久しぶりのETIC。その2:「自律力」

さて、日曜日はブログを書き終えた後、子供を連れて武蔵小山(目黒区)にある「林試の森公園」という公園に行った。元々は「林業試験場」だったところを民間に開放し、公園にしたところだ。「ここが東京?」と思うほど、大きな木がうっそうと茂っている。僕が子供の頃に好きだった「カブトムシやクワガタ」がいそうな雰囲気である。

この公園までは、バスで行った。子供を窓際の席に座らせて、外の景色を見せながら約15分ほどで公園の近くのバス停に着いた。

この公園に行こうと言い出したのは妻だが、目的は「じゃぶじゃぶ池」で子供を遊ばせることだった。先日の駒沢公園と較べると、こちらは売店もなく、ただただ自然があるだけで、とても素朴な公園だった。

さて、我が子であるが、駒沢公園と較べて水が冷たかったせいか?それとも、駒沢公園よりも大勢の人がいたせいか?(かなりたくさんの人だかりだった)、少々怖がってしまい、駒沢公園の時ほどアクティブに遊ばなかった。病み上がりということもあったのかもしれない。

ところで、昨日のエントリーで書いた「自律」ということだが、亡くなった父親から引き継いだ言葉でもあり、僕にとっては人生の座右の銘でもある「人生には勇気と自信が必要だ」という言葉に、数年前に追加した言葉だ。

経済的に「自立」することは、それほど難しいことではないと思うが、精神的に「自立」することは、人によっては簡単ではなかったりする。そして、自分で「自分を律する」ことは、それ以上に難しいことだと思う。英語でいうと、「discipline oneself(自己を律する)」と表現するだろうか?

一昨日のイベントで僕がこのことを話した背景には、今現在の自分自身が、まさしく「自律」を必要としているという事実がある。

そのことの例として、僕は僕が親しくしている、ある上場ベンチャー企業の創業者との会話を引き合いに出した。

彼はあるVCと一緒にベンチャー投資のファンドを立ち上げているが、久しぶりに彼と会った時、こんなことを言っていた。

「ファンドから出資したところは、そこそこ上手く行っているけど、自分から直接、入れたところは、概ねボロボロなんだよね・・・」。

要するに、元々は彼のお金でも、VCから資金が入っているところは、それなりの「緊張感」と「監視?体制」のもとで経営を行っているが、彼が自分のポケットマネーとして出資した先は、彼との人間関係に甘んじてしまうせいか、経営が甘くなってしまうということだろう。

その話しを聞いて、僕は自分の胸に手を当てた。

ドリームビジョンでは現在、何人(会社を含む)かの外部株主がいるが、そのいずれもが僕の個人的繋がりの株主であり、ややもすると、彼らの気持ちに甘えてしまい兼ねない。

僕は、自分を律するため、定期的に「株主向け事業報告書」を作成して送付したり、実際に株主報告会を開催しているが、それでも、心の中に彼らへの「甘え」がないかというと、そう言い切る自信がない。

しかし、外圧で自己を律するのでなく、「自分で自分を律する」ことが出来る人だけが、本当の高みに登っていけるのだろう。

スポーツの世界で言えば、大リーグで活躍するイチロー選手や松井選手、プロゴルファーの片山晋吾選手などの「一流」と言われる人たちは、例外なく「自律力」がずば抜けて高いと思う。

ビジネスの世界でも同じだろう。

「自律力」。

僕を応援してくれている人たちの期待に応え、僕にとっての「Unfinished Business(終っていない宿題)」をやり遂げるための大きなテーマである。

久しぶりの「ETIC」。

以前に熱を出した時も同じようなことがあったが、一昨晩、昨晩と、二夜連続で、子供が夜中に泣きじゃくった。

「だっこ、だっこ」とせがんだり、家の中のどこに行っても「あっち、あっち」と言い続け、尚かつ、「お父さん、嫌だ」と言って僕が抱こうとしても嫌がり、妻は夜中、子供と格闘し、体力的にも精神的にも相当に疲弊している。僕も、子供の泣きわめく声でおいそれと寝れるわけがなく、睡眠不足で身体が辛い。

妻が今朝、洗濯物を干しにベランダに出ようとする時に、「乗り切っていく自信がない・・・」とこぼしていた。無理もない。

僕は若い頃から将来は子供が欲しいと思っていたが、自分は我侭な人間で、子供のために自分のやりたいことを我慢することができないことを知っていたので、40才を過ぎるまで、子供をもうけることをしなかった。

体力的なことを考えれば、子育ては若い頃の方が良いのは間違いないと思うが、こうして、実際に子育てをしてみると、自分自身に対する判断は間違っていなかったと思えてくる。以前の僕だったら、おそらく、精神的に参ってしまい、会社の経営を続けることは出来なかったかもしれないし、家庭と育児を放棄して、よくあるパターンで離婚していたかもしれない。何事も「適齢期」というものがあるが、それは個人差があるように思う。

ところで、昨日はETICが主催するイベントに招かれて、パネルディスカッションのパネラーとして参加させていただいた。

コーディネターはETICの山内さん、ご一緒させていただたパネラーは、デジサーチ&アドバタイジングの黒越さん、オークセールの福島さんだった。

そのパネルディスカッションは、インターンに参加している学生の方々を対象として、仕事に対するモチベーションを高く維持し、大きな成果を出すために大切な「心構え・考え方」は何か?ということがテーマだったが、他のふたりの話しを聞きながら、僕自身も色々なことを考えさせられ、とても勉強になった1時間ちょっとだった。

ディスカッションの中で、山内さんからの「今までの人生で最も大切にしてきたことや大きな転機になったことは?」という質問があった。

僕は他のふたりの話しを聞きながら自問自答していたが、いくつか頭に思い浮かんだ中で、実際に答えたのは「自律」という言葉だった。

子供を散歩に連れて行く時間になってしまったので、この続きは、次回のエントリーで書こうと思う。

追伸:昨晩のことが嘘のように、子供は元気で遊んでいる。疲れているには親だけである。

充実していた「夏休み」と不本意な「GDP」。

今年の夏休みは、今までの人生の中で最も中身の濃い夏休みだったような気がする。

「休暇」という意味では、20代の頃によく行った「夏のニューヨーク」や「マイアミ」は今でも脳裏に焼きついているが、特に大きなイベントがあったわけでもなく日本国内で過ごした「休暇」としては、今年の夏休みは、実際の日数以上に休んだ気がした。少なくとも、こういう感覚は初めてだ。8/11(土)にいつものメンバーでゴルフに行ったのが、随分と前のような気がする。

猛暑の11(土)にゴルフをした翌日から14(火)まで郡山で過ごし、15(水)は子供を病院に連れて行き、夕方からはラソナで臨時経営会議をした。16日は、妻の兄(彼と会ったのは1年ぶりだった)と一緒に朝から妻方の両親の墓参りに行き、その後は4人でウナギを食べに行った。午後は、自宅で妻の兄と僕らの子供の交流を楽しんだ後、夕方から会社に行き、ウェブサイトのリニュアルに関するMTGを行った。

17(金)は、先日のエントリーに書いたとおり、駒沢公園の「じゃぶじゃぶ池」に出掛け、18(土)は子供を保育園に預けて、午前中は渋谷のビックカメラで「掃除機」と「プリンター」を買った。

記録的な猛暑で寝ている最中も子供がびっしょり汗をかいてしまうので、ふだんは極力、エアコンを使わない僕もエアコンを常用せざるを得ず、18(土)から体調を崩してしまったが、貴重な夏休みの最後ということで、19(日)は「葛西臨海公園」に遊びに行った。

お盆休みのせいか首都高が空いており、30分で現地についた。広々として良い公園だったが、日陰が少なく、長時間の滞在には耐えられず、昼前には現地を後にした。来るときは物凄い渋滞だった反対車線が、帰路は嘘のように空いており、自宅まで25分だった。

体調が悪く本当は昼寝をしたかったのだが、子供が騒ぐので仕方なく、また、外出し、今度は「世田谷公園」に出掛けた。今まで知らなかったが、「ミニSL」なる「電車」が走っており、子供と3人で乗ってみた。木陰の心地よい風が吹いていた。その後、いつものスーパーで買い物をし、今年の夏休みは終了である。

ところで、今年の夏休みは、ひとつだけ、「不本意なおまけ(出費)=GDP」があった。

駒沢公園に出掛けた際、とても狭いコインパーキングにクルマを駐車していたのだが、クルマを出す際に、街路樹にクルマを擦ってしまった。大したことはなかったが、気持ちの上ではかなりショックだった。

ラリードライバーの篠塚さんが言うとおり、「ドライバーはミスをする」わけだ。

そんなことで「夏休み最終日」の昨日、妻が夕食の準備をしている最中、子供を連れてディーラーにクルマを修理に出しに行き、初めて「自動車保険」のお世話になった。

今年の夏休みは、きっと一生の思い出になるだろう。

出しそびれた「自分宛のハガキ」。

先週末は、久しぶりに週末らしい?週末を過ごした。

ここ数ヶ月、公私共に突っ走ってきた疲れが溜まっており、「心」が休息を求めていたのか、アクティブにはしていたが、精神的には「ピットストップ」をしたような週末だった。

土曜日は、13時から「公認会計士のキャリアデザイン ~ ベンチャー企業という選択肢 ~ 」と題するセミナーを行った。

とても暑い中にも係らず、15~16名の方々(全員が20代)に参加していただき、皆さん、とても真剣に僕の話を聴いて下さっていた。

そのセミナーを終えて、日頃、一部上場の大企業としか接点がない方々にとっては、ベンチャーという世界はまったくの「異次元」であり「別世界」であることを理解することができた。

28才で外資系の大企業(と言っていいだろう)をスピンオフして以来、ベンチャーというか、自分以外に何も頼れるものがない世界で生きてきた僕にとって、ベンチャー的な生き方は、半ば「当たり前」になっていたが、世の中、そうではないということを改めて実感した2時間だった。

実は、土曜日はその後、ETICが主催する「cafe」という年に一度のイベントに参加する予定にしていたのだが、かなり疲れが溜まっており、喉が痛くなっていたので、大事をとって休むことにした。

セミナー会場を出て、一度、オフィスに立ち寄り、それから家に戻ってクルマに乗り、渋谷の薬局でいつもの「トローチ」を買った。本当は、それからイベントに行くつもりだったのだが、上記の理由から、ETICの担当者に電話を入れて、欠席する旨を伝えた。

ということで、残念ながら、出していたとしたら「3度目」になった「自分宛のハガキ」は出せなかった。

そんなわけで少々時間が空いたので、マッサージにでも行こうと思い、行き着けのところに電話をしたところ、2件とも予約でいっぱいだった。諦めて帰ろうかと思ったのだが、ダメもとで行ってみた青山学院の近くのお店が空いていた。ラッキーだった。とても上手な方で、30分だったが、だいぶ疲れが取れた。

その後は、保育園に子供を迎えに行き、その日は、子供の面倒をみて、早々と寝た。

次の日は、子供を連れて、埼玉に住む妻の友達の家に遊びに行った。比較的道が空いていて、クルマで約50分だった。

彼女は、妻が新卒で入った会社の同期の友人であるが、昨年の冬、不幸にも双子で生まれたお子さんのひとりを突然死で亡くされており、同期の友達3人(妻を入れて)でお線香をあげに行こうということだった。

友人の旦那さんは、歯科医院を開業されて10年ぐらいになるが、昨日は、日頃の疲れが出たのか、かなり具合が悪そうで、挨拶に出てこられた以降は、ずっと休まれていた。その後、知り合いのお医者さんが「点滴」をしに来てくれたが、それほど具合が悪かったのだろう。

彼の奥さん(妻の友人)の話しによると、ここ数年は、休みの日も、勉強会等で東京に行ったりしており、殆ど休みらしい休みを取れていなかったらしい。

開業医というと、裕福なイメージがあるかもしれないが、常に「競争」に晒されており、また、自分が倒れればおしまいということもあり、相当な「危機感」を持っているのだと思う。僕には、彼の気持ちが痛いほどよく分かる。

大企業のサラリーマンの奥さんには、そのことは分かってもらえないと思っているのか、時々、妻が友人に電話をした際に旦那さんが電話に出ると、なかなか代わってもらえなかったりするそうだ(笑)。

そんなこともあり、僕が来る(今回が2度目)のを楽しみにしてくれていたそうだが、残念だった。

夕方4時過ぎに友人の家を出て、帰りは、妻の友人2人と一緒に、僕のクルマで東京まで帰ってきた。

因みに、そのふたりのうちの1人のハワイでの結婚式に、もうひとりの友人夫妻と一緒に参列したという関係である。今では全員、母親である。

そんなことで、先週末は慌しく過ぎたが、僕にとっては、何故か、気分転換になったというか、ペースチェンジできた週末だった。

夏休みまで、もう1週間、頑張ろう。

「存在」から「生成」へ

つい先日、2回目の「自分宛のハガキ」が届いた。ETICが開催している「cafe」というイベント参加者のためのものである。

そこには、昨年のcafeに出席した際に、自分に宛てたメッセージが書かれており、この一年間の成果を振り返ることになる。残念ながら、自分に課した目標はクリアできていない。

ところで、田坂広志さんのメルマガに、ノーベル賞科学者、イリヤ・プリゴジン博士の著書、『 From Being to Becoming ~ 存在から生成へ ~』が紹介されていた。

詳細は割愛するが、宇宙創世とともに誕生した物質は、ただ「存在」しただけでなく、100億年以上の時間をかけて、物質から生命が「生成」され、生命から精神が「生成」されきた、と解説されている。

そして、なぜ、物質は、ただ「存在」( Being )し続けるだけでなく、その中から、生命や精神というものが「生成」( Becoming )されてくるのか、その深遠な問いに対する答えを求めて書かれたのが、この『 From Being to Becoming 』という書だそうだ。

それを受けて、田坂さんは、こう述べている。

~ しかし、我々の「精神」は、その成長の段階において、
「自分を超えた何かになろう」との意欲に駆られるのですが、
それが成熟の段階を迎えるとき、
「ただ自分自身であろう」との、静かな境涯がやってきます。

すなわち、「 From Becoming to Being 」

その不思議な回帰のプロセスがやってくるのです。~

何とも深いテーマである。

ゴルフで良いスコアが出る時の境地に似ている気がする。

「意志決定」と「3つの心」。

それは、時として突然、求められることがある。

その時に、間違いのない意志決定をするには、日頃からよく考えておくことが必要だ。

自分は何をしたいのか?

自分は何が出来て、何が出来ないのか?

そして、周囲は自分に何を望んでいるのか?

すべては「自分の意志」が始まりであるが、何事も「マーケット(それを必要とする人々)」がいて初めて成立する。

となると、自分は、周囲・会社・そして社会から、何を期待されているのか?そのことを理解することが大切だ。

「相手の心」と「集団の心」と「自分の心」を知ることが必要である。

特に、3つ目が最も難しい。

一昨日の講演で、田坂さんが仰っていたことでもある。臨床心理の世界にも通じるらしい。

「キャリアを換金する人」とそうでない人。

グアムから帰って初日の今日は、朝から慌ただしい一日だった。

妻のリフレッシュが主目的だった旅行のはずが、結局は彼女の具合が悪くなり、今朝は近所の医者に行った。咳がひどく、今も辛そうにしている。

ところで、今日の午後、ある事業再生会社のパートナーの方とお会いした。

その方との話しの中で、とても印象に残った「一言」があった。

それは、「履歴書を見ると、その人が『(自分の)キャリアを換金している人』か、そうでない人(お金の多寡ではなく、自分の目標に向かって修練を続けている人)かはすぐ分かる」という言葉だった。

株の世界で言えば、長い目で「投資」をするのか? 短期的に「利食い」をするのか? の違いに似ているように思う。

彼にとっては何気なく放った言葉かもしれないが、僕の今日一日で出会った「言葉」の中では、一二を争うほど印象に残る言葉だった。

ところで、今日は旅行帰りの初日で慌ただしくなることは目に見えていたので参加しようかどうか躊躇したのだが、絶対に参加する(参加できるように仕事をマネージする)という強い「意志」のもと、事前に申し込みをしていた田坂広志さんの講演会に参加した。

会場に向かうエレベーターの前で、田坂さんが代表を務めるソフィアバンク副代表の藤沢久美さんと何年かぶりにお会いし、数分間ではあったが、久しぶりに会話をすることができた。一粒で二度おいしかった(笑)。

ところで、田坂さんの話しは、相変わらず、期待を裏切らない内容だった。

田坂さんの話しから学ぶことはたくさんあったが、その中でも僕にとって大きな学びだったのは、「自分にとっての真実を語る」「自分が信じたことを貫く」ということだ。

どこかの本で読んだことを話しても説得力はないし、知識ではなく、その人の「生き方」を通じて培われた「知恵」でないと価値が無いということだろう。

そして、もうひとつ、田坂さんの話しで印象に残ったことは、「重みのある言葉を語るには、その人の力量が問われる」ということだ。

同じことを言っても、説得力が異なるのは、そういうことだろう。

「自分の言葉で語れるもの」。

これからも、その姿勢を大切にしていこうと思う。

そう思えた(そういう想いに自信を持てた)ことが、何よりの収穫である。

田坂さんに感謝である。