激動の年。

11月最終日の今日は、ドリームビジョンの株主でもあり、10数年来の友人(先輩と言った方がよい)ふたりが、我が家に遊びに来てくれた。

最初は緊張していた僕たちの子供も、1時間半ぐらいするとだいぶ打ち解けてきて、とても楽しそうに遊んでいた。

仕事での成功はもちろん大切だが、こういった気の置けない友人との談笑や家族との団欒が、何よりの幸せだと感じるようになった。

ところで、10年前(35歳になった時)に初めて人生計画なるものを立てた時から、今年は、変化の年の「最終年」と位置づけていたが、僕の人生で今までにない「激動の年」となった。

明日から12月。来年は、良い年にしたい。

他人の評価はどうでもいい。

明日は「来客」があるので、久しぶりに家の中を片付けた。

リビングの壁際に置いてあるサイドボードのような家具の中段にオーディオを置いていて、その周辺に「CD」が散乱していたが、それをひとつひとつ片付けた。

僕の音楽の趣味は「雑食」で、アシッドジャズ、ブラックコンテンポラリー、ボサノバ、クラッシック、ハードロック、J-POPと、何でも聴く。

CDを片付けていると、懐かしい「平井堅」のCDを見つけた。「歌バカ」というタイトルの2枚組のものだ。

その中に、LIFE is….という曲があった。

その中に「自分を強く見せたり、自分を巧く見せたり、どうして僕らはこんなに息苦しい生き方を選ぶの?」というくだりがある。

他人の評価はどうでもいい。とにかく、自然体。

「道のありがたみ」を知っている者は、「道のないところを歩いた者」だけだ。

先週の金曜日、久しぶりに山川さん(現ALBERT代表取締役会長)と食事をした。

本当は、8月下旬か9月初旬に会うはずだったが、僕の具合が悪くなったり、山川さんの都合が悪くなったりで、3ヶ月越しとなってしまった。

思い起こしてみると、山川さんと会ったのは、僕がまだ20代の頃。もう20年の付き合いになる。

年月の長さだけではなく、インタースコープというベンチャー企業を一緒に創業し、波瀾万丈の人生を共にしてきた間柄である。

一時期は、険悪極まりない関係になったこともあったが、何かがお互いを惹き付けているようで、今でもこうして会っている。

その山川さんと、あることを約束した。

ひとつは、新春のゴルフ。もうひとつは、秘密。でも、それは、とても楽しみなことである。

山川さんと僕に共通しているのは、自画自賛と言われるかもしれないが、パイオニアとして「道を切り開いてきた」ことだと思っている。

僕らがインターネットリサーチをやり始めた頃、インターネットリサーチ市場なり業界と呼べるものは無かった。

それが今では、マクロミル、クロスマーケティングと、上場企業を「2社」も擁立するほどに成長し、立派な「市場」なり「業界」に発展している。

僕らを「扱き下ろした」統計学の先生も、今ではインターネットリサーチの存在を認めざるを得ないだろう。

ところで、今日のエントリーは、大島亮吉(登山家・随筆家)という方の発言らしい。

僕が大好きな「アクティブ感動引っ越しセンター」のメルマガ(佐藤英典さんという方が書いている)で見つけた。

言葉には「力(エネルギー)」がある。

「感情移入」。

「挑戦する生き方」をテーマとして今年9月よりメディアの運営を始め、そのメインコンテンツである「挑戦する生き方」というコーナーを僕が担当している。

僕自身がインタビューを行い、そのテープ起こしを読み返しながら、どうすれば、彼らが自らの人生を通じて会得したことのエッセンスを伝えられるか?を考える。

僕の性格なのだろうが、毎回、彼らの生き方に「感情移入」することになり、文章を書く以前に、かなりのエネルギーを要求される。

でも、そのプロセス無くしては、納得のいく文章は書けない。

そして、彼らの「人生」を「疑似体験」することにより、書き手の僕自身が、最も多くの学びを得られていると思う。

インタビューに応じていただている方々に、心から感謝を申し上げたい。

就職活動

地下鉄車内で「マイナビ」の広告を見た。2010年4月に就職する学生の方々を対象としたものである。

もし、僕が今、大学3年生だったら、どのような就職活動をするのだろう?

社会の構造が大きく変わろうとしている今、将来の職業を考えるのは難しいと思う。

しかし、今の意思決定と行動が、10年後の自分を創るのは間違いない。

知識があろうとなかろうと、すべては「自己責任」である。

それが、学生であっても・・・。

そういう僕は、極めていい加減な就職活動しかしなかった。
そのツケを社会人になってから払っている。

でも、そのお陰?で得たものもたくさんある。

人生は「すべてを受け入れる」ことで拓けていくと思っている。

祝:東京タワー「開業50周年」。

しばらく前になるが、「東京タワー」開業50周年を記念した特集の取材を受けた。

「東京タワー」に縁のある方を取材しているらしいが、僕のブログを読んで、朝日新聞の記者の方が電話をして来られた。

「東京タワー」には、僕にとって忘れられない想い出がある。

中学の修���旅行で登った「東京タワー」で、僕は初めて「西洋人」に「英語」で話しかけた。

今から思うと顔から火が出そうな内容だったが、あれが、僕にとっては「英語」のデビューだったと思う。

高校の修学旅行で京都に行った際は「気後れせず」、道ばたで指輪やアクセサリーを売っていた外国人に話しかけていた。

人生は、何かの「きっかけ」で大きく変わることがある。

「東京タワー」は、僕に大きな「きっかけ」を与えてくれた恩人?である。

ホストカード。

ちょうど昨年の今頃だったと思うが、ドリームビジョンの「ポストカード」を製作した。インタースコープの頃から作りたかったものである。

初めてお会いした方や久しぶりにお会いした方などに、そのポストカードにメッセージを書いてお送りしている。

I.T.化された今日だからこそ、肉筆のハガキには意味があるように思う。

名刺を見ながら、その人との出会いの場面を思い出し、一通ずつ、ハガキを書く。

今朝は整形外科(半月板を痛めてしまったようだ)に立ち寄り、その後のアポまで中途半端な時間があったので、近くのドトールコーヒーに入り、ハガキを書いていた。

一通一通、ハガキを書くことは、心を静める効果もあるような気がする。