「決断力」。

昨日のエントリーに対する「坊主頭のりょうへいさん」のコメントは、「決心」というタイトルだった。考えさせられる「言葉」である。

因みに、「決心」と「決断」では、どう違うのだろう?

そう思って辞書をひいてみた。

「決心」 : ある物事をしようと心をきめること
「決断」 : きっぱりと心を決めること

「強さ」の違いがあるのだろうか?

どちらにしても、自分の「心」を決めることには間違いないだろうが、「断」という字が入っていることで、「決断」というのは、何かを「決める」に際して、そのことに「邪魔」あるいは「不必要」なものを「断つ」という概念が含まれているのだと思う。

「決断」の使われ方に、「雑念を振り払い『決断』する」という事例が載っていたのは、そういう意味だろう。

「リスク」を取る、という意味合いもあるように思う。

そういえば、今朝、出掛けにちらっとめくった「相田みつを」の本に、こんなことが書いてあった。

「男が勝負をする時は、捨て身じゃなければいけない。損得などを考えず、そこに何も求めない」。

つまり、「負けることを覚悟しなければ、勝てない」という意味だと思う。

何とも深い言葉である。

今朝の日経一面に掲載されていた「YENの国際化」にしても、要は「決断」が出来なかったということだ。

「YENの国際化」や「強いYEN」にはメリットがあるが、そのことによるデメリットもあるわけで、メリットを取るために「デメリットを甘受する(覚悟する)」ことが出来なかったということだろう。

政治家であれば、そのデメリットを国民に説明すると「票」を失うとか、その政策を受け入れるとデメリットを受けることになる省庁があるとか、そういうことだ。因みに、僕は「強いYEN」の歓迎派である。

何事もトレードオフはあるわけで、結局は「何を良しとするのか?」が大切ということだ。

個人でも企業でも政府でも国家でも、「理念」が大切な所以である。

常に、「自問自答」していこうと思う。

「坊主頭のりょうへいさん」に「感謝」。

「起業適齢期」と「静かな心」。

今日のタイトル(起業適齢期)の発案者は、インフォプラント創業者の大谷さんである。彼のブログに、このタイトルでのエントリーがあった。

「35才で起業、10年で結果を出す」。たしかに、ひとつの理想型だと思う。

でも、起業にも色々な形があり、個人差があるのも事実だと思う。早熟の人もいれば、晩熟の人もいる。事業内容によっても異なるだろう。

但し、大谷さんが言うように、10年やっても結果が出ないのであれば、それはビジネスモデルが悪いか? 経営者として能力がないのか? そのいずれか、あるいは、両方だろう。

もうひとつ言えることは、自分の身の丈以上のことは出来ないということだ。

ところで、ここ最近は「静かな心」を保っていられたのだが、昨日と今日の午前中は、あることが原因で「心の平静」を失いかけた。

でも、幸いなことに「坊主頭のりょうへいさん」のコメント(すべてを受け入れる)を思い出し、今日の午後には、また、「静かな心」を取り戻すことができた。

僕は最初の会社を丸9年やった後、山川さんと一緒にインタースコープを創業し、丸6年間、甚だ未熟ながら、経営者として仕事をしてきた。そして、ここ2年半は、真剣にゴルフに取り組んで来た。

そこから僕は、とても多くのことを学んだ。

「静かな心、忍の心、最後の5分」。いや、1分かもしれない。

今後は、今までに学んできたことを実践していきたい。

物語には「続き」がある。

昨夜は、あるI.T.関連のベンチャー企業で働いている方と久しぶりに会った。

どんな文脈だったかは覚えていないが、彼と話しをしている時に「物語には続きがある」という言葉を口にした。

僕が言わんとしたことは、最近の「坊主頭のりょうへいさん」のコメントのように、自分の身の回りに起きる出来をすべて受け入れて、それらに感謝をすることが大切だし、僕自身、そういう生き方をしたいと思っているということだ。

田坂広志さんが言うところの、「空白を埋める」ため(ハングリー精神)ではなく、「感謝」の気持ちから生まれるモチベーションと言ってもいい。

卑近な例で言えば、あのミスショットがなければ、ひょっとして30台が出たかも・・・と悔やむよりも、気の置けないメンバーと楽しくゴルフができて、尚且つ、あのミスを防げれば「次は、30台を狙えるかも・・・」とポジティブに考えた方が自分が幸せだという意味だ。

その話しにも関連することで、あることを思い出した。

僕なりに熟慮に熟慮を重ねた結果、インタースコープの代表取締役を退任するということを決断し、そのことを当時の筆頭株主であるデジタルガレージの全体会議で発表した時のことである。

僕が自分の進退をゴルフに例えて話したことを受けて、「でも、まだまだ残りのホールはありますよね?(ゴルフは続けますよね?)」という、とても温かいメールを下さったゴルフの上手な役員の方がいた。

ヴィクトール E. フランクル流に言えば、そもそも出来事そのものに固有の意味はなく、そこにどんな意味を見出すかは、その人次第である。

物語の「続き」を楽しめる、「心の余裕」を持ちたいと思う。

「静」かな心。

先週の土曜日は、恒例のメンバーでのゴルフに行った。

今月末に記念すべき「50才」の誕生日を迎えられる蛭田さん、今回のコースの運営企業でもある森ビルで事業開発の仕事をされている川端さん、そして、元アップル日本代表の前刀さんというメンバーだ。僕以外は皆さん同じような年齢で、僕だけが特別枠?で参加させてもらっている。

このメンバーでの今年のゴルフは、年初に話しをして、各人の誕生月に行くことにしているが、行き帰りの車中ではゴルフ以外の話題でも盛り上がり、毎回、楽しい時間を過ごすことができている。今月は蛭田さんの記念すべき誕生月ということで、彼へのプレゼントも用意しての開催?だった。

さて、肝心のスコアであるが、後半のハーフで「自己ベスト」を更新した。

今までのベストは「43」だったが、「42」を出すことができた。

9ホール中、6ホールで「パー」をセーブすることができ、今までの僕のゴルフで最も納得がいくと言ってもいい内容だった。

でも、前半のハーフは「50」を叩き、自分の課題もより一層、明確になった。

僕の「課題」は「メンタル(精神)」面である。

今回のコースは、今週木曜日(6/28)から「UBS日本ゴルフツアー選手権」が開催される「宍戸ヒルズ」の「西コース」で、とても難しいコースである。

加えて、トーナメント仕様にするために「ラフ(の芝)」を伸ばしており、ラフに打ち込むとボールを捜すのさえ一苦労というコンディションで、更に難易度が増していた。

そんなコースでハーフの「自己ベスト」を更新できたことは嬉しかったが、自分自身の「精神的な未熟さ」を再認識されられた日でもあった。

ここ数週間は、仕事の面でも、私生活の面でも、色々と変化があり、精神的に不安定になっていたり、ストレスがあったりしていたが、それが最初のハーフにも表れたということだ。

また、先々週にレッスンで修正された「テイクバック」と「右腰の使い方」を自分のものにできておらず、フェイスが開き気味になっていたという「技術的」な問題もあった。最初は、そのことに気づかず、「こんなはずじゃない」と「結果を焦る」気持ちがあったが、途中から、そのことに気づき、少しずつ修正できていた。

一方、これだけ調子が悪くても(そういう思いにかられても)何とか「50」で収めることができたことは、技術的に進歩している証拠でもあり、それが、後半から「気持ち」を切り替えられた要因でもあったと思う。

「心技体」と言うが、まさしく、その「3つ」が噛み合って、初めて「結果」が出るのだろう。

余談だが、「体力」があってこそ「技」を磨け、「技」があるから「静かな心」を保てるということを考えると、順番は「体技心」のような気がする。

「7月」からの「下半期」を、「静かな心」で迎えたいと思う。

追伸:前刀さんに「お前は、このコース(宍戸ヒルズ)とは相性がいいと思うよ。前回の東コースでも89を出せたしさ・・・」と言われたとおり、ゴルフに限らず、何事も「相性」も大切である。

著者「適格」。

今週も慌しく時間が過ぎていった。

あることを題材として出版を考えており、英治出版の原田さんと久しぶりにお会いした。彼は、アクセンチュアを辞めて、7年前に出版ビジネスに飛び込んだ人である。

僕らが考えていた(持っている)題材と時代環境を考えて、そのテーマでの出版は見送ることにしたが、とても参考になる話を聞くことができた。

そのひとつが、今日のエントリーのタイトルである「著者適格」という考え方である。

原田さんから、「平石さんが書くのであれば、○○や◎◎ですよね(が適してますよね)」というコメントを頂いた。

要するに、僕が何かのテーマで本を書く場合、それが「説得力」のあるテーマであることが大切ということである。

数ヶ月前に、Oakキャピタルという投資会社の緒方さんという方と話しをした際に、「そのことを、マーケットが平石さんに期待しているか?が大切ですよね」と言われたが、それと同じことだ。

要するに、僕が投資事業を行うのであれば、どの「領域」を手掛けるのが「説得力」があるか?ということである。

この話しは、転職者というか、キャリアデザインにも当てはまると思う。

その方のバックグラウンド(経験)やスキル、適性といったものを考えた時、どういう仕事であれば「転職市場」から評価されるか?(期待されているか?)ということが大切である。

自分を「客観視」できている人は、転職も上手く行く。

「坊主頭のりょうへいさん」の最近のコメントにある「自分を知る」ということと、その「自分を活かす」ことが大切だということだろう。

さて、僕は、自分自身を「客観視」できているだろうか?

夢の中の自分。

今朝方、不思議な夢を見た。

その夢の中で、下北沢(東京都世田谷区)の北口にある、戦後の闇市の名残りの商店街の一角で、衣料品店のようなお店を経営している女性と知り合った。

彼女は変なプライドも見栄もなく、とても自然に肩肘張らずに生きており、その魅力のせいでお店は繁盛していた。

ところが、僕と知り合ったことにより、彼女はストレスからお客さんと口論をしてしまうという出来事があった。

夢の中の話なので細かいことは覚えていないが、そのことにより、僕の中に存在するプライドや劣等感が、自分の成長や可能性を阻んでいることがあることに気づいた。

随分と昔の話になるが、当時、H2Oというデュオを組んでいた赤塩さんから、「プライドを捨てることが出来たら、郁生ちゃんはもっと色んなことが出来るようになるよ」と言われたことを思い出した。

「坊主頭のりょうへいさん」のコメントに、

「自分の目の前に起こったことは、自分が引き寄せた結果なのだと。自分の行動、言動、がその結果を連れてきたのだと。常に自分なのだと。全てを受け入れ、さらにバージョンアップしていきます。今日もありがとうございます」

というものがあったが、まさしく、そういうことなのだろう。

仕事もゴルフも何事も、無欲の時の方が良い結果が生まれるような気がする。少なくとも、ゴルフにおける過去3回の「80台」は、その「いずれも、肩の力を抜いて無欲で臨んだ時だった(笑)。

一方、何かを絶対に達成するという強い意志がなければ、何事も成就しないとも思う。

でもそれは、他人との比較ではなく、自分の中での話しである。

今朝の不思議な夢のお陰で、何か力が抜けたような気がする。

「不都合な真実」と「終わらない一歩」。

「3度目の起業」と「初めての子育て」が始まり、約1年半が過ぎた。

正確には、ドリームビジョンの設立登記を行ってから1年3ヶ月、マネックスの松本さんをお迎えしてのトークセッションから1年、人材紹介の事業を始めてから約半年になる。子育ての方は、先月で1年8ヶ月になった。

僕の経験則では、何事も3ヶ月、6ヶ月、1年、3年という時間軸で物事が進んで行くような気がしているが、「3度目の起業」にしても「初めての子育て」にしても、そんなタイミング毎に節目があったように思う。

ドリームビジョンに関しては、試行錯誤を繰り返してきたが、設立からちょうど1年を過ぎた時期に、泉谷さんと松本さんが合流したことは大きな変化になった。派遣の方たちを採用したのも、同じようなタイミングだった。

そんなこともあり、遅まきながら経営者としてより一層の自覚と責任のもと、どのように組織を運営していったらよいかを常に考えながら仕事をするようになった。

子育ての方は、子供がだいぶ物事が分かるようになり、今までとは違う意味で手がかかるようになった。

朝は早くから僕を起こしに来るし、週末は朝食が終わると散歩に行きたいのか、だんだんと落ち着きがなくなってくる。また、僕がPCに向かっていると寄って来て、自分にも触らせろとばかりに悪戯するし、僕が拒むと泣いたり騒いだりする。家に彼がいる時は、自分のことは殆ど何もできないようになった。

実は、ここ最近、体調が優れない日が続いている。先月末に「首」を痛めた時に、セラピアの鈴木さんに言われたが、ドリームビジョンの立ち上げと子育ての疲れが出たのだろう。少し立ち止まって考える時期にいるのかもしれない。

ところで、僕は20代のある夏(たしか26才だった)、交通事故に遭った。それも、1度ではなく、2度も。

2度目の事故の時、現場検証をした警察が驚いていたが、僕は「7メートル半」も飛ばされたらしい。それでも、骨一つ折らずに済んだ。僕の記憶が正しければ、地面に落ちた瞬間、体操の選手のように頭からグルッとまわって着地した(立った)のである。まさに奇跡的である。

しかし、その時の衝撃でムチウチになったようで、疲れが溜まると頭の後ろのあたりが痺れてきて、集中力が続かなくなる。インタースコープを創めて3~4年した頃、ちょうど40才になった頃からだと思うが、どうしても集中力が続かない時は、仕事を抜け出してマッサージに行くようになった。そんなことをしながら騙し騙し何とか仕事をしている。

話しは変わるが、先週の土曜日(土曜日は子供は保育園に行っている)に、遅ればせながら「不都合な真実」を観に行った。予想はしていたが、衝撃的だった。

現代社会が輩出するCO2の増大により、地球が温暖化している事実とその描写にも心を奪われたが、それと共に、僕にとって印象的だったのは、ゴアが自分の子供(長男)を交通事故で亡くしかけたことにより、自分の人生で本当に成し遂げるべきことを深く考えるようになり、そのことが彼を「環境問題の研究」へと駆り立てたことだ。

また、彼は、フロリダの疑惑の投票結果によりブッシュに敗れたことを「ハードなショック」だったと述懐していた。でも、前に進むしかないと自分を励まし、今日に至っているという。

さて、今日のエントリーのもうひとつのテーマである「終らない一歩」は、日経ビジネス・オンラインの1周年記念セミナーで、ワタミの渡邉美樹さんの講演の最初に紹介されたビデオにあったテロップのことだ。

カンボジアの貧しい子供たちを支援しているという話しはその時のエントリーで紹介したとおりだが、今日を生きるために、たった「20円(だったと思う)」の現金収入を得るために、子供たちが毎日、「ゴミの山」を漁っている事実を目の当たりにし、渡邉美樹さんは「絶望感」に襲われたと言う。

それでも、何もしなければ何も解決できないとして、自分に出来ることを行っている。そのことを、その紹介ビデオでは「終らない一歩」と言っていた。

話しをゴアに戻すと、彼は「スライド講義」とか言っていたと思うが、全米はもちろん、世界中のどこでも、自分が必要とされれば現地に赴き、地球温暖化に関する彼の研究活動をプレゼンしているという。

そのことにより、より多くの人が「環境問題」に関する正しい認識を持ち、そのことにより「政治(家)」が変わり、我々の「子供たちに素晴らしい地球を残す」ことができると信じて。

田坂広志さんが言っていたことだと思うが、「志」とは、自分が見届けられないことの実現にコミットできることを言うらしい。

自分はいったい、自分の人生で何を成し遂げようとしているのか自問自答しつつ、シェーバーを充電しっぱなしにするのは止め、PCもスリープモードを止めた。

「事業」も「私生活」も、今の自分に出来ることを愚直にひとつずつやっていくしかない。と自分に言い聞かせている。