「生涯賃金」:夢と現実を考える。

新卒社員の採用支援を行う「パフ」という会社がある。釘崎さんという方が1997年に設立された会社である。

釘崎さんとは何度かお会いしたことがあるが、とても誠実な方だ。その釘崎さんが経営されているパフのメルマガに、興味深いデータが紹介されていた。

「大企業」と「中小企業」の「賃金格差」について「7・5・3」という表現があるらしい。

大企業と比較した場合、中小企業は、賃金:7割 賞与:5割 退職金:3割 だという。

また、人事院のレポートで民間企業の退職金について「平均3,039万円」という数字があったそうだ。

しかし、これは「官」に都合よく?、統計の母集団の多くは「一部上場企業」であり、もう少し細かくみると、社員1,000名以上の大企業平均で2,840万円、300名以下の中小企業で994万円というのが現実らしい。

このデータを知り、僕は「1度目の起業」をして数年後の1995~1996年頃のことを思い出した。

当時の僕は年齢が32~33才(若かった!!)で、ある大手不動産ディベロッパーの仕事をしていた。

ある時、その会社の方々とゴルフに行く機会があり、細かなことは忘れたが、一緒に行ったうちの一人(マネジャー)の方の年収を聞いて、自分の選択は間違っていたのか?と思ったことがあった。

最近の学生の方々は、そもそも新卒で就職した会社に一生いるつもりはない人が多いせいか、生涯賃金のことなどは考えないのかもしれないが、冷静に考えると、そこには「恐ろしい現実がある」。

僕自身の話しに戻すと、その不動産ディベロッパーの方の話しを聞いたとき、ミュージシャンになろうとか?俳優になろうとか?自分はなんて馬鹿げたことを考えていたのか?と思った。そして、だから優秀な人は「大企業」に就職するんだということに超遅まきながら気がつき、一緒に行った友人の車の助手席で「いったい僕は、この先、どうやっていけばいいのか?」と思ったことを鮮明に覚えている。

でも、それでは(だからと言って、みんなが大企業を目指すのでは)、世の中、おもしろくないし、日本社会の将来は暗いと思う。

今の大企業も昔はベンチャーだったり、中小企業だったりしたわけで、前人の「努力」のもとに今の姿があるわけである。

さて、話しは変わるが、インタースコープの頃に知り合った人たち、そして、ドリームビジョンを創めてからお会いした方々で、置かれている立場や仕事内容は異なるものの、活躍している人に「共通」している要素は何か?と考えてみた。

僕の結論は、テクニカルなこともさることながら、辛い時期や環境で、どれだけ「踏ん張れるか?(逃げ出さないか?)」という胆力があるということではないかと思う。

「現実」を直視しつつも「夢」を持ち続け、その実現のために「努力をし続ける」人を応援したいし、ドリームビジョンは、そういう人たちの集まりにしたい。

そして、そういう「志」のある人たちが、大企業の人たちよりも「高い報酬」と「自由な時間」を得られる会社にしていきたい。

インタースコープの頃、共同創業者の山川さんが言ってたことの意味(本質)が、今になってようやく理解できたような気がしている。

「運命」は変えられるか?

今日の夕方、ちょっとした用があり、渋谷警察署を訪ねた。

その帰り道、すぐ横の立体交差点の歩道橋を歩いている女子高生を見て、自分が高校生だった頃を思い出した。

東京に親戚や友達がいたので夏休みや春休みには遊びにきたりしていたが、その頃、渋谷の立体交差点のスロープを見ながら、都会のダイナミズムを感じていた。

あれから25年が過ぎた今、女子高生が談笑しながら歩いている姿を見て、自分の子供が高校生になった時のことを考えた。

ところで、渋谷警察署に向かう前、中国でビジネスしている方が訪ねて来られた。

彼は、創業メンバーの安田の繋がりで来社されたのだが、お会いしてみると、実は4~5年前、彼が学生だった頃、インターンシップに関するパネルディスカッションで、僕がインターン受入企業の経営者の立場で、彼はインターンをしている学生の立場で会っていたことが分かった。

何と言う「縁」だろう。

その彼と「中国」でのビジネスチャンスに関して話をしたのだが、その彼が言うには、中国では「雲南省」に生まれた人が「上海」に移住(転入)することは「法律」で「制限」されているという。

いったい何という国なのだろう!!!

しかし、雲南省出身の人でも、上海大学の「外部枠(上海以外の人の枠)」に合格すれば、正々堂々と「上海人」なれるらしい。そのため、日本でいう「越境入学」枠の偏差値は、非常に高いという。

一旦、上海人になれれば、その後の人生は「天と地」ほど違ってくる。

そう考えると、日本に生まれたことは、それだけで「幸せ」なことである。

僕の子供が「高校生」になった時、この日本は、どういう国になっているのだろう?

それを決めるのは、僕らの「意志と行動」だ。

「梅祭り」で想う「商店街」の役割り。

昨日は、子供を連れて「梅祭り」期間中の羽根木公園(世田谷区)に行ってきた。梅の花は「三分咲き」だったが、大勢の人で賑わっていた。

僕らのお目当ては、梅の花もさることながら、出店で販売されている「焼きそば・たこ焼き・甘酒」だった。

出店は3つあったが、それらは地元の「商店街」が出しているらしく、そこで働いているのは、その商店街の人達のようだった。都会では「地域の繋がり」が希薄になりつつあるが、羽根木公園周辺(東松原駅と梅が丘駅)の商店街では、まだまだ、地元の人どおしの交流があるようだ。

なんとなく「温かい」ものを感じた。

都会の良さは「他所者(よそもの)」を受け入れるところでもあるが、どこの誰がどんな仕事をしているのか?をお互いに知っているということが、治安の良い地域づくりに繋がり、子供達を非行から守る役割を果たすように思う。

利便性を追求した結果、失ったものがあり、それを補填するために多くの税金を使うことになる。

今の世の中は、そんな「矛盾」が多いような気がする。

ブログの「社会的意味と責任」。

東大生の家庭の「世帯年収」に関する統計データに言及したエントリーに対して、インタースコープの社員の方々からコメントをいただいた。

さすがは、統計のプロの人たちなので、的確なコメントと指摘が書き込まれている。

以前に、デジタルガレージ共同創業者の伊藤穣一氏(通称JOI)と仕事をしていた時、ブログ発祥のアメリカや欧州のブロガーたちは、間違った情報や別の見方もできる意見を書いていると、その記事に対して、様々なコメントや意見や批判をしてくる、そして、結果的に「民意が反映された記事」になっていく、と言っていた。

そのこと(JOIのいう仕組みや現象と自分の社会的責任)を今回のエントリーで実感した。

「下流社会」~新たな階層集団の出現~(三浦展)

つい先日のエントリーでも引用した、三浦展氏が2005年9月に出した「下流社会 新たな階層集団の出現」を読んでいる。とても興味深い本だ。

僕はドリームビジョンを創業してからこの10ヶ月、経営に関する本はそこそこ読んできたが、統計やマーケティングに関する本は殆ど読まなかった。そういう意味で、この本は久しぶりに読む「僕を育ててくれた業界」の本である。文調や出てくる「単語」に、懐かしさを感じる。

まだ、途中までしか読んでいないので結論めいたことは言えないが、三浦氏が言いたいことは、この国(日本)の未来を担う「若者」の間において「経済的」な「上昇」を望まない層が出現し、尚かつ、固定されてしまうこと、意識の面においても社会の底辺に甘んじることを善しとする人口ボリュームが増えることに対する警鐘なり危機感なのだろう。

ところで、僕は1986年、22才の時に、初めてニューヨークを訪れた。

その時に感じたことは、(その時点から)15年後の「東京の環七以内」は、間違いなく、「今(その時点)のニューヨークと化すだろう」ということだった。つまり、経済的且つ知的階層が「2極化」し、犯罪が多くなり、治安維持のための社会的コストが増大するということだ。結果的に、東京都心部は、そのような傾向を見せている。

それは何故か? 今の日本社会、特に、都会では、自分が持って生まれた「アセット(能力資産)」では、報われない、と思う人が増えているからだと思う。

もうひとつ、僕が初めてニューヨークを訪れたことにより、予見したことがある。

それは、日本において「出生率」が低下するだろうということだ。

それは何故か?というと、高度成長期のような万人が将来の所得上昇がほぼ約束されていた時代は過ぎ去り、将来の所得は「保証されない」時代が来るだろうということを、ニューヨークの人々と交流することで感じたからだ。

そういう僕自身、将来の所得が「右肩上がり」で上昇していくなんてことは、どうやっても信じられず、子供を設けることを、40才過ぎまで躊躇してきたという事実がある。

話しは変わるが、僕の妻の父親は、今話題の「不二家」の「ペコちゃん人形」の作者だが、彼は「お金や名誉」には全くと言って良いほど執着しなかったらしく、お酒を飲ませてもらえれば仕事をしてた人だったため、彼女の家の経済状態は、常に不安定極まりなかったようだ。そのせいか、夫婦だけなら構わないが、子供には絶対に貧乏はさせたくないという強い思いが、彼女にはある。

統計的事実として、東京大学合格者の家庭の平均世帯年収は「1,016万円」である。

その事実をどう受け止めるのか? 日本の未来を決めることである。

三浦 展
下流社会 新たな階層集団の出現

「教育の現場」を考える。子供たちに、どんな「未来(社会)」を残せるか?

昨日は、神奈川県相模原市にある高校にお邪魔して、1年生を対象とした「職業(仕事)を知る」と題する授業で講演をしてきた。

何日か前に「自分を知る」という趣旨での授業があったらしく、今日の授業はそれを踏まえてのことだそうだ。僕以外にも、新聞記者やホテルの副支配人、看護士、保育士、ケアマネジャー、建築家等の方々が参加されていた。神奈川新聞の記者の方は、授業で話しをすること以外に取材の意味もあって参加されていたらしい。僕もいくつかの質問を受けた。

僕の授業の参加者は「21人」。今回は、上記のように様々な職業の方の中で、生徒自身が「話しを聴きたい人」を選んで参加するものだったそうである。

僕は職業柄、大学や大学院で講義をすることは多々あるが、高校生の前で話しをしたのは今日が初めてだった。昨年の秋に、津久井湖(神奈川県)の近くにある中学校で同じような趣旨の授業にお招きいただいたことがあったが、今日はその時以上に難しかった。

ところで、僕は今日の授業をしてみて「教育」というものの難しさを改めて感じた。

偏差値的には極々普通のレベルの学校らしいが、僕の授業に出席した生徒達の学力や意識には、かなりの差があることが伝わってきた。当然のことながら、興味も関心事も異なるだろう。そういう彼ら全員を満足させる授業をすることは極めて困難なことだ。先生達の日頃の苦労が伺い知れた。

昨秋の中学校(3年生)も、同じように学力の差はあったと思うが、それでも、彼らの方が、まだ、世間の現実というものを良くも悪くも知らない分、自分の将来に対するポジティブな姿勢を持ち続けているように思えた。しかし、昨日の高校生は、自分の将来に希望を持っている人と、そうでない人との差が大きいように感じた。

僕は、2度めに入学した高校(最初に入った高校は3ヶ月で中退した)で、数学や物理について行けず、また、古文漢文の先生が「偏差値教育の申し子」のような人間で、成績の悪い生徒は「追試追試」の連続で嫌気が差し、勉強のみならず、人生そのものを「流して」生きるようになってしまったように、自分の将来そのものに対して諦めてしまっている生徒が少なくないような気がした。

でも、数学が出来なかろうと、古文漢文が出来なかろうと、その生徒の人生が決まる訳ではない。

僕は総務省が行った調査結果を引き合いに出し、仮に「夢が叶わなかった」としても、小学校6年生の時に「将来の夢や希望」を持っていた人の方が、夢や希望を持っていなかった人よりも、今が「幸せ」と感じている人や今までに「達成感や充実感」を覚えたことのある人が多い、というを話した。

また、僕は「高校中退経験(挫折)」があること、その翌年の「受験の2週間前に母親が亡くなった」こと、「ミュージシャンになる夢を諦めた」こと、「500人に5人しか受からない俳優のオーディションに受かった」ものの、その道で勝負する「勇気がなかった」こと、起業してからは「極貧時代」があったこと、その一方、創業に関与した会社が上場をして「キャピタルゲイン」を得たことなど、挫折と波乱の人生を歩んでいることを話した。

「夢を持つことの大切さ」を伝えたかったが、はたして、どれだけの生徒が理解してくれただろうか?

教育改革の方針において、しばしば「個性を活かす」という議論がなされるが、実際に「教育の現場」へ落とし込み、これからの日本社会における「教育」の在り方を考え、変えていくのは、そう簡単なことではない。

子供が1才4ヶ月になり、言葉らしきものを話すようになったこともあり、自分の子供の教育をどうしていくべきか?親としての立場で考えさせられた。

ベンチャー企業の経営者は、住宅ローンが借りられない。

僕がインタースコープの経営をしていた頃、人生で初めて「マンション」を購入した。41才の時だった。住宅を購入するという意味では、かなりの「遅咲き」である。

28才で「初めての起業」をしてからの9年間は鳴かず飛ばずで、その間の平均年収は、おそらく「450万円」程度だったと思う。一時期は、そこそこの経費を使えていた時もあったが、本当に貧乏な時は、世帯年収で300万円という時代もあった。

今で言う「下流社会」の最先端だった(苦笑)。それも「下流起業家(笑)」である。

そんな苦節9年間を経てインタースコープを立ち上げて、ようやく世間並みの年収にはなったが、なにせ「蓄え」というものがなく、尚かつ、ナケナシのお金はインタースコープの資本金に化けているのだから、マンションを買うにも「頭金」がなかったのである。

一生懸命に頑張っていた僕を神様は見捨てなかったのか、創業に携わったウェブクルーの上場に伴い、多少の株を持たせてもらっていた僕は、マンションの頭金を払うお金を得ることができた。

しかし、いざ、マンションを買おうとすると、なんと「ローンが組めない」ことが分かった。インタースコープの社員は何の問題もなく住宅ローンが組めるのに、経営者である僕は「審査」が通らないのである。

要するにこういうことだ。

ベンチャー企業の創業経営者は、その殆どが会社の「借り入れ」や「リース」の「保証人(債務保証)」になっているので、その時点で既に、住宅ローン以上の「債務」を抱えているようなものだ。だから、それ以上の「与信枠」は与えられないのである。

インタースコープの場合、ベンチャーキャピタルから資金を調達しており、ちょっとやそっとのことでは潰れない財務体質(実際に超優良なバランスシートだった)にも係らず、日本の銀行というのは、ベンチャーの経営者にはお金は貸してくれないのである。

なんとかあの手この手で画策し、やっとのことでローンを通してもらったが、僕にコネが無かったら、今のマンションは諦めざるを得なかったことになる。競争率「7倍」の抽選に当たったにも係らず・・・。

ところで、つい最近読んだ「アマゾンのロングテールは、二度笑う(超お薦めの本である)」の著者の鈴木貴博さんとは、彼がネットイヤーの取締役をしていた頃に何度か会ったことがある。

彼がボストン・コンサルティング・グループを辞めてネットイヤーの創業に参加した後で、イオンカードの勧誘をされて入会しようと思ったら「審査が通らなかった」と、その本の中で述懐していた。僕には彼の気持ちが痛いほどよく分かる。

ベンチャー企業の創業者というのは、世間で言われるような華やかなイメージとは裏腹に、社会的信用が「ゼロ」に近い存在なのである。上場しなければ、「社会人」とは見なされないということだ。

ところで、昨年の夏にドリームビジョンでは増資をした。

出資引受を打診するために「投資家」の方々に提出した「事業計画書」の表紙に僕が書いたフレーズは、「リスクを取ってチャレンジする人がリスペクトされる社会の実現を目指して」である。

「悠生(僕の子供)」に誓って、僕は必ず成し遂げる。

アマゾンのロングテールは、二度笑う 「50年勝ち組企業」をつくる8つの戦略/鈴木 貴博

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