「東京ミッドタウン」の開発秘話。

昨晩は、僕のブログでも何度か紹介している「QM義塾社長大学」のセミナー&懇親会に参加した。

講演者は、今年3月30日に「東京ミッドタウン」を開業した「三井不動産」の「岩沙弘道」社長。場所は、パソナのオフィス(セミナー施設等がメイン)がある三菱地所の「新丸ビル」。組み合わせが何とも妙だが、南部さんと岩沙さんの信頼関係ということだろう(笑)。

さて、岩沙さんのお話で印象的だったのは、東京ミッドタウンの開発に伴う苦労話しである。

三菱地所が、旧防衛庁跡地を落札したのは、ネットバブル崩壊後の2001年9月。

実は、落札価格が当時の市況からするとかなり高額(1,800億円と仰っていた)だったことと、同社が落札した直後に、米国同時テロ「9.11」があったことにより、同社の株は売りが先行し、とても大変な時期を過ごしたらしい。

ところで、東京ミッドタウン開発においては、実は、小泉首相の政策が功を奏しているらしい。

具体的には、2001年には、経済対策閣僚会議「都市再生本部」が設置が決定され、2002年には、都市再生特別措置法が制定(都市再生緊急整備地域指定)、2003年には、「全国都市再生モデル調査」の選定等の政策が実行された。

小泉首相(当時)が自ら指揮を取り、政府が「法整備」の面で「都市再生(大規模開発)」を支援したが、税金の投入は一切なされず、あくまで「民間主導」での都市再生であったという。だから(税金を使わない)小泉さんが後押しをしてくれたそうである。

さて、話しが少々堅苦しくなったが、上記のような政策面での支援の最大のメリットは、東京ミッドタウンの「開業までに要した時間の短さ」にある。

因みに、森ビルが行った「六本木六丁目再開発」=「六本木ヒルズ」開発には、なんと「20年」の歳月を要したらしいが(確かに、僕が社会人になった頃に知り合った森ビルの方の名刺に『六本木六丁目プロジェクト』とかいうタイトルが書いてあったことを覚えている)、「東京ミッドタウン」は、落札から開業まで「5年」で実現している。

これは、土地の「資産価格の変動リスク」や「金利負担」の軽減という意味で、物凄い大きなメリットがあるだろう。

岩沙さんは、1998年頃に三井不動産の社長に就任したらしいが、役員報酬もカット、役員賞与も返上して経営に望んでいたこともあり、社員の方々が「社長に腹を切らせては可愛そうだ」ということで、全社が一致団結し、一丸となってミッドタウンの開発を進めていってくれたことが大きいと仰っていた。

不退転の決意で事業に望むという「トップの強い意志」が現場を動かすということを、改めて考えさせられた。

岩沙さんは、東京ミッドタウンの開発に「自分の不動産ディベロッパーとしての集大成」として取り組んで来たと仰られていた。

ところで、QM義塾社長大学に出席される方々には、非ネット関連の経営者が多くいらっしゃる。

過去10年間、ネットビジネスの世界で生きてきた僕にとっては、今までの僕の人脈にはない方々と知り合えるのが、とても大きなメリットである。

貴重な機会を提供して下さっているパソナの南部さんをはじめとする事務局の方々に、心から感謝を申し上げたい。

追伸:東京ミッドタウンの開業日は、僕の誕生日である。