ウノウ

しばらく前になるが、僕のブログにトラックバックを貼ってくれた「ウノウ」という会社を経営している「山田さん」という人がいる。

堀江さんの影響か、ネットベンチャー=拝金主義のように思われたりしているが(実際、そういう人もたくさんいるだろう)、彼が僕のブログ(オプトの鉢嶺氏のことを書いたエントリー)を受けてコメントしていることは、とても素晴らしく、拝金主義とは縁遠い。

そういう人がいるということを知って欲しいと思い、今日のエントリーで書くことにした。

彼が僕のブログにトラックバックしてくれたお陰で、もうひとつ、オモシロい事実を知ることができた。

サイバーエージェントの創業メンバーとしてアルバイトから参加した「石川さん」という人がいる。藤田さんが書いた「渋谷で働く社長の告白」にも登場している方だ。

当時の石川さんは、千葉大学の大学院に通っていたが、藤田さんに誘われてサイバーエージェントに「第1号」社員として入社された。

僕は、ひょんな縁からサイバーエージェントを創業して間もない頃に藤田さんと知り合い、当時のオフィス(明治通り沿いで1FにFILAが入っていた)にお邪魔したことがあり、ひょっとしたら、その時に顔を合わせているかもしれない。

人の縁とは不思議なものだ。これもきっと「必然」。

近いうちに連絡を取り、山田さんと石川さんを訪ねてみようと思う。

人の役割と人生のステージ

このタイトルは、インタースコープの顧問にもなって頂いている芳賀先生(女子栄養大)がGREEで書いていた日記?のものである。

余談だが、僕は、Blog のことを「日記風ホームページ」と訳したり、SNSの中で自分の想い等を書くコーナーを日記と言っているのが好きではない。そもそも日記とは、他人に見せるものではないと思うので。表現(言葉の定義)は大切である。

確かに、人間には、その人の「役割」というものがあると思うし、人生には「ステージ」というものがあると思う。

そして、僕の「役割」は何か?ということを考えた。

「自由に生きる=自分らしく生きる」ことの大切さを社会に伝えること。
「自分の夢=成し遂げたいこと」に向かって「挑戦すること・挑戦し続けること」の素晴らしさを伝えること。
そのような生き方をするために必要な「覚悟」や「リスク」を伝えること。
そして、自分自身が「そういう生き方」をしていくこと。

ということだろう。

次に、人生の「ステージ」について考えた。

以前にも書いたことがあるが、僕は30代半ばの頃、特に理由があったわけではないが、その先の自分の人生を考えた時、

37~39才(30代最後の3年間)は、「最初のピーク」になるだろう。
40~42才は、階段で言うところの「踊り場」になるだろう。
43~45才は、次のピークに向かうための「変化の時期」になるだろう。
46~52才は、運気が上がっていくだろう。
53~57才は、人生のピークになるだろう。

何の根拠もなく、そんなふうに考えた。

現在は、43才。

42才(昨年の9月)で子供ができ、43才になると同時にインタースコープを退任し、今の僕の人生は、確かに「変化の時期(ステージ)」にあると思う。

2000年前後に創業したネットベンチャー仲間の主要な人達は、その殆どが上場を果たし、僕とは違う「ステージ」で生きている。

知らない人達であれば何の感情も覚えないかもしれないが、よく知っている人達であり、ステージの違いを考えさせられる。

しかし、そのことに何の意味もない。

自分のステージをしっかりと生きたいと思う。「強い心」を持って。

花・枝・幹・根

今日(厳密には昨夜)、仕事関係者と食事をしてきた店に、僕の好きな「相田みつを」の日めくりカレンダーがあった。

今日の「書(ひとこと)」は、「花を支えるのは枝、枝を支えるのは幹、幹を支えるのは根。根は見えないんだな」というものだった。

「大事なものは、見えないところにある」ということは、よく聞くことだが、そのとおりだと思う。

企業経営で言えば、形式知化できない領域にこそ、価値があったりする。

物事の本質を見極める「目と心」を持ちたいと思う。

言葉は「誤解」を生む。

「沈黙は金なり」という言葉で検索してみた。すると、とても意味深いコラムが出て来た。

「言葉は短くなることで記憶に残るが、短くし過ぎると本来の意味が薄れてしまうことがある」という。

そして、「言葉を短くすると意味が発散して分からなくなります。そこには思いこみだけが生まれ、正しい理解は遠ざかります。コミュニケーションも同じです。必要な言葉で済ますのではなくて、十分な言葉を添えなければなりません」と書いてある。

たしかにそう思う。そのことを、身をもって経験したことがある。

僕が昨年、あるところで講演した際のことだ。

「お金があると、実は『お金では買えないもの』を守ることができる」という僕の発言に対して、ある方のブログで痛烈に批判をされていた。

このブログでも何度か書いたとおり、僕は物凄い貧乏な生活もしてきたが、その方は、僕がそんな人生を歩んできたことは知る由もなく、ステージで講演している僕のことしか知らないわけで、拝金主義の鼻持ちならぬ輩だと思われたのだろう。

「人に何かを伝えるというのは、とても難しい」いうことを、改めて考えさせられた。

さらに難しいのは、誤解を恐れて当たり障りのない、あるいは、万人に受け入れられるような話しや表現をしていては「相手の印象には残りにくい」ということである。

そもそも僕は、リスクを取って生きることを選択しているわけで、周囲の批判を恐れていては思い切ったことはできないと思う。

しかし、それも、僕の「表現力の無さ」かもしれないし、あるいは、その時の僕の中に「奢り」や「慢心」があり、それが言葉に出ていたのかもしれない。

ところで、このエントリーを書いていて、亡くなった母が僕に言っていた言葉を思い出した。

「あなたは味方も1,000人つくるけど、敵も1,000人つくる人だから、そのことは覚えておきなさい」と母は言っていた。

実際、同じ講演に対して、「とても素晴らしかった」とコメントをくれた方もいる。

すべては「自業自得」。批判も含めて、すべてを受け入れていこうと思う。

西郷山公園のGreen Cafe で、この半年を振り返る。

9月になって初めての日曜日。今日は午後から赤ちゃん本舗に買い物に行き、その後、目黒区青葉台にある「西郷山公園」の Green Cafe に行った。ここ最近のお気に入りである。

子供が母乳を飲んでいた頃は、授乳室が充実しているという理由で「六本木ヒルズ」がお気に入りだったが、母乳からミルクに切り替えてからは、西郷山公園の中にあるオープンカフェ(Green Cafe)に行くようになった。

週末は、妻が臨床心理関係のボランティアに行くのを車で送っていったり、ミルクや離乳食、おむつなどの子供関連の買い物や一週間分の食料の買い物等と何だかんだと慌ただしくしているが、僕ら夫婦のリフレッシュも兼ねて、日曜日のランチは外で食べるようにしている。そんな生活が数ヶ月になる。

ところで、ドリームビジョンを立ち上げてから(2006年3月4日)、ちょうど半年が過ぎた。

2000年にインタースコープを立ち上げた時は、とにかく「生活のすべてがインタースコープ」であり、毎日、朝から深夜まで仕事をして、土日もどちらかは会社に出るという、怒濤のような生活をしていたが、今回は「子育て」という大きな仕事と同時並行で進めていることもあり、同じ忙しさでも「種類」が異なる。

食べ物に例えれば、インタースコープの時は「単品メニュー」のようなものだったが、今回は「コースメニュー」のような感じで、材料も多岐に渡るし、料理の仕方も異なる。慌ただしくしているうちに、気がついたら時間が過ぎている。

この6ヶ月間を振り返ってみると、3月にETICのイベントでドリームビジョン設立を発表し、キャリアをテーマとした「SNS」をスタート。5月にはドリームビジョン「設立記念のレセプション」を行い、ネットベンチャー業界を中心に120名以上の方々にご出席頂いた。6月にはマネックスの松本さんをお呼びして「対談形式のセミナー」を開催。そして、7月26日には、アップルコンピュータ日本法人の代表取締役を退任したばかりの前刀さんをゲストとしてお招きし、法政大学ビジネススクールとの提携によるオープン講座の第1回目を開催した。8月28日には2004年のウーマン・オブ・ザ・イヤーを受賞した小室さんを、9月1日にはグロービス・キャピタル・パートナーズの小林さんを、それぞれゲスト講師としてお招きした。3回とも大勢の受講生に参加して頂き、僕自身、とても勉強になった。また、それらと並行して、ある新規事業開発のコンサルティングと資金調達活動のサポートを続けてきた。

こうして振り返ってみると、かなり内容の濃い6ヶ月間だったと思う。また、それらを僕を含めて「たった3人(常勤)」のスタッフで具現化してきたことを考えると、よくやってきたと思う。僕らを支えてくれている周囲の方々のお陰である。

ところで、9月1日は、ドリームビジョンにとって、新たなスタートの日になった。

初めてのことで見よう見真似で準備をしてきた「有料職業斡旋事業(人材紹介)」のライセンスが無事、認可されたという連絡が入った。安田くんの準備のお陰である。

この半年間は、誰も知らないドリームビジョンという会社の「認知と理解」を獲得するべく、「自分らしい生き方とキャリアデザインを考える」というスローガンのもと、「キャリア・起業・生き方・イノベーション」をテーマとした様々なコンテンツを企画し、発信してきた。Pre-Marketing 期間だったと言ってもよい。

これからは、「自分らしい生き方」の中でも「ベンチャーで働く」ということにフォーカスし、「ゼロからイチを創る」ことの尊さ、「可能性に賭ける(挑戦する)」ことの尊さ、「失敗しても挑戦し続ける」ことの尊さを、社会に訴えて行こうと思っている。

僕のドリームビジョンとしての「夢の実現(挑戦)」は、まだまだ始まったばかりである。

乞うご期待!!!

母からの手紙。

先月まで当社でインターンをしていた山田くんという学生のお母さんから手紙が届いた。僕の母親からではない。

彼はアメリカの大学を休学してドリームビジョンでインターンをしてくれていたが、大学に復学するために、2週間前にアメリカに戻った。

当社のインターンを辞める時に、カギを返却するのを忘れて実家に持って帰ってしまったので、彼がお母さんに当社にカギを送ってくれと頼んだのだろう。

そのカギと一緒に山田くんのお母さんの直筆の手紙が入っていた。

「御社でのインターンを通じてたくさんの方々と出会い、様々なことを経験し、息子はとても成長したと思います。ありがとうございました」と書いてあった。

何とも言えない嬉しさがこみ上げてきた。

「出会いと気づき」が人間を成長させるのだろう。

人々の成長につながる「出会いと気づき」を提供していきたい。

WEB2.0時代の恩恵。

昨日のエントリー(「中学校」での講義)には、多くの方から貴重なコメントを頂いた。とてもありがたいと思っている。

僕の中では、ビジネスとは関係のない「中学校での講義」というエントリーにコメントを頂けるとは考えてもいなかった。むしろ、興味を持ってもらうことは難しいと思っていた。

しかし、実際に多くの方からコメントを頂いたということは、僕と同じような問題意識を持っている人は少なくない、ということなのだろう。

その中で、「なお」という方から頂いたコメントが印象に残っている。

彼女(おそらく)は学生で、「自分の好きなことを仕事にすべきか、趣味は趣味、仕事は仕事と割り切るべきか?」「自分のしたいことがみえてこないです。将来が不安でたまりません」とコメントしていた。

実は僕も、学生時代や20代前半の頃、自分の人生をどのようにデザインしていけばよいか?がまったく描けず、将来に対する不安と焦燥感を抱えていた。なのでその方の気持ちは痛いほど分かる。

でも、結果的に、こうして生きて来れたし、人生は拓けたと思っている。

また、僕がインタースコープを経営している時、インターンとして働いてくれていた三好さんという学生(当時)から、同じような質問をされたことがある。

僕は彼に、「自分のやりたいことが分からない人はいない。自分のやりたいことや好きなことで生きて行けるかどうか(生計を立てられるかどうか)が分からない(自信がない)んだよ。何でもいいから、自分が好きなことにコミットすること!!」というアドバイスをした。同じことを、別のインターンにも言ったことがある。

要するに、僕自身が学生時代や20代の頃、自分のやりたいことで生きて行けるかどうか?が分からず、というか、自信が持てず、最初の「一歩」を踏み出せずにいたわけで、そのことを彼らに伝えただけのことである。

なので、コメントをくれた「なお」さんも、失敗することを恐れず、最初の一歩を踏み出してみれば、自然と自分らしい人生が拓けてくるのではないかと思う。頑張って下さい。

もうひとり、印象的なコメントをくれた人がいる。

「フク」という方で、僕が「企業(経営者)の姿勢」と書いたことで、あるコラムを思い出したという。

紹介されたコラムを読んでみたら、百年コンサルティングの鈴木貴博さんという方の書いたもので、僕の知っている人だった。彼がネットイヤーにいた頃に、1~2度、お会いしたことがある。

そのコラムで書かれていることは、彼がBCG(ボストン・コンサルティング・グループ)時代に受けた新人研修でのことだが、ひと言で言えば、「人種差別」のことである。

当時のBCGには、アフリカ系アメリカ人(黒人)のパートナーがひとりもおらず、そのことをBCGのCEOは「恥ずかしいことだと思っている」と言ったらしい。そして、その方がCEO時代に、BCGは大きく成長し、欧米の事務所ではアフリカ系アメリカ人の幹部社員も珍しくなくなったそうである。

「フク」という方がコメントをくれた理由は、僕が「育児休暇や子育て支援といったことへの企業(経営者)の姿勢にも表れているように思う」と書いたことにあったようだ。

いずれにしても、僕が書いたブログを多くの方が読んでくれて、こうして、意見交換ができるというのは、とても素晴らしいことだと思っている。

WEB2.0時代の恩恵を、上手ずに享受していきたいと思う。