「目力(めぢから)」のある人。

さて、昨日の臨時株主総会で無事、HRI代表の野口さんと安田裕(創業メンバー)が取締役に選任された。

野口さんには、経営コンサルタントとして厳しいご指摘と的確なアドバイスを頂きたいと思っている。

安田には、僕にはない「論理的且つ合理的」な思考能力を存分に発揮してもらい、僕が自分の「直観力」を信じると共に、そこに潜むリスクや落とし穴を踏まえた上で「決断」出来るように「責任を持って助言」をして欲しいと思っている。

ところで、僕はお陰様で色々な人の協力に恵まれている。そのことに、改めて感謝をしなければと思う。

プライバシーの問題にも絡むので実名は出さないが、昨日の株主総会に出席して頂いた株主の皆さんから、とても厳しく且つ温かいご指摘や「なるほど」という「視点」をご提供頂いた。この場を借りてお礼を申し上げたい。

このブログにも書いたが、僕は昨年9月から12月初旬まで、精神的にとても辛い時期を過ごした。

それは、過去2度の起業を通じて、チャンスだけでなく、リスクが見えるようになったからである。具体的に言えば、40才を過ぎて、20代30代と違い、40代で失敗することにダメージやリカバリーの大変さが分かるようになったからだ。

でも、その一方、本当にやりたいことがあり、それを実現したいのであれば、どうしてもそのリスクを取らざるを得ないことも理解できるようになった。さらに言えば、理解できることと実行できることには「天と地」ほどの差がある。

今まさに僕は、その分岐点に立っているのだと思う。

話しは変わるが、法政大学ビジネススクールと共同で運営してきたオープン講座の最終会にゲスト講師としていらして頂いたネットエイジの小池さんが、「どんな人(起業家)に投資するのか?」という質問に対して、「『目力』のある人がいいですね」と言っていたが、なるほどと思った。

手前味噌で恐縮だが、僕は以前、「目に力がある」とよく言われた。

昨年のインタースコープ関係者の忘年会でも、ある人達に「平石さんの目には力がある」と言われて、若い頃のことを思い出した。

でも、昨年の9月から12月初旬の頃の僕には、きっと、その「目力」は無かったと思う。

神様が、もう一度、僕にチャンスをくれたと思っているので、あとは「自分を信じて」やるだけである。

相当辛い茨の道が待っていると思うけど・・・。

追伸:前刀さんも「目力」のある人だ。法政大学とのオープン講座は、その前刀さんで始まり(初回)、小池さんで終了した(最終会)。とても勉強になった。

捨てる勇気。

何かを選択することは、それ以外の選択肢を捨てることになる。

同時に、人間は未来により多くの可能性を取っておきたいと思うのが性である。

しかし、何かにコミットすることは、何かを捨てることである。

成功する人は、それが出来る人だと思う。

僕は、35才になった時、そのことに気づいた。

まだまだ、成功にはおぼつかないが、捨てることの大切さは実感した。

来年は、何を取り、何を捨てるか?

計画的に捨てて行こうと思う。

起業家なんでしょ!?

「起業家なんでしょ!?」と言われたのは今から数週間前、僕にとって、今ではなくてはならない親友の佐藤 裕 氏からだった。11月下旬だったと思う。

その時は、まだ、トンネルを抜け切れていない時で、正直言って、辛かった。返す言葉に窮した。

それから、たった数週間であるが、人の心は、ちょっとしたことで変わるし、変われるということなのだろう。

最初に起業して何年か経った頃、「最後は『精神力』だ」と思うようになった。最後の最後で踏ん張りが利くか利かないかは、すべて「精神力」にかかっている。今回は、そのことを改めて実感させられた。

「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」。リクルートの社是である。

これからも、そういう生き方をしたい。

自分は自分であったか?

通産省(現在の経済産業省)を辞め、カルチュア・コンビニエンス・クラブに転職をし、その後、産業再生機構にてカネボウの社長を務めた小城武彦さんをご存知の方は多いと思う。

彼はいわゆる「エリート」であるが、とても気さくな方で、ETICを通じて知り合い、何度かお会いしたことがある。

先週の水曜日だったと思うが、ETICが主催するイベントに小城さんがゲストとしてお見えになり、短い時間ではあったが、会場に集まった人々にメッセージを送ってくれた。

小城さんは通産省時代、日本経済の活性化のため、様々な民間企業の人たちと接してきたが、民間企業を支援するのであれば、自らが民間企業を知らなければいけないと思い、株式公開前だったカルチュア・コンビニエンス・クラブに入社したそうである。

また、小城さんは通産省時代、仕事上で交流のあった民間企業の人達を見ていて、32~33才ぐらいになると、目が死んでいる人が多いことに気づいたという。

それは何故か? 大きく、2つの原因があると言っていた。

ひとつは「自分の成長を実感できていない」こと、ふたつめは「自分が属している組織で働くことの意味を感じられなくなっている(自分は何故、その会社なり組織で働いているのか?それが社会的に個人的にどんな意味を持っているのか?)」ことだという。

その後の話の展開は覚えていないが、最後に小城さんが言っていたことが印象に残っている。

それは、ユダヤ人の話である。

ユダヤ人というと金融の世界を思い出す人が多いと思うが、彼らは自分が亡くなる前に、自分の人生の成功を、どれだけのお金を稼いだか?という観点ではなく、「自分は自分であったか?」ということを自分に問うという。そして、それがユダヤ人の教えだそうである。

話しは変わるが、僕がインタースコープを創業して2年目の頃、日経ビジネスに長嶋茂雄さんのインタビュー記事が載っていて、その見出しに「職業は長嶋茂雄」と書いてあったことがある。

それを見た僕は「これだ!!」と思って、「職業は平石郁生だ」というような話を周囲の人達にしたことがある。

それを聞いた山川さん(共同創業者)が、「そういうことを言うと誤解をされるから、言わない方がいいですよ」と諭してくれたことがあるが、実際、当時、親しくしていたインターン(今も親しくしている)が、僕の話を聞いて、「経営者なんて、人と仲良くなれれば務まるんだ」というようなことを山川さんに言ったらしい。

その時は、僕の真意が伝わらなかったことがとてもショックだった。

僕が言いたかったことは、インタースコープを経営していようが、どこで何をしていようが、結局のところ、「自分は自分でしかない」ということであるが、何の実績もない僕がそういう話をすれば、そのような誤解をされるのが当たり前である。

話しを「ユダヤ人の教え」に戻すと、「自分が自分であったか?」という問いには、説得力があるというか、共感するものがある。

ところで、今朝ほど、出社したら、リンクアンドモチベーションの小笹さんから、ご自身が書かれた本が届いていた。

「仕事がうまくいく 自分の創り方」というタイトルで、小笹さんにとっては初めての経験となる、ご自身のこれまでの歩みを綴った「体験記」であり、テーマは「自己開示」だそうである。

目次を見ると、「おわりに ピンチこそ自分を創り変えるチャンスである」と書いてある。

年末年始の休みに帰省する新幹線の中ででも読もうと思う。

自分が登る山を決める。

昨晩のことだが、以前から親交のある政治家の方のお誘いで、ある会合にお邪魔させて頂いた。

その席でお会いした方のひとりは、100店舗もの飲食店を持つ会社の二代目(専務)の方で、その会合もその方の会社が経営するお店で行われた。

最後に、とても美味しい蕎麦が出たのだが、それは「知的障害者」の方が打っているものだという。食べ始めた後に聞かされたのだが、とても驚いた。お世辞抜きに、とってもおいしい蕎麦だった。

その方は「障害者でも、根気づよく努力を続ければ、こういう蕎麦が打てるようになるということですよ」と言っていた。

その方のお父さんが積極的に障害を持つ方を雇用しているらしく、競争が激しい飲食業で着実に会社を成長させながら、こうして、社会貢献もきちんと行っている。とても素晴らしいと思った。

僕の回りにはネットベンチャーの人達で尚かつ成功している人が多いが、何が「成功」かは色々な尺度があり、必ずしも最先端のビジネスを手掛け上場することだけが成功ではない、ということを改めて考えさせられた。

また、古くからの知り合いの政治家の方が言っていた話しも印象的だった。

「落ちたら(落選したら)自分のため。当選したら国のためなんですよ」。

その言葉を聞いて、僕は失礼を知りながら「落選して浪人中はどうやって生活するんですか?後援会からの献金等ですか?」と尋ねたところ、「私はお涙頂戴はしません。保険を解約したりして、何とか生活するんです。(政治家というのは)落選している間に人間が磨かれるんですよ」という答えが返ってきた。

事実、その方は、過去に落選を経験されている。

ところで、今日のブログのタイトルであるが、これは京セラ創業者の稲盛和夫さんが仰った言葉だそうだ。

他人との比較や相対的なものではなく、自分が登りたい山(目指したいもの)を見つけることが、経営者にとっては大切である、という意味だ。

経営者だけでなく、万人に当てはまる話しだと思う。

僕が言う「自分らしく」ということも、そういうことである。

追伸:昨夜の会食では、「3K=感謝・謙虚・工夫」ということも教わった。有意義な時間だった。

折れない魂。

先日、家にあった書籍や雑誌を整理して、中目黒のブックオフに売りに行った。

その中には一度も読まずに終わってしまった本もあり、興味関心だけで買っても、本当にその気がないものは読まない、仕事で言えば、自分が本当に興味や情熱を持っているものでなければ形にはならない、ということを改めて悟った。

手元に残しておいたもので、2005年12月1日号の「ナンバー」というスポーツ誌があった。

わざわざ僕が説明をする必要もないと思うが、ナンバーは、スコアや勝敗やテクニカルなことを伝えるのではなく(もちろん、コンテンツとしては含まれる)、プロフェッショナル・スポーツという世界で、自分の身体と精神力だけで人生を切り拓いていっている人達の「生き方」にスポットを当てている雑誌である。

昨晩、家に帰ると、ちょうど1年前のその「ナンバー」を、悠生がどこかから引っ張り出してきたらしく、リビングの床においてあった。

表紙には、僕の大好きな「カズ」が右手を高々と上げてボールを持っており、「折れない魂」というコピーが中央を縦に走っている。

昨年、初めての「世界クラブ選手権」に出場するために、カズがシドニーFCに期限付きで移籍した頃のことだ。

「ドーハの悲劇」によって、カズは悲願のワールドカップには出場できなかったが、彼の「生き方」と「存在感」は、人々に大きな影響力を持っていると思う。

個人的なことで言えば、起業したものの鳴かず飛ばずだった最初の会社の頃、カズの「挫けない」姿勢に励まされ、勇気づけられて、踏みとどまってきた。

カズ以外でも、勇気をもらってきた人がたくさんいる。

173センチという小さな身体でNBAに挑戦し続けている「田臥勇太」も、そのひとりである。

僕も、そんなふうに人々を勇気づけられる人間になれたら幸せである。

今は、自分で自分を勇気づけるので精一杯だけど(笑)。

「人生の成功」の定義

先日、久しぶりにインフォプラントの大谷さんと食事をした。

2002年2月13日の設立準備会議以来、4年半に渡り運営してきた「インターネットリサーチ研究会(略称IRJ→後にIMRJへ改組)」の解散(今年9月末日)に伴い、発起人2人だけの「慰労会」という趣旨だった。

久しぶりに会った大谷さんは、とても元気で、表情が活き活きとしていた。

旧メディアプランニングセンターからインフォプラントへと商号変更し、本格的にインターネットリサーチ事業に参入してから約8年。昨年、ヤフー傘下に入り、経営基盤を固めてきたと同時に、アジア事業の一部をMBO(マネジメント・バイ・アウト)し、大きな変化を経てきた大谷さんは、ひとつの仕事を成し遂げたという顔をしていた。

最近は、故郷の青森県八戸市へインフォプラントの機能の一部を移転する計画を推進中であり、八戸市の雇用創出にも貢献し、市のアドバイザー等も務めているらしい。

その大谷さんからは、単なる経済合理性だけではなく、いかにして「地方都市」の産業を発展させるか? 自分の意志ではなくたまたま青森県八戸市に生まれた若者に、最先端の産業に係るチャンスを提供するにはどうすればよいか?といった「社会起業家」的な思想が伝わって来て、共感するものがあった。素晴らしいと思う。

「たまたま、八戸に生まれたというだけで、チャンスに恵まれない若者がたくさんいる。東京に出ればいいだろう?と言うと、親の面倒を看なければいけなかったりする。自分が『成功』したからいいという問題ではなく、若い人達にチャンスを提供していかないと・・・」と、大谷さんは言っていた。

ハッキリと「自分は成功した」と言う大谷さんに、僕はある種の畏敬の念を感じた。

「人生の成功」の定義は人それぞれだと思うが、大谷さんは常に「明確なビジョン」を持ち、その具現化のために生きてきた人であり、その結果として、経済的にも成功を収め、自分が具現化したかったことを具現化してきたということなのだろう。きっとこれからも、自分のやりたいことを次々と実現させていくだろう。

また、同じインターネットリサーチ業界の盟友であるマクロミルの杉本さんは「会社は利益がすべてだ」と明言し、実際にマクロミルを高利益体質の会社に育て上げた。

では、僕はいったい何を具現化しただろうか?

彼ら(成功者)には、まだまだ、遠く及ばない。

でも、まだ、人生の時間はある。

このままでは終われない。