今でもマイケルジャクソン、そしてビートルズ。

昨日は、妻の仕事の都合で、僕が子供を保育園に迎えに行き、夕食を一緒に食べ、お風呂に入り、子供を寝かしつけながら、一緒に眠ってしまった。

妻が帰ってきてドアが開く音で目が覚めた。

そのまま寝ようかと思ったが、目が覚めてしまい、メールをチェックし、返事を書き、テレビを見た。

NHKの再放送で、マイケルジャクソンビートルズの軌跡を追った番組をやっていた。

マイケルジャクソンのものは以前にも見たが、ビートルズのそれは、初めて見た。

マイケルジャクソンの軌跡を見ていて思ったのは、「天才とは、1%の閃きと、99%の努力」という言葉。

彼が天才なのは間違いないけど、持って生まれた天賦の才をあそこまで開花させるには、想像を絶する「努力」があったことが伝わってくる。

あれだけストイックな努力を続けられた人が、他にいただろうか?

自分が持って生まれたものを開花させる「努力を続けることができる精神力」こそが「天才的」である。

そのことを改めて認識させられた。

一方、ビートルズの4人に関しては、持って生まれた天賦の才を「自然体」で開花させたという気がした。

敢えて言えば、プロデューサーに恵まれたように思う。

どんなプロデューサーかと言うと、彼らの「良さ」を挽き出すことに腐心してくれたプロデューサー。

一昨日のエントリーで書いた「子育て」の話と同じで、矯正するのではなく、本人が持っている才能を発見し、それを伸ばす、ということなのだろう。

ところで、僕はブログを書き始めてから、せっかく読んでくれる人のために、少しでも「参考になる」ことを書こうと思い、努力をしてきたが、これからは、必要以上に、そのことを意識するのは止めようと思う。

仕事としておカネを頂いているのであれば、顧客の求めること、顧客満足が第一なのは間違いないが、僕のブログは「僕のつぶやき(だいぶ長いけど)」であり、基本的には、自分が日々の生活の中で感じたことを綴っているものであり、仕事ではない。

「いい子ぶる」のは自分を疲れさせるだけだ。

ただ、僕の書く文章が、結果として、読んでくれる人にとって、何かのヒントになったり、参考になるようであれば、とても嬉しく思う。

でも、僕がなぜ、こうしてブログを更新することを続けていられるかというと、それは表現することが好きだということと、文章を書くことが好きだということである。

もちろん、前者は、下手くそなギターを弾いていた少年時代から自覚しているが、後者は、ここ数年で気がついたことだ。

僕に「文章」を書く才能がどれだけあるかは別として、続けられることは、好きなことだし、好きなことでなければ続けられない。

そういう意味で、自分が好きなことでおカネを稼げる人は幸せである。