Has Berlin changed?

今回のベルリンは2泊3日の短い滞在だったが、良く知っている友人たちに加えて、新たな出会いもあり、有意義だった。

僕が初めてベルリンを訪れたのは2015年11月。無謀にも初めてのベルリンで、Innovation Weekend というピッチイベント(予選)を開催した時だった。

あれから約8年。その頃のベルリンは、だいぶ物価が高くなってきたとは聞いていたが、それでも当時の為替レートで計算すると、レストランは東京の60-70%、場所にも拠るが、家賃は約半分くらいと言っていたと思う。

日本でもニュースになったりもしているので、ご存じの方もいると思うが、今では、1つの物件に、なんと申し込みが300件!もあるそうだ。

ベルリン州政府の住宅政策の問題や規制が影響しているのだろうが、移住者の増加に対して、新しい物件の供給が追いつかないらしい。日本では東京や大阪のような大都会でも考えられないことだ。

それでも、ロンドン、パリ、アムステルダム等と較べれば、ベルリンの生活コストは、1/2-1/3だという。今の為替レートで計算すると、ひょっとしたら東京よりも生活コストが高いかもしれない。

ベルリン市内を走るトラム写真は夜10時過ぎ。まだ明るい。2023年6月12日(筆者撮影)

昨年9月に引き続き、ベルリンを訪問したのは、ベルリン州政府が主催するAsiaBerlin Summitなるイベントに、今年も登壇者の一人として招かれたからだ。そこで、予期せぬ面白い出会いがあった。

集客協力の一環として、イベント運営者が用意した各登壇者の顔写真入りのバナーがあり、それぞれがLinkedInへ投稿する。すると、何人かから会場で会いたいという連絡を頂いた。

その中の一人に、アジア人の女性がいた。彼女はスペインのMBAで、ケーススタディの対象として、なんとInfarmを取り上げていたという!それで、シードステージの投資家であり、日本法人を経営していた僕に話を聞きたかったらしい。

さすがに話せることと話せないことがあるが、日本法人の経営者として、また幹部会議への参加を通じて、そして、投資家の一人として、パイロットファームしかなかったアーリーステージからユニコーンになるまでの過程を見てきたことを、可能な範囲で共有した。ユニコーンにもなると、そういうこともあるんだな…。

今日はいつものホテルをチェックアウトした後、日本企業が資金を出しているスタートアップスタジオ的な組織の責任者とお会いした。彼とは先日、Zoom で話をしたが、実際に会ったのは初めてだった。

MTGを通じて改めて感じたことは、日本は、日本語という言語とHigh Context なカルチャーによるInvisible Barrier があり、参入し難い市場ということだ。

その後は、両親のどちらかが日本人の友人を訪ねた。彼は非常にユニークなファンドを運営しており、ベルリンのとある場所にアパート(日本でいうマンション)を3部屋、購入している。写真を撮るのを忘れてしまったが、まだリノベーション中のアパートを案内してもらった。

彼がやろうとしていることは、その一部をCo-working spaceにすることと、市場価格よりも安く日本企業の駐在員に賃貸したり、僕のような出張者が泊まれるようにすることだ。

と同時に、日本人(に限らないと言っていたかもしれない)の起業家で、ベルリンでスタートアップをしようとしている人たちに代わり、とても複雑なドイツの行政手続き等を代行することで、事業やプロダクト開発に専念できるようにしたいと言っていた。

その理由は、日本にルーツを持つ人間として、不動産が高騰し、物件が逼迫しているベルリンにおいて、少しでも、日本人がビジネスをし易い環境を提供したいということだ。日本に対する思いはとても強いものを感じる。

彼と話をしながら思ったことは、僕の知り合いに限ったことかもしれないが、彼も含めて、両親のどちらかが日本人の友人の殆どは、日本ではなく、もう一人の親の出身国に住んでいるということ。つまり、彼らにとって、日本は好きな国だが、と同時に、住み難い国だということだ。それは、日本にとって、大きな損失である。

ラグビーの日本代表は、主将がニュージーランド人であり、外国人選手がたくさん含まれていたが、そのことに文句を言う人は誰もいなかっただろう。

少子高齢化が避けられない日本を再び活力ある社会にしていくためには、日本が好きな外国人が住み易い国にしていく必要がある。

少なくとも、僕はそう思っている。

さて、ノルウェーはどんな国なのだろうか? 初めてのオスロが楽しみだ。

スットクホルム経由でオスロに向かう機中にて(投稿は帰国後の自宅)