「幸せな瞬間」。

3年前の3月13日、僕は人生で初めて「クルマ」を買った。あれから3年。アッという間だったような長かったような・・・。

今日は妻が子供を保育園に送って帰ってきた後、ふたりで朝食を食べた。それから、中目黒の東急ストアに買い物に行った。

その後は、妻は大学院の専攻に関係するボランティアに出掛け、僕は久しぶりにゴルフのレッスンに行った。片山晋呉プロのコーチをしている谷将樹さんに教わり始めてから2年半。ようやく形になりつつある。

以前は毎週のようにレッスンに通っていたが、最近は月に1~2回しか通えていない。でも、基礎が出来てきたせいだと思うが、コツを掴むのがはやくなった。今日は先日のラウンドで実感した「左足」への体重移動(課題)のコツが分かった。谷さんがボールの位置を変更した理由が理解できた。

レッスンの後は目黒にあるディーラーに向かい、任意保険の更新をした。

途中、路上にクルマを停め、ソニー損保に電話をして、現在の保険会社のままの方が安いことを確認し、安心?して保険の更新をした。

その後、家に帰り、クルマを車庫に入れ、子供を保育園に迎えに行った。

特に、何をしているというつもりはないのだが、子供ができてからは、休日の時間が過ぎるのがとても速い。

心配性な僕は、クルマを運転していても、エレベーターに乗っていても、子供をベビーカーに乗せて歩いていても、今ここで「大地震」が起きても不思議じゃないんだよな・・・と思う。

そう考えると、こうして何気ない日常生活を送っている時が、最も「幸せな瞬間」のような気がする。

「マーケット」が求めること。

昨日の午後、Oakキャピタルという投資会社(プライベートエクイティ)に勤務する緒方さんという方とMTGをした。目的は、僕がドリームビジョンとして行おうと思っている事業についての相談である。

彼は大学卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入り、その後、元マイクロソフト日本法人の社長を務めた成毛眞氏率いる投資・戦略コンサルティング会社インスパイアにて、上場企業のターンアラウンド、有力ベンチャー企業の戦略の立案・実行等に従事した後、孫泰蔵さんが設立したベンチャー企業を経て、現在の会社に至っている。

つまり、投資・財務・事業戦略立案に関する豊富な知識と経験を有している。そして、人間的に素晴らしい(心が温かい)人である。

その彼から受けたアドバイスは、僕にちょっとしたパラダイムシフトをもたらした。

それは、「平石さんがやりたいと思っていても、マーケット(顧客)が平石さんにそのことを期待しているか?が重要です」という一言だった。

なるほど・・・。という感じだった。

クライアントや他人のことは客観的に判断できるが、自分のことになると、どうしても冷静さを欠いてしまう。

彼のような人がいることは、とてもありがたいことである。

彼とは是非、近い将来、一緒に仕事がしたいと思う。

「妻の忠告」と「窓の外の桜」。

先週の月曜日あたりから喉が痛くなり、やばい!!と思い、トローチを舐めながらだましだましやってきたが、土曜日のゴルフでダメ押しをされた感じで、日曜日から本格的に風邪をひいてしまった。

妻曰く、「毎日あれだけ遅く帰ってきて、ただでさえ疲れているのに、自分のやりたいこと(ゴルフ)だけはやって、その上、具合が悪くなったら・・・・・悠生(子供)だって遊んで欲しいでしょう」。

おっしゃるとおりである。

今月で「44才(人生は短い!)」にもなり、体力の衰えは隠せず、ちょっと睡眠不足が続くと、てきめんに体調に表れる。今月は、大谷さんと一緒に「上海」出張もあるわけで、それであれば尚のこと、優先順位や体調には気をつける必要がある。今までは、気力で乗り切ってきたが、さすがに40代半ばとなると、それにも限界があるということだ。

ところで、自宅の窓から何本かの「桜の木」が見える。

記録的な「暖冬」のせいか、すでに枝がピンク色っぽくなっており、今月中旬には咲き始めそうだ。

暖冬という意味では、「不都合な真実」も観に行きたい。となると、「時間」の確保が必要だ。

つい先日、ある人と話しをしていた時、「戦略」とは何をするか?ではなく、「何をしないか?」だという話しをされていた。まさしく、そのとおりである。

久しぶりの「池尻大橋」と最後の「スピーチ」。

昨日の夕方、インタースコープにある書類を届ける必要があり、久しぶりに「池尻大橋」の駅に降り立った。

経営から身を退いた後も、インタースコープに週に1度は行っていたが、池尻大橋の「駅」に行くことはなかった。

地上に出て、池尻大橋の商店街をインタースコープに向かいながら、この7年間のことを思い出した。

目黒川沿いの「桜」は、あと1ヶ月もすると、本当に見事な花を見せてくれる。中目黒に住んでいた頃は、爽やかな季節には、毎朝約20分の距離を、目黒川沿いを歩いて通勤した。

今朝は、顧問として最後の仕事をしに行った。

その後、全社でのMTGがあり、みんなの前で、僕にとっては「最後のスピーチ」をした。

たった4人で始めた会社が、立派になったなあと思い、何とも言えない想いにかられた。

資金繰りがショートし、ナケナシのお金を会社に貸しつけていた頃が、今となっては懐かしく思える。あの頃は、本当に大変だった。

僕が話したことは、ふたつ。

「お金」があることと、経営が「安定」していることは、とても幸せだということ。

そして、そういう会社になっても、自分たちで何かを「創り出す」こと、イノベーションを忘れないこと、それが大切であるということ。

そのふたつである。

何かを成し遂げようとすると、人生はあまりにも短い。

毎日を大切にして生きていって欲しい。

子供ができたせいか、その想いがより強くなった。

追伸:何人かの方がメールをくれた。とても幸せなことだと思った。

最後の取締役会議。

今日は僕にとって最後のインタースコープの取締役会議だった。

昨年3月いっぱいで取締役は退任していたが、創業者であり大株主ということで、オブザーバーとして出席させてもらっていた。それも、今月で最後である。

2000年3月にインタースコープを創業してから、丸7年。とても貴重な経験をさせていただいた。心から感謝をしている。

僕と山川さんでやってきた「インターネットリサーチ1.0時代」は終了で、これからの「インターネットリサーチ2.0時代」を築いていって欲しいと思う。

「成功」とは何か?

NPO法人ETICが主催する「STYLE」という「ソーシャルベンチャー(社会起業家)ビジネスプラン・コンペティション」がある。その審査員として、今年も参加させていただいた。4回目となる今年は昨日(2/10)、代官山(東京都渋谷区)にて開催された。

「社会起業家」とは、営利を一義的目的とするのではなく、社会的な問題を解決するために、行政に頼るのではなく、自ら事業を興す人のことを指す。

その社会起業家を対象としたビジネスプラン・コンペティションである「STYLE」の審査員として、僕は初年度から参加させていただいている。とても幸せであり、光栄なことだと想っている。

審査委員長は「田坂広志さん」。審査委員(ジャッジ&メンター)には、サンブリッジCEOのアレン・マイナーさん、従業員650人を擁する「介護事業」を経営する石川治江さん、日本における「インターネットの父」と言われる慶応義塾大学の村井純さん、リクルート出身で現在はNPOの経営指導を行っている川北秀人さん、リサイクル事業の第一人者の野坂英吾さん等、錚々たる方々である。そのような方々と一緒に審査員として一日を過ごすことができることに、とても感謝している。

「STYLE」に参加させていただくことで毎年、様々な発見があり、多くの気づきや学びがある。

「成功とは何か?」ということを改めて考えさせられたことが、今年の最大の収穫である。

そして、今の自分には「消化できないこと」は無理に消化しようとする必要はなく、消化できる時が来るまで、その課題と付き合っていけばよいと思えたことである。

この社会は「矛盾」に満ちていて、その矛盾は僕を含めた「人間のエゴイズム」に起因しているのではないかと思う。僕は、その矛盾を解決する術を知らないし、きっと解決できないと思う。

そして、今年のSTYLEを総括する言葉として、審査委員長の田坂さんが最後にスピーチされた内容は、とても示唆に富んだ内容だった。

「この地球上で65億人の人がいて、次の5つの条件を満たす人がどれだけいるでしょうか。60年戦争の無い時代を生きていて、世界第2位の経済大国で、科学技術は最先端で、高齢化社会が悩みとなるほど長寿で、誰もが高等教育を受けられる。我々は、ノブリス・オブリージュという言葉の意味を書き換えなくてはいけません。高貴なものが抱くべき義務という意味から、『恵まれたものが持つ義務』という意味へ」。

「権力は必ず、腐敗する」。

フランシス・フォード・コッポラ監督の映画「ゴッドファーザー」は、僕の人生のバイブルと言ってもよい。

パート1,2,3を合わせると、かれこれ20回以上は観ていると思う。最近は、子育ての関係でゆっくりDVDを鑑賞する時間はないけど・・・。

マーロン・ブランド扮する初代ドンの言葉で、とても印象に残っているものがある。

それは、「(社会の底辺からキレイな世界を目指して)必死の思いで這い上がってきたが、上に行けば行くほど、汚れていた」というものだ。

日興コーディアル証券、不二家、少し前であれば、雪印、JR西日本、コクド等、企業のトップによる不祥事は枚挙に暇がない。

個人的には、JALにも憤慨を覚える。

「権力は必ず、腐敗する」。

哀しい現実であるが、明言である。