Stay hungry, Stay foolish… and Stay Yourself !

サンブリッジのシリコンバレーオフィスとSkype でのMTGがあり、今朝10時過ぎに繋いだら、「今日(10/5)は大変な一日でした・・・」とのこと。

僕が「何かあったんですか?」と尋ねたところ、「えっ、知りません?スティーブ・ジョブスが死んだんです・・・」という一言が返ってきた。

その衝撃は、1994年5月2日、僕が大好きだったF-1レーサーの「アイルトン・セナ」が亡くなって以来のものだった。

話は変わるが、今日はNBC(New Bsuiness 協議会)主催(事実上は、メンバーズ代表取締役社長の剣持さんの主催)の「Connect!」なる、大企業とベンチャー企業のパイプラインを創ろうという趣旨のイベントがあり、六本木ヒルズ49Fに出掛けた。

スペシャルゲストは「ジョン・ヴィクター・ルース(John Victor Roos)駐日米国大使」。

ルース大使は元シリコンバレーの弁護士事務所のCEOであり、アップルはその法律事務所の顧客であり、大使のお子さんたちとスティーブ・ジョブスのお子さんたちは一緒に遊んだ仲であり、ルースはジョブスと同じ、56歳だという。

とても親交の深かったジョブスの訃報に接し、ルース大使は、今日のスピーチ原稿を破棄し、ジョブスに対する哀悼の言葉を捧げていた。

僕の気のせいかもしれないが、ルース大使の表情は鎮痛そのものに見えた。

ところで、典型的な私立文系の僕にとって、コンピューターという存在は気難しい機械以外の何者でもなく、一生、関わりのない代物だと思っていたが、1998年、Macintosh のデモを初めて見た僕は、そのGUI(Graphical User Interface)に驚きを禁じ得なかった。

コンピューターというものに対する「概念」が変わった瞬間でもあった。

セナがそうだったように、天才は「太く短く、深く、波乱万丈」に人生を送るのだろう。

独善だろうが暴君と呼ばれようが、自分の美学と信念を貫いたスティーブ・ジョブスの生き方から、何かを学びたいと思う。

「雷同と横並び」からは何も生まれない。

Stay Yourself!「予言は自己実現する」。

今年も残すところ、あと3ヶ月。僕にとっては、48年目のシーズンの半分が終わった。

3.11。大地震と大津波、そして原発事故。紀伊半島を襲った台風。東方地方を縦断した台風で、福島県郡山市の実家は、あわや床上浸水(あと5センチだったらしい)。

これだけ集中的に自然災害(原発は人災)が発生したのは、少なくとも僕が生まれてからは記憶にない。

災害ではないが、記録的な「円高」も日本経済に大きな影響を及ぼしている。

ところで、昨夜は、ベンチャーナウの竹内さん、ネットエイジの西川さんと始めたInnovation Weekend の第4回目を開催した。

サイバードの堀さんにゲストとしてご登壇いただき、i-mode時代をサクっと振り返ってもらった後、これからのモバイルインターネットについて縦横無尽に語ってもらった。

この話は以前にも書いたが、法政イノマネの夏期集中講義にゲストとして登壇してもらった「おざーん」や数日前に上場を果たした Klabの真田さん、そして、サイバードの堀さん達を見ていると、起業家なり事業家としての才能では、どこからどうみても敵わないことを再認識させられ、とてもサバサバした気持ちになった。

自分で事業をやっていた頃は、曲がりなりにもインターネットリサーチ業界では「御三家」の一角として認知され、それなりの自負があったが、ドリームビジョンとしては事実上、事業は整理し、エンジェル投資家なり、ビジネススクールの客員教授という立場で彼らと接すると、相手と自分を同じ土俵で比較する必要もなく、素直に自分の器を認識することができるし、彼らの才能を賞賛することができる。

これは、僕にとっては思いがけない幸運な出来事である。

自分は自分のリフを弾けばいいし、プレッシャーを感じる必要はない。

変なプライドや見栄は、さっさと捨てた方が「身軽る」になれるし、「自由な発想」ができる。

ところで僕は、自分にとって「2冊目」の本を書こうと思っている。

タイトルは「破壊的イノベーションの軌跡」。

この先の6ヶ月は怒涛の勢いで過ぎていくだろうけど、何とか頑張って、来年の春先には出したいと思っている。

「予言は自己実現する」。

インタースコープの頃から、将来はベンチャーの「投資育成」事業をやりたいと思っていたが、アレンとの2年半ぶりの再会がきっかけでファンド(厳密にはファンドではないが)を立ち上げ、少額だけどドリームビジョンからも出資し、既に2社に投資を実行。尚且つ、2社とも「グローバル展開」を始めており、日経新聞に掲載され、CNETでは詳細まで書いていただいた。

「捨てる」ことができれば、「新しい」ことが入ってくる。

Stay yourself ! Define your own success !

Stay Yourself!自分の「原点」。

今日は子供を保育園へ送った後、ドリームビジョンの投資先の一社「イミオ」の経営会議に出かけた。

先月、無事に増資を完了し、当面の資金の目処はついたものの、ベンチャーというのは試行錯誤の連続であり、今日の経営会議の議題もどうすれば「収益性の高い事業構造」を構築できるか?に終始した。

今年の残り4ヶ月でどう「商品戦略」を練り上げられるか?が、イミオの将来を決めるだろう。

イミオの経営会議の後は「アクア原宿」に髪の毛を切りに行った。

アクアは「カリスマ美容師」の時代をリードした店で、僕は今からちょうど20年前、アクア(当時はオペラというブランドだった)創業者の綾小路さんと知り合い、それ以来、綾小路さんか彼のアシスタントだった角(すみ)さん(今は立派なスタイリスト)に切ってもらっている。

ところで、その「アクア原宿」に行くために、神谷町から地下鉄に乗り、明治神宮前に向かった。

明治神宮前に到着し、地上に出るために階段を登りながら、僕は13年前の出来事を思い出した。

1998年の6月。この入口の前(ラーメン屋の角)で、現ALBERT代表取締役会長の山川さんと立ち話をしたことが、僕のベンチャー人生の始まりだったと言っても過言ではない。

当時の僕は、ちっぽけな会社を経営していたが、それはベンチャーと呼べるものではなく、単なる零細企業だったが、山川さんとの立ち話がきっかけとなり、インタースコープのプロトタイプを構築し、2000年3月に法人化した。

「地下鉄の入口(出口)」の階段を登りながら、僕は「気持ち」が「高揚」するのを感じた。

これからも、時々は、あの階段を登ってみよう。

あの時の「高揚感」を忘れないためにも・・・。

Thanks & Good bye, Jobs !

シリコンバレーから戻って、あっという間に3週間が過ぎた。

帰国後の最初の週は出発前から何件かアボが入っていたり、Jannovation week PR用のレポートを書いたり、反省会があったりと忙しくしており、法政大学MBAの夏期集中講義の準備に取りかかれたのは、その翌週からだったが、何とか準備は間に合い、昨日で3日目を終えた。

ところで、既に周知のとおり、Apple創業者の Steven Jobs が同社のCEOを退任した。

初めて買ったパソコンが Macintosh だった僕にとって、Jobs の退任は、感慨深いものがある。

セールスフォース創業者のマークベニオフが、ひとつの時代が終わったとTwitterに書いていた…。

ところで、僕の夏期集中講義のテーマは「イノベーションと起業家精神」。

僕の人生の「目的(大袈裟に言えば使命)」を明確にし、自分の講義に負けないよう、頑張ろう。

iPhoneからの投稿@代々木公園で子供の自転車の練習中!

Things happen for reasons. 人生はすべて必然。

8/1(月)から始まった「jannovation week」

今日(8/5)の「jannovation jam(ピッチコンテスト)」と「TANABATA Festival of HOPE」で、すべてのプログラムが終了した。

時差ぼけと戦いながら過ごした一週間を振り返り、僕が感じたことを忘れないように書き留めておきたい。

Plug and Play Tech Center の大ホールで開催された「jannovation jam」で、不慣れな英語で一生懸命にプレゼンする日本人起業家の人達、仙台とのライブ中継、そして、在サンフランシスコ日本国総領事館の総領事、猪俣弘司氏のスピーチ(立場を考えれば当然かもしれないが、とても洗練された英語で、素晴らしい内容のスピーチをされていた)等を見聞きし、優等生的発言に思われるかもしれないが、僕は「戦後の焼け野原」から日本を経済大国にまで復興させた「先輩達」の苦労を考えた。

ソニーやホンダ、パナソニック、シャープ、日立、東芝、そして、今や世界最大と言ってもよい自動車メーカーとなったトヨタ等、それらの企業の創業者の方々、そして、幹部社員として米国に乗り込み、顧客を開拓し、ビジネスを創っていった諸先輩のことを思えば、僕たちは、言葉にするのもナンセンスなぐらい、とても恵まれている。

昭和の高度経済成長期に幼少期を過ごした僕たち世代は間違いなく、その恩恵に浴し、高度な教育を受けてきた。そのお陰で、今日の生活をしている。

その事実を僕たちは真摯に受け止め、日本の将来に何を残せるのか?そのことを真剣に考えなければいけない。

たしかに、日本人女性と結婚し、日本が好きなのは当然としても、あくまでもアメリカ人であるアレン・マイナーが、ここまでして、ソニー、ホンダに続くグローバルプレイヤー(起業家と企業)を輩出しようと奮闘している姿を目の当たりにし、僕は、そのことの意味を改めて考えさせられた。

明治生まれの祖父母は勿論、もう24年も前に他界した昭和一桁生まれの僕の父親(母は33年前に他界した)は、自宅でヤギを飼い、彼の弟や妹はヤギの餌の草を刈り、ヤギの乳を飲み(動物性タンパク源だったらしい)、新聞配達だか何だったか忘れたが、子供の頃から家計を助け、毎日毎日を真剣に生きてきた。

そして、母と結婚した後は、僕たち3人兄弟を育ててくれた。

創業に携わった会社がマザーズに上場したり、Yahoo! JAPANに売却したりと言えば、今風で聞こえがいいかもしれないが、祖父母や両親がしてきた苦労や彼らが身を以て残してくれた言葉にできない教えと比較したら、僕が今までしてきたことなんて、ゴミのようなものだ。

こんなことぐらいで、いい気になってはいけない。

話をアレンに戻すと、彼はたしかに、ビジョナリーで発想力がある一方、物事を具体的に落とし込む能力や組織運営など、オペレーショナルな仕事が苦手な人間だが、僕自身も似たような人間であり、インタースコープの頃は社員の人達に負担や迷惑をかけてきた経緯があり、彼のことも、彼のような経営者の元で働く人達の気持ちもよく理解できる。

期せずして、4度目の年男の年に「東北地方」を大災害が襲い、生まれ育った福島県は「原発」の被害に苛まれている。

そして、その4度目の年男の年に、約2年半ぶりにアレンと再会したことは、何かの意味があるのかもしれない。

僕は中学生の頃から、いつかは海外に留学したいと思っていたし、20代の頃は、借金をしてまで毎年2回もNew York に行っていたが、結局は一度も海外で生活したことはなく、自分の力だけでは海外の仕事はできずに4度目の年男を迎えている。

色々な意味で彼の力を借りながら、「挑戦する人を創出し、広く社会に『勇気と自信』と『希望』をもたらす、新しい社会的価値を創造する」という、僕がドリームビジョンの企業理念に定めていることを具現化していけたら、それはお互いにとってハッピーなことかもしれない。

Things happen for reasons. 人生はすべて必然。

追伸:ドリームビジョンのウェブサイトでは「勇気と自信」と「感動」となっているのは、僕が手間と微々たるお金を惜しんで放置しているからです。これを機に修正します。

人生はすべて必然!(10年ぶりの偶然?の再会)

大学4年生の時、六本木のダーツバーで知り合ったアメリカ人の友人がいる。

ひとりは、Frank Ryan といい、出身はNew York だが、現在はSan Diegoに住んでいる。
もうひとりは、Robert Trojanで、彼はNew Jersey に住んでいる。

ふたりとも2001年に会って以来なので、最後に会ってから10年になる。

さすがに東海岸はリアリティがないかと思い、Bob(Robert のニックネーム)には連絡をしなかったが、ホテルからfacebookで Frankに連絡をしたところ、なんとサンフランシスコに来ているという!

何という「偶然(必然?)」だろう。

実は、いつものように時差ぼけが酷く、今夜のMeetupパーティを諦めて、スタンフォード大学からFrankに電話をしたところ、サンフランシスコから僕の滞在先のホテルまで来てくれることになった。

「縁」があるとしか言いようがない。

神様に感謝である。

さて、彼が来るまで、一眠りすることにしよう。

追伸:喉が渇いたのでホテルの近くの「大衆バー(そういうところしかない!)」に行き、ハイネケンを一杯飲んで帰る際に、入口付近にいた男性に「Excuse me, sir.」と言ったところ、「Don’t call me sir. No kidding !」という言葉が返ってきた。たしかに、sir. という感じの男性ではないが、「No, I’m not kidding you. It’s my habit !」と言ったら、笑っていた。僕は、こういう何気ない会話が好きだ。

3年ぶりのSan Francisco!

UA852 to San Francisco の機内。幸いにして隣りの席は、グアム出身の中学高校を卒業したばかりの女の子だった。

トイレが近い僕は、窓際の席を通路側に代わって欲しいと言ったところ、快諾してくれた。

あまりに具合いが悪そうにしているので、Are you sick? と訊くと、Just a time difference. という返事が返ってきた。

時間軸的に言うと、そういう会話をきっかけに、Where do you come from originally? と質問したところ、Guam ということだった。

「グアムには、2度程、行ったことがある。いいところだよね」というと、ニコッと笑った。

ところで、グアムは、僕たちの子供を連れて初めて行った海外旅行ということもあり、思い出深い場所だ。

中学を卒業したばかりということは、日本なら15歳。

僕の年齢(48歳)的には、そんな子供がいても全然おかしくない。

一般的な日本人は、旅先で見知らぬ人に声をかけたり、たまたま隣り同士になった人との会話を楽しむということには消極的なようだが、僕は若い頃から、そういう「偶然の出会い」を積極的に楽しんできた。

そんなふうにして東京のあるダーツバーで知り合ったアメリカ人の友人達とは、お互いの実家に招待し合う親友になった。

チャンスは、どこにでも転がっている。

ビジネスも然り。

I’ve just arrived at SanFrancisco International Airport!

平石@iPhoneから送信