上海は凄い!!!日本は大丈夫か?

先日、経済界のある重鎮から、こんな話を聴いた。

中国では起業家が大学によばれて講演をする際は、教授から「在学中に『起業』を目指すのもよいが、まずは、しっかり勉強するように言ってくれ」と頼まれるそうだが、日本の大学によばれた場合は、「大企業ばかり考えていないで、頑張って『起業』するように!!と言って欲しい」と頼まれるそうだ。

その意味が「皮膚感覚」で理解できた。

今回、僕をエスコートしてくれている大谷さんは、2002年から中国に進出しているが、その結論として、「日本人は中国では勝てない(勝たせてもらえない)」ということらしい。

大学の話しとは少し逸れるが、とにかく、中国(学生時代に来て以来、20年ぶり)という国は「したたか」だということである。

成田空港で買った「フォーブス(日本版)」に「中国」随一の実業家(大富豪)の記事が載っていたが、「架橋」という言葉の意味が今までとは違って感じられた。

ところで、昨晩は「上海起業家登竜門」の前夜祭にお邪魔した。

そこで、オプトの海老根氏(CEO)と会い、現地法人の方を紹介していただいた。彼以外にも、ナナロク世代の日本の起業家と何人かあった。

「上海」には、これからまだまだ成長する!!!エネルギーがあり、ビジネスチャンスをもとめて、日本からも若い起業家が来ている。

日本は大丈夫か?

「既に起こった未来」。

「戦略」とは何をするか?ではなく、「何をしないか」だという。

最近、ありがたいことに色々な相談がくる。でも、当然のことながら弱小のドリームビジョンに出来ることは限られている。あの仕事をすれば、この仕事はできない。

「選択と集中」が必要だ。

・・・とここまで書いたところで、子供の泣く声が聞こえた。

ベッドに行ってみると苦しそうにしており、抱きかかえると夕食で食べたものを吐いてしまった。きっと、疲れが溜まっているのだろう。

乳幼児がいると、いつ何時、こういうことが起きるか分からない。

それも含めて僕の時間なので、そのあたりも計算に入れた上で仕事をする必要がある。

「既に起こった未来(トレンド)」を理解することが大切だ。

追伸:しかし、ドラッカーの翻訳本は難解だ。もっと平易な日本語にして欲しいものである。

起業家主導の「生態系(エコシステム)」。

今日のエントリーでは、敢えてメインデッシュ部分は書かないが、グロービスの小林さんのブログを読んで、色々と考えたり、感じたことがある。

具体的には、以下の2つのエントリー。
http://venturecapital.typepad.jp/blog/2007/02/post_38bb.html
http://venturecapital.typepad.jp/blog/2007/03/post_986f.html

Yahoo! とのM&Aディールにより、インタースコープはYahoo! の子会社になったが、そこに至るプロセスを、小林さんが自身のブログで時系列的に紹介してくれたのは、ある意味で嬉しかった。僕らが人生を賭けて頑張ってきた7年間を、彼がキャピタリストの立場で代弁してくれた。

グロービス(GCP)を含めて、計7社のVCから投資をしてもらったことにより、僕らはとても貴重な経験をすることができた。

もちろん、設立当時に目指していたのは新興市場に株式を公開することだったし、そういう意味では及第点ではないかもしれないが、ネットバブルが弾けて霧散していったベンチャーが数多ある中で、こうして、今も会社として成長を続けていられることには大きな価値があると思っている。

VCの方々で言えば、日本アジア投資の新家さんやグロービスの小林さんなど、これからの人生でも付き合いが続く(続けたい)と思う人達もできた。

楽天の山田さんと吉田さんの件はニュースで読んだし、小林さんのブログでも読んだが、要するに「起業家主導の生態系(エコシステム)」を創る(というか自然に出来る)ということかと思う。

僕がインタースコープを退任する際、お礼とお詫びの挨拶に伺ったあるVCの役員の方が、「シリコンバレーでは、平石さんのような人を『シリアルアントレプレナー』と言うんですよ。我々VCの立場で言えば、平石さんのような人が出てきてくれた方が、新しい投資機会が出来るという意味でいいんです。今回のことは変に気にせず頑張って下さい!!」と言ってくれた時は、心が軽くなった。半分以上は社交辞令だったかもしれないが、とても嬉しく思った。

かっこよく言えば、僕がインタースコープでの7年間で学んだことを、ドリームビジョンの日々の経営に活かすこと、そして、日本の「起業家主導の経済圏」を創ることに微力ながらも尽力することが、僕らに投資してくれた方々に対する長い目でみた恩返しだと思っている。

明日は「臨時株主総会」。

明日はドリームビジョンの「臨時株主総会」です。議題は、取締役の選任です。

ひとりは、創業メンバーの「安田裕」。無事に承認されれば(まず間違いありません)、遂に、ボードメンバーとしてデビューです!!! ますます頼りにしています。

もうひとりは、何と、「ロジカルシンキングのノウハウ・ドゥハウ」等の数多のベストセラービジネス書を書いている「HRI(ヒューマン・リソース・インスティテュート)」という戦略系コンサルティングファーム代表の野口吉昭氏です。

ドリームビジョンが、かなりパワーアップすること間違い無しです!!!

起業も企業も、常に「進化」し続けていくことが大切です。

起業家(僕自身)もね(笑)。

ネットエイジの小池さん

ネットイヤーグループ(当時)を経営していた小池さんの存在を知ったのは、渋谷の文化村にあるカフェで、ビットバレーの決起集会が行われた時だった。

その後、ビットバレーCEO忘年会等の集まりで、何度か小池さんとは顔を合わせていたが、その「存在感」というか「オーラ」に近寄り難いものを感じていて、声をかけることはなかった。

初めて小池さんと会った(話しをした)のは、僕の「40才」の誕生日で、小池さん、西川さん、前刀さんと僕とでゴルフに行った時だった。みんなで西川さんの車で出掛けたのだが、小池さんと僕とが後部座席に乗り、挨拶をしたのが最初だった。

その時の印象は、「とても気さくな人だな」というもので、それまで抱いていたものとは全然違っていた。

ネットビジネスに関わっている人であればご存知のとおり、小池さんはニューヨーク在住時代、1998年に、ネットイヤーをMBOした。そして、翌1999年に、日本法人を創った。

ネットイヤーグループは、当時の言葉でいう「SIPS」という概念のもと、ネットビジネスの上流工程のコンサルティングからウェブサイトの企画製作と、シード&アーリーステージのネットビジネスへの投資育成をしていたが、ネットバブルの崩壊により、事業構造の再編を余儀なくされ、小池さんが率いてたネットイヤーキャピタルパートナーズをネットエイジと統合させ、現在に至っている。

小池さんは一時期、マスコミに叩かれていたこともあり、ある意味で「栄光」と「苦境」の両方を経験されている方だ。そして、今年8月、ネットエイジグループとして、満を持して東証マザーズに上場した。

僕のような立場の人間が申し上げるのはそれこそ不遜なことだと思うが、小池さんの生き方には共感を覚えるところがあり、親近感のようなものを感じている。

また、小池さんは、起業家であり且つ投資家でもあるという非常にユニークな個性とキャリアの持ち主であり、僕がドリームビジョンとして描いている構想とも重なるところがあり、その生き方に憧れを持っている。

その小池さんが、1/24(水)、法政大学と共催のオープン講座にいらしてくれることになった。

ネットイヤー時代の苦境の頃、上場を果たした今、そして、これからの小池さんが何を目指し、何を実現しようとしているのか?ストレートに聞いてみようと思う。

一勝九敗

ユニクロの柳井正さんが書かれた本のタイトルである。読まれた方も多いことと思う。

僕がこの本を買ったのは、おそらく、2003年の暮れか2004年になってからだと思うが、いつもの悪い癖で「積読(つんどく)」状態だった。つい数日前、オフィスの本棚に並んでいるのを見つけて、読み始めた。

昨日のブログでリクルート創業者の江副さんが書かれた「かもめが翔んだ日」という本を紹介させていただいたが、その本と同じような匂いを感じている。まだ、読みはじめではあるが、きっと今の僕に大きな影響を与えてくれると思う。

さて、柳井さんはご自分のことを「一勝九敗」と評している(とても謙虚な方だと思う)が、僕自身は「二分八敗」というのがいいところだと思う。

昨晩は、かなり久しぶりに末弟とふたりで下北沢で食事をしたが、彼とも「二分八敗」の話をした。

僕にとって「勝利」とは何か?という質問をされたので、僕は「自分の想い描くやり方で、自分の想い描く結果を出せたら、それが僕にとっては【勝利】だ」と答えた。

ゴルフでは、今の僕の実力を考えると、2004年11月に宮崎のフェニックスで出した「89」がそれに当たる。つまり、1勝はできた。80台はそれっきりだが・・・。

しかし、ビジネスでは、自分で納得するものは出来ていない。残念ながら。

こうしてキーボードを叩いていて、でもな?と思ったのは、インターネットリサーチ研究会に関しては、業界の発展に貢献できたという実感があり、強いて言えば、これは「一勝」と言ってもよいかと思う。

でも、「ビジネス=お金を稼ぐ」という意味では、自分が描いたやり方で、自分が描いた結果を出せたことはなく、まだ、勝ったことはない。

総勢100人の会社(インタースコープ)から、4人(ドリームビジョン)になったが、今の方が自分の想い描くやり方で経営をしている実感がある。

毎日が試行錯誤の連続ではあるが、自分自身で意思決定をし、一緒に働く仲間の意見に耳を貸し、僕自身の不甲斐なさも曝け出し、ひとつの目標に向かって走っているという実感がある。

スケールは小さくても構わないので、何としても、まず、最初の「1勝」をあげたい。

アイスタイルの吉松さん

11/13(月)の夜、法政大学と共同で運営しているオープン講座に、アイスタイルの吉松さんが来てくれることになった。

吉松さんと初めて会ったのは2002年の秋だったと思うが、アイスタイル(@コスメ)というサイトが出現したことは、2000年頃にウェブ上のリリースか何かで知った。

「このサイトは必ず化ける(成功する)だろうな・・・」と思った。

そして、見事に化粧品業界では知らない人はいないほど、@コスメはユーザーの支持を獲得し、アイスタイルという会社は成長を続けている。

聞くところによると、創業当初のオフィスは、トレイもなく?滅茶苦茶な環境だったらしい。そして、役員報酬も初年度はゼロ。しかし、そんな現実にもかかわらず、吉松さんや山田メユミさん(@コスメ主宰)やアイスタイルに賭けたスタッフが集まり、今の会社を創ったという。

何がアイスタイルの魅力なのか?何が吉松さんの原動力となっていた(いる)のかを聴けるのが楽しみである。