還暦少年とMidjourney.

子供の頃、母親とスーパーに行くと、偶然に出くわした彼女の知り合いとの会話で30分は待たされた。でも、当時の僕には長く感じられただけで、実際には5-10分くらいだったかもしれない。近所のスーパーに買物に行った時、二組の家族連れがいて、お母さん同士が楽しそうに会話をしている光景が目に留まり、産みの母のことを思い出した。

会社を解散するのは思ったよりも大変だった。過去形で書いたが、実はまだ終わっていない。今年4月30日付けで、Infarm 日本法人の解散登記をし、法的概念として、会社は解散されている。つまり、Infarmとして、日本で事業を行う主体は存在していない。但し、財務的に整理をするための「清算」という手続きを行う必要があり、まだその手続きが続いている。でも、その手続きの殆どは弁護士と税理士の方々が中心となって進めてくれており、HQ側とのやり取りは必要だが、僕が清算手続きの実務を行っているわけではない。

そんなことで、ここ数ヶ月、時間の自由ができたので、The Economist、Wall Street を購読し、Crunchbase等を含めて、可能な限り、海外のメディアを読むようにしている。下図はの今朝 (2023年8月27日 10:15 am JST現在)の時点で、The Economist 購読者に最も読まれた記事TOP5。

それで感じるのは、それらのメディアには、日本のことは殆ど登場しない、ということだ。ここ最近のエコノミストの主な記事は、ウクライナ情勢、プーチン、プリコジン、中国、習近平、アメリカ大統領選、米国経済、地球温暖化等である。今日のニュースレターに珍しく日本の記事があったが、性風俗産業に関する新しい規制に関するものだ。政治でも経済の話でもない。

仕事柄、シリコンバレーに関する記事を意識的に読んでいるが、スタートアップへの投資に急ブレーキが掛かる一方、AIに関しては、バブルの様相を呈していると言っても過言ではない。

但し、AIはスタートアップが取り組める対象ではない。ChatGPTを運営するOpen AI はマイクロソフトから1兆円以上もの投資を受け、対抗馬のひとつ、ディープマインドの共同創設者ムスタファ・スレイマン氏らが2022年に設立した「Inflectin AI」には、Rein Hoffman も出資者に名前を連ね、$1.3B(現在の為替レートで約1,900億円)を調達している。Computing Powerに莫大な費用を必要とし、スタートアップが数億円の資金で始められるビジネスではない。

一方、together.ai というスタートアップが、オープンソースのAI 構築をサポートするプラットフォームとCould サービスをリリースした。

特定のバーティカルに特化したAIサービスの開発が促進され、SaaSならぬ「AI as a Service =AaaS」の時代が来るように思う。

ところで先日、INITIALの「2023上半期 Japan Startup Finance」をもとにしたウェビナーを拝聴した。詳しくは、同社のレポート(無料)をダウンロードしていただきたいが、印象に残ったのは以下の3点。

(ソース:INITAIL)

1つ目は、シリコンバレーに遅れること約1年、日本でも特にレイターステージにおいて、スタートアップへの投資が急減速したこと。2022年上半期は「4,160億円」がスタートアップに投資されていたが、2023年上半期は「3,314億円(前年同期比:約80%)」に減少

2つ目は、資金調達額上位からも評価額ランキングからも、SaaS スタートアップの存在感が薄れてきたこと。

3つ目は、2つ目とセットで語る必要があるが、DeepTech スタートアップが増えてきていること。

要約すれは、ビットバレーから約25年に渡り続いてきた「インターネット」スタートアップ(日本語でいうネットベンチャー)による時代は終わりを迎えているということだ。

スタートアップ=DeepTechスタートアップの時代になるだろう。つまりは、起業家だけでなく、VCをはじめとした投資家を含めて、スタートアップエコシステムを構成する要素が大きく変わっていくだろう。

尚、INITIALのリサーチ対象は「日本のスタートアップの資金調達」であり、そのことには触れていないが、この先、日本のスタートアップおよびスタートアップエコシステムが成長していくには、東証の新興市場(旧マザーズ)に上場することを主要なエグジット(言葉は出口だが、実際はそこからがスタート)とするだけでは、確実に限界が来るだろう。

今のところ、世界第3位のGDP(マーケット)があり、スタートアップというステージであれば充分な成長が可能である。但し、2060年には、日本のGDPは「中国の1/10」になる。いつまでも「国内市場」だけを対象としているなら、スタートアップを語る以前に、日本の存在意義は増々薄れていくのは間違いない。安全保障にも支障を来すはずだ。

最近はそのようなことを口にする人も少なくなってきたが、戦後80年近く経つにも関わらず、未だに実現できていない「Next SONY, Honda」を生み出すにはどうすれば良いか? という「終わっていない宿題」に正面から取り組む必要がある。

僕なりの考えがあるが、またの機会に披瀝するとしよう。

さて、明日(8/27)から、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部(通称:武蔵野EMC=Entrepreneurship Musashino Campus)の2年生約30人を連れて、シリコンバレーに行く。主に、僕の投資先のファウンダーや知り合いの起業家、ベンチャーキャピタリストに話をしてもらう予定だ。下の写真は昨年、武蔵野大学EMCとして実施した記念すべき第一回目の模様(投資先のMilesの新オフィスにて)。

僕の記憶が正しければ、サンブリッジ時代から数えて、今年は記念すべき「10回目」のシリコンバレーツアーである

ところで、今回のアイキャッチ画像は、僕がprompt を出し、Midjourney に描いてもらったものだ。生物学的にはだいぶ年を取ってしまったが、気持ちは、EMCの学生(20-21歳)に負けないつもりだ。

おっと、大事なことを忘れるところだった。何年ぶりかでドリームビジョンのウェブサイトをリニューアルした。そして、ブログサイトの「タイトル」と「ドメイン」を新しくした

今後の展開に乞うご期待!

YCは賞味期限切れのビジネスモデルか?

僕がドリームビジョンという会社を始めたのは2006年3月。当時はアメブロでブログを書いていたが、今のウェブサイトにリニュアルした時、それまでアメブロで書いていたブログを全部、ドリームビジョンのサイトに引っ越した。

当時のブログのタイトルは「3度目の起業と初めての子育て」というものだったが、その理由は長男が生まれた翌年だったから。

お気づきの方もおられるかもしれないが、つい先日、ブログのタイトルを変更した。

「起業家はコトラーを読まない」。その心は、近日中にこのブログで説明する予定だ。

今日は、このエントリーのタイトルについて話をしたい。

シリコンバレーに住んだこともない僕が、シリコンバレーのVC(ベンチャーキャピタル)のことを論じるのは少々気が引けたりもするが、英語の文章を読むのが苦にならない人ばかりではないし、むしろ、苦になる人の方が多いだろう。

その推測を踏まえて、サンブリッジ時代に知り合い、その後も親しくしている、TechCrunch共同創業者で、現在は「SignalRank」というA.I.+FinTechスタートアップを経営しているKeith Teare のNewsLetter から得た知識をもとに、僕なりの考察を加えて、シリコンバレーにおけるベンチャーキャピタルの今をお伝えしたい。

そもそも、ベンチャーキャピタルというのは、儲かるビジネスなのか?

San Francisco, San Diego, New York City にオフィスのある「Correlation Ventures」のGeneral Partner, David Corts氏 が、米国のベンチャーキャピタルに関するとても興味深いデータを紹介している(下のグラフ参照)。

上のグラフの「Financings」は「投資ラウンド(投資案件)」、「Dollars」は「投資回収した金額」を指していると思われる。

過去10年間(2013-2022)に「EXIT」したスタートアップの投資案件のうち、「10倍以上」のリターンを生み出したのは「4%未満」であり、「48%」は「1倍未満のリターン(損失)」要するに「案件の半分」は「儲からない」ということだ。

「1-3倍」の明細が書かれていないので、その分布は分からないが、仮に、平均倍率が「2倍」だとしよう。

米国のVCファンドの運用期間は「10年」が一般的であり、LPの合意が得られれば、2年間の延長ができる。つまり、最大12年間の運用が可能ということだ。

現在の米国の金利は「約5%」。1,000万円12年間銀行に預けたとしよう。複利で5%で回ると、約1,700万円になる。因みに、14年で2倍になる。

銀行に「5%」の定期預金で預ければ、確実に1,700万円になって戻ってくる 。しかし、米国でVCに「1,000万円」を投資すると、50%の確率で損をする、ということだ。

但し、LPとしてVCに投資した場合、「4%」の確率で「10-20倍」になり、「3%」の確率で「20倍以上」になる。これがVCに投資する意味である。

そのVCは「ユニコーン」を引き当てられるのか? それにすべてが懸かっている。

因みに、2016年に、crunchbaseのデータをもとにKeithが分析した結果、1社でもユニコーンを引き当てられたことがある米国のファンドは、約6%だった。

ベンチャーキャピタルというのは、典型的な「Power Law(べき乗)」のビジネスということだ。

David は他にも非常に示唆に富むデータを紹介してくれている。

上のグラフは、EXITした年ごとに、投資した金額が「1倍未満(損失)」の結果にしかならなかった割合と、「10倍以上のリターン(勝者)」を実現した割合をプロットしたものである。

興味深いのは、2020年、2021年、つまり、パンデミックの時期にEXITした投資案件は「損失となった割合」が「18%」しかなく、2021年に関しては、10倍以上になった割合が「6%」と、過去20年で最も高くなっている点である。

では、2020年、2021年に「IPO and/or M&A」でEXITしたスタートアップには、どんな会社があるのか? crunchbaseのデータを見てみた。

https://news.crunchbase.com/company-ipo-exits-list/

上のグラフが示すとおり、2020年、2021年、特に2021年はIPO等のEXITラッシュだったことが分かる。by Nameで見てみると、我々にとっての馴染みのある社名が並んでいる。

例えば、Coinbase (正確にはIPOではなく、Direct Listing = 時価総額 $86B, 2021), Rivian (同$66.5B, 2021), Robinhood (同$32B, 2021), Airbnb (同$47B, 2020), Doordash (同$39B, 2020) などがある。Airbnbは2020年のIPOで、$3.5Bを調達している。

もう少し遡り、2019年のIPOを見ると、Uber, Lyft, Cloudflare, Zoom, Slack, Beyond Meet等がある。

但し、注意する必要があるのは、2020-2021年のIPOラッシュ組の「現在の時価総額」だ。その殆どが、IPO時点のMarket Cap(時価総額)を大きく割り込んでいる。下記はcrunchbaseの記事をもとに作成した。

ご覧のとおり、過去10年間でIPOした上位17社(過去15年間に設立され、IPOしたスタートアップ)の内、IPO価格を上回って取り引きされているのは「3社」しかない。尚且つ、その3社(Airbnb、Pinterest、Snowflake)でさえ、初日の終値よりかなり低い水準にある。

このような現実を踏まえると、次に紹介する2人の指摘には、合点が行く。

まず、Slow Ventures というVCのGP (General Partner) の Sam Lessin 氏のNews Letter の内容を紹介したい。

“About 15 months ago I wrote a post on how seed investing was pretty clearly going to be in an 18 month timeout … that the capital ‘factory’ line would be shutdown until the inventory of dramatically over-marked late-stage private deals got worked through / washed out / expired on the line.”

彼は15か月前、シード投資案件は「18ヶ月」の「タイムアウト」に入る、つまり、その間は次のファイナンスができなくなる(という意味だと理解した)、というブログを書いている。但し、それはもっと長期化するだろうと、見解を改めたようだ。

“But will clubby seed investing on a capital pipeline through series A to Z firms to public exist in the future — I actually think no… will the YC playbook of how to start a company and finance it work any more? IMHO certainly notI think the whole factory is going to need to be shut-down and reconstituted.

簡単に言うと、とんでもない時価総額をつけられたいわゆるユニコーンという「在庫」の大半がIPOできず、あるいはIPOしても期待外れに終わるのであればY-Combinator (2005年設立) や500 startups (2010年設立)等、大量生産型のシード投資モデルが「Asset Class(資産クラス)」としての魅力がなくなり、次のステージの投資家がつかなくなる、ということだ。

IMHO (In My Humble Opinion) と断りを入れた上で、YC的な大量生産型の工場モデルは機能しなくなる、と言い切っている。次の資金調達ができず、タイムアウト(Time out)ならぬ、Cash out(清算)せざるを得ないスタートアップが大量に生まれると言いたいのだろう。

では、今後のシード投資はどうなるのか? 彼は、ハイリスク型のスタートアップを長期間に渡り所有するような「シード投資家」が現れるだろうとしている。

僕の理解では、投資して、Demo Dayでデビューさせた後は観客席で見守るのではなく、中長期の「オーナー(株主)」として、一緒に事業を育てていくような「シード投資家」が求められてくるということだと思う。

問題は、シェアをどう保つか?だ。その点においては、Hunter Walk というベンチャーキャピタリストが、”What I tell all new VCs about their first funds.“という、とても示唆に富んだブログを書いている。DeepL等を使って読んでみて欲しい。

次に、ベンチャーキャピタルとLP(VCファンドに資金を提供する投資家)との関係に関して、とても分かり易い解説をしている「fintechjunkie」という人物を紹介したい。

VCは新しくファンドを組成した場合、通常、最初の3年間程度で新規の投資をする。そして、ファンドの30-50%程度をフォローオン(追加投資)のために取っておく。

仮に、あるLPが3つのファンドにそれぞれ「$20M」ずつ投資する場合、合計$60Mの資金が必要になる。但し、最初から$60Mが必要なわけではない。何故なら通常、Capital Call方式といい、投資案件が発生した時点で、必要な資金をVCに払い込むからだ。最初から$60Mを払い込むわけではない。

https://twitter.com/fintechjunkie/status/1682737298708807680

Beginner’s Luck もあるのだろうが、新しいVCファンドが既存のファンドよりも高いパフォーマンスを出すことは珍しくないらしく、歴史を見ると、ファンドサイズの「5倍, 10倍, さらには20倍」になることもあったらしい。

ここで重要なのは「お金の出入り」である。

どのステージに投資しているか、また、その時の市況にも左右されるが、4年目ぐらいから、戦略的な売却 (資本業務提携)、セカンダリーマーケットへの売却IPO等の「EXIT」が発生する。

問題は、2017-2021年に掛けて、米国のVCはそれまでよりも速いペースで投資をしているが、株式市場やスタートアップの資金調達環境が悪化したことにより、投資した資金の回収が遅くなっていることだ。となると、LPに対する「分配金」が発生せず、LPはファンドに投資した資金を回収できず、Capital Call に対応するために、想定していた以上の資金を用意する必要が出てくる

“Making matters worse, valuations were much higher during this period which brings into question how many 3X+ funds there will be in the 2017-2021 vintages. And we’re already seeing markdowns and write-offs that highlight the issue.”

さらに厄介なことに、この時期(2017-2021)投資案件は「バリエーション」が高くなっている一方、市況の変化により、レイターステージで売却する場合もIPOやM&Aで売却する際も、それほど高いバリエーションがつかないだろう。

となると、3倍以上のパフォーマンスを出せるファンドがどれだけあるか? という疑問符がつく。そして、この問題を証明するように、既にダウンラウンドや償却が発生している。

そして、パフォーマンスが悪いVCは、次のファンドを組成することはできないだろう。

でも、彼は、この問題は恒久的な問題ではないという。明確な投資戦略や優れたトラックレコードを持つファンドは生き残るということだ。

また、スタートアップは、妥当なバリエーションで資金を調達し、少ない資金を前提として経営をし、資本効率を最優先したスケールを設計することになる。

その結果、これから組成するファンドは、2017-2021年に組成されたファンドよりも、高いパフォーマンスを実現することになるだろう。

以上が、Keith のNews Letter で読んだ3人のブログやTweet から、シリコンバレーのSeed-Early stage のVCファンドに関して学んだことだ。

少しでも参考になれば幸いである。

次回は、シリーズB以降のベンチャーキャピタルにどのような変化が訪れる可能性があるか? について書いてみたいと思っている。