起業家からサラリーマンへ。

イエルネット。伝説のネットベンチャーである。

2000年前後のネットバブルの頃、何らかの形でネットビジネスに関わっていた方であれば、この名前を知らない方はいないだろう。

たまたま出張で「一時帰国」していた、イエルネット創業者で、現在は「Sony Corporation of America」に勤務する本間さんにお会いしたのは7月中旬の夜だった。おそらく、時差ぼけもあっただろうに、嫌な顔ひとつせず、取材に応じてくれた。

続きは、こちらから!!

「井上陽水」のプロデューサー

インタースコープを経営していた頃、お父さんが「井上陽水」のプロデューサーという学生がインターンとしてやってきた。

僕は大学1年まで、何とか音楽で身を立てられないものか?と思っていたこともあり、その学生に興味を持った。

彼も、僕の経歴やキャラクターに持ってくれたようで、仕事の面以外でも、彼の「就職活動」の相談にのったりしていた。

つい先日、その彼から連絡があり、久しぶりに会うことになった。

こう書けば、推察はついてしまうだろうが、「おめでたい話し」があるとのことだった。そういう連絡をもらえることは、とても嬉しいことだ。

さて、彼とのことで、とても印象的な思い出がある。

それは、彼の歓迎会をした時のことだった。

たまたま、彼が僕の正面に座ったこともあり、お互いの「家庭環境」に関する話しをしていたのだが、学生である彼が、僕に「説教」をし出した。

彼が言いたかったことは、「好きなことを仕事にしていくこと」は「極めて難しく」、平石さんは「その数パーセントの可能性に懸けていくんですか?(家族に迷惑をかける)」ということだった。

事実として、彼の家族は経済的に不安定で、とても苦労をしたそうだ。

彼は、クール(左脳的に優秀)な一方、とても「センス(右脳的に才能がある)」があり、極めて「クリエイティブ」な人間である。

僕は彼に対して、「お父さんから受け継いだDNAは消せないし、○○くんの身体の中には、お父さんの遺伝子が入っているよ」と事あるごとに言っていたが、就職して暫くした時にもらったメールの中に、

「自分が『父親の遺伝子を持っていること』を感じずにはいられない日々を送っています」

という一文を発見し、なぜかとても嬉しく思ったことを憶えている。

「自分を知る」。そして、「そのことを受け入れる」ことが幸せな人生に繋がると思う。

何年ぶりかの彼との再会が楽しみである。

追伸:僕が中学生の時、小遣いを貯めて「初めて買ったアルバム(LP)」が「井上陽水」の「招待状のないショー」だった。

フルスイングの人生、フルスイングの仕事。

メディアの取材で、古くからの起業家仲間を訪ねたり、初めての人に会ったりと、色々な方の話しを聴く機会があり、とても勉強になったり、深く考えさせられることがたくさんある。

「『20代のパワーは20代の時に、30代のパワーは30代の時に、しっかりと使い切ってください。経験はときには邪魔になったり臆病になったりさせます。若いときの勢いは、落とし穴があっても気づかず、罠があっても網を破ることができるものです』。(学生時代にお世話なった、ある会社の社長から)そういう経験は若いからできることだと教えてもらいました」。

10数年来の起業家仲間で、今はお互いに40代の友人から届いた一言である。

また、彼はこんなことも言っていた。

「フルスイングの人生、フルスイングの仕事。シリコンバレーの青い空のようにスパッと生きていこう」。

昨日の試合で引退した「清原」選手を思い出した。

思い切り振っての三振であれば、それもまたよし。

「その時々の自分」にできる精一杯のことをやろうと思う。

「デジタルガレージ」という「文脈(コンテクスト)」。

デジタルガレージ(DG)は、林さんと、JOIこと伊藤穣一氏によって設立された、名前のとおり、常にインターネットの最前線を行くベンチャー企業である。

僕の記憶が正しければ、DGの設立は1995年。今年で13年目になる。

そのDGに関する特集記事が、昨日の日経ヴェリタスに見開きで掲載されていた。林さんたちの顔写真入りで、とてもよいIRになったと思う。

林さんと初めてお会いしたのは、2003年12月だったと思う。ある証券会社の方の紹介で、富ヶ谷にあるDGのオフィスを訪ねた時だった。

デジタルガレージという会社や林さんやJOIのことはメディアを通じて知っていたが、実際に林さんに会ってみると、思ったよりも「気さく」な人だった。

そんなことでご縁ができたわけだが、その後、2004年4月、当時の株主だったベンチャーキャピタルが保有するインタースコープ株式の一部をDGに譲渡してもらい、DGにインタースコープの筆頭株主になってもらうことになった。

2004年という年は、僕にとっては、忘れ難い年である。

インタースコープを創業する前の僕にとって、「JOI」は憧れの人でしかなかったが、その「JOI」と一緒に仕事をする機会に恵まれた。

それは、テクノラティという「ブログ検索エンジン」運営会社を日本にもってきて、DGとの合弁会社を設立しようというプロジェクトだった。テクノラティ本社のあるサンフランシスコに出張に行ったり、日本でのビジネスモデルを議論したりと、「JOI」との仕事はとても楽しかった。

そんなこともあり、僕は、林さんには、とても感謝をしている。また、是非、ゴルフでもご一緒させてもらえればと思っている。

さて、そのDGであるが、株式市場からの評価は決して良いとは言えない。

日経ヴェリタスに書いてあるとおり、子会社の「カカクコム(価格.com)」の時価総額よりも、親会社であるDGの方が時価総額が低いのである。林さんにとって、このことは、とても大きな精神的な負担になっていると思う。

このことも含めて、事業構造と財務体質を改善するため、DGは大きな構造変革を行う意思決定をした。興味のある方は、DGのIRページをご覧いただければと思うが、2年間続けた「純粋持株会社」としての「連結経営」に終止符を打ち、DGでいうところの「ソリューション事業」をDG本体に統合して、DGを「事業持株会社」とすることにした。

株式市場が、そのことをどう評価するか? DGにとって、とても大事な局面を迎えている。

さて、そのDGであるが、同じネットビジネスとは言え、ECやオンライントレード(オンライン証券)などのビジネスモデルと比較すると、分かり難さは否めない。

しかし、それは、DGのビジネスモデル(事業構造)の特徴である。

林さんの言葉を借りれば、DGは創業以来、常に「波打ち際」を走り続けており、つまり、ネットビジネスの最先端を模索し続けるのが「DGらしさ」であり、事業ポートフォリオに占める「研究開発・先行投資」が多い。その結果、数多くの「日本初」というビジネスを世に送り出してきている。

もうひとつ、DGがユニークなのは、林さんのいう「コンテクスト(文脈)経営」にある。

「人と人」や「事業と事業」「会社と会社」というように、その時代の求める「何か」を敏感に察知し、新たな「関係=価値(文脈)」を創造するという、その経営なり、事業運営のあり方そのものが、DGらしさなのだと思う。

その過程においては、失敗することもあり、人が集まっては離れて行く(僕もそのひとりである)ということが繰り返されるのだろうが、それが、ネットビジネスにおける「人脈(コンテクスト)」を創造することにも繋がり、それが、また、新しい「文脈(コンテクスト)」を生んで行くのだと思う。

人によっては、「DGは何をやろうとしているのか分からない」と映るようだが、林さんやJOIたちがやろうとしているのは、大きくはインターネットという領域において、「次の時代」が求める「コンテクスト(様々な関係)」を創っていくことであり、常に「新しい社会的価値」を創造していくということのように思う。

「定量的(時価総額)」には苦戦をしているかもしれないが、そこには「定量化できない価値」があると思う。

これからも、「コンテクスト経営」という「挑戦する生き方」を続けて行って欲しい。

歴史は繰り返す。

「Savings & Loans(米貯蓄金融機関)」の最大手が破綻。1980年代を思い出す。

金融技術は進化しても、人間という生き物は進化していない、ということだろう。

「歴史は繰り返す」というが、これはビジネスやマーケットだけでなく、人間の生き方そのものがそうなのだろう。

会社を替えても、あなたは変わら���い」。僕自身も含めて・・・。

海老根さんの言うとおりである。

何の試合をしているのか?

さて、前回のエントリーで前振りした「何の試合をしているのか?」というひと言は、今年7月に福岡で行われた「Asia Innovation Initiative」というカンファレンスで、地元の起業家と出井さん、スタン・シー氏とのセッションでの出井さんの言葉である。

要するに、自分たちの「事業」を、どう定義するか?という意味である。

それによって、競合も違ってくるし、研究するマーケットも違ってくる。当然のことながら、自社の「強み」と「弱み」も違ってくるし、採用を強化すべき人材も違ってくる。

僕が何故、出井さんのひと言を思い出したのか?というと、今の僕に必要なのは、まさしく、その質問に対する答えを考えて、答えを出すことだと思ったからである。

インタースコープの頃は、それなりに、自社の事業を定義していたと思うが、マクロミルや、結果的に合併したインフォプラントと比較すると、それが曖昧だったと思う。

当たり前のことであるが、フォーカスがあまければ、ピンボケした写真になる。

事業にも同じことが言える。

そして、「人生そのもの」にも。

いったい、僕の人生は「何の試合」なのだろう?

その問いに答える必要性を強く感じている。

それが明確であれば、意思決定は簡単になる。

それが曖昧だから、迷うのである。

さすがに、もうそろそろ、この問いに対する明確な回答を出そうと思う。

客員教授としての「初仕事」。

「台風一過」の青空があったのかないかの分からないが、今この瞬間の東京は、雨も上がり、雲の隙間から青空が覗いている。

この週末は、子供を連れて初めての温泉に行ったが、台風の影響でキャンセル客が多かったのか、他の客はまばらだった。

僕らが泊まった宿は、目の前に「外房の海」が広がっている素晴らしい温泉があり、僕たちにとってはそれだけでも来た甲斐があったが、僕らの子供は、それよりも、夕食に出てきた「船にのった刺身」にご満悦だった。

「すごいねー!!」という歓声を上げ、喜んで食べていた。

さて、週末の話はさておき、今日はこれから、法政大学ビジネススクールでの「初の授業」がある。

授業と言っても、僕の知り合いの「ネット系ベンチャーの創業経営者」の方にゲスト講師として講義をしていただき、それをもとに「Q&A」のセッションをするというワークショップ形式である。

僕の仕事は、授業のテーマに���り、最適なベンチャー経営者をリクルートすることと、講義の後の質疑応答(Q&A)のファシリテートである。それから大切なことがもうひとつ、受講生の方々のレポートを採点することである。

ということで、そろそろ「客員教授」の仕事に出発である。

受講生の皆さんにとって価値ある授業にするために、精一杯の対応をしたい。