「人生」にも「ダイエット」が必要!!

今日から12月。誰もが一年を振り返る季節がやってきました。

新しい年に持って行くものと、ゴミ箱に捨ててしまうもの。

自分にとって本当に大切なものは何か?

大掃除のテーマにしたいと思います。

手づくりの「靴」。

こう言ってはご本人にお叱りを受けてしまいそうだが、ネット系の起業家というよりも「山口もえ」のご主人と言った方が通りがいいかもしれない「尾関さん」と一緒に、メンズアパレルのECサイトを運営するZEELというベンチャーを立ち上げた「添田さん」という方がいる。

添田さんと知り合ったのは、僕がドリームビジョンを創業して間もない2006年の秋だったと記憶しているが、彼と名刺交換をして言葉を交わした瞬間に、彼の優秀さが伝わってきた。

それから、数ヶ月に一度ぐらい会うようになったが、残念ながら、仕事での接点はないまま現在に至っている。

その添田さんから先日(と言っても、もう数ヶ月前になるが)、久しぶりに連絡があり、彼が関わっている「手づくりの靴」を一足、プレゼントしてくれるということになった。

添田さんは靴職人ではないが、彼と同郷の「靴職人」である「今井 宏樹」氏のECサイトを、添田さんの会社で運営している。

添田さんがZEELを退職し、自分でビジネスを始められた頃、僕が食事に誘ったり、お子さんの誕生祝いを贈ったりしていたので、きっと、そのお礼の意味があったのだろう。

仮に、そのお礼だったとしても、それにしては少々高過ぎる靴なので申し訳ない気がしたが、せっかくのご好意なので、ありがたく頂戴することにした。

ECサイトで注文をしてから約1ヶ月半。その靴が、いよいよ到着した。

実は、僕の足は、形がかなり変わっており、新しい靴を履くと例外無く必ず「靴擦れ」を起こしてしまうのだが、「今井 宏樹」氏の靴は、僕のカッコ悪い足にぴったりフィットし、恐る恐る履いた最初の日、靴擦れしなかった。

問題は、そんなカッコいい靴を履いて出掛けるような機会があまりないことである。

そのことを添田さんに伝えたところ、「Gパンで履いても違和感はないので、どんどん履いて下さい」ということだった。

いつもはスニーカーしか履いていないボクは少々気恥ずかしい気がしているが、「馬子にも衣装」という言葉もあるので、これからは革靴も履いてみようと思う。

チーズはどこへ消えた?

今から10年前にベストセラーになったらしいので、僕のブログを読んで下さっている方々の中にもお読みになられた方がいると思うが、今日のエントリーは、スペンサー・ジョンソンの著作のタイトルである。

詳細は省くが、先週の土曜日、痛めた腰がなかなかよくならず、SOSの時に看てもらっているスポーツマッサージ(鍼灸師)の方を訪ねた。

約束の時刻よりも早く着いてしまったため、ある本屋に立ち寄ったところ、目に留まった本が「チーズはどこへ消えた?」と同氏の新作である「頂きはどこにある?」だった。

実は、心密かに(こうしてブログに書いているので、密かどころか公だが・・・)、今年の残り2ヶ月であと「8冊(つまり週1冊)」の本を読もうと決めていたこともあり、果たして、その中の1冊ないし2冊に入れるべき本かどうか?と思ったが、きっと今の僕にこそ必要な本だろうと思い、両方とも買うことにした。

「積読(つんどく)」が得意だった僕にしては珍しく、この週末に読み終えた。

お読みになられた方は思い出していただければと思うが、「チーズはどこへ消えた?」には、2匹のネズミと2人の小人が登場する。

2匹のネズミは、「スニッフ」と「スカリー」。
2人の小人は、「ホー」と「ヘム」。

「スニッフ」は、いち早く「変化を嗅ぎ付け」、「スカリー」はすぐさま「行動を起こす」。

「ホー」は、もっといいことがあるに違いないと、恐る恐るながら「変化の波に乗ろう」とする。
「ヘム」は、いっそうマズいことになりはしないかと、変化を認めず、変化を拒み続ける。

その4人?の物語だ。そして、とても示唆に富んでいる。

そう。今この瞬間の世の中は、極一部の幸運な人々を除き、今まで目の前にあった「チーズ」が無くなってしまったようなものかもしれない。

でも、その理由が何であれ、無くなったものは、元には戻らない。

であれば、答えはひとつしかなく、「新しいチーズ」を探しに出掛けるしかない。

でも、それは今まで行ったこともないところで、地図もなく、データもなく、試行錯誤は避けられない。

そんな状況かもしれない。

では、そういう僕はどうか?というと「ヘム」だったように思う。

つまり、「変化を認めず、変化を拒み続けてきた」ということである。

以前の僕は、ちょっと知能が足りない「スニッフ」や「スカリー」のように、自分の直感を信じて、苦労をしながらも一生懸命に努力を重ね、とにかく、「自分にとってのチーズ」を探していたが、苦労に苦労を重ねた結果、その甲斐あって、とても「美味しいチーズ」を手に入れることができた。

しかし、ようやく「自分が望んでいたチーズ」を見つけたにも関わらず、そのチーズの「有り難み」に気づかず、「もっと美味しいチーズを見つけられるに違いない」と思い、謙虚さに欠ける生き方をしてきたということだ。

つまり、「足るを知る」を知らなかったことと、「他人(の持っているもの)と(自分)を比較していた」ということだ。

頭というか理屈では分かっていたが、最近、そういう自分を受け入れられるようになった。

さらにもう少しだけ具体的に書くと、途中から自分の間違いを知り、もうこの先に道はないことに気づいてからも、そこから引き返す勇気も、別の道を探す勇気もなく、ヘムのように、その場に留まっていた。

でも、最近になって、ほんの少しだけ、僕にとっての「次なるチーズは何なのか?」そして、それが「どの辺にありそうなのか?」が分かってきたような気がしている。

ほんの少しだけ・・・。

話は変わるが、ここ最近に読んだ本のひとつに、「若者はなぜ、3年で辞めるのか?」という本がある。この本は「積読」状態だったが、何かの虫の知らせか、読んでみたくなり、これも数日で読み終えた。

実は、著者の「城 繁幸」氏のブログで、数週間前の東洋経済の「年金問題」に関する特集が「東洋経済は厚労省の天下りでも受け入れたのではないか?」というような内容だったと知り、どんな内容か知りたいと思っていたところ、「チーズはどこへ消えた?」と「頂きはどこにある?」を購入した本屋のレジ横に、その号が積んであり、「本当に読めるかな?」と「迷った」にも関わらず、購入してしまった。

先週から受講し始めたアスキー創業者の西さんの「迷ったら、絶対に引き返すべき」という言葉を頭に過らせながら・・・。

さて、その「東洋経済」、本当に読むだろうか?

チーズはどこへ消えた?/スペンサー ジョンソン

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頂きはどこにある?/スペンサー・ジョンソン

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若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来 (光文社新書)/城 繁幸

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「批判」は人を強くする。

今日の日経新聞に、僕の好きなカズのコラムが載っている。

誰だって叩かれるのは嫌だが、でも、批判を受けていたかいないかで、逆境の時に乗り越える強さが変わってくると言っている。

選手はミスを指摘され、「もうしない」と改めて意識することで成長する。

批判から学び、悔しさを思い知り、もまれてきた選手は強いと続けている。

「深い言葉」だ。とても考えさせられる。

自分で自分を褒められるか?

今月はウィークデイは毎日欠かさずブログを更新しようと密かに思っていたが、昨日はそれが出来なかった。

実は更新したのだが、ビールで少々酔った頭で書いたエントリーだったため、後で読み返してみて、削除した。

タイトルは忘れてしまったが、エントリーの内容は、マラソンの有森裕子選手が、1996年のアトランタ五輪で2度目のメダル(銅)を取った時に言った「初めて自分で自分を褒めたいと思います」という言葉を引き合いに出したものだった。

ところで、昨日は、日本中退予防研究所のアドバイザリーボードMTGなるものに参加した。

日本中退予防研究所は、その名のとおり、中退を予防するためにはどうすればよいか?その解決策を研究し、開発するための研究機関である。

因みに僕は、「高校中退」経験者である。

僕が何故、その研究所のアドバイザリーボードのメンバーになって欲しいと頼まれたのか?そう書きながら、その理由が分からない(知りたくなった)。

それはさておき、当研究所の運営母体である「NPOコトバノアトリエ」代表理事の山本さんの挨拶文を読んだ。実は、初めて読んだ。

彼の文章を読んでいて、自分の大学生の頃を思い出した。

ある時、僕は、父親に手紙を書いた。僕の人生で、それが最初で最後の父親へ書いた手紙になった。

多忙だった父は、僕が諦めた頃に返事をくれた。

その時の僕は、生きる目的が分からなかった。

仮に、とんでもないおカネを稼げたとしても、死んでまでは持って行けない。

何が絶対的に正しいのか?それすらも確かではない。

人を殺すのは良くないが、戦争とは、公の殺人だ。

そんなことを考えていた僕は、どういう人生を送ったらよいかに自分で答えを出せず、父親に手紙を書いた。

きっと山本さんも、あの時の僕と似たような心境で、湘南台のデニーズにいたのだろう。

SFC(慶応大学湘南藤沢キャンパス)を卒業した山本さんであれば、就職しようと思えば、たくさんの選択肢があっただろうに、彼は、それらの選択肢をすべて捨て去り、苦労が約束されている選択をした。

そこが僕のような中途半端な人間とは、決定的に違うところなのだろう。

ところで、大学、短大、専門学校に入学したものの「中退」してしまう人の多く(約3~5割?)は、他の学校に再入学することもなく、正規雇用の職業に就くこともなく、いわゆる「フリーター」としての人生を歩むらしい。

そこから、正規雇用の道にシフトチェンジすることは、かなり難しいのが現実であり、勿論、本質的には本人が決める(どう思うか)ことだが、客観的には、社会的弱者として固定されることになる。

では、それを未然に防ぐには、どうすればよいか?

ひとつは「水際(入口)」対策であり、もうひとつは「入学後のケア」である。

つまり、前者は「全入時代」の今日においても、大学進学に向かない人には大学進学を進めないことであり、後者は「中退の原因」となっている変数を取り除く(改善する)ことである。

僕は、山本さんからアドバイザリーボードへの就任を要請された時、日本中退予防研究所としては、どちらに重点を置くのか?と質問した。

その時の彼の回答は「後者」だったが、昨日の会議で配布された資料には、「前者」に取り組む必要性にも触れられていた。

起業家に向かない人間が起業を志しても良い結果は得られないだろうし、サラリーマンに向かない人間が組織でのエリートを目指しても上手くいかないだろうし、結局は、社会的価値観で判断するのではなく、自分自身の価値観で判断し、自分の「生き方」を決めるしかない。

つまり、一般常識に囚われず、「自分で自分を褒められる生き方」をすることが、結局は幸せな人生を送ることに繋がるし、周囲をも幸せにするように思う。

彼の挨拶文に「ところで、しばしば、なぜ君はこのような活動を続けるのか?と質問されます。その言葉の裏には、もっとスケールの大きな、もっと稼ぎの良い仕事があるだろう、という意味が隠されているように思います」という一文がある。

そして、昨日の彼のブログに「本日の日替わり、とんかつとまぐろの刺身定食、税込700円」と書いてある。

煩悩の塊である僕には極めて難しいことだが、彼には学ぶべきところがたくさんある。

アドバイザリーボードに任命していただいたことに感謝したい。

「運命」を変える「野村ノート」。

見事にクライマックスシリーズ第2ステージに進んだ楽天。日本ハム・ファイターズに勝ち、是非、日本シリーズに行ってほしい。

ところで、野村監督がどのようにチームを育成してきたのか?に関する番組を見た。

なるほどと思わされることはたくさんあったが、特に、これは「そのとおりだ」と思ったのは、野村ノートなるものに書かれている以下の言葉。

「考え方」を変えれば、行動が変わる。
「行動」が変われば、習慣が変わる。
「習慣」が変われば、人格が変わる。
「人格」が変われば、「運命」が変わる。

今からでも遅くない。実践しようと思う。

雨の日には、雨の中を。

先日のエントリーで書いた少年の「生き方」に、衝撃を受けた。

彼のことを考えているうちに、何故だか分からないが、「相田みつを」の本を読み返してみたくなった。

好きな方はもうお分かりだと思うが、今日のエントリーのタイトルは、その「相田みつを」の「言葉」である。

随分前に妻が日めくりのカレンダーを買ってきて以来、好きになった。

読み返してみたのは、自宅の本棚の上の方に置いてある「生きていてよかった」という本だ。

その本に書かれている「言葉」は、氏が、週間ダイヤモンドに1986年4月12日号から1987年4月4日号に「おかげさん」と題されて連載されていたものだという。

「相田みつを」の息子さん(相田一人氏)が書いた巻末の解説を読み、そのことを知った。

「相田みつを」は59才の時に処女作「にんげんだもの」を出版したらしいが、60代前半は、息子である一人氏からみて、「相田みつを」の最も充実した時期だったという。

享年67才なので、最盛期に逝った人なのだろう。

ところで、一人氏の文章を読んでいると、今は亡き父親に対する愛情がひしひしと伝わってくる。

それは、見方を変えると、父である「みつを」氏が、それだけ真摯に人生を歩まれていたということで、その姿が「一人」氏に大きな影響をもたらしたということだと思う。

そういう意味では、僕も亡き父から大きな影響を受けた。

話を一人氏に戻すと、巻末の解説に、こんな文章がある。

「それは正に、相田みつをが完全燃焼した一年であった。傍らで原稿の整理を伝だっていた私には、そう見えた。さほどに父の打ち込み方は激しく、また一方で、あれほど生き生きと筆を執る父の姿もかつてなかった」。

プロスポーツの選手が、自分の子供に、自分が現役で活躍する姿を見せたい、正確には、自分の子供が自分の現役時代を覚えていられる年齢になるまで現役でいたいという話を時々耳にするが、相田みつをという人は、晩年に、その姿を息子さんに見せたのだろう。

ところで、僕は46才、僕たちの子供は4才。

彼が父親の生き方から何かを学ぶ年齢になった時、何かを伝えられる生き方をしていたいと思う。