日本のスタートアップには、もっとリスクマネーが必要だ。
長い間、そう言われてきた。実際、日本でスタートアップに投資される金額は2022年の約1兆円をピークとして、2025年は7,613億円(Japan Startup Finance 2025)に対し、米国は2025年、約3,200億ドル(約51兆円)がスタートアップに投資されている。資金調達環境の整備は、今も重要な課題であることは事実である。
しかし、今回の二つの分析を通じて、新たな問いを持つようになった。
日本のスタートアップが直面している最大の問題は、本当に「資本不足」なのだろうか。
Vol.1.1では、2026年7月7日時点の時価総額上位50社について、IPO前の株主構成を一次情報(目論見書)から調査した。確認したかったのは、「誰の資本で大きくなったのか」である。
その結果、VCや事業会社、エンジェルなどの外部資本によって成長した企業が38社、全体の76%を占めた。創業者が支配権を保持したまま、外部リスクマネーを15%以下に抑えた「創業者主導」型は12社(24%)にとどまる。日本のスタートアップの多数派は、外部資本主導である。
なお、世代(設立年代)による外部資本比率の差も調べたが、明確な傾向は確認できなかった。当初は「新しい世代ほど外部資本主導が強まる」という仮説を持っていたが、創業者の資産管理会社や親族保有を正しく除いて再算定すると、世代間の差はほぼ消失した。日本のVCエコシステムの成熟度と資本構成の関係は、当初の想定よりも弱いというのが、現時点の見立てである。
但し、Pre-1995世代に関しては、スタートアップそのものの絶対数が少なく、本稿の対象としているのは「時価総額TOP50」に含まれる企業という条件が関係しているとも考えられる。
また、外部資本を多く入れた企業ほど、時価総額が高いわけではなかった。
創業者主導型と外部資本主導型を比べても、時価総額の中央値には殆ど差が見られない。最上位には、楽天やZOZOのように、外部資本への依存度が低い企業も存在する。
つまり、資本を入れたこと自体が、大きな企業価値を保証するわけではない。
そこでVol.2.1.1では、問いを変えた。
「調達した資本は、いくらの価値になったのか」。
代表的な10社について、IPO前の累計調達額と、その後の時価総額を比較した。尚、ここでいう累計調達額には、創業者や関係者による資本は含まれない。純粋な外部の投資家から調達した資本のみを指す。指標は単純である。
資本効率 = 時価総額 ÷ IPO前の累計調達額
分析の結果、調達金額と資本効率の間には、強い逆相関が見られた。多く調達した企業ほど、投じられた資本に対して生み出した市場価値の倍率は低かった。

今回の分析は主にソフトウエア関連のスタートアップに関するものである。一方、DeepTechは根本的に異なる経済モデルに基づいている。製品化までの期間が長く、研究や実験、さらには専門的な施設への多額の投資が必要となるため、極めて巨額の資本を投じることが不可欠かつ合理的とされる。
しかし、ソフトウェア分野においては、そのパターンは驚くほど一貫していた。
もちろん、これは「資金調達をしない方がよい」という話ではない。
メルカリはIPO前に約165億円を調達し、2026年7月7日終値現在で約7,454億円の時価総額を形成した。日本を代表するスタートアップであることに疑いはない。
一方、ラクスは、VCから資金を調達することなく、創業者や関係者の資本と、事業が生み出したキャッシュフローを中心に成長し、約3,668億円(2026年7月7日終値現在)の時価総額に達した。
メルカリの方が企業価値は大きい。しかし、投じた資本あたりの価値創出では、ラクスが圧倒している。
資本を燃やして大きくなった企業と、資本をほとんど燃やさずに大きくなった企業がある。
どちらが正しいということではない。事業モデルも、市場環境も、成長戦略も異なる。 しかし、資本を多く調達した以上、その資本に見合うだけの価値を生み出すことが求められる。問題は、調達額が増えていることではなく、調達額ほどには企業価値が伸びていないことである。
Vol.1とVol.2を重ねると、日本のスタートアップを巡る議論が、次の段階に移りつつあるように思う。
これまでの中心的な問いは、
どうすれば、より多くの資本を供給(調達)できるか。
だった。
これから問われるのは、
その資本を使って、どれだけ大きな価値を生み出せるか。
である。
そして、この問いは、国内市場だけを見ていては答えにくい。
日本市場には、まだ多くの成長余地がある。スタートアップが参入できていない産業も、デジタル化が遅れている領域も少なくない。
それでも、資本市場が評価するのは、現在の国内シェアだけではない。その企業が将来どこまで成長できるのか。人口が減少する日本市場の先に、どのような成長ストーリーを描けるのか。海外市場に展開できるのか。あるいは、世界から資本、人材、顧客を引き寄せられるのか。
企業価値とは、現在の業績だけではなく、将来の成長可能性に対する市場の期待でもある。
そう考えると、日本のスタートアップの資本効率の低下は、単なる経営効率の問題とは言えないだろう。
この会社は、いずれ国内市場の天井にぶつかるのではないか。
そうした市場の見方が、株価に織り込まれている可能性がある。
これは、この二つの分析だけで証明できることではない。あくまで一つの仮説に過ぎない。
しかし、無視できない仮説である。
2026年のIVSで、Project Coalisの久保田雅也氏は、「日本のスタートアップ」という発想そのものを捨てた方がよいと語った。シリコンバレーの企業は、自らを「米国市場のための米国スタートアップ」とは考えていない。人口が縮小していく日本において、最初から国内市場だけを前提にすることには限界がある、という指摘である。
久保田氏は、さらに厳しい現実を語っている。
かつては、シリコンバレーの背中がかすかに見えていた。今は、もう見えない。
2011年からシリコンバレーと日本を往復し、多国籍チームによるグローバルスタートアップの必要性を考え続けてきた。
Innovation Weekendというピッチイベントを立ち上げ、海外でも開催した。そこでInfarm (ユニコーンになるも倒産)やAnyRoad(Andreessen HorowitzがシリーズAをリード)を発掘し、投資した。残念ながら上手く行かなかったが、日本人と外国人の共同創業者をつなぐプログラムも実施した。
しかし、その過程で一つだけ確信したことがある。
日本には、資本だけでは越えられない壁がある。
それは、言語だけの問題ではない。
国内市場だけで一定規模まで成長できてしまうこと。日本人同士だけでも仕事が成立すること(僕が嫌いなKYというのは、その典型だ)。慣れた制度、文化、商習慣の中にいる限り、世界で解くべき課題そのものが見えにくいこと。
日本は、居心地のよい市場である。
だからこそ、外に出る必然性が生まれにくい。
自分自身も、起業した当初、海外市場を考えたことはなかった。日本の中だけで事業をつくり、IPO(やM&A)を目指すことが、当時は合理的だった。
しかし、ルールは変わりつつある。
資本は以前よりも供給されるようになった。上場も、かつてより身近になった。その一方で、上場後も継続的に企業価値を高められる会社は限られている。
Vol.2.1で分析した10社は、すべて上場来高値を下回っている。上場は、もはや成功の証明ではない。資本市場から選ばれ続けるための、新たな出発点である。
このシリーズを通じて、考えが変わった。
日本のスタートアップに必要なのは、単に「もっと資本を」という議論ではない。
必要なのは、その資本を使って、世界でどれだけ大きな価値を生み出せるかという視点である。
国内市場で強い会社をつくることと、世界で成長できる会社をつくることは、同じではない。
日本から生まれた企業であっても、日本市場だけの企業である必要はない。
創業者も、経営チームも、社員も、投資家も、最初から世界と接続されている。資本、人材、顧客、知識が国境を越えて循環する。
そのような企業を、私たちは創れるだろうか。
Vol.1.1は、誰の資本で企業が育ったのかを明らかにした。
Vol.2.1は、その資本がどれだけの価値になったのかを確認した。
二つの分析を通じて見えてきたのは、資本の量の問題ではない。
問われているのは、資本の先に、どれだけ大きな未来を描けるかである。
資本市場は、すでにその問いを投げかけ始めているように思う。
我々は、その変化に、どう対応すれば良いか? その処方箋を描く必要がある。
出典: THE REAL PICTURE Vol.1.1・Vol.2.1。 スタートアップ投資額は Japan Startup Finance 2025。IVS2026に関する記述は筆者のブログおよびSubstack(2026年7月)に基づく。数値の詳細は筆者作成のスプレッドシート(v5.0)。






























