安藤美姫「復活」。

急遽、モスクワに舞台を移しての開催となったフィギュアスケートの世界選手権。

素晴らしい演技で、一番高い場所に「日の丸」を掲げた安藤美姫。

表彰台で涙を流していたキムヨナとは対照的に、時折、笑みを漏らすも淡々とした表情が印象的だった。

個人的には浅田真央の方が好きだが、ミキティの滑りは「風格と円熟味」を感じさせた。

若くして女王となってから4年。

苦しい時期を乗り越え、再び表彰台の中央に立った彼女の胸に去来したものは何だったのだろう?

さて、僕はこれから、運転を再開した新幹線で、福島、相馬、仙台へと行って来よう。

新幹線の車内@iPhoneからの投稿

【祝】起業20周年!【火中(渦中)の栗を拾う】

20年前の今日(1991年3月27日)、人生で初めての会社を設立した。

当時の僕は27歳、J.Walter Thompson という外資の広告代理店に勤務していた。

30歳ぐらいまでは、会社は放置しておくはずだったが、人生で初めて会社を創ったことが嬉しくて名刺をつくり、諸先輩型に挨拶に行ったところ、「じゃあ、こういう仕事があるからやってみるか?」と幼気な青年を勾引す悪いオジさまとオバさまがたくさんいて、「だったら、やってみるか?」と思い、会社を辞めた。

資本金100万円。オフィスは先輩の会社に間借り。事業計画もなく、僕ひとりでのスタートだった。

あと3週間も待てば「ボーナス(たぶん100万円ぐらいは出た)」がもらえたが、「そんなお金をもらってどうする!」と、3週間の時間を優先した(今なら間違いなく、ボーナスを貰ってから辞めただろう/笑)。

最初に取った仕事は「20万円」だった・・・。

あれから20年。当たり前だけど、色んなことがあった。

考えてみると、僕の人生は「面倒な事件」に巻き込まれたり、こんなこと、出来るのかよ?という「難題」に取り組む連続だったように思う。

まあ、要するに「マゾ」なわけだ・・・。

ところで、僕の中には「勝ち馬に乗りたい自分」と「困難から逃げたくない自分」が常に存在しているが、それが世の中を変えるぐらいのインパクトがある圧倒的な勝ち馬か、自分の実力では到底成し遂げられない難題の場合を除き、安易な選択をすることを善しとしないところがある。

ただ、今までの場合、その対象が何であれ、結局は「自分のため」だったのも事実。

ところで、起業20周年の今年は、あることで「火中(渦中)の栗を拾う」的な意思決定をした。

ひとつは、大変なのは間違いないが、僕が本気で取り組めば必ず何とかなる問題。

但し、ふたつ目の方は、相当な「重量級」であり、「長期戦」になるのは必至である。

始めてしまったら、途中で逃げ出すことはできない。

でも、まあ、こうしてブログに書いているわけで、その場から立ち去る選択肢はないということだ。

話は変わるが、僕がインタースコープの経営をしていた頃、一言一句は忘れてしまったが、クライアントだった外資系企業のマネジャーから「平石さんは、自分のことよりも他人(部下)のことを優先するようになれば、必ず、素晴らしい経営者になれると思います」という趣旨の話をされたことがある。

彼女は実際、とても他人に献身的な人であり、僕のような人間は自己中心的に見えたのだろう。

僕は投資家に対しては誠心誠意やってきたと自信をもって言えるが、それは僕自身が資金調達をしてきたことの責任感であり、彼らに損をさせたくないし、期待に応えたいという想いがあったからだ。

でも、今にして考えると、社員の人達に対しては、心配りが足りなかったと思う。

僕はすべては自己責任だと思っているが、数多ある選択肢の中からインタースコープという会社を選んでくれた人達に対して、もっとやるべきこと、やれたことはあった・・・。

もうそういうことは繰り返したくと思っているが、見方を変えれば、自分が「後悔」したくないという意味では、これも「自分のため」とも言える。

つまりは「自他ともに望むこと(求め、求められること)」でないと上手く行かないということだ。

さて、21周年を目指して、毎日を、気負わず、頑張ろう。

追記:因みに「火中(渦中)の栗を拾う」という諺は、英語では「Pull somebody’s chestnuts out of the fire.」という。つまり、自分の栗ではなく「他人の栗」なのだが、それを「自分の栗」と思えるかどうかが勝負の分かれ目である。

創立記念日その2。

今日はインタースコープの11回目の創立記念日。

昨年の今日は、50人以上のインタースコープOBOGが集まり、10周年を祝った。

インタースコープという法人は永久保存してしまったが、マクロミルという組織に接ぎ木され、そのDNAは今も息づいているし、インタースコープからスピンオフした株式会社ALBERTとしても受け継がれている。

ところで、インタースコープ11回目の創立記念日の今日、僕は、人生で初めて創った会社を一緒に経営していた堀水と久しぶりに会食をした。

考えてみると、彼と知り合って今年で丸25年。四半世紀になる。

ここ数年はお互いに苦労をしたが、ようやく次の展開ができそうになり、健闘を誓い合った。

こうして、切磋琢磨できる仲間がいることは、とても幸せなことだ。

ところで、今月中にもう1回、創立記念日(人生で初めて創った会社のもの)がやってくる。

先日のエントリーで書いたとおり、今年は僕にとって起業20周年であり、そのことに感謝をすると共に、新たなチャレンジ開始の年にしたい。

創立記念日。

今日はドリームビジョンの創立記念日。

2006年にスタートしたので丸5年が経った。

誇るべき成果は殆どないが、勝負はまだまだこれから。

でも、創業年度に手掛けた法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科との共同講座は、今に繋がっており、結果として、良い「種蒔き」だったと言える。

先日のエントリーのとおり、3月は僕の人生にとって大きな意味を持っているけど、創立記念日という意味では、自分の原点である、最初の会社である株式会社クリードエクセキュートを設立した「3月27日」が最も意義深い。

来週の水曜日、3月9日は株式会社インタースコープ(現マクロミル)の創立記念日。

昨年は10周年を記念して、インタースコープ発祥の地、中目黒で盛大に宴会を開催した。

法人としての存在は無くなってしまったが、DNAは今も息づいていることを実感できて、とても嬉しかった。

さて、今日も新たな一歩を踏み出そう!

我が家に「ピアノ」がやってくる!

批判的かつシニカルな内容の昨日とは打って変わって、今日は「昭和的」でメルヘンちっく?な話題。

先週末、井の頭線沿線のとある駅前にある「ピアノ工房」を訪ねた。

子供が通っているバイオリン教室の先生のご紹介で、「中古のピアノ」を買うことにした。

ご存知の方も多いと思うが、少子化の影響と電子ピアノの台頭により、国内のピアノ販売台数はピーク時の8割減!といった状況にある。

ピアノは場所を取るし、調律等の維持コストもかかる。それなりのモノを新品で買えば、100万円ぐらいはしてしまう。

安いものであれば、4~5万円で買え、場所も取らず、場合によってはヘッドホンで音を聴くこともできる等の理由から、日本の住宅事情にマッチしている電子ピアノに市場を取って替わられた。

最近は、僕が創業に携わったウェブクルーも手掛けている「中古ピアノの買取サービス」がたくさんあるが、それらの殆どは「海外へ輸出」される。

ところで、僕の実家には、今も「産みの母」が弾いていたピアノが置いてある。

母は当時、ピアノを買うために「積み立て」をしていた。現金では買えなかったのである。

その母が亡くなってから、先月の27日で32年が経った。

まさか自分の子供のためにピアノを買う日が来るとは思ってもいなかったが、先日訪れた「ピアノ工房」には、職人の方から伝わってくるピアノ(楽器)に対する「愛情」や上手く言葉にできない「夢」のようなものが満ちていた。

僕たちが買ったようなレベルのピアノを売っても、調律等にかかった手間暇を考えれば、実質的には赤字だろう。

でも、その方の顔には、満足感のようなものが感じられた。

食べていくのは大変かもしれないが、クラッシック音楽の世界で仕事をしていくことができれば、俗世間的なものとは違う「夢」や喜びがあるような気がした。

因みに、工房には、5,400,000円という値段がつけられたSteinway製(1951年)が置いてあった。

ところで、ジャックアタリは新著「国家債務危機」の執筆を通じて、「国家債務の膨張が手遅れとなる前に機敏に対応して破綻を回避した事例が、歴史的に見て稀であることを改めて痛感しました」という。

束の間の数年だけかもしれないが、ピアノを弾く我が子の姿を楽しみたいと思う。

敗北感。でも、季節はまた巡ってくる!

昨年の4月から兼任講師としてお世話になってきた法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科のプロジェクト(事業プランの立案。一般的な大学院でいう修士論文に該当)最終発表会が昨日、終了した。

約60名の学生の内10名が、ボアゾナードタワーと呼ばれる高層ビルの最上階で行われる最終ラウンドに進める。

最優秀者には「奨学金(事実上の賞金)」として「50万円」が贈呈される。

その最終ラウンドに、小川・平石ゼミからは、残念ながら、ひとりもノミネート者を出すことができなかった。

今までに経験したことのない「敗北感」を味わった。

甲子園に行けなかった高校野球チームや、J1に昇格できなかったクラブの監督の気持ちが分かるような気がした。

でも、スポーツのように結果が明確な仕事は、好きだ。

来年度を同じチームで戦うことはできないが、良いメンバーに恵まれたと思う。とても楽しい一年間だった。

そう、小川先生のブログにあるとおり、「教授の評価」と「事業の成功」は必ずしも一致しない。

彼らのこれからの人生が充実したものになることを祈ると共に、今年の反省を来年度に活かしたい。

「季節はまた巡ってくる」。

失意の頃、マーケティングジャンクションの吉澤さんから教わった。

「過去」は変えられる。

東京は一昨日あたりから寒さも和らぎ、この冬の峠は越えたようである。節分とはよく言ったものだ。

ところで数日前、伝説のホテル(まだ建ってはいない/笑)の鶴岡さん、前刀さん(現リアルディア、元アップル日本代表)と僕と3人で、とあることをテーマに食事をした。

「入れ替わり立ち替わり」という表現は会話に関しては使わなかったと思うが、この表現が相応しいほど、色々な話で盛り上がった。

その中でいくつか、印象深い話を紹介したい。

ひとつは「過去と闘っている人は、人生を損している」という話。

鶴岡さんがある人から聞いたそうだ。

三角形の頂点から真っすぐ下に降りたところ(底辺の中央)から、左側が「過去」、右側が「未来」。そして、それは「等距離」だという。

例えば「過去と闘っている人(悔やんだり、恨んだりしている人)」は、その度合いが強い程、底辺の中央から「左」に距離を持っており、つまりは、それと「等分の不安」を「未来」に対しても抱いていることになる。

その両点から真上に線を描くと、左右の斜線(二等辺)にぶつかるわけだが、その「高さ」までしか「持って生まれた能力」を発揮できていないらしい。

「過去」と闘っていない人は「未来」に対する不安がなく、もし「過去との闘い」が「ゼロ」だとすると、真上に描いた線は「三角形の頂点」を指す。

科学的根拠はなく(おそらく)、考え方の「例え」なわけだが、なるほど!と思わせるものがある。

そういう意味では、僕は「過去と闘っており」、持って生まれた能力を発揮できていないことになる。

「損な生き方」である。これはすぐに改めないといけない。

そうである。「過去(の失敗)」から得たものは多い。

2つ目の話は、仕事に関するもの。

マズローの5段階欲求説(実は6段階目があった)のように、仕事に対する姿勢や意味も「4段階」あるという(これも科学的根拠に基づく話ではないと思う)。

4thフェーズ:ライトワーク(Light Work:天命に導かれる仕事)
3rdフェーズ:ライフワーク(Lifework:一生の仕事)
2ndフェーズ:ライクワーク(Like Work 英語になっていない/笑:好きな仕事)
1stフェーズ:ライスワーク(Rice Work:生活のための仕事)

上に行くほど次元が高く、下の2つは「自分」のため、上の2つは「仕事に対する哲学」あるいは「原理原則」に則った仕事ということだ。

どちらの2つがより多くの人々の共感や支援を得られるかは、言うまでもない。

こちらも、説得力がある。

ところで、前刀さんと鶴岡さんに共通することは、その種類は微妙に異なるが、ふたりとも「超ポジティブな思考」の持ち主だということ。

そこが僕と大きく異なるところだ。

見習いたいと思うが、人間には「持って生まれたネイチャー」というものがあり、努力して変えられるものと変えられないものがある。

でも、共通するところもある。「チャレンジャー」だということだ。

「過去」から学び、チャレンジも「自分らしく」。

追伸:「Light」には「光で~を導く」という意味がある。