晋呉は「心が強い」。

時間帯からして中継録画だったと思うが、男子プロゴルフのブリジストンオープンは、物凄い結末だった。

18番ホールで、片山晋呉がバーディパットを沈めた時は、画面を見ているこちらも力が入った。圧巻の一言である。

ところで、その片山晋呉のことを、同じプロゴルファーの鈴木亨が、「晋呉は『心』が強い。真似は出来ないなぁ」と言っていたことを思い出した。

あるトーナメントで片山晋呉と優勝争いをして、最終日に負けた試合を振り返っての言葉だった。

たしかに、片山晋呉という人は、精神的にとてもタフな人だと思う。それは、天性のもので、努力をしても身に着けることはできないし、真似のできることではないと思う。

素人の僕には実際のところは分からないが、昨日の大会で惜しくも2位に甘んじた深堀圭一郎と比較して、片山晋呉の技術が抜きん出ているということではなく、最後の最後、ここはという時の「心の強さ」が違うような気がする。

深堀圭一郎の方が、優しいというか、柔和な顔をしているように思う。鈴木亨もそうだ。

これは、プロスポーツの世界に限らず、どんな世界にも当てはまるような気がする。

経営者においても然りである。

僕は、どんなに努力をしても、片山晋呉選手のような「心」は持てないだろう。

でも、それはそれなりに「道」があると思っている。自分の良さを生かした経営をしたい。

追伸:深堀圭一郎ファンでありながら、片山晋呉選手のコーチに習っている僕としては、とても複雑な心境でテレビを観ていた。ところで、片山晋呉選手がデビューした頃は、「やんちゃで生意気な若者が出てきたな」という感じだったが、今や人間的な円熟味さえ感じさせる。ある道を究めた人だけが見せるものなのだろう。

祝ゴア前米副大統領<ノーベル平和賞>受賞

すでにご存知の方も多いと思うが、ゴア前米副大統領が「ノーベル平和賞」を受賞された。

とても素晴らしいことである。

フロリダ疑惑によりブッシュ現大統領に破れたことは、個人的には極めて残念に思っているが、大統領にならなかったこと、その後の大統領選にも出馬しなかったことで、「不都合な真実」をはじめとして、世界中の人々に「地球温暖化」のリスクを訴えられたことは、我々全世界の人々にとって良かったのかもしれない。

ゴア氏は「大統領になるよりも、他にやることがある」と言っていたが、そのことが実証されたと言っても良いだろう。

人生は、何がどう功を奏するか、本当に分からない。

僕たちに出来ることは、すべてを前向きに受け入れることだけなのかもしれない。

「遠回り」な人生。

ドリームビジョンでは現在、ウェブサイトのリニュアルを進めている。

現在のウェブサイトは、創業間もない頃、お金も人も限られているなかで何とか製作したものだが、いったい何屋なのか?が分からないサイトになっており、このままではいけないと思っていた。

でも、人もお金もノウハウもなく、不本意ながら、そのままにしてきたというのが本音である。

今でも、それほどお金も人手もあるわけではないが、それでも「継続は力なり」とはよく言ったもので、この1年半でコツコツ積み重ねてきたことが、僕らの強みやノウハウとして育ってきていることを感じている。今回のリニュアルを依頼している会社の方々からも、そのことをご指摘頂いている。

さて、今日は、そのウェブサイト・リニュアルに向けて、メンバーの写真撮影を行った。

インタースコープ時代にも、何度かウェブサイトのリニュアルをしてきているが、考えてみると、プロのカメラマンの方に写真を撮っていただいたのは、今回が初めてだった。そんなわけで、今日は小学生にとっての運動会のように、何だかそわそわ���た気分だった。

ところで、僕は28才で起業したが、最初の会社は9年間、泣かず飛ばずで、「企業経営」らしくなってきたのは、2000年3月に、36才でインタースコープを創業してからだ。

ドリームビジョンに関しては、まだまだ軌道に乗ったというには程遠いレベルであるが、創業から1年半が経ち、何とか少しずつ手応えを感じている。僕の今までの経験則で言うと、来年が正念場だと思っている。いよいよ勝負の年である。

話しは変わるが、先々週、オークセールの福島さんという方と食事をした。

水天宮前にある彼の会社を訪問し、社内を案内していただいた後、人形町の方に数分ほど歩いたところにあるお店に連れて行っていただいた。

そこで、僕がインタースコープを退任しドリームビジョンを創業した理由や、その頃の話をしていた時、苦労を経験してきた人でないと分からないタイミングで、「そうなんですよね。守っちゃいけないんですよね。攻めないと。でも、守っちゃうんですよね」と、間髪入れずに言葉を返してきた。

僕は、「ああ、この人は分かっている人だな」と思った。

まさにそうである。「失敗」が怖くなると、ついつい手が縮こまってしまって、守りに入ってしまう。そもそもがベンチャー(冒険)なんだから、守っても勝ち目はないのに。人間は弱いのである。

今日の写真撮影をしながら、福島さんとの会話を思い出した。

こうして振り返ってみると、僕の人生は「回り道」というか、「遠回り」な人生のような気がする。でも、「遠回りな人生」は、本人が思ってもいないところで、価値を醸成してくれるような気がする。

ゴルフに関しても、100を切るまでにも、90を切るまでにも、随分と長い時間を要した。でも、それだけに、100を切った時も、90を切った時も、とても嬉しかった。

そう言えば、高校も中退し、翌年、再受験したりもした。

ところで、近いうちに、創業メンバーと言ってもよい、泉谷と松本のことを紹介したいと思う。

本当は、もっと早くにふたりのことを紹介したかったのだが、タイミングがつかめずにいた。

ドリームビジョンのウェブサイトのリニュアルに合わせて、彼らとの出会いや彼らの魅力を披露?したいと思う。

乞うご期待!!!

人生は、何も約束されていない。

先週の木曜日から今日(日曜日)まで、妻は臨床心理の学会があり、僕の生活は、いつもよりも子育ての時間が多かった。

木曜日と金曜日の夜は、僕が保育園に子供を迎えに行った。延長保育組のメンバーはだいたい決まっていて、顔馴染みの子供達が遊んでいた。自分の子供だけでなく、彼・彼女たちの成長もよく分かるのが楽しい。

家に帰ってからは、子供をお風呂に入れる。最近は「水鉄砲」がお気に入りだ。あとは、お湯に浸かったガーゼで風船もどきを作り、それを「ぐしゃ」っと手で潰すさいに出る泡がおもしろいようで、「もう1回」と言って何度もせがんでくる。

お風呂から出た後は、絵本を読んだり、一緒にボール遊びをしたり、とにかく、子供が疲れて眠くなるまでひたすらお遊びのお伴である。最近は、だいぶ言葉を話せるようになってきて、絵本にも好みがあるらしい。これを読めと自分からリクエストをしてくるようになった。

土曜日は、子供を保育園に送った後、久しぶりにまとまった時間が出来たので、2時間ぐらいかけて、新聞を読んだり、ネット上のニュースサイトを読み、その後、2ヶ月ぐらい前に買った最新式の掃除機で家の掃除をした。ここ数日、両足の付け根が痛かったので、ひどくなる前にと思い、掃除が終わった後は、マッサージに出掛けた。

その後は、28才で起業した頃からお世話になっているアクアの綾野小路さんに髪の毛を切ってもらいに行った。当時はそれほどでもなかったが、超カリスマ美容師となった今は、なかなか予約が取れない。

アクアを出ると、もう17:40。保育園に迎えに行く時間だ。あっと言う間に一日が終わってしまう。

今朝は、臨床心理の学会が行われている東京国際フォーラムに家族3人でクルマで向かい、妻が学会に参加している間、船の形をしたガラスで覆われた建物で子供を遊ばせていた。その構造に「とんでもない空調費がかかりそうだな・・・」と思い、地球温暖化の問題が頭を過った。

ところで、昨日、アクアで髪を切ってもらいながら、田坂広志さんの近著である「人生の成功とは何か」という本を読んでいた。

田坂さんの本は、どれも本質的なテーマでありながら、平易なアプローチで、とても分かり易く、その本質に迫って行く。「広志(広い志)」というお名前のとおりの方である。

10年前だったら、いや、3年前でも、その「深さ」を理解することは出来なかったように思う。

明日から、10月。一年が過ぎるのは本当に速い。

Connecting the Dots.(点を繋ぐ)

まあまあの天気に恵まれた3連休の初日は、旧インタースコープ社員(現Yahoo!バリューインサイト社員)が結婚するということで、インタースコープ創業メンバーのひとりの平岡さんの自宅に集まった。

中目黒で創業した年に入社してきてくれた彼女は、とても柔らかな表情をしていた。こうして集まると、「人と人の繋がり」は、あの頃と何も変わっていない気がする。

連休2日目は、オフィス用の照明を買いに、第三京浜の港北インターチェンジから程なくのところにあるスウェーデンの家具&インテリアメーカーの「IKEA」に行った。残念ながらお目当ての商品は探せなかったが、「これが噂のIKEAか!!」という感じで、その人気ぶりを実感できた。3連休ということもあり、物凄い人出だった。

連休最後の昨日は、末弟夫妻と彼らの子供と僕ら3人で「東京タワー」に行き、その後、上野に住む親戚の家に数年ぶりに遊びに行った。

僕らの子供は、まだ、東京タワーの価値(楽しさ)は分からなかったようだが、弟の子供はそこそこ楽しんでいたようだ。

でも、ふたりとも最も楽しそうだったのは、ビルの5階(屋上)にあるミニチュア遊園地の「乗り物」だった。アンパンマンやトーマスなど、子供に人気のキャラクターの乗り物がたくさんあり、「もう1回!!!」と言って、何度も乗っていた。

それらの乗り物のひとつは「SEGA」製で、社会的に有意義な商品を造っているということに気がついた。僕にとっては新鮮な発見だった。

東京タワーの1階にある「タワーレストラン」なるところで昼食を食べ(ここが何ともレトロな雰囲気を醸し出している。まさしく昭和の高度経済成長期である)、芝公園から首都高に乗り、上野の親戚の家に向かった。

その親戚はあの辺りでは典型的と言える「町工場」のような小さな会社を営んでいるが、僕が大学生のある夏、バイトをさせてもらったことがある。とても暑い夏で、今では極普通かもしれないが、最高気温が37.4度まで上がったことを覚えている。

親戚のおじさん(亡くなった父親の従兄弟にあたる)は、自分が営んでいる事業を、「この商売はいずれは無くなる商売」と言っており、また、彼の奥さんは、「この10年は仕事が激減し、一体、どうなることかと思った」と言っていた。

彼らの商売は、日本橋界隈にある会社の下請けのような仕事らしいが、それらの会社が日本橋から郊外に移転したり(それに関連して、外注先を見直す)、メーカーが直接、中小のお客さんを相手にするようになったりとで、時代と共に、その存在意義が失われていっているということだ。

その中で、同業他社が次々と廃業する中、なんとか踏ん張って商いを継続させてきたお陰で、ここ1年ぐらい前から、だいぶ仕事が増えてきたという。それでも、以前の水準にまでは回復はしていない。

そのような状況において今の課題は、「人手」がないということだ。彼らの商売を手伝ってくれるような人はいないということである。

僕は、1990年代の後半から昨年まで、いわゆるネットビジネスの世界で生きてきたが、その一方で、上野の親戚のおじさん達のような世界で生き抜いてきた人たちもいるという、当たり前のことを、改めて考えさせられた。

そのおじさんとの会話で、今でもよく覚えていることに、こんな言葉がある。

「30代で稼いだ金では一生は食えないが、40代で稼いだ金は、50代60代と食える・・・」。

その言葉を僕に言った時の彼は、50代になっていたと思うが、それまでの自分の人生を振り返っての実感なのだろう。彼は今、60代の半ばである。

ところで、ドリームビジョンを創業してそろそろ1年半になるが、ここ最近、今の局面は、あの頃のあの時のことに通じなるな・・・とか、28才で初めて起業してから現在までのことを、よく思い出す。

子育てをしていても、数年ぶりに上野の親戚夫妻と会っていても、そこかしこに、今までの人生で遭遇した「点」を思い出すきっかけがあり、それらが今に繋がっていることを感じる。

アップルのスティーブン・ジョブスがスタンフォード大学の卒業式でスピーチした際に、「我々は未来のことはコントロールできない。出来ることは、過去の出来事に意味を見出し、それらの点(Dots)を繋ぐことだけだ」と言っていたことを思い出す。

来年は、40代の折り返し地点を迎える。

ある方からのメールに「テンションは高くないですが、静かに何かを模索しながら動いていっている気がしています」ということが書いてあった。

我武者羅に頑張るだけが頑張るということではないということを、体力の衰えも含めて感���ている。

「9.11」

考えてみれば、今日は「9.11」。あの忌まわしい惨事から6年が過ぎた。

僕は、2001年の4月1日と2日にニューヨークにいたが、僕の知り合いは、まさしく2001年9月11日に、「ニューヨークの上空」つまり「飛行機」に乗っていた。

間違って、あの飛行機に乗っていたら、とんでもないことになっていた。

それを「運命」と呼ぶのか「偶然」と呼ぶのかは分からないが、人生はいつどこでどうなるか?本当に分からないものだと思う。

ところで、ドリームビジョンのような小さな会社の場合、そこで働く人たちは、仕事上の関係のみならず、自ずと「人間的」な部分でも深く付き合うことになる。意識するしないに係らず、お互いの人間性を理解することになる。

実は、会社の運営方法を大きく変えるにあたり、ここ最近は社内のスタッフと話しをする機会を積極的に設けており、ここ数日は、僕と一緒にドリームビジョンを立ち上げてきた安田くんとも、かなり話し込んでいる。

彼とは人間のタイプが異なることもあり、彼と話すことにより新たな気づきがあり、彼に対する理解はもちろん、自分自身に対する理解が深まる。

それと関連するかどうかは別として、僕がいつも読んでいる大前研一氏が主宰するSNSアゴリアの数日前のメルマガに書いてあった、「人生万事塞翁が馬」という話しが印象に残っている。亡くなった父が、いつも僕に言っていた言葉でもあるからだ。

大前研一氏が何年か前に「東京都知事選」に出馬し、残念ながら落選したことをご存知の方がどれだけいるか分からないが、彼はそのことにより、「政治」の世界をきっぱり捨てたそうである。

「命がけでやって駄目なことは、深追いをしない。自分に向いていないか、時が悪いか、運が悪い。

人生のあるタイミングで、やる気満々だったときに出来なかったのは仕方ない。

その方向に行くべきではなかったのかもしれないし、行っても上手くいかなかったのかもしれない」。

こんなことがメルマガに書いてあった。

僕にとっては、上場を目指してインタースコープを創業し、丸6年間、一生懸命に頑張ってきたが、残念ながらその夢は果たすことができなかった。

2000年前後に創業したネットビジネスの仲間が揃って上場していく姿を見ながら、自分だけが落伍者のような気持ちになっていた時期もあったし、一時期は、そのことを消化できずにいた。

「そのこと」というのは、上場できなかったということよりも、「ネットビジネス=世の中の最先端」という場所から降りたことに対する消化不良の方が大きかったような気がする。

インタースコープの経営から身を退いて1年半、イコール、ドリームビジョンを創業して1年半になるが、その間、色々なことを経験しながら、少しずつ、ゆっくりではあるが、徐々に徐々に心の中の「しこり」が解けてゆくような感じがしている。

またまた話しは変わるが、数日前、ジョブウェブの中島さんという方から、僕のブログに対して、こんなコメントを頂いた。

「私のゴルフの師匠は、こんなことを話していました。

プロであれば、18ホールをマネジメントできる。トップアマチュアで6ホールから9ホール。シングルレベルで、3ホールごとのマネジメント。そうでなければ先のことを考えるべきではない。とにかく、1打1打、目の前のことに集中すべき。

というような話をしていました。

要は、ついつい、『100を切るためには』とか、『あとパーをいくつとれば90が切れる』とか考えてしまうけれど、それができるのは技術のある人。そうでない人は、とにかく目の前の1打1打に集中しなさいということでした。

ビジネスもそうですよね」。

ごもっともである。

自分に出来ないことを考えても仕方が無い。

37才の時の僕と、44才の自分では、出来ることも、やりたいことも異なる。

最近は、「変化の兆し」を感じている。

その「兆し」を信じて、慎重に、でも、妥協せず、思い切って、そして、余計なことを考えず、一歩一歩、前に進んでいこうと思う。

久しぶりに長いエントリーになりました(笑)。

マーフィーの法則?

最近の東京(日本全体?)は、どう考えても異常気象だと思う。先程も物凄い雨が降っていた。

ちょうどお昼時だったこともあり、当社のスタッフが外出先から帰って来れなくなってしまい、傘を持って迎えに行った。すると、案の定、僕らがオフィスに帰ってきて「数分後」に、何事も無かったかのように雨は止んでしまった。

でも、僕を含めて3人ともびしょ濡れである。

何事も「辛抱」と「タイミング」が重要である。