「乗り降り自由」な社会。

マクロミルとヤフーバリューインサイトの「経営統合(基本合意)」に関するリリースは、インターネットリサーチ業界関係者には衝撃的なニュースだった。

僕のところにも何人かの方からメールや質問があった。

インターネットリサーチ業界が形成されて10年。

結果的には10年という歳月を経て、上位3社がひとつの会社になることになった。

僕なりに思うところがあるが、現時点ではコメントは控えておこうと思う。

まずは、今後の展開を見守りたい。

ところで、2ヶ月ほど前になるが、採用関連の事業を営むジョブウェブというベンチャー企業を経営されている佐藤孝治さんから、ご自身の著書「<就活>廃止論」の献本を受けた。

今更という感もあるが、聞くところによると、献本を頂いた際には「書評」を書くのが礼儀だというので(初めて知った)、読後の感想を書いてみることにする。

まず、佐藤さんのメッセージを僕なりに要約すると、以下のとおりである。

・高度経済成長期に形成された「一斉就職(新卒入社=入口)」と「一斉退職(定年退職=出口)」という方程式は、日本経済の低成長(失われた15年)により「賞味期限切れ」となり、その結果、「乗り降り自由」な社会となった。

・企業の「人を育てる余力」が乏しくなった。

・有名企業に「所属」していることの意味(価値)が薄らいだ。自分で「価値」を生み出せない限り、安定はない。

・どんな時代においても「利益を生み出す新しい仕組みを創る独自の能力やスキル」だけが安定を保証する。

・「選考試験」は大学一年生からスタート(何度でも入社試験を受けられるよにする)。
・優秀者には複数年入社パスを発行。「適時入社と適時退職」。

・「松下幸之助」も「本田宗一郎」も「中内功」も、社会に出てから「学校」に通った。

・「独習」で何かを身に付けた経験がある人は強い。

・子供を「ヒマ」にさせる決意。自分で「考える」時間を与える。

・「目的意識」と「長期的視点」を持つこと。

・「畑を耕す人、競争社会で働く人」という役割分担の弊害。

・一隅を照らす、これすなわち国宝なり。(最澄)

・自分の子供に何を伝えるか?まずは、自分自身がしっかり「生きる」こと。

平たく言ってしまえば、子供のうちから「自分で考える」習慣を身に付けさせることが、社会に出てから活躍できる人間になることに繋がる、ということである。

それだけであれば、佐藤さんがご自身の著書で述べるまでもなく、たくさんの方が異口同音に提唱されていることだが、彼のメッセージの本質は「一斉就職」と「一斉退職」を止めるべきであり、個々人の個性と人生に対するスタンスによって「最適なタイミング」で就職し、退職すべきだという点である。

ドラッガーが言うように、現代社会は初めて、「個人の寿命」が「組織(企業)の寿命」よりも長くなるという、人類が今までに経験したことのない局面を迎えている。

「個人が軸の組織」を前提とし、それに最適な「採用(就職)」と「退職」の仕組みを考える必要があるというのが、佐藤さんの主張である。

また、僕が最も共感したのは、彼の「思考」の中心にあるのは、「自分の子供に何を伝えるべきか?」という「問い」にあるということ。

それは恐らく、佐藤さんも僕も「創業者」という共通項があることも関係しているように思う。

つまり、次世代に「どんなバトンを渡すのか?」ということである。

さて、書評とは言えないような内容になってしまったが、最後に「子育て」について最近、感じていることを書いておきたい。

子供が3歳ぐらいまでは、とにかく「手がかかる(面倒を看る)」ということが大変だったが、子供も4歳にもなると、そこそこ手がかからなくなる。

また、子供なりの「人格」というものが形成されつつあり、友人関係もはっきりし、得意不得意も明確になってくる。

そうなってくると「その子の人生」について、考えざるを得なくなる。

「肉体的」負担から「精神的」負担に、親の仕事が変わってくる。

それに絡んで佐藤さんの本に戻ると、こんなくだりがある。

「子供の頃の教育を担うはずの『家庭』では、お父さんは安定した職と給与と引き換えに、徹底した『会社人間』になってしまい、残業続きで『家庭のことは顧みない』」。

ハードとしての家庭は機能しているが、肝心のソフトが機能しておらず、奥さんがひとりで抱え込み、場合によっては育児ノイローゼになってしまったり・・・ということが、一時期、マスコミで報じられていたりしたと思う。

そういうことも含めて、「本来あるべき社会の構造」を考える必要があることを訴えている著作である。

ところで最近、知っている人の本を手にすることが多くなった。

僕の場合、ベンチャー系の人が多いが、自分の専門分野を10年も続けていると、そこで得たものを本にしてみては?というオファーが来るようになるのだろう。

僕も今から6年前になるが、「自分でできるネットリサーチ」という本を書いたことがある。

最近、前回とはまったく異なるテーマで、僕にとっては2冊目となる本を書きたいと思うようになった。

内容は整理しつつあるので、チャンスをつくって書こうと思っている。

「大学生」になってからでは遅すぎる。

東京では一気に春めいた昨日、僕たちの子供が昨年まで通っていた保育園の遠足に出掛けた。

遠足といっても歩いてどこかに行くというわけではなく、品川にある「水族館」前に集合し、それぞれのクラスで記念写真を撮り、その後、世界中の海の生き物を見て、最後は米国アカデミー賞で物議を醸し出していた「イルカ」のショーを観劇し、現地解散、という催しである。

久しぶりに旧友達と再会した子供たちは、水族館前の広場を所狭しと駆けずり回り、守衛さんに注意されるほどはしゃいでいた。

ところで、その前日つまり金曜日は、東京駅丸の内側にある新丸ビルのカフェで、僕がボランティアでアドバイザリーボードのひとりを務める「日本中退予防研究所」の事業展開に関する相談を受けた。

同研究所の運営母体であるNPO法人NEWVERYの代表理事である山本繁さんとは、かれこれ5~6年の付き合いになるが、彼との議論をしながら、前回のMTG(半年ちょっと前)の時と較べて、格段に成長していることを感じた。

そもそもは、コトバノアトリエなる「引き蘢り」且つ「漫画家志望」の若者を漫画家としてデビューさせるための活動(言ってみれば、漫画家育成プロダクション)をしていたのだが、様々な活動を通じて、若者が「NEET」や「フリーター」になる大きな原因のひとつとして「中退」という問題があることに行き着き、年間13万人と言われる「中退者」を未然に防ぐ活動に取り組み始めた。

その当時は、NPOではなく、株式会社として事業をスタートしようかと考えており、僕のところに資金調達に関する相談に来たことが、僕がアドバイザリーボードに就任するきっかけになった。

あれから2年、彼の問題意識は社会に浸透し始め、ようやく「初期の形」を形成しつつある。

ところで、彼らの経営ノウハウでもあるので、その詳細は書けないが、彼らの「分析力」と「社会的価値」をご理解いただきたく、彼から聞いた「学生が中退してしまう原因」の触りを紹介したいと思う。

彼が挙げていた「5つの要因」の内、その「3つ」を挙げると:

1. 先輩との関係構築
2. 教職員との関係構築
3. 同年代との関係構築

の「有無」である。

つまり、至極当たり前のことだが、人間は誰しも「周囲との人間関係(コミュニティ)」を求めており、それが「相互理解」と同義であるということだ。

また、このことは、大学生や専門学校生に留まらず、「保育園」や「幼稚園」の園児にも当てはまるということである。

登園拒否になる場合、新しい環境に溶け込めず、「友達ができない」ということが理由となるわけだが、では、なぜ、友達ができないのか?ということに目を向ける必要がある。

僕は「他人に対する興味」の有無であり、「相互理解」を促すような「教育」をしているかどうか?が重要であると思う。

しかし、3歳児や4歳児にそんな教育をして、機能するのだろうか?

これは僕の考察であり推察に過ぎないが、とどのつまり、親が家庭で自分の子供の話に耳を傾け、保育園や幼稚園での生活に関心を持っているか?園の先生達が、子供たちが各自の家庭でどんな生活をしているかに関心を持ち、実際にそのような語りかけをしているかどうか?が、物事の分かれ道だと思う。

親や教師が「他人に対する興味」を持たず、「相互理解」に努めようという姿勢がなければ、子供たちにそういう姿勢が育まれるはずはない。

とても示唆に富んだ出来事なので紹介するが、ちょうど昨年の今頃、僕たち家族がサイパン旅行で数日、園を休んでいたことがあったのだが、旅行から帰り、久しぶりに登園すると(実際には妻が送っていったので僕はその場には居合わせてはいない)、「わーっ、○○くんが来たよ!!」と言って、友だち達がいっせいに彼のところに集まってきたらしい。

それを受けて我が子は、「そうなんだよ。サイパンに行ってきたんだ!!」と言って、嬉しそうに友達の輪に入っていったという。

つまり、園の先生達が、各園児の休暇中(なぜ、休んでいるのか?)のことまで話をしており、子供たちに「周囲(ここでは友達)に関心」を持つことを教えているのだと思う。

それも、いかにも教育というやり方ではなく、あくまでも自然にというか「結果的に」と言った方が適切かもしれない。

では何故、結果的にそのような教育効果が生まれるのか?であるが、それは、先生達が「子供たちへの愛情(関心)」があるから、だと思う。

但し、そのような先生達を集めるには、確固たる「理念」が必要だし、相当な「経営努力」が求められるのは間違いないだろう。

さて、話を「中退予防」に話を戻すと、対策は「2つ」ある。

ひとつは「入学前」で、もうひとつは「入学後」である。

また「学生の立場」に立つか?「学校の立場(経営的視点)」に立つか?という問題もある。

話が長くなるので、今日は後者の問題は割愛するが、問題の本質を考えると「入学前」の方が大切ではないかと、僕は思う。

勿論、一定の効果があるのは間違いないが、根本的な解決という意味では、大学なり専門学校に入ってからでは遅く、「保育園や幼稚園」の頃から、さらに言えば「親の教育」が「大切」だという結論に行き着く。

ところで、山本さん達とのMTGの後、久しぶりに「兄弟3人」で食事をした。

実家(郡山)で弁護士をしている弟(次男)が日弁連の会議で上京するのに合わせて、僕と三男が予定を調整し、「日本の将来」を肴に、最終の新幹線に間に合うまでの2時間半、議論をした。

そこで、弁護士をしている次男が「国母選手」の「腰パン」問題に関し、こんな話をしていた。

「個人的には『腰パン』はいかがなものかと思うけど、それが出場の是非が問われるほどの問題だとは思わない。あの問題によって、『これで結果が悪かったら何を言われるか分からない・・・』という重圧がかかったのは間違いない。個性を認めない日本社会の方が問題だと思う」。

彼がドロップアウトした人間であれば、それって「自己弁護」だろう?と言われるかもしれないが、司法試験にパスし弁護士をしている、どう謙遜しても「知的エリート」であることに疑いの余地はない彼(自分の弟のことで申し訳ないが)が「国母選手」に理解を示す発言をしたことに、僕は軽い衝撃を受けた。

「単一民族」国家の弱点かもしれないが、日本が国際社会でもう一度、輝きを取り戻すには、自分とは「異なる価値観」の人間にも興味を示し、「多様性」を認める「懐の広さ」が必要ではないかと思う。

「自戒の念」を含めて。

でも、オリンピックでは「金メダル」を期待する。

今日は午前中にマンション管理組合の年次総会があった。

僕は自ら進んで二期ほど役員を務め、一期は理事長をしていたが、所有者には当然、様々な人がいて、彼らの意見をまとめ、時には毅然とした態度を取り管理組合を運営していくのは、骨の折れる仕事である。

ましてや「国」を治めるとなれば、想像を絶するエネルギーと知恵と戦略が求められるのは間違いない。

ところで、今日の日経新聞のスポーツ欄で、「浅田真央」選手が何故、ジャンプを失敗したのか?その原因について解説した記事があった。

僕は、極々普通の「浅田真央ファン」のひとりであり、フィギュアの世界に関する特別な知識を有しているわけではなく、今日の記事以外の情報ソースを持たないので、はたして、記事のとおりなのかどうかは分からないが、その記事を読んで、こういうことなのかもしれないな・・・と思ったことがある。

それは、日本という国は「平等」ということを意識するがあまり、「圧倒的な」ヒーローやヒロインを生み出すために飛び抜けて才能のある選手に「戦略的にリソースを注ぎ込む」、ということをしないのだろうということだ。

日本とは政治的背景や文化も異なるし、オリンピックに対する取り組み方も異なるだろうから一概に比較することはできないが、「キム・ヨナ」は、彼女にとって「初めてのオリンピック」の開催国であるカナダに練習の場所を移し、「カナダ人のコーチ」について万全の体制でバンクーバーを迎えたことと比較して、「日本とモスクワを行き来する生活」をしていた「浅田真央」は、明確に「体制面」での「ハンディ」があったと思う。

圧倒的なヒーローやヒロインを出さない代りに「落伍者も出さない」という「横並び」体質の日本では、自分で「経済的(おカネの)問題」を解決できる「プロスポーツ」の世界は別として、オリンピックという「アマチュア」スポーツの世界では、それが「最高峰」であっても、誰かひとりに「傾斜配分」をして「圧倒的スター」を育成するという、「エリート教育」はできないのかもしれない。

でも、オリンピックでは当然、「金メダル」を期待する。

あくまでも「印象」ではあるが、そのような「制度的矛盾」があるような気がした。

ところで、「国際スケート連盟」では、ジャンプの「採点方法」を見直すとか。

「それって、どういうこと?(なんで今なわけ?)」と思うところもあるが、「難易度の高いジャンプ」が得意な選手が有利に改定されるらしいので、4年後の「ソチ」での「浅田真央」選手に期待しよう。

真央ちゃんも「ソチに向けて頑張ります」と言っていたしね!!

追伸:「宮里藍」選手が「開幕2連勝」!!女子ゴルフも、アジアの時代である。日本の「女子アスリート」には「世界級」がたくさんいる。

「凋落日本」と若手起業家の「成長戦略」。

今日の午後、とある用事で麻布十番に行った帰り、ぽかぽか陽気を楽しみながら、広尾まで約15分の道を歩いた。

麻布十番の商店街は「石畳」的な路面然り、昔ながらの面影が残っており(義理の母は子供の頃、麻布十番に住んでいたらしい)、東京にあって「人の温もり」が感じられ、僕の好きな街のひとつだ。

その麻布十番から麻布台に続く坂道を行くと「西町インターナショナルスクール」があり、その周辺は、外国人の姿がとても多い。

因みに、今はフランスと日本の往復なので住んでいないと思うが、カルロスゴーン日産CEOが住んでいた高級マンションも、そのあたりにある。

麻布台を抜けると「有栖川公園」。その横の坂道を下ると「麻布ナショナルスーパーマーケット」があり、広尾の商店街へと続く。

僕はその道のりを歩きながら「格差社会」という「言葉」の「本質」を考えた。

すれ違う人達の多くは「西洋人(白人という意味)」か「彼らと日本人のハーフの子供たち」で、また、その子たちを学校に迎えに行った帰りの「東洋人のナニー(本来の意味は異なるらしいが)」といった感じだ。

東京でも異様な光景である。そういう地域は他にはないだろう。

一方、固有名詞は挙げないが、「学校崩壊」しているような地域もあり、同じ東京と言っても、地域によって「デモグラフィクス(住民の属性)」が大きく異なる。

話は変わるが、仕事上で知り合い、今となっては掛け替えのない友人となったある人が、今週金曜日(日付的には土曜日)の「朝まで生テレビ」に出演することになった。

「議論」のテーマは「凋落日本と若手起業家の『成長戦略』」で、どんな議論をし、どんな提言をするべきか?について「プレ議論」をしたいということで、青山の某所で「計6時間」にも渡り、熱い議論をした。

それこそ様々なテーマについて議論をしたが、日本社会において「格差が固定」されてしまうこと、つまり、日本が「固定された格差社会」になってしまうことが大きな問題である、という話をした。

幸運にも事業で成功した親元に生まれたり、実力のある政治家の子供として生まれたり、「本人の努力ではない幸運(偶然)」により手にした「既得権益(シード権)」を持っている人達だけでなく、「予選ラウンド」を戦って勝ち上がっていくという「選択肢」が用意されている社会でなければ、若者が「未来に希望を持てなく」なり、社会は「衰退」するのは当然である。

一方、ビジネスに限らず、スポーツでも音楽でも、本人が頑張ってつかんだ「果実」により、そうでない人との間に生じる「プラスの格差」は正当化されるべきであり、この国の未来のためには、本人の努力で「ハンディ」を克服すべく「努力」をしようと思える社会を創る必要がある。

特に、GDPの「約2倍」にも上る「政府債務」に対して「何の責任もない」子供たちのために。

それが僕たち大人の責任である。

「希望」がなく、「重税」だけがあったとしたら・・・。

「最悪である」。

「この国には何でもある。無いのは『希望』だけである」。by 村上龍

鳩山首相の「行動基準」には共感できない。

鳩山首相が「社会起業家の父」と呼ばれるビル・ドレイトンさんを囲んで懇談会を開催したそうである。

今から約1時間半前、Twitterで発言されていた。

以下が、その内容。

~「社会起業家の父」と呼ばれるビル・ドレイトンさんを囲んで懇談会を開催しました。社会をよりよくするために行動を変える「変革」の発想や人の痛みを分かち合う「共感」の大切さを感じました。ドレイトンさんのお話は、若い社会起業家のみなさんに大きな勇気を与えたことと思います。~

僕は、鳩山首相の「行動基準」には共感できない。

先ず最初に断っておくが、僕は「ボランティア」でNPO法人の「アドバイザリーボード」を務めていたり、小額ながら「スポンサー」になっていた&いるNPOもある。

僕だって「人の痛み」を分かち合える人間だと自負しているし、ビル・ドレイトン氏のような活動には「共感」する。

しかし、今朝のTwitter(名詞でもあり動詞でもある)で書いたとおり、鳩山政権の経済政策は、あまりにも理不尽なものばかりで、僕は怒りを通り越して、情けなく、哀しみさえ感じている。

例えば、銀行借り入れを「個人保証」をするという「大きなリスク」を背負ってビジネスをしている人にとって、「内部留保に課税する」などいう政策は、受け入れられるわけがない。

話を元に戻すと、今日の懇親会は鳩山首相が自ら企画したものではなく、誰かの提案により実現したものだと推察しているが、いくら提案されても、ご自身が興味のないことには参加しないだろう。

例えば、先日のエントリーでも紹介したが、慶應義塾大学SFC研究所ネットビジネス・イノベーション政策フォーラム・キックオフ・シンポジウムでの「孫さん」の政策提言(講演)のような活動にこそ、鳩山首相には、もっともっと理解と関心を示して欲しい。

つまり、政府の収入である「税金」の源である「経済的付加価値」を生み出すという、資本主義経済の基本原理とも言うべきことへのコミットを期待したい。

たしかに、「ビル・ドレイトン氏」は素晴らしい方なのは申し上げるまでもなく、「アショカ財団」の理念と活動は賞賛に値するのは間違いないが、では、その「原資」は、誰がどうやって生み出しているのか?

おカネは湯水のように勝手には湧き出て来ない(そもそも湯水も有限である)。

僕が言いたいことは、今の日本の経済・財政状況に対する認識を踏まえてのご自身の行動に関する「優先順位」である。

「友愛」はもちろん結構だし、僕も友情と愛情は大切にして生きているつもりだし、一個人の「家庭」や「交友関係」であればそのとおりだが、一国の経済運営をするにあたり、「友愛」に立脚しようとするのは、あまりに心許なくはないだろうか?

この世の中で問題の種になるのは、その元を質せば「思想」か「経済」のどちらかであろう。

ここでは「思想」の問題には言及しないが、「経済」に関して言うならば「衣食足りて礼節を知る」というとおり、「何億」という「税金を払う」人と、将来の生活を案じながら今日を生きる人とでは、物事の優先順位が異なるのである。

たしかに、今日の日本は「失われた20年」になりつつあるとは言うものの、それでも尚、この地球上では類い稀な経済的繁栄を謳歌していることは疑う余地はない。

しかし、すべての人間が聖人君子ではなく、大多数の人々は、常に「相対比較」で物事を判断し、幸不幸を感じるのである。

因みに、細かな数字は忘れたが、ある人がハーバードだったかハーバードビジネススクールの学生に、「自分は年収5万ドルで周囲は年収2万ドルと、自分は年収7万ドルで周囲は10万ドルの場合、どちらがいいか?」と尋ねたところ、殆どは「前者」と答えたそうである。

日本という「基準(水準)」に照らし合わせて、幸不幸を感じるのである。

僕は日本にもアショカ財団のような組織があって欲しいし、そういう人達がもっともっとたくさん出て来て欲しいと思っているが、そのためにも「富を創出する」ことを真剣に考える必要があるわけで、より本質的な問題は、「自助の精神」により「巨万の富」を生み出した起業家や資産家が、その資産を「社会のために還元する」という「価値観」を醸成するための「教育」だと思う。

僕の父は「財団法人」により経営されている総合病院に勤務し、母は小学校の教師をしていたが(要するに、営利企業に務める両親の子供ではない)、父は常々(今から30年も前のことである)、「これからの病院経営は大変だ」と言っていた。

つまり、経済として成立しないことには、どんなに素晴らしいことも続けられないということである。

また、「田坂広志さん」が、ヘイゲルの弁証法をもとに、対立する2つの異なるものは「相互浸透の法則」により「互いに似てくる」と仰っているが、今の日本は「社会主義の問題点」や「行き過ぎた福祉国家」の悪い点を取り入れ、「資本主義」と「市場主義」の「良い点」を「排除」しようとしているように思えてならない。

僕のような浅学非才の人間がこんなことを言っても何の説得力もなく、こんなブログを書いても何の社会的影響力もないかもしれないが、僕は自分が生まれ育った日本という国が好きであり、黙っていることができない人間だ。

そこが僕の欠点かもしれないが・・・。

Stay cool, affect your judgement.

日本の政治家はなぜ、こういう話ができないのか?

既にご存知の方も多いと思うが、慶應義塾大学SFC研究所ネットビジネス・イノベーション政策フォーラム・キックオフ・シンポジウムでの「孫さん」の政策提言(講演)は素晴らしい。

これは「視聴必須」です!!!

日本の政治家は、自分���選挙に勝つために必死であり、その活動に「多額の資金」が必要なため資金集めに時間を割かれ、当選してからは「年功序列」に従わざるを得ず雑務に忙しく、「政策」について「勉強」したり、「提言」をまとめるために使える「時間」が殆どないのだろう。

「手段が目的化」している典型である。

手段を手段とし、本来の目的に邁進できる環境を創るためにも、選挙活動に「インターネット」を使えるようにするべきである。

また、そうすることにより、ネットを日常的に使う若い世代の「投票率」が高まれば、日本の政治は大きく変わるだろう。

その時、政治の世界も本格的な「世代交代」が起こるはず。

では、どうやって「公職選挙法」を改正することができるか?

「リーダー」とは、人々を「奮い立たせる人」である。

さて、今日はこれから、約一年ぶりの「大阪出張」。

その前に、昨日の「竹中平蔵」氏のキーノートの内容をレビューしておこう。

以下、箇条書きに(「・」は竹中氏の発言。「→」は、それに関する僕の感想&考察 and/or データ)。

・2010年、「上海」がGDPで香港を超える。また、中国の国債発行残高は、GDPの「30%未満」であり、まだまだ「財政出動の余力」がある。しばらくは、成長を持続させることができるだろう。
 →「上海」は、いよいよ「世界の中心都市」へ。

・ドバイ、南欧、東欧等、世界経済のリスクが存在する。
 →「フラット化した世界」。グローバル経済には坑がえない。

・オーストラリアは直近の半年?で、金利を「3回」も引き上げている。
・また、Kevin Michael Rudd首相が、現在2,200万人の人口を「3,500万人」に増やすと発言。尚かつ、800万人の「移民受け入れ」を表明。さらに、一定以上(金額はメモできなかった)をオーストラリアに投資することを条件に「永住権」も提供する。住宅需要が増大し、経済が発展する。

・「バーゼル2」と呼ばれている「BIS規制(国際決済銀行による銀行の自己資本比率規制)」が強化される。メガバンクは「資本増強(増資)」が必要になり、不良債権化をミニマイズする(査定を厳しくする)べく「貸し出し」に慎重になるだろう(中小企業の資金調達が困難になる)。
 →だからと言って、「亀井静香」のようなバカげたことをしてはいけない。

・「子供手当」は「とんでもない政策(財政を圧迫させる)」。
子供が「3人」いる家庭には、年間約「100万円」が支給される。これが、高校入学まで支給されることになる(政策が続けば)と、なんと「1,600万円」になり、地方都市なら「家が一軒、建つ」ことになる。
 →東京で1,600万円では中古のワンルームマンションが精一杯だが、僕の出身地「福島県郡山市」であれば、小さな家なら充分に買える金額だ。
 →そう考えると「子供手当」は、実質的に、都会から「地方」への「所得移転」である。「税負担」「福祉」の「不公平」が発生する。資産価格が安い分、レバレッジが効く。

・今の日本は「50兆円の赤字(単年度)」。累積債務は「GDP(約500兆円)の約2倍。
消費税を「1%」上げると「2.4兆円」。「50兆円」を「消費税」で賄おうとすると税率は「25%」になる。北欧並みの「重税国家」になる。
 →スウェーデンの人口は「約920万人」。近年は移民が多いが、大半は北欧諸国が多く、同胞意識が強い。また、若者はかなりの割合で英語を話す。しばしば、北欧を見習えという意見があるが、日本とは「前提条件」が大きく異なる。

・「構造改革」が「格差」を生んだと言われるが、2005年(郵政選挙が行われた年)は「株価」が「42%」上昇し、失業者が「100万人減少」した。2009年は、株価が42%下落した。
 →グローバル化した経済は不可逆的であり、競争力がない産業を保護することは「時間とおカネの浪費」でしかないことは議論の余地はない。僕(当社)の投資先(イミオ)つまりベンチャーでさえ、海外の工場に生産を委託している。とどのつまり、グローバル経済とは「役割分担」である。
 →日本は「知的職業」と「重サービス業(百年コンサルティング鈴木貴博氏)例:SUICA,Edyや鉄道のダイヤ管理システム等、『資本投下』と『高度なオペレーションKnow-How』を必要とするサービス業)」に国のリソースを集中投下すれば、まだまだ成長できる。

・今夏の参議院選挙の後「3年間」は「国政選挙」がない。この間に「政策転換」をするべき。
 仏ミッテラン氏は大統領は就任後、9つ(だったと思う)の企業グループを国有化した(GDPの17%を国有化)。尚かつ、法律を改定し「就業時間を短縮」。つまり、実質的に「賃上げ」とした結果、仏経済は「深刻な不況」に陥った。しかし、その後、「欧州の統合のためにフランスは変わる(変わらざるを得ない)」と発言し、大きな「政策転換」をする。結果として、14年という「超長期政権」となった。
 日本は、そのことに学ぶべき。
 →それでもフランスは、重傷の「閉塞感」に苛まれている。それは「規制」が強過ぎるからだと思う。
 →サルコジ大統領は「アメリカ批判と金融規制派」だが、その裏には、このままでは「フランスは消滅する」という危機感があるように思う。フランスの「解雇規制」は日本のそれよりも厳しく、実質的に「社会主義」的な国であり、若者の失業率は「25%(と記憶)」に上り、日本以上に「世代間格差」と「既得権保護」が強い。然るに「イノベーション」が誘発されず、歴史・文化とファッション以外に国富を生み出すエンジンがない。エンジンという意味では「ルノー」があるとも言えるが、今後のグローバル経済をリードできる存在とは思えない。
 →「明治維新」は「グローバル化」であり、社会そのものの「イノベーション」だったはず。

・日本経済の活性化のための政策(ご自身の考え)は、以下の3つ。

1. 法人税率の引き下げ:
 日本の実効税率40%は、世界に類を見ないほど高い。先進国の平均は約25%。
 いきなりが無理なら、経済特区を創ってはどうか?
 沖縄にそのような構想があるが、官僚が複雑な条件を付しており、事実上、使えない制度になっている。

2. 羽田空港の大規模拡張とオープンスカイ政策:
 アジア諸国はすべて、そのような政策を取っている。例外は、北朝鮮と日本だけ。

3. 3つと言いつつ、3つ目はお話にならなかった気がするが・・・、
 ひょっとして、小泉さんとの久しぶりの再会での「エピソード」のことかもしれない。

以上が、竹中平蔵氏のキーノートの概要と僕の感想&考察である。

尚、オマケ的(実は、この話が重要なのだが)な話として、こんな「エピソード」を披露してくれた。

久しぶりに小泉さんと会ったそうだが、その時に、小泉さんが「久しぶりに読み返しているんですよ」と言ってみせてくれたのが「スマイルズの自助論」だったそうである。

このブログでも書いたので読んで下さった方もいらっしゃるかもしれないが、僕も昨年秋、苦悩の中で読み、勇気づけられた本である。

これでもか!これでもか!とシツコイぐらいに、逆境にあっても尚、自分を叱咤し、窮地に追い込まれても尚、希望を失わず、人生のどん底から這い上がるの人々を紹介し、頼りになるのは「自分」以外になく、「自助」こそが「最大のエネルギー」であるということを説いている本である。

また、竹中氏は、福沢諭吉の「学問のすゝめ」に触れ、こんな実例を引き合いに出し、ご自分の話を終られた。

<ここから>

福沢諭吉の「学問のすゝめは「350万部」ほど売れたそうです。当時の日本の人口は「約3,500万人」だったそうですので、なんと「10人に一人(子供とご高齢の方々を除けば、7~8人に一人だろう)」が読んだことになります。

そのぐらい素晴らしい本だったわけですが、最も素晴らしかったのは、「学問のすゝめ」を読み、一生懸命に学ぼうとした「日本国民」だったのだと思います。

ご清聴ありがとうございました。

<ここまで>