目的のない行為。

僕はそもそも、無駄な努力が嫌いな人間である。でも、一見すると無駄に思えることでも、それが後々の自分にとって大きな示唆となったり、糧となったりすることがあることも事実である。

以前のエントリーでも紹介したが、僕が毎日読んでいるメルマガに【AGORIA (アゴリア)】というものがある。大前研一氏の運営しているSNSメンバー向けのものだ。

数日前のメルマガに、こんなことが書いてあった。

~ 時間的、精神的���ゆとりがないと、目的がない行為は行えません。あなたは「目的がない読書」「目的のない行為」は行えていますか? ~

また、これも同メルマガに書いてあったことだが、ベストセラー作家の中谷氏は、「目的のない読書は、本来であれば非効率的であるが、いつか、そう遠くない未来の自分の糧になる」と言っているらしい。

そういえば、大リーグで活躍しているイチロー選手も、「一見すると無駄と思えるような努力をすることで、初めて見えてくるものがある」というようなことを言っていた。

「精神的な余裕」。

それがあるかないかで、同じ状況にあっても、物事に対する判断や感じ方が大きく違ってくる。

では、その「精神的な余裕」を産むものはなにか?

ひとつは、「お金」だろう。僕も、よりたくさんのお金が欲しい。あって困らないのは間違いない。

もうひとつは、「覚悟」のような気がする。貧乏になっても、失敗してもいい(何とかなるという自信と言ってもいいかもしれない)という「覚悟」があれば、自ずと「精神的な余裕」が生まれると思う。

言うほど簡単ではないけれど・・・。