ユニコーン狂想曲の終焉。Massive write-off or bonfire of Unicorns?

未だにおカネの値段が「タダ」の日本と、政策金利が5%前後で、銀行に預けておけば、複利で回ると12年で1.7倍、14年で2倍になるアメリカや欧州では、世の中の景色が大きく異なる。

幸か不幸か日本のスタートアップエコシステムは、世界のそれと「デカップリング(decoupling)」されており、幸いにして、今のところ、そのような兆候は見られないが、シリコンバレーでは「不良債権」と化した「多数のユニコーン」が、事業の閉鎖に追い込まれている。ユニコーンとはいえ、黒字化には程遠いスタートアップが大半であり、2024年には、その数はさらに増えると予想されている。

PitchBook が New York Times のためにまとめたデータによると、2023年、約3,200社の未公開スタートアップが倒産した。そして、それらの未公開スタートアップに投下されたベンチャーキャピタル(VC)の資金は「272億ドル(現在の為替レートで約3兆8,624億円!以下、同様に計算)」に上る。

未公開企業は、倒産や不名誉な売却の際にその事実を公表する義務が無いため、全体像を把握するのは難しく、実際にはそれ以上の数のスタートアップが倒産もしくは不本意な事業売却を余儀なくされている可能性がある。

尚且つ、WeWorkのように上場している会社やHopinのようにスポンサー(新たな投資家)を見つけた企業の多くは統計データに含まれていない。

直近で言えば、マイクロソフトからの買収オファーを拒否したこともあり、a16zやKhosla Ventures という錚々たるVCの投資先でもある「D2iQ」は2023年12月8日、事業を閉鎖。累計US$247.3M(約352億円)を調達し、大型ユニコーンとして君臨していたが、現地時間で12/7(木)、同社を清算し、債権者に資産を分配するという通知を株主に送ったと報じられている

また、ボストンを拠点とする著名ベンチャーキャピタル「OpenView」は12月5日、従業員の半数を解雇し、新規投資を中止すると発表した。事実上の事業廃止である。

同社は7つのファンドで「US$2.4B」を運営しており、第7号ファンドだけで「US$570M」を調達し、高成長のソフトウェア新興企業に投資していた。例えば、日本でも多くのユーザーに利用されているCalendly も同社の投資先である。僕も時々、使っている。

Forbes, The Information, Venture Capital Journal, TechStartups等、米国の主要メディアが、その突然の発表を報じているが、2人のGP(General Partner)が退任したこと、2020年に組成した6号ファンドの投資成績(内部収益率)がマイナスになっていること等以外、何が今回の決断の核心なのかは明らかにされていない。約5%という金利水準の米国にあって、それを凌駕するパフォーマンスを実現することのプレッシャーが大きいことも、今回の決断の要因ではないかという見方もあるようだ。

ベンチャーキャピタルという事業は、Limited Partnerと呼ばれるファンドへの投資家から預かった資金を大きな成長が見込めるスタートアップに投資し、約10年に渡り、その資金を運用するというビジネスモデルである。一般的にファンド総額の2-3%を「管理報酬(投資活動経費)」として受け取りながら投資活動を行うため、経営が成り立たなくのは稀である。ましてや、米国でも有数のVCであるOpenViewが事実上の事業廃止に至ったことは、VC業界はもとより、投資を受ける側のスタートアップにも大きな衝撃だったことは想像に難くない。

From 2012 to 2022, investment in private U.S. start-ups ballooned eightfold to $344 billion. The flood of money was driven by low interest rates and successes in social media and mobile apps, propelling venture capital from a cottage financial industry that operated largely on one road in a Silicon Valley town to a formidable global asset class akin to hedge funds or private equity.

During that period, venture capital investing became trendyeven 7-Eleven and “Sesame Street” launched venture funds — and the number of private “unicorn” companies worth $1 billion or more exploded from a few dozen to more than 1,000. (Dec 7th, 2023. quate from The New York Times)

ニューヨーク・タイムズによると、2012年から2022年に掛けて、米国における未公開スタートアップへの投資額は、低金利を背景に、ソーシャルメディアやモバイルアプリの隆盛と共に「約8倍」に膨れ上がり、その額は「US$344B(約50兆円)」になった。

以前は、シリコンバレーのある通り(Sand Hill Roadで「家内手工業(職人芸)」的に営まれていたビジネスが、ヘッジファンドやプライベート・エクイティ・ファンドも参入する強大な世界的資産クラス(Asset Class)への押し上げられた。

一時期は「セブン-イレブン」や「セサミストリート」までもがVCファンドを立ち上げ、数10社しか存在しなかった「ユニコーン」は「1,000社」を数えるまでに増大した。統計データは持ち合わせていないが、その8割は赤字だったと思われる。僕がシードステージで投資し、日本法人を経営していたInfarm」も、まさしく、その一社だった。

何事にも終わりがあるように、「我が世の春」を謳歌していたスタートアップもVCファンドも、日本の外では、極寒の冬を迎えている。そして、それは恐らく「長い冬」になるだろう。

新たな春を迎えるには、不良債権と化した大量のユニコーンを「償却」する必要がある。言うまでもなく、大きな傷みを伴うことは避けられない。

そのよな極寒の冬において、繁栄している分野のひとつは「失敗」をビジネスにする企業らしい。

SimpleClosure というスタートアップは、法的書類の準備や、投資家、ベンダー、顧客、従業員に対する債務の清算などのサービスを提供しており、需要に応えるのが精一杯だという。

翻って、日本はどうだろうか?

岸田政権は「スタートアップ5か年計画」で、ユニコーンを100社に増やすという方針を掲げているが、はたして、ユニコーンを100社に増やすというのは目指すべき目標なのだろうか?

もちろん、事業を大きく成長させた結果、大きな時価総額として評価されること自体は良いことだが、そのためには、法整備や株式市場のあり方等を含めて、環境整備が必要不可欠である。

日経新聞の記事中で冨山氏が言及されているように「日本がグローバルVC投資市場に組み込まれていない大きな要因が、会社組織や株主間契約などの慣行が日本独自になっている一種のガラパゴス化にある」。

もうひとつ、創業者はほぼ全員日本人で、投資家も日本のVC、日本企業、日本人のエンジェル投資家従業員もほぼ全員が日本人顧客も日本企業あるいは日本人という状態では、日本のスタートアップのグローバル化はあり得ないだろう。

そこに一石を投じる仕組みを創りたいと思っている。

ユニコーンになったInfarm から学んだこと。

FIVE lessons learned from the Infarm Launch in Japan.

The Infarm founders. July 7th, 2016, at the Infarm HQ office. Photo by myself.

2021年12月、投資先のInfarmはヨーロッパは「ユニコーン」になった。

物語の始まりは、2015年11月18日。初めて訪問したベルリンで、無謀にも初めてのInnovation Weekend Berlin を開催した。

SunBridge Global Venturesという、シード&アーリーステージのスタートアップへの投資会社を経営していた頃、口を開けば「Go Global」と言っていたこともあり、まずは、自分たちが Go Global を実践しよう!ということで始めたのが、Innovation Weekend というピッチイベントの Small World Tourだった。

2014年5月にシンガポールでKick-offし、2016年までの3年間、ロンドン、ボストン、ニューヨーク、サンフランシスコ、そしてベルリンで開催した。イベントこそ主催しなかったが、パリにも足を伸ばし、現地のスタートアップエコシステムを研究した。

シンガポールでは、TECHINASIAのメンバーが協力してくれたこともあり、順調に ピッチ登壇スタートアップが集まったが、ボストンでは、イベント当日3日前の時点で、わずか「3社」しか登壇スタートアップが集まらず、スポンサーの皆さんに何と言ってお詫びをすれば良いのか?と途方に暮れていたことを思い出す。

その後、堰を切ったようにたくさんのスタートアップからの応募があり、結果的には大盛況に終わったが、今にして思うと、奇跡としか言いようがない。

ベルリンでは計2回、開催した。Infarm は初回の優勝スタートアップで、2015年の年間チャンピオンにもなった。

実は、初めてのベルリンでの開催にも関わらず、そこそこ順調にピッチ登壇スタートアップが集まり、既にアプリケーションを締め切っていたのだが、Storymaker というPR会社の創業者 Bjorn Eichstadt から紹介されたのがInfarmだった。

2013年にベルリンで創業したInfarm が我々のピッチイベントに登壇した時は、パイロットファームが1台あっただけで、ビジネスモデルも固まっていなかった。

InStore Farm designed by Infarm (old model) at the Infarm office in 2016. Photo by myself
The Infarm HQ office in 2016. Photo by myself.

Innovation Weekend Berlin で優勝した翌日、Infarm のオフィスを訪ね、創業者たちと話をしながら、彼らなら、この奇想天外な構想を実現するのではないか?と思い、その一年後、投資することを決めた。

暫くはホームグラウンドのヨーロッパで地歩を固めるため、日本に来ることはなかったが、2018年の秋、いよいよ日本市場参入を本格的に検討したいので相談に乗って欲しいと、久しぶりに連絡があった。

それから入れ代わり立ち代わり、四半期に1度のペースで、ファウンダーたちが東京に来るようになり、その度に僕は、投資家候補やクライアントになってくれそうな流通関連企業の幹部とのアポイントを取り、彼らを連連れ回していた。

JR東日本の皆さんとは、SunBridge Global Ventures を経営していた頃に知り合った。鉄道会社ではあるものの、非鉄道部門の事業を伸ばすことにコミットされていることを思い出し、興味を持っていただけるのではないか?と思い、たしか、3年ぶりに連絡をした。

僕の読みどおり?とても興味を持っていただき、一緒にベルリンやパリに出張し、当時のInfarm 本社オフィスや生産施設、Infarm のユニットを導入してくれているスーパーマーケットを視察した。そして、子会社の紀ノ国屋の皆さんをご紹介いただいた。

サミットとのご縁は、住友商事の知り合いを介してだった。初めて西永福のサミット本社を訪問し、当時、住友商事から執行役員としてサミットに出向されていた方とお会いした時、この人とは是非、一緒に仕事をしてみたいと思った。その年の暮れ、創業者の一人でCEOのErezが来日した時、3人で食事をした。

コクヨの東京本社に併設されているTHE CAMPUSに導入いただいたのは、日経ビジネスの記者の方(酒井大輔氏)が書いて下さった記事を社員の方がご覧になられたことがキッカケだった。社長の黒田さんとは10数年前、とある会合で知り合っていた。

こうして振り返ってみると、Steve Jobs が言っていた connecting the dots そのものである。きっと、これからの人生もそうありたい。

最後に、Infarm 日本法人の経営者として、また、Infarm 全体のリーダーシップチームの一員として、幹部会議に出席し、Global スタートアップの経営に参画してきたことで学んだことを整理したい。

1つ目:CAPEX。野菜を生産しているという意味では「農業」であり、AgriTech スタートアップだが、その収益構造は、完全に「製造業」だということ。

もちろん、設備投資の額は何を生産するかで大きく異なるが、テスラを生産するのか? iPhone を生産するのか? 野菜を生産するのかの違いであり、需要予測に基づき、生産拠点という「設備投資」を行う必要がある意味では、基本的な構造は同じである。

また、Vertical Farming(LED/水耕栽培)というカテゴリーは、研究開発投資(R&D)が求められる点でも、テスラやアップルのような大企業と類似している。ひと言で言えば、財務的体力が求められる事業ということだ。

2つ目:Diversity。Infarm は一時期、11カ国で事業展開しており、1,000人を超える従業員が在籍し、その国籍は「50カ国」を越えていた。ベルリン(ドイツ)発祥にも関わらず、僕が思うに、ドイツ人はせいぜい3割もいなかったし、英語が母国語の人も2割もいなかったと思う。でも、もちろん、社内公用語は「英語」である。

グローバルな事業を生み出すには、グローバルな問題意識、環境、そして、多様性が極めて重要ということだ。

一方、日本のスタートアップを見ると、殆どのケースで、創業者は全員「日本人」、投資家も日本人 or 日本企業 or 日系VC、社員も殆ど日本人、顧客も日本企業(日本人)だろう。尚且つ、現時点では、世界第3位のGDP(日本市場)があり、それでは、ガラパゴス化は必然であり、むしろ合理的である。

理想を言えば10年、できれば20年前に、Infarmのようなグローバルスタートアップの経営に参画する機会があったなら・・・と思うが、Infarm で得た貴重な経験を、これからの人生に活かしていきたいと思う。というか、活かすことのできる仕事をしたい。

3つ目:Expansion v.s. Focus。個人的な感想だが、市場にしても、品種にしても、手を広げ過ぎたように思う。一般論で言えば、少ない市場、少ない品種の方が経営資源の投資効率が良いのは間違いない。ソフトウエアのビジネスと違って、生産施設を前提としたビジネスであり、アゲインストの風が吹いた時の撤退コストも大きい。

4つ目:Product Market Fit。定量的に検証したわけではないが、お菓子やスイーツ等、デザートに分類されるものは、それなりに「冒険(試しに買ってみる)」する人が多い気がするが、日常の「食事」に使う食品に関しては、基本的に「冒険しない(知らないものは買わない)」人が多いように思う。

Infarm の主力商品は「ハーブ類」であり、顧客の立場で考えれば、購入する前に「試食」をしたいだろう。でも、Infarm が日本市場に参入するまさにそのタイミングで、新型コロナウイルス(COVID-19)が猛威を振るい、紀ノ国屋やサミットに限らず、すべてのスーパーマーケットで「試食」は出来なくなったことは極めて痛かった

PMF:Product Market Fit に至る前に撤退を余儀なくされたことは、経営者として悔しかったが、そのようなリスクも含めた上で経営するのがビジネスだ。

5つ目:Office & Factory。僕は今まで、インターネット関連のビジネスにしか携わったことがなく、「本社部門(オフィスワーク)」と「生産施設(現場)」とに分かれている事業(組織)は初めての経験だった。

また、Infarm はヨーロッパに親会社があり、本国では事業基盤が整っているが、日本法人はスクラッチから立ち上げる必要があり、純粋なスタートアップとは言えず、かといって、出来上がっている組織でもなく、社内のカルチャー、緊張感、スタッフのモチベーションをどうマネージすれば良いか?が難しかった。

Infarm Japan の経営を通じて、僕はたくさんのことを学んだ。

今後は、株主の一人として、Infarm がこの世界的な逆境を乗り越え、力強く成長して行くことを見守りたい。

ひとつ、付け加えることがあるとすれば、残念ながら撤退することにはなったが、Infarm に投資し、日本市場への参入を実現できたことで、欧州の「AgriTech/FoodTech」系スタートアップで、日本市場への参入に興味のあるところから相談されるようになった。

その中の一社で、とあるノルウェーのスタートアップと交流ができ、6月に、人生で初めて、オスロに行くことになった。

本当に最後に、このような機会を提供してくれた、Erez, Guy, Osnat の3人の創業者、また、リーダーシップチームのメンバー、日本法人のメンバー、上記で紹介したJR東日本、紀ノ国屋、住友商事、サミット、コクヨの皆さんには、改めてお礼を申し上げたい。

ありがとうございました!!