「経験」という「功罪」。

僕が山川さん(現ALBERT 代表取締役会長)と一緒にインタースコープを始めた頃、インターネットリサーチという市場は無いに等しく、とにかくひたすら「顧客開拓」に奔走していた。

クライアントになるかどうか、その可能性さえ分からない見込み客?に対しても、一生懸命に営業活動をし、多くの時間を費やしていた。

途中で、そんな努力が本当に報われるのだろうか?と疑問を感じたこともあったが、経験則がない以上、とにかくやるしかなかった。

しかし、経験を重ねると、何かを始める時、ある程度、これはイケルだろうとか、これはダメだろう、ということが分かるようになってくる。

良く言えば「冷静な判断」。しかし、先が読めてしまうが故に、果敢な行動が出来なくなったりする。

「判断能力の向上」という意味では、経験は「成長」を促進するが、可能性に懸けて「挑戦する」という意味では、必ずしも「経験」がプラスに働くわけではない。

「挑戦する生き方」で紹介させてもらった吉川さんも、同じようなことを言っている。そのようなプロセスを「経験」した人であれば、その意味が分かると思う。

「起業」は若いうちの方がいい。

「チャンス(旬)」は限られている。

「人生は短い」。

元「新聞配達」。シリコンバレーで起業。

僕の古い友人のひとりに、シリコンバレーで「3度目の起業 ~ 1度目は日本。2度目、3度目はシリコンバレーで。~」に挑んでいる吉川欣也さんという方がいる。

彼は1967年生まれで、現在41才。1990年に就職した「バブル世代」である。

しかし、彼は、入学金以外は親の世話にならず、授業料も生活費もすべて自分で稼いで大学を卒業した、いわゆる「苦学生」だった。

大学1年生の時は「新聞配達」をして「生計」を立てていた。

ドリームビジョンが運営するオンラインメディアの「挑戦する生き方」というコーナーで、先週から、彼のインタビュー記事を掲載している。

興味のある方は是非、読んでみて欲しい。

DREAM GATE AWARD 2008(ドリームゲート アワード 2008)速報

昨日は天候にも恵まれ、また、300名近い来場者の方々にお越しいただき、盛大に「DREAM GATE AWARD 2008」を開催することができました。

ご協力いただいた皆様に心からお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

また、主催者の皆さん、お疲れ様でした。

詳細なレポートは、マスコミ各社および運営事務局よりリリースされると思いますので、僕からは、会場の雰囲気をお伝えすべく、いくつかの写真をアップロードしたいと思います。

その前に、栄えある「Winner(優勝者)」は、ソフトイーサ株式会社 代表取締役会長 登 大遊 さん でした。

なんと、弱冠23才です!!

今後の御活躍が期待されます。

さて、以下は当日のショットです。


★開催前のメイン会場。ここで、受賞者7名の方によるプレゼンテーションが行われ、それをもとに、審査委員および一般の方々による投票が行われました。


★メインスポンサーであるHP賞を受賞されたエニグモのふたり。左から、須田さん、田中さん。とても嬉しそうでした。須田さんには先日、法政大学ビジネススクールにもゲスト講師としていらして頂きました。おめでとうございます!!


★「Winner(優勝者)」は、ソフトイーサ株式会社 代表取締役会長 登 大遊 さん。朴訥としたキャラクターが最高です!!お隣は、スポンサーのJAL常務取締役の齋藤さん。


★HIS会長(創業者)の澤田さん。今から20数年前、おふたりでHISを創業された頃のお話を���えて、受賞された方々への応援メッセージを頂戴しました。とても和やかな表情が印象的でした。


★審査委員の西垣さん(元NEC社長/現IPA理事長)のスピーチ(総評)。ソフトイーサの登さんが、IPAが主催されている「未踏ソフトウエア創造事業」の受賞者だったということで、嬉しそうな表情をされていました。そして、とても心温まるお話をして下さいました。


★受賞者の皆さんと審査委員の方々による記念撮影。


★元マイクロソフト日本法人社長の古川さんによるスピーチ。今回の表彰式の中で、最も感動したお話でした���ネットバブルの頃、ヴェルファーレで行われたネットベンチャーのイベントでは、一攫千金狙いの若者ばかりが目立っていて、そこに参加された古川さんは、志の無さに嫌気が指し、さっさと会場を出られたそうです。その後、しばらくは、ベンチャー関連のイベントには関わらずにいたそうですが、本アワードの趣旨に共感いただき、審査委員を引き受けて下さったとのことですが、7人の方々のプレゼンテーションを聴いて、それぞれの事業内容もさることながら、皆さんの「志」に感動した、と仰っていました。元MS日本法人社長にまで登り詰めた方とは思えない、とても気さくなお人柄に、僕もよりいっそうファンになりました。少しだけですが、ご挨拶もさせていただき、とても嬉しく思いました。古川さん、ご多忙の中、本当にありがとうございました。


★主催者の松谷さんと僕との記念撮影。彼の「志」は、本当に素晴らしい。松谷さん、そして、榎本さん、プロジェクトニッポンの皆さん、本当にお疲れさまでした。来年も頑張りましょう!!!

ということで、皆様のお陰で無事、表彰式を開催することができたわけですが、本部選考委員として本アワードに参加させていただき、「時代の変化」を感じました。

昨年のアワードの時は、ネットバブルの頃の華やかさやエネルギーというものの「余韻」を感じていましたが、今年のアワードでは、書類選考のプロセスや表彰式での7名の方々のプレゼンテーションを聴きながら、営利事業・企業として「利益」を追求するということと、いかにして「より良い社会を実現するか?」という、「社会的意義のある事業」に取り組もうとする姿勢が強く感じられました。

一言で言えば、ヘッジファンドによる「空売り(売り浴びせ)」の時代から、~「志」資本主義~とでも言うような、「ビジョナリーな時代」が到来しつつあるという気がします。

今後の自分自身の「生き方」を考える上でも、とても意味深い一日でした。

「ビジョナリーな時代」の実現に向けて、僕自身も精進したいと思います。

ドリームゲート アワード 2008(DREAMGATE AWARD 2008)

今日はこれから、DREAMGATE AWARD 2008(ドリームゲート・アワード 2008)の表彰式

僕も本部選考委員として参加してきます。

米国初の世界恐慌が取り沙汰されるここ最近ですが、将来の日本を背負う起業家が数多く輩出されていくことを期待したいしましょう。

僕も自分にできる「挑戦を」を続けたいと思います。

「ベンチャー冬の時代」だが・・・。

昨日から都内の某所で、DREAM GATE AWARD(起業家表彰制度)の二次審査で缶詰になっている。今年からアドバイザリーボード(本部選考委員)を仰せつかった。

今まで(30代の頃)の僕は、審査される方にいたが、ここ数年は審査する側になる機会が増えた。少々寂しい気持ちもするが、光栄なことだと思っている。

来月の表彰式までは詳細は書けないが、日本における起業家のプロフィールが変わってきていることを感じる。

あと3~4年後には、僕も含めてネット黎明期に出現した起業家たちとは異なるマインドとプロフィールの起業家が、たくさん出てくるような気がする。

ここ1~2年は、まさしく「ベンチャー冬の時代」だが、再び、ベンチャーが脚光を浴びる時代がくるように思う。

僕の願望かもしれないが・・・。

マネックスの松本さんが言うように、経済でいう「突然変異の種」は「ベンチャー(起業家)」であり、既得権益を守ろうとする守旧派だけではジリ貧になるのは間違いない。

日本という国が、優秀な人ほど「挑戦する生き方」をする社会になればいいな・・・と思っている。

SONYの遺伝子。

先日、とあることで、SONYを定年退職された方々が中心となって設立された「株式会社CEAFOM」の郡山さん(社長)と松本さん(常務)にご挨拶に伺った。

そこで松本さんから伺った話しを紹介したい。

「僕らは盛田さんに育てられたので、そういうところがあるんですが、森田さんは、ドンキホーテのように大きな風車に向かって行くんですね。それも、大きな風車であればあるほど・・・。そして、実際に何とかしてしまうんですよね」。

僕は松本さんのお話を伺って、SONY出身の方々の中に脈々と、井深さん、盛田さんの遺伝子が受け継がれているのを感じた。

親しくさせて頂いている前刀さんや蛭田さんなど、SONY OBの方々の「前向きさ」やいくつになっても「年齢を感じさせない」ところなど、それが、井深さん、盛田さんという「創業者」の遺伝子であることがよく分かった。

そして、前刀さんがよく言う話しだが、「井深さんや盛田さん、本田宗一郎さんなど、昭和の偉大な創業経営者と、最近のネットベンチャーの創業経営者とでは、比較にならない」ということを、改めて感じた。

前刀さんが常にスケールの大きなことを考え、実際にその実現に向かって進んでいるのも、彼が持って生まれた資質は当然として、やはり、SONYの遺伝子が大きく影響しているのだろう。

「創業者」の持つ影響力と責任は大きい。

「新たなる挑戦」。

先週土曜日のアレン・マイナーさんの壮行会で、アイスタイルの吉松さんと会った。僕の子供に優しく話しかけてくれていた。

その吉松さんも言っていたが、日本のネットベンチャー(ムーブメント)を育成してきたと言っても過言ではないアレンさんが日本を離れるというのは、一つの時代が終わったという感じがしてならない。

ネットエイジがngi group になったことも、マクロミルやカカクコム、サイボウズなど、創業経営者あるいは初期の経営者が退任し、新しい経営体制に移行したことなど、1990年代後半から始まったネットベンチャーシーンは、ここ2~3年で、ひとつの区切りを迎えたことを実感する。

そのような「区切り」というか、次の「フェーズ」を感じさせる出来事として、ネット系のビジネスをしている人なら誰でも知っているであろう「NIKKO」がGMOインターネットの連結子会社となり、その創業者の加藤順彦氏が、この8月の定時株主総会で取締役会長を退任されるというご案内を頂いた。

その加藤氏の「次の挑戦」は、シンガポールにてスタートするらしい。

そして、加藤氏が創業に加わった「パンアジア パートナーズ」の代表パートナーは、ボストンコンサルティンググループからインデックスの社長に転じた「椿さん」だという。

椿さんには、僕と山川さんとでインタースコープを創業する際に大変お世話になったし、ウェブクルーの事業に関しても色々とお世話になった。

世の中は狭いというか、何かの縁を感じる。

そして、自分の役割を演じ切った人が、こうして「新たなる挑戦」を始められることは、とても素晴らしいことだと思うし、僕自身も、とても勇気づけられる。

椿さんや加藤さんの「新たなる挑戦」を、心から応援したい。