「中田英寿」選手の引退に際して考えたこと。

多くの人がブログで「中田」の引退について書いているので、特に大のサッカーファンというわけでもない僕が書くまでもないと思っていたが、僕なりに感じることがあったのでブログに書き留めておこうと思う。

中田には一度だけ、会ったことがある。

僕の妻の従姉妹が中田の通訳兼マネージャーをしており(今となっては過去形か)、彼女の兄の結婚式に、彼がお忍びで駆けつけてくれたことがあった。

その時の中田の印象は、それほど背が高いわけでもなく、人に威圧感を与えるようなこともなく、とても淡々とした表情をしており、何か強烈なものを感じたということではなかった。そして、嫌な顔一つせず、僕らと写真に収まってくれた。

しかし、ひとつだけ言えることは、多くの人が言うように「孤高の人」という感じがしたことだ。

彼が考えていることや彼が感じていることは、我々凡人には到底、理解できないことだろうし、彼のような精神的に強い人は、自分の人生を共有してくれる他人も必要としないのだろう。僕は見ていないが、数ヶ月前のテレビ番組で、中田は「恋愛はしない(他人には頼りたくない)」と言ってたらしい。凄い人だ。

話しは変わるが、以前にこのブログで「経営者の孤独」ということを書きかけたことがあった。

僕がインタースコープを創業した時、たくさんの方々が(個人)株主として応援してくれた。そして、今回、ドリームビジョンにおいても、多くの方が株主として応援してくれている。実は先週、増資を行った。

インタースコープの時も一生懸命に頑張ったし、株主の方々に対する責任を果たそうと思い、僕なりに精一杯やってきたつもりだが、今にして思うと、まだまだ甘かったと思う。

1社目の時は株主は殆ど僕だったので数のうちには入らないかもしれないが、さすがに会社の経営も3社目となると、人様からお金を預かって「事業を行う」ということの「意味(責任の重大さ)」が分かってきた。

正直、またしても僕は、大きな責任を背負い込んだなあと思う。

でも、これは僕が自分の意志でやっていることで、誰かに頼まれてやっているわけではない。そのことの意味も、今までよりは多少は深い次元で理解できるようになった。

そして、ありがたいことに、ある株主の方は、「無理せず、70%+70%でやっていって下さい」とまで言ってくれている。言葉がない。

また、経営は「意思決定の連続」である。たった3人のドリームビジョンにおいてもである。

中田の引退に際して、「経営者の責任」のようなものを考えた。

Turning Point(転機)

誰にでも人生における「Turning Point(転機)」と呼べる出来事や時期があると思う。僕自身の人生を振り返っても、そう呼べることがたくさんある。

そう言えば、ある時、パソコンのデータを整理していて、「僕の人生に影響を与えた出来事」というファイルを発見したことがあった。自分自身は、そのような整理をしていたことすら覚えていなかったが・・・。

「僕の人生に影響を与えた出来事」としては、高校受験に失敗したこと、若くして両親を亡くしたこと、28才で起業したこと、そして、36才の時にインタースコープを創業したことなどが挙げられるが、そこまで大きな出来事ではなくても、僕の人生に影響を与えた事や人はたくさんあるし、いるし、日常生活のちょっとした出来事が転機になったこともあった。

ドリームビジョンでは、「夢を実現する」という理念と「自分らしい生き方とキャリアデザインを支援する」というテーマに基づき、テクニカルなことではなく、メンタルな部分での「気づき」を得られる機会を提供することや、キャリアデザインの支援として、ベンチャー企業(僕の強みが生かせる領域)にフォーカスした「職業紹介」を行っていく予定であるが、それに加えて、何気ない日常に潜む「気づき」を提供できたらと思い、「自分らしい生き方」をしている人々を紹介するインタビュー記事を弊社のウェブにて掲載している。「Turning Point」というコーナーなので是非、読んでみていただきたい。

今週の水曜日、そのインタビューで、リンクアンドモチベーションという会社で働いている茂木さんという方と会った。

彼は、東京大学を卒業後、マッキンゼーに就職した。いわゆるエリートである。

しかし、その彼から聞いた話しは、僕にとっては意外な内容だった。彼にとってマッキンゼーに就職したことは、今になって考えてみると「モラトリアムの延長」だったという。

彼はマッキンゼーで2年半働いていたらしいが、マッキンゼーで「生き残る」ことは、マッキンゼーの価値観に順応することであり、それは彼にとっては「自分を曲げる」ことになり、その狭間でもがいていたそうである。自分を曲げて組織に順応する方が楽だったが、それを善しとせず、常に苦しんでいたという。

マッキンゼーでの仕事は、ロジカルに考えて「経済合理性」に則った結論を導き出すことだったそうだが、あるクライアントのある事業部の存続の是非を問う仕事をしていた時、ロジカルに判断すれば、その事業部は「閉鎖」という結論になるのだが、その「答え」を受け入れることに、とても抵抗があったそうである。

その事業部に思い入れを持ち、自分の人生を賭けて仕事をしてきた人達のことを考えると、どうしても経済合理性だけでは割り切れなかったようだ。

そんな彼にとって、マッキンゼーからリンクアンドモチベーションに転職したことは、とても大きな転機であり、自分にとって「初めての決断」だったという。

先日のインタビューで彼は、「それまでは『判断』はしてきたが、『決断』をしたことは無かった」と言っていた。

つまり、今までは、こうするのが良い、こうするべきだという判断はしてきたが、それは「MUST(SHOULD)=そうしなければいけない/そうするべきだ」という「論理的判断」であり、自分がしたい(WANT)と思う「決断」はしたことがなかったという。

マッキンゼーを辞めてリンクアンドモチベーションへ転職したことは、彼にとって初めての「自分がこうしたい(WANT)」という「決断」だったそうである。

彼が何故、そのような「決断」をしたのか? そして、今までは何故、その決断とは異なる生き方をしてきたのか?については、弊社のWeb(Turning Point)にて紹介する予定なので、是非、そちらをご覧になって頂ければと思う。

先日の「Kさん」という方のコメントは、僕にとっては日常の小さな出来事に潜む「Turning Point(転機)」だったような気がする。

お陰で心が軽くなったし、色々なことが整理され、変数が少なくなった。その「気づき」を大切にしたい。

WEB2.0時代の恩恵

昨日のブログに書いたとおり、「Kさん」という読者から温かいメッセージを頂いた。

ドリームビジョンを創業して以来、当社の「企業理念」である「夢を実現する」と「自分らしい生き方とキャリアデザインを支援する」というテーマの体現のひとつとして、自分自身の「夢を実現する」ための日々の営みをブログという形で発信してきたが、まさか、読者の方々から温かい励ましの言葉を頂くとは、想像もしていなかった。

毎日のようにブログを書いていると、自分の精神状態がどのように変化しているか?を自分自身で把握できるので、ここ最近の内容は、このブログを書き始めた頃と較べるとプレッシャーと戦っている様子が如実に表れており、何らかのパラダイムシフトが必要だと感じていた。

そんな時、とてもタイムリーというか、僕の心に「Kさん」という読者から「優しいストレート(ボール)」が飛んできたわけである。

尚かつ、その「Kさん」の書き込みを読んだとして、「satoさん」という方からも励ましのメッセージを頂戴した。

以前にも紹介したが通称「Joi(伊藤穣一氏)」というブログビジネスの第一人者が言っていた、「Blog is conversation.」というのはこういうことなのだろう。

そして、僕がブログ発祥の米国流に習って「実名」で尚かつ「偽らざる心境と出来事」を書いていることで、そういう「会話(conversation)」が生まれたのだと思う。

会ったこともない人が、僕のブログを読んでくれていて、尚かつ、励ましの言葉をくれる。そして、僕の発信するメッセージから何かをつかんでくれているという。これこそ、僕がやりたいと思っていた世の中の多くの人に「勇気と自信(を持つきっかけ)」を提供することであり、実際には、僕自身が「勇気と自信」を頂いている。

これこそ、「WEB2.0時代の恩恵」ではないかと思う。

追伸:「Kさん」と「sato」さんのお陰で、とても気分が軽くなりました。本当にありがとうございました。

「Kさん」という読者

「Kさん」という読者の方から、昨日の僕のブログにとても温かい示唆に富んだコメントを頂いた。コメントを頂いたのは、2度目だと思う。とてもありがたく思っている。

頂いたコメントは、

「変えられるものは自分の考え(物事の捉え方)と行動だけ。感情(喜怒哀楽)は、それに伴って変化する」。

そのとおりである。

いつだったか、リンクアンドモチベーションの体験セミナーに参加した際に、社長の小笹さんが、同じことを言っていた。

それ以来、僕は、渋滞でイライラすることが殆ど無くなった。一生懸命にイライラしても、状況は何も変わらないと思うようになったからだ。

続きは、また。

「過剰志向」と「過剰反省」

この言葉は、「希望の見つけかた(日経BP社)」という本で知った。

この本は、精神科医にして哲学者である「ヴィクトール・E・フランクル博士(1905~1997)」が唱えた「意味への意志」という概念に基づき、いかにして人生を意味あるものにしていくか?ということを、アレックス・パタコスという人が書いたものである。

何冊かの本を同時並行で途中まで読んでは放置する癖がある僕は、まだ、この本を読み終えていないが、とても多くのことを学んでいる。この本を読み始めたのは、まだ、インタースコープの経営陣として仕事をしていた昨年の秋だったと思う。

明日か明後日にでも、このブログで書こうと思っているが、今更ながら自分がやっていることの「責任の大きさ」に気がつき、ここ数週間、前向きでありながら、やや重たい気持ちに支配されていたこともあり、久しぶりに読みかけの『希望のみつけかた』を手にした。そこで目にしたのが、「過剰志向」と「過剰反省」という言葉だった。

要するに、自分に対しても周囲に対しても「過剰な期待」をしてしまうため、それが実現できないことに「苛立ち」を覚え、また、実現できなかったという「現実」に対して「過剰な反省」をしてしまうということである。

完璧主義者と言ってもよいかもしれない。

以前の僕は、そういう傾向があった。それ故に、自分自身も相手をも責めてしまうところがあり、「心の安定」とは程遠かった。

「過剰志向」と「過剰反省」という言葉を説明しているページは読んでいなかったが、そのことを表す事例を説明しているページは既に読んでいたようだが、改めて読み返してみると、初めてそのことの「意味」を理解したような気がする。つまり、最初に読んだ時には、その本質は理解できていなかったということだろう。

人間は、文字から何かを吸収することは容易いが、そこに込められている「意味」を理解する、その「本質」を理解することは、実は簡単ではなかったりするように思う。

実際に自分が経験をしてみて、初めて気がつくことがあるのだろう。昨日はそのことを改めて感じた一日だった。

「坊主頭のりょうへいさん」がいつもコメントしてくれているように、正しい v.s. 正しくない、すべき v.s. すべきでない、という考え方よりも、「楽しいか? v.s. 楽しくないか?」という尺度で物事を判断した方が、モチベーションが上がり、物事を推進できるような気がした。実にシンプルな話しだ。そのことを考えた。

坊主頭のりょうへいさん(その2)

彼は毎回必ず、僕のブログにコメントをしてくれる。必ずである。それが励みにもなって、毎日のようにブログを書いている。

「幻想」と「限界」

今日の日経新聞にワールドカップに関する論説が載っていた。電車の中で、自分自身に置き換えながら読んでいた。

ブラジルのサッカーは「アコーディオン」のように「横の収縮」を重ねながら、時折、鋭く内側に切れ込み、ゴールを狙う。

対して、ヨーロッパのサッカーは「トロンボーン」のように、大きなストロークで「縦への前後運動」によってゴールを狙う。

では、日本はどうか?

「横の収縮」はあるが、内側に切り返す際の「スピード」がない。なので、ゴールが狙えない。
では、「縦への前後運動」をしたらどうか?それには、体格的に大きなハンディがある。

つまり、日本はブラジル(ラテン)のような「跳躍的」サッカーは出来ないし、ヨーロッパの強豪国のような「大きな」サッカーも出来ない。出来るのは、チームワークの妙で「熟成」されたサッカーだけだが、熟成させるのはブラジル型でもヨーロッパ型でもなく、試行錯誤の上、日本オリジナルのスタイルを見つけ出す必要があるという論説だった。とても分かりやすい分析だと思う。

話しは変わるが、ある時、2003年だっただろうか?「FFS理論」というチームワークの状況を分析するプログラムをインタースコープの経営メンバーで受けたことがある。インタービジョンという組織に関するコンサルティング会社の創業者である小林さんという方が開発したものだ。グロービスの投資先企業が何社か受けたと記憶している。

小林さんは米国ペンタゴン(国防総省)の顧問を務めていた(いる?)こともあるそうで、戦争の際に最強なチーム編成をするには、どのようなメンバーで構成するのがよいか?という、人材の最適化の権威らしい。

そのプログラム(FFS理論)では、マネジメント層のメンバーを、「タグボート」「リーダーシップ」「マネジメント」「アンカー」の4つに分けている。

「タグボート」とは、小さな船体にパワフルなエンジンを積んでいる船で、大型船を先導したり、自力で動けなくなった船を助けたり、海難救助などで人命や貨物、船体の安全確保などに活躍する船のことを指す。ひと言で言えば、「リスク」の高い仕事をする船である。

この理論で言う「タグボート」とは、リスクを取って「新しいビジネスチャンス」を開拓しようとするタイプを指すらしい。

「リーダーシップ」とは、タグボートが見つけた「魚影」をどうすれば攻略することができるか?を考えて実行する、会社で言えば「売上」を上げることに貢献するタイプの人材を指す。

「マネジメント」とは、「攻めと守り」をバランスさせ、「利益」を出すことに長けているタイプだそうだ。最も経営者的と言ってもいいかもしれない。

「アンカー」は、「撤収」を決断するタイプだそうだ。

僕はどのタイプかというと、「タグボート」らしい。要するに「起業家」タイプということだ。

このタイプは、組織が大きくなっても、常に「新しい何か」を探して行動するので、自分の影響力の大きさに気づかず、周囲に迷惑をかけてしまう傾向にあるようだ。まさしく、当たっている(笑)。

因みに、マネジメントメンバーで「タグボート」だったのは僕ひとりで、ある種の窮屈さを感じてたのはそういうことか?と妙に納得したりもした。

インタースコープは、創業期のベンチャー企業にしては「タグボート」や「リーダシップ」が少なく、マネジメントが多い組織だったようだ。

ところで、僕の周りには、同じように「起業」して、同じように「VC(投資家)」からお金を集めて、その結果、上場を果たした人が大勢いる。

では、誰でもが株式公開できるのか?できたとしても、その後も成長を続けていけるのか?というと、それは明らかに「NO」である。

1990年代のネットバブルやここ数年の「プチバブル」は、誰でもがベンチャー企業を創業し、VC(投資家)からお金を調達し、株式公開ができるかのような「幻想」を生んだところがあるように思う。
しかし、現実は全然違う。

自分自身はどうか?と考えると、正直な話し、とても悩んでしまう。

数年前までは一緒に汗水を流していた人達が、今では「ヒルズ族」になったり、ヒルズには入居しないまでもセレブな生活をしている姿を見ると、正直に言って、自分は随分と遅れをとってしまったと思うこともある。

でも、「起業家」にも、色々なタイプやスタイルの持ち主がいる。

バカな「幻想」は捨て、自分の「限界」を知り、尚かつ、自分ならではの「可能性」を見出し、そこに情熱を傾けられる人になりたいと思う。

仮に「周回遅れ」となっても、「自分らしい生き方」を大切にして。

シリアルアントレプレナーで行こう!!! 巨万の富みは築けなくても。