した。その一番最初に書いたのが、この「他人の夢を笑わない」というカルチャーだ。
それに勇気をもらって、僕がこの先の人生で実現したいことをブログに書くことにした。
そのひとつは「挫折、喪失、逃避、希望」をテーマにした起業に関する「映画」を撮ることだ。
数年前に読んだ「HRAD THINGS(原題:The hard thing about hard things by Ben Horowitz)」で、一言一句は別として、Ben Horowitz はこう言っている。
「シリコンバレーの起業家は、テクノロジーで物事を『効率化』することに興味があり、それがモチベーションになっている。一方、メディアの人たちは『(人の心を動かす)ストーリー』が好きなんだということに気がついた」。
僕は10代の頃、ミュージシャンになりたかった。音楽の才能は無いことに気づき、それなら俳優になろうと思い、ある有名な劇団のオーディションを受けた。300人中5人の一人に選ばれて、オーディションには合格したものの、その道で勝負する勇気がなく、俳優は諦めた。
新人タレントを売り出すための撮影に行かなかったのは、端役でももらってしまったら、後戻りできないと思ったから。30歳を過ぎても売れなかったら、潰しが効かないし・・・。
結果的に、起業家としての人生を歩み、一時期はスタートアップへの投資会社の経営もした。
でも、僕の原動力は、人と何かを共有すること、明日を生きる勇気を分かち合うこと、「人の心を動かす何かを創り出すこと」であり、物事の効率化ではない。エンジェル投資をしているのは、同じ起業家として、彼らの夢や想いに共感し、それを共有したいからだ。
「流浪の月」という映画を観て、改めて、自分自身に気がついた。
自主製作の映画なら、その気になれば作れるかもしれない。
でも、そうではなく、人の心を動かすことができる、その時代を映す俳優や女優の方々が演じ、一流の監督に演出してもらい映画を創りたい。
「流浪の月」を製作総指揮した宇野康秀さんのように、自ら創業した会社を3社も上場させて、文句のつけようのない社会的信用力や資金力があるわけでもなく、映画の勉強をしてきたわけでもなく、年が明けて誕生日が来ると還暦を迎える僕に、そんなことができるわけがないと笑う人もいるだろう。普通に考えれば、そのとおりだと思う。
でも、僕が将来、起業するとか、投資会社を経営するとか、それも海外のスタートアップに投資し、その中の1社 Infarm がユニコーンになり、AnyRoadは前述のBen Horowitzが盟友 Marc Andreessenと一緒に立ち上げた「a16z」から資金調達をすることになるなど、小学生の頃の僕を知っている人の誰が想像しただろうか?
20代の頃の僕を知っている人でさえ、僕が今、こういう人生を送っていることを想像した人は誰もいないだろう。
すべては「夢」と「想い」を持つことから始まる。
僕はそう信じている。