さようならGGC。やっぱりDreamVision!(前編) 〜 10年の思索と1週間の決断 〜

振り返れば、このアイデアは10年前から考えていた。具体的には、Entreprenerur First の二人との出会いがきっかけになっている。では、なぜ10年間も、温めたままにしておいたのか?

それは「日本では機能しないだろう」と思っていたからだ。実際に実施してみると、やはり機能しなかった。

それでも、やってみたこと自体には意味があった。ある意味、自らの仮説が証明されたので(苦笑)。むしろ、今は気持ちが晴れやかである。

僕のブログを読んでくれている人は覚えているかもしれないが、僕が10年間にも渡り、温めてきた構想を具現化させた「触媒(Catalyst)」は、Dan Brassington だった。彼との出会いが無かったら、僕は10年間抱え続けてきたアイデアに着手しないままだったかもしれない。

2024年7月12日(金)、代官山でいつものように彼と会った。その場は「10年間温め続けたアイデアを実行に移す」という決意を告げるためのMTGだった。

ここからGoGlobal Catalyst(GGC)の「実験」が始まった。
2025年7月、GGCとして初めての「Co-founder Matching Program」を実施し、7月22日にはDemoDayを開催した。

実績ゼロの挑戦であったにもかかわらず、30名の応募があり、11名の起業家に参加していただいた。

しかし、僕が懸念していたとおり、日本人の応募者はわずか「3名」。僕が採択し、実際に参加してくれたのは「1名」に過ぎなかった。その1名も僕の10年来の知り合いである。

すなわち「日本人と外国人をつなぐ共同創業者マッチング」という構想は、その名のとおりには機能しなかった。

日本には優れた起業家が数多く存在する。だが、英語でビジネスができるという条件が加わった途端、母集団は極端に小さくなる。

それは、僕が「Co-founder Matching」を考えた理由でもあり、10年もの間、このアイデアを先延ばしにしてきた理由でもある。
その惰性を断ち切ったのが、Danだった。彼の後押しがなければ、僕は一歩を踏み出せなかっただろう。

プログラム終了後、僕たちは都内のカフェで再び顔を合わせた。

Danはシンガポール、バンコク、シドニー、ロンドン、東京に拠点を持つ、「AI」に特化したコンサルティング会社「INCITE Advisory Group」経営している。「AI」という時流に乗り、彼の事業は飛躍的に成長し、彼自身は益々多忙を極めるようになっていた。

そのような事情もあり、彼は「取締役を辞し、持株をGGCに貢献できる他の者に譲りたい」と言って来た。また、彼は多忙さに加えて、日本語が話せず、GGCを支える余力がないと・・・。

僕は彼の申し出を受け入れた。

その一週間後、僕はシリコンバレーに行った。武蔵野大学アントレプレナーシップ学部(EMC = Entrepreneurship Musashino Campus)の学生を対象としたプログラムを実施するためである。

「シリコンバレーでの一週間、GGCをどの方向へ持って行くか?考えなよ」。Danはそう言った。

EMCプログラムでは毎年、僕の起業家仲間や投資先の創業者たちに、学生たちに向けて、起業家としての生き方やシリコンバレーという地域の「磁力や魅力」、そこで生きていくための条件等、メディアの記事では読むことができない、リアルな話をしてもらっている。その一つひとつが示唆に富み、学生だけでなく、僕自身にとっても深い示唆を与えてくれる。

最終日、学生たちはPlug and Playで英語によるプレゼンを行う。帰国子女等、英語が堪能な学生は殆どおらず、皆んな緊張マックスでプレゼンをする。最後は、僕から彼らにメッセージを送るのが恒例である。

僕は毎年、日本の財政状況が如何にクリティカルな状況にあるかや、周回遅れになっている現実を語り、危機感を植え付けてきた。

でも今年は、僕がシリコンバレー滞在中に下した決断――すなわち、GGCを解散するという意思決定とその理由について話をした。

実は、僕の話の前、投資先の一社、ModuleQというスタートアップの創業者、David Brunner が、その週の月曜日、大変遺憾ながら会社を畳むことになったという話を全社員向けに話をした、という話をしてくれた。

学生たちは「2連発」で、とてもシリアスな話を聞くことになった。そんなことで、学生たちは全員、とても神妙な表情で、僕の話を聴いていた。

続きは「後編」にて。

2度目のコロナと誕生日。

コロナは妻で止まって欲しかったが、次男にも感染。61回目の誕生日は「主夫」として迎えた。週明け4/1に入学式の長男は何とか無事、逃げ切ったようだ。その長男は連絡もよこさず初の無断外泊・・・(正確には着信に気づかず)。まあ、明後日から大学生だしなw。

子供の頃は、60歳と言えば、もう完全な老人だったが、日本人の寿命は伸び、リンダ・グラットンのお陰で人生は100年時代になった。健康を保てれば、まだまだ先は長い。とは言え、頭も心も身体もそれなりに動くのは、あと10-15年だろう。

そんなわけで、この先の人生のグランドデザインを考えている・・・。

Times Square in New York City. March 7th (Thu), 2024

我が家では、家族の誕生日は全員でケーキを食べてお祝いするのがお約束だが、今年はケーキどころではなくなった。そんなことで、今年の誕生日記念のfacebook投稿にはケーキの写真は載せられず、6-7年ぶりに訪れた僕の大好きなNew York City の写真を載せることにした。

NYCは2泊3日、それも初日と三日目は移動日で、フルに滞在したのは中日の一日だけ。超短期滞在だったが、改めて、いつか住んでみたい街だと実感した。

今回のNYC訪問は、武蔵野EMCの学生たちの引率。彼女たち(5人中4人は女子!)にとっての「学び」を最優先にすべてのアポを設定した。ボストンから移動してきた初日は、まず、ホテルから徒歩圏にある「Times Square」へ。記念写真を撮った後、アメリカの象徴とも言えるロックフェラーセンターを訪問。1980年代後半のバブル絶頂期(1989年10月)には、三菱地所がロックフェラーセンターを買収した話をした。彼女たちが生まれる10年以上前のことだ。

その後、彼女たちにとって初めてのNYCの地下鉄でダウンタウンに!投資先のPeatix NYCスタッフのDaniel と一緒にEast Village のイタリアンレストランで食事をした後は、NYCで100年続くスウィーツのお店に移動。NYCはどんな街か?について、Danielから話をしてもらった。

Rie-san とEMCの学生たち at セントラルパーク in NYC. March 8th (Fri), 2024

翌日の午前中は、10数年来の友人の「Rieさん」とセントラルパークで待ち合わせた。5人中4人が女子ということもあり、日本人女性の生き方のロールモデルとして、きっと参考になるだろうと思い、NYCに住むようになった経緯や今までの人生について話をしてもらった。彼女の話は女子4人だけでなく、唯一の男子にもとても参考になったようだ。

Rieさんと分かれた後は、プラザ合意で有名な「The Plaza」まで歩き、そこからLyftで「Astoria」というQueensにある街に移動。偽物を判別する「A.I.スタートアップ Entrupy」の創業者のVidyuthと前日に続き Peatix の Danielとランチを食べた。Vidyuthはインド人で、外国人がNYCで起業家として生きることの意味、その苦労と醍醐味に学生たちは痛く感動していた。

右側中央の男性2人が奥からDaniel at Peatix, Vidyuth at Entrupy. at Astoria in New York.

ランチの後は、East Riverまで30-40分歩き、ボートでダウンタウンまで移動した。両側を川に囲まれているマンハッタンには、Uber/Lyft, 地下鉄やバス以外に「ボート」という移動手段があることを経験すると同時に、絶景を楽しんだ。船を降りた後は、Wall Steet を通ってNew York 証券取引所の前を通り過ぎ、Grand Zero(World Trade Center 跡地)を訪問。5人とも神妙な表情をして見入っていた・・・。

Grand Zero Memorial in NYC. March 8th (Fri), 2024

NYC最後の夜、ダウンタウンを散策し、ホテルに戻った後は、近くにあるイタリアンレストランで、今回の研修旅行を振り返った。入口近くの席にいた太ったイタリア人の男性はオーナーで、帰り際に言葉を交わしたところ、大学教授では儲からないから、また事業をやって一発当てて、NYCに店を開いてくれ!とのことだったw。さすが、イタリア人、ユーモアのセンスがある。

ところで、4/7 (日) 日本時間の朝10時から、サンフランシスコに住む愛宕翔太さんという若い起業家と、Podcastをすることになった・・・。僕が日々書いているシリコンバレーのスタートアップやVCに関すること、日本のスタートアップエコシステムのこと、僕自身の起業家として、またエンジェル投資家として感じていることを踏まえて、シナリオもなく、ざっくばらんに話をする予定である。

乞うご期待!

還暦少年とMidjourney.

子供の頃、母親とスーパーに行くと、偶然に出くわした彼女の知り合いとの会話で30分は待たされた。でも、当時の僕には長く感じられただけで、実際には5-10分くらいだったかもしれない。近所のスーパーに買物に行った時、二組の家族連れがいて、お母さん同士が楽しそうに会話をしている光景が目に留まり、産みの母のことを思い出した。

会社を解散するのは思ったよりも大変だった。過去形で書いたが、実はまだ終わっていない。今年4月30日付けで、Infarm 日本法人の解散登記をし、法的概念として、会社は解散されている。つまり、Infarmとして、日本で事業を行う主体は存在していない。但し、財務的に整理をするための「清算」という手続きを行う必要があり、まだその手続きが続いている。でも、その手続きの殆どは弁護士と税理士の方々が中心となって進めてくれており、HQ側とのやり取りは必要だが、僕が清算手続きの実務を行っているわけではない。

そんなことで、ここ数ヶ月、時間の自由ができたので、The Economist、Wall Street を購読し、Crunchbase等を含めて、可能な限り、海外のメディアを読むようにしている。下図はの今朝 (2023年8月27日 10:15 am JST現在)の時点で、The Economist 購読者に最も読まれた記事TOP5。

それで感じるのは、それらのメディアには、日本のことは殆ど登場しない、ということだ。ここ最近のエコノミストの主な記事は、ウクライナ情勢、プーチン、プリコジン、中国、習近平、アメリカ大統領選、米国経済、地球温暖化等である。今日のニュースレターに珍しく日本の記事があったが、性風俗産業に関する新しい規制に関するものだ。政治でも経済の話でもない。

仕事柄、シリコンバレーに関する記事を意識的に読んでいるが、スタートアップへの投資に急ブレーキが掛かる一方、AIに関しては、バブルの様相を呈していると言っても過言ではない。

但し、AIはスタートアップが取り組める対象ではない。ChatGPTを運営するOpen AI はマイクロソフトから1兆円以上もの投資を受け、対抗馬のひとつ、ディープマインドの共同創設者ムスタファ・スレイマン氏らが2022年に設立した「Inflectin AI」には、Rein Hoffman も出資者に名前を連ね、$1.3B(現在の為替レートで約1,900億円)を調達している。Computing Powerに莫大な費用を必要とし、スタートアップが数億円の資金で始められるビジネスではない。

一方、together.ai というスタートアップが、オープンソースのAI 構築をサポートするプラットフォームとCould サービスをリリースした。

特定のバーティカルに特化したAIサービスの開発が促進され、SaaSならぬ「AI as a Service =AaaS」の時代が来るように思う。

ところで先日、INITIALの「2023上半期 Japan Startup Finance」をもとにしたウェビナーを拝聴した。詳しくは、同社のレポート(無料)をダウンロードしていただきたいが、印象に残ったのは以下の3点。

(ソース:INITAIL)

1つ目は、シリコンバレーに遅れること約1年、日本でも特にレイターステージにおいて、スタートアップへの投資が急減速したこと。2022年上半期は「4,160億円」がスタートアップに投資されていたが、2023年上半期は「3,314億円(前年同期比:約80%)」に減少

2つ目は、資金調達額上位からも評価額ランキングからも、SaaS スタートアップの存在感が薄れてきたこと。

3つ目は、2つ目とセットで語る必要があるが、DeepTech スタートアップが増えてきていること。

要約すれは、ビットバレーから約25年に渡り続いてきた「インターネット」スタートアップ(日本語でいうネットベンチャー)による時代は終わりを迎えているということだ。

スタートアップ=DeepTechスタートアップの時代になるだろう。つまりは、起業家だけでなく、VCをはじめとした投資家を含めて、スタートアップエコシステムを構成する要素が大きく変わっていくだろう。

尚、INITIALのリサーチ対象は「日本のスタートアップの資金調達」であり、そのことには触れていないが、この先、日本のスタートアップおよびスタートアップエコシステムが成長していくには、東証の新興市場(旧マザーズ)に上場することを主要なエグジット(言葉は出口だが、実際はそこからがスタート)とするだけでは、確実に限界が来るだろう。

今のところ、世界第3位のGDP(マーケット)があり、スタートアップというステージであれば充分な成長が可能である。但し、2060年には、日本のGDPは「中国の1/10」になる。いつまでも「国内市場」だけを対象としているなら、スタートアップを語る以前に、日本の存在意義は増々薄れていくのは間違いない。安全保障にも支障を来すはずだ。

最近はそのようなことを口にする人も少なくなってきたが、戦後80年近く経つにも関わらず、未だに実現できていない「Next SONY, Honda」を生み出すにはどうすれば良いか? という「終わっていない宿題」に正面から取り組む必要がある。

僕なりの考えがあるが、またの機会に披瀝するとしよう。

さて、明日(8/27)から、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部(通称:武蔵野EMC=Entrepreneurship Musashino Campus)の2年生約30人を連れて、シリコンバレーに行く。主に、僕の投資先のファウンダーや知り合いの起業家、ベンチャーキャピタリストに話をしてもらう予定だ。下の写真は昨年、武蔵野大学EMCとして実施した記念すべき第一回目の模様(投資先のMilesの新オフィスにて)。

僕の記憶が正しければ、サンブリッジ時代から数えて、今年は記念すべき「10回目」のシリコンバレーツアーである

ところで、今回のアイキャッチ画像は、僕がprompt を出し、Midjourney に描いてもらったものだ。生物学的にはだいぶ年を取ってしまったが、気持ちは、EMCの学生(20-21歳)に負けないつもりだ。

おっと、大事なことを忘れるところだった。何年ぶりかでドリームビジョンのウェブサイトをリニューアルした。そして、ブログサイトの「タイトル」と「ドメイン」を新しくした

今後の展開に乞うご期待!