2種類の後悔

「しておけばよかった」という後悔と「しなければよかった」という後悔があるとして、僕は「しておけばよかった」という後悔はしたくないと思っている。

1995年の阪神大震災の時、妻の友人が神戸に住んでいて、僕らは個人的に救援物資を送った。そして、僕は「現地」に行き、その惨状を自分自身の目で確かめたいと思った。そのことによって、自分自身の何かが変わるような気がしたからだ。しかし、結局は何となくの躊躇により、現地に足を運ぶことはなかった。

「行っておけばよかった(行くべきだった)」と後悔している。

もし、あの時、神戸に行っていたら、きっと、中越地震の時も、もっと被災した方々に対する支援をしていたのではないかと思う。

つい先程、銀座で働く社長のBlog 藤田憲一さんのブログを読もうと思い、リンクをクリックしたところ、彼のお父様の挨拶文が掲載されていた。

藤田さんは、10月12日(木)午後2時22分、永眠されたという。心からご冥福をお祈りしたい。

実は彼とは、僕がインタースコープを経営していた頃、事業提携の話しで何度かお会いしたことがあった。

彼が末期ガンになったという事実は、ある時、知り合いのブログに掲載されていた彼が書いた本へのリンクで知った。何とも言えない衝撃を覚えた。

彼が生きているうちに「藤田さんに会いに行こう」と思ったのだが、悲運なことで「有名人になった彼に会いに行く」と思われるのではないか・・・?という躊躇があり、面会を打診することはしなかった。そして、今朝、彼のブログを読もうとしたら、既にこの世を去っていた。後悔をした。因みに、藤田さんのお父さんのお名前は「郁夫」といい、僕と一字違いである。

彼は、自分が末期ガンになったことを知ってから、残された人生をどう生きるべきかを考えて、新しい会社を設立したらしい。僕は、彼の古い連絡先しか知らず、彼に連絡を取るためには、彼のブログだったか会社のウェブだったかにあった「彼への連絡フォーム」に面会したい旨を「入力」せざるを得ず、「以前からの知り合いなのに、面会を断られたら嫌だな・・・」という、極めて馬鹿げたことで入力することを躊躇をし、結局は最後の面会の機会を得ることができなかった。

少しばかり自分を擁護すれば、僕は両親ともにガンで亡くしており、末期ガンとはどういう状態かが分かっていたということと、その一方、これだけ精力的に活動している彼なら、ひょっとしたら治ってしまう可能性もあるのではないか?という思いがあった(そう願いたかったのだと思う)ことも、彼への面談を躊躇した理由かもしれない。いずれにしても、もう一度、お会いしたかった。

人生というのは、ほんのちょっとした「勇気」があるかないかで、大きく変わってしまうもののような気がする。

自分が最も大切にしているものの本質に対する掘り下げ方が足りないことと、他人の目を意識してしまう精神面の未熟さが、こういう後悔を引き起こしてしまうのだろう。

すぐに変えられるものではないかもしれないが、これからの人生は、会いたいと思った人には会い、行きたいと思ったところへは行き、やりたいと思ったことはやる、という生き方を貫けるよう、今回のことを機に、自分自身の本質を見つめ直そうと思う。

最後に、藤田憲一さんのご冥福を改めて心からお祈りします。