3種類の風

先日、僕が最初に起業した頃からお世話になっている伊藤忠商事の塩見さんという方と、塩見さんの元部下や現在の部下の方と一緒に食事をする機会があった。塩見さんの昇進祝いをしようということで、塩見チルドレンが集まった。

その時に塩見さんが仰っていた言葉が印象に残っている。

「フォローの風が吹いている時と、風が吹いていない時と、逆風の時がある。自分にとって今、どんな風が吹いているのかを理解して、取り組むことが大切である」という趣旨のことを仰っていた。

僕が28才で起業してから今までの人生を振り返ると、最初の起業の時は、実際にはどうだったかは別として、僕にとっては常に「逆風」だった(と感じていた)。

多少は儲かっていたという意味では、4年目から6年目にかけては、そこそこのフォローの風だったと思うが、大半はアゲインスト(逆風)だったように思う。フォローの風が吹いていたとしても、当時の僕には、その風に乗る実力が無かったということだ。

フォローの風が吹いて来たのは、1998年の秋頃だったと思う。山川さんと一緒に「インターネットリサーチ」を始めてしばらくした頃だ。渡辺さんが立ち上げようとしていた「保険スクエアbang !」というネットビジネスに参画したのもその頃だった。

あの時は、インターネットバブルというフォローの風に上手く乗れたと思う。

では、今はどうかというと、フォローの風が吹きそうな「予感」はしているが、実際には「無風」に近いような気がする。

そんな話しを塩見さんに言ったところ、「必ず、『隙間』が出来る瞬間がある。なので、その時にズバッと行けるようにしておくこと(が大切)」と教えられた。

インタースコープを立ち上げた時も、それまでに準備(努力)をしてきたからこそ、フォローの風が吹いた時に、うまくその風に乗れたのだと思う。

何事も「原因」が無ければ「結果」は出ない。

実はここ数日、気持ちが重たい状態にあったのだが、今日のある出来事により、その重たい気持ちが薄らいだ。

フォローの風が吹いた時に、その流れにうまく乗れるよう、日頃から準備(努力)を怠らないようにしよう。

期待値

ワールドカップが終わって、各種マスコミの報道が目に留まる。

中には、単純にジーコ監督や選手の批判をするだけのモノもあり、憤りを感じることも少なくない。自分たちの期待が裏切られたことの反動なのか?

ジャーナリズムというものは本来、ある事実に基づき、ニュートラルな立場あるいは自社の立場を明確にした上で、その出来事の社会的意味を広く報じることが役割のはずであるが、ネガティブなことを書いた方が売れ行きがよいというような風潮があり、それがマーケティングと言えばそれまでだが、何とも残念な気持ちになることがある。

しかし、元を質せば、国民のレベルがそのようなマスコミの体質を作っているわけで、それこそ、マスコミの批判だけをしても始まらない。

「教育こそが社会を変え得る」と思う所以である。たまには短く。

坊主頭のりょうへいさん

彼とは2005年の夏、アタッカーズ(大前研一氏が運営するビジネススクール)のケース発表会で知り合った。

お昼の時間になり、食べ物をトレイに取って、空いている席を探している時に目に留まったのが、彼が座っていたテーブルだった。また、ケース発表会が終わって駐車場に向かったところ、偶然(たぶん必然)にも、また、彼に遭遇した。「どこかまで送りましょうか?」と声をかけ、横浜のあざみ野(だったと思う)から、僕の車で恵比寿駅まで一緒に帰ってきた。

その後、しばらくは何も音沙汰がなかったが、ある時、MIXIで発見され、ネット上で再会した。しばらくすると、今度はGREEでも発見された。そして、現在は、ドリームビジョンSNSでも繋がっている。

僕のブログを読んでくれている人の中にはご存知の方もいると思うが、彼は僕のブログに毎回欠かさず「コメント」を書いてくれている。それも、いつも深い「意味」のあるコメントだ。自分の書いたことの「意味」を再確認することができ、僕自身がとても勉強になっている。

昨夜は、その「坊主頭のりょうへい」さんも、そして、Vivienも参加してくれた「ドリームビジョン交流会@渋谷」なるものが開催された。

当社のスタッフが交流会を企画したことを知った時は正直、「参加者が集まるのかな?」と思っていたが、僕の心配をよそに、金曜日で尚かつ給料日にも関らず、20人以上の人が参加してくれた。

参加者は、ドリームビジョンSNS登録者と先日のトークセッションの参加者だ。「短い人生」の「ある数時間」をドリームビジョン関係者と過ごそうと思ってくれたことが、とても嬉しかった。

僕は今まで、B2Bのビジネスしか経験して来なかったので、「B2C」のビジネスからは学ぶことが多い。

考えてみれば、僕が社外取締役になっているラソナも、今まで9年間やってきたWEBサイトやDB構築等の受託ビジネス(B2B)とはまったく異なる「B2C」ビジネスを展開し始めており、僕自身の人生の「ターニングポイント」であることを感じる。

ラソナが手掛けているB2Cビジネスは、「表参道コムニット」という「地域(街)」をテーマにしたSNSベースのビジネスだ。その街のお店や各種施設とその街に来る人々や居住者の方々の交流を促進しようというものである。

今まで僕がやってきたビジネスの場合、当然のことながら「仕事」上の付き合いが基本であり、プライベートの関係にまで発展する人はそう多くはなかったが、ドリームビジョンで展開していこうと思っているビジネスは、「夢を共有」したり、「自分らしい生き方とキャリアデザイン」ということをテーマとしたコミュニティだったり、カリキュラム運営だったりするので、必然とユーザー(あまり好きな表現ではないが)の皆さんの「人となり(人間性)」を垣間みることになり、自ずとプライベートにおいても交流が生まれていくような気がする。そうなったら、とても幸せである。

以前にもこのブログでさわりは書いたと思うが、来月発売の「Think !(東洋経済新報社)」というビジネス誌で、「WEB2.0時代におけるキャリアデザイン」というテーマで原稿を書かせてもらった。是非、読んでみて頂けたらと思う。

その中でも書いたが、「知識や学びの高速道路」が敷かれた「WEB2.0」という時代においては、むしろ、「知識」以外のことが重要になってくると思っている。

そのことのひとつが「人間力」だと僕は考えている。

「人間力」の因数分解は「Think ! 」誌面でしているのでここでは割愛するが、要するに「他人の成長」を自分のこととして喜べたり、他人に対する「愛情」を持てる人のことを「人間力がある人」と言うのだと思う。

ひとりひとりが自分らしい「夢」を持ち、夢の実現に向けてコミットしていけるように、その「夢の実現」を支援できる会社にしたい。

そして、「自立した個人」により構成され、個人の自由と責任による「生き方」と「職業」を許容し、「チャレンジする人がリスペクトされる社会」の実現を目指して、ドリームビジョンとして僕らが出来ることをやっていこうと思う。

昨日完成した「事業計画書Ver1.0」の「事業への想い」というページに、僕が書いたことである。

泉岳寺

何年ぶりだろうか? 本当に久しぶりに「泉岳寺」の駅に降り立った。昨日の午前中のことだ。

車の法定点検を依頼したディーラーが、たまたま泉岳寺の近くだった。

「泉岳寺」には、1998年から1999年にかけて、多い時には毎日のように通っていた。2000年に一緒にインタースコープを創業した山川さんが当時、エムアンドシーという小さな会社を経営しており、オフィスが泉岳寺にあった。

駅はだいぶキレイになっていたが、すぐ横のそば屋は今もあり、周辺の景色は変わっていなかった。エムアンドシーのオフィスが入っていたビルの1階にあったコンビニは無くなっていたけれど。

その頃は、後にウェブクルーという会社を設立した渡辺さん(当時はペガジャッパンというネットベンチャーを岐阜の春日井というところでやっていた)達にシステム構築の面倒をみてもらい、インターネットリサーチの事業化を進めていた時期だった。当時は、僕も山川さんも、そして、渡辺さんも本当に貧乏だった。

渡辺さんは後にウェブクルーを上場させ、今ではヒルズ族のひとりだが、当時は東京に出張に来ると、僕の安アパートに泊まっていた。

今、改めて振り返ってみると、あの頃はあの頃で幸せだったと思う。マスターカードのTVCMではないが、「お金では買えない」何かが、お金がないからこそ、僕らの生活にはあったような気がする。

こうして、ブログを書いていて、それは「物事に感謝する」という姿勢だったのではないかと思った。10万円の売上に、20万円の売上に、心から感謝していた。

僕だけなのか?他の人もそうなのかは分からないが、僕は、楽しかったことよりも、辛かったことをよく思い出す。

それも、楽しく思い出す時と、感慨深くしみじみと思い出すことの両方がある。昨日は「しみじみ」系だった(笑)。それは、もう一度スクラッチから会社を立ち上げることの大変さを、改めて感じているからだろう。

そして、そういう(物事に感謝する)「心」を忘れないように、辛かった頃のことを思い出すのかもしれない。きっと神様が「いい気」になりやすい僕のために、そういうDNAを植え付けてくれたのだろう。

話しは変わるが、今日はインタースコープの取締役会議があった。僕は取締役は退任しているが、創業者ということと、今も尚、大株主のひとりであることから、オブザーバーとして出席している。

取締役会議の後、社外取締役の小林さん(グロービス・キャピタル・パートナーズ)とブログの話しをした。小林さんのブログは、なんと、月間ユニークユーザーが「7,000人」もいるらしい!!! すごいのひと言だ。

では、何故、小林さんのブログを読む人がそんなに多いのかというと、彼のブログは「情報量が豊富」だからだと思う。それも、「旬」な話題や情報が多いからだろう。

デジタルガレージ共同創業者の伊藤穣一氏(通称Joi)が言っていた「ブロガーの影響力」とは、こういうことを言うんだろう。Technorati Japanを設立するために議論を重ねている時に、Joiから米国のブログ事情はよく聞いていたが、こうして身近なところにパワフルブロガーが存在していると、身をもって、その意味を理解でききるようになった。

またまた、話しは変わるが、あるリサーチプロジェクトで、「会ったこのとない有名な専門家」の意見と「自分の知り合いで信頼がおける人」の意見と、どちらが信頼できるか?というテーマがあり、後者の方が信頼できるとする人が実は多い、ということが分かったことがある。パワフルブロガーというのは、ある意味、その両者の中間ぐらいの存在なのだろう。

さすがに7,000人ともなると、小林さんの知り合いよりも、知らない人の方が多いと思うが、僕のブログを読んでくれている人は、半分ぐらいは「知り合い」ではないかと思う。因みに、月間のユニークユーザーは知らないが、デイリーのユニークユーザーは、だいたい「100~200人」ぐらいなので、おそらくそういうことだろう。

小林さんに「平石さんのブログは長いので(読むのが大変です)・・・」と言われた。(ごめんなさい)

僕は小林さんのように「ジャーナリスティック(ビジネス情報誌的)」なブログは書けないが、読んでくれる人に対して、時間の無駄になるような内容では失礼だと思っているので、僕なりに必ず、何らかのメッセージを込めて書いている。多少なりとも何らかの参考になるようであれば幸せである。このブログで1円も稼いではいないが、プロフェッショナルとしての意識を持って書いている。それで短ければより良しということか。頑張ろう。

僕がもし、小林さんのようなジャーナリスティックなブログを書けと言われれば、マーケティングなり、起業にまつわる話しは書けなくはないかもしれないが、要するに、そのことに「価値」を見出すかどうか?なのだろう。

そういうテーマであれば、僕よりも読者の方々にとって有益な情報を書ける人はたくさんいるということと、起業のことならともかく、マーケティングに関する話しを書く(解説する)ことに興味がないのである。

好きこそモノの上手なれということだろう。これからも「自分らしく」生きていこう。

マンションの理事長という仕事

僕たち家族が住んでいるマンションは、2005年3月に竣工した。

僕は初年度の理事会に自ら参加し、管理組合の役員になった。高いお金を出して買ったマンションなので、住み良い場所にするために「当事者意識」を持ちたいと思ったからだ。

初年度は会計担当の役員としてやってきたが、今年度の役員選出にあたり、前理事長の田中さんという方からご指名があり、今年度の理事長になった。正直、まさか僕が理事長に指名されるとは思ってもいなかった。

さて、実際に理事長として管理組合の仕事をしてみると、いろいろなことが分かってきた。ひと言で表すならば「社会の縮図」ということだ。

このマンションには100世帯近い人々が住んでいるが、当然、年齢も異なれば、家族構成も異なるし、仕事も異なる。趣味も違う。

そういう考え方や立場の違う方々と一緒に「ひとつの建物(集合住宅)」に住むにあたっては、様々な問題が発生する。それを「全体最適」と「部分最適」を調整しながら、ルールを定めたり、居住者の方々の意見調整をしていくのが「理事会」の仕事であり、その理事会をまとめていくのが「理事長」の仕事である。

会社を経営するという「直接経済行為(直接的にキャッシュを産むことを目的とする)」とは異なるが、どのようなルールと維持管理のもとに運営していくかによって、このマンション自体の資産価値が異なってくるわけで、とても大きな意味を持っている。

僕は「中学浪人時代」に知り合った友人のお姉さんが言っていたひと言を思い出した。

当時、彼女と僕の友人が一緒に住んでいたマンションが三田(慶応大学の近く)にあり、僕が大学受験の時、そのマンションに泊めてもらっていたのだが、その時に彼女から、「どこの大学に行っても、自分の学校を好きになれれば可愛いものよ(それが一番よ)」と言われたことを思い出した。それから25年もの時間が経つが、とても印象に残っている。

僕がインタースコープを経営していた頃、「自分が所属している組織を好きになることが、自分が幸せになることだ」ということを何度か社員に対して話したことがある。嫌々働いていても自分が辛いだけである。

ODSというコンサルティング会社時代の恩師である三浦さんも、友人のお姉さんと同じことを言っていた。

「当事者意識」を持ち、自分が所属している「組織(団体)」を好きになる。

自分自身が幸せに生きるために最も効果的なアプローチのように思う。

そう言えば、マネックスの松本さんも同じようなことを言っていた。
「好きな仕事を探すよりも、今の仕事を好きになる方が簡単である」。

もうひとつ、紹介したいひと言がある。「自分探しよりも自分創り」。

以前にもこのブログで紹介したことのある「Vivien」というニックネームの女性が、ドリームビジョンのSNSで書いていたことだ。「特に、若いうちは」と彼女は書いている。

追伸:他人の「思考と行動」は変えられないが、自分の「思考と行動」は変えられる。自己変革や組織変革等の本を読むと、必ず出てくる言葉である。