「KISS」。

僕が30代半ばだった頃、ウェブクルー(東証マザーズ上場)の創業に繋がる「保険スクエア bang!」という事業開発に参加する機会に恵まれた。

それは、その後の僕の人生を大きく変えることになった。ウェブクルーの創業に参画しなかったら、今こうして、このブログを書いていなかったかもしれない。

ところで、その時のメンバーのひとりから、久しぶりに電話(着信)があった。僕が札幌でゴルフをしている時だった。

その後、僕から電話をし、その方とメールのやりとりをすることになったが、何年かぶりの電話であっても、不思議とすぐに「プロトコル」が合致する。事業を立ち上げる(創業する)という極めて濃い経験を共有すると、その関係は永く続くのかもしれない。インタースコープの創業メンバーとも、そんな感覚を共有している。

因みに、その方はインタースコープ(インターネットリサーチのシステム)の初期のプログラムを書いてくれた方でもある。

その方とあることでメールのやり取りをしている中で、彼がMr.チルドレンのある曲の詩を書いてきた。

「難しく考え出すと結局、全てが嫌になって、そっとそっと 逃げ出したくなるけど・・・」。

「たしかに、そうだよな」と思った。それで、あることが吹っ切れた(笑)。

その歌詞を読んで、英語のある表現を思い出した。

Keep it simple stupid.(KISS) ~物事をシンプルに考える~

(表現もよりシンプルにして、Keep simple stupid. とも言ったと思う。)

悩んだり迷路に迷い込んだ時の「鉄則」である。

いや、常にそうあるべきである(笑)。

でも、リラックスが大切。

ドリームビジョンを始めて1年が経った。インターンや派遣の人を含めるとメンバーは10人。いつの間にか立派?な会社になった。

ここ1ヶ月は第一四半期のレビューを踏まえて、今期後半の事業計画を協議中(見直し中)である。今月末には外部の株主の方々に送付する予定だ。

以前にも何度か書いたことがあるが、経営は「ゴルフ」と似ている。

「自分の実力(経営能力)」と持っている「クラブ(資金・ノウハウといった経営資源)」とラウンドしている「コース(事業を行っている業界やマーケット)」を冷静に把握して初めて「良いスコア(業績)」を残すことができる。

スタートアップの会社は経験則や経営資源に乏しく、プレーしているのがメンバーにとって新しいコース(マーケット)であれば尚更、試行錯誤の連続である。

材料(経験則と経営資源)が充分でないのに強気な計画を立てると、間違った経営判断をしてしまう。ゴルフで言えば無理にグリーンを狙おうとすると、大概はミスショットする。肩に力が入って自然なスイングが出来なくなるからだ。

ところで、今週木曜日から久しぶりに「北海道」である。NILS(New Industry Leaders Summit)に参加するためだ(5月は毎年、北海道で開催されている)。

経営者としてはまだまだダメダメ君の僕であるが、インタースコープ時代の経験(7年間)があるので、あの頃(インタースコープを創業した頃)と較べれば、かなりマシな仕事が出来ているという実感がある。

その一方、さすがに「3度目」でもあり失敗はできないし、したくない、という想いが強いせいか、子育ての負担も手伝い、精神的にも肉体的にも、ちょっとバテ気味である。

そんな僕にとって、たった3日間であるが、このタイミングでの「久しぶりの北海道」は、東京を離れて「静かな時間」を過ごすよい機会だ。

経営もゴルフも「リラックス(自然体)」が大切である。

心が疲れるとき Part-2

以前にもこのタイトルでブログを書いたことがある。9ヶ月前のことだ。もっと前のことのような気がする。

その時とは心境は異なるが、やはり、人間の「心」も、たまには「ピットストップ」が必要なようだ。

CREED(最初の起業)の時もインタースコープの時も、2~3ヶ月ぐらいハイペースで仕事をしていると、だんだんと「精神的なスタミナ切れ」になってきた。「心」が「休息」を求めるようになる。

「心」の状態は、身体(肉体)の状態と非常に密接に関係していると思う。体力が無くなってくると、気力も無くなってくる。スポーツ選手の引退は、心と肉体が「極度の緊張感」に耐えられなくなる時なのだろう。

そういえば、プロゴルファーの青木選手だったと思うが、「心技体」ではなく、「体技心」だと言っていた。

どういうことかというと、「体力」がなければ「技」は磨けない(そのための鍛錬に耐えられない)し、自分の「技」に自信があれば「平穏な心(自然体)」でいられる(技がなければ心は動揺する)という意味だ。まさしく、そのとおりだと思う。

昨年末に「失敗を恐れて萎縮していた自分」から脱出し、年明けからハイペースで飛ばしてきたが、ここへ来て、身体(肉体)が悲鳴をあげているのを感じていた。

すると、呼応するように「心」も疲れてきて、ちょっと「ここらで一休み」したいという気持ちが生じてきた。

20代~30代の頃は、3ヶ月ぐらいのスパンだった気がするが、40代になった今は、2ヶ月ぐらいを目処に「身体と心の休息」が必要なようだ。

とは言いつつ、ようやく会社のエンジンがかかってきたところなので、ペース配分に気をつけつつ、なんとか4月末まで頑張って、ゴールデンウィークには、久しぶりに「南の島」に行こうと思っている。

静かな心、忍の心、最後の5分。

今日のタイトルは、僕が昨年の自分に言い聞かせていた言葉である。

「静かな心」というのは、プロゴルファーの宮里藍選手が言っていたもの。「無心」「無欲」で「自分のショットを」打つということだろう。

「忍の心」と「最後の5分」というのは自分で考えたものだが、明治神宮に参拝する度に引くおみくじに書いてあったことをベースに自分へのメッセージにした。

ところで、昨日の日経新聞の夕刊に「安田暎胤(やすだえいいん)」という仏教家(宗教家)の方のインタビュー記事が載っていた。

健やかに生きるには、「5つの心が大切である」と説いている。

「感謝の心」「思いやりの心」「敬う心」「赦す(ゆるす)心」「詫びる心」の5つだそうだ。

その中でも、「赦す(ゆるす)心」「詫びる心」が難しいと言っている。たしかにそう思う。そして、人を赦すことができれば「自分の心を解放し、心の安らぎを得る道」につながると説いている。

1971年のことらしいが、松下幸之助さんが、安田暎胤さんの兄弟子のような存在だった方の講演を聴き、「経済の調子はええが、心の教育が足りません。一肌脱いでくれませんか」と頼みにきたらしい。

また、三木武夫元総理は、「法律という網を作って不正や悪事を防ぎ、健全な社会を築くのが政治家の仕事だが、どうしても『網の目』をくぐろうとする者が出てくる。宗教家は網の目をくぐらない人間を育てて欲しい」と言われたらしい。

僕は「物欲」もあるし「経済的成功」を収めたいと思うし、「名誉欲」もある。

でも、そういう「心」を忘れないで生きていきたいと思う。

追伸:今年の「言葉」を考えていなかった。これを機に考えようと思う。

人生を楽しむ。

今日は、代官山にあるセラピアという整体&リフレクソロジーの店に行った。鈴木さんという方に看てもらっている。かれこれ5年ぐらい通っている。

その鈴木さんに言われたことがある。

「(ここ最近の平石さんは)身体が充実している感じがします。腰はだいぶよくなりましたね。頭はまだ凝っていますけど・・・。人間の身体は物理的に存在するので自然界と交信していますが、精神や意志は(物理的には)この世の中に存在しないものですよね。その存在しない精神や意志の力で『関節』を動かしているので、僕は関節を見るようにしているんですよ」。

なるほどな・・・と思った。

昨年12月半ばぐらいから精神的に吹っ切れて、ようやくドリームビジョンとしての構想を具体的に考えられるようになってきており、自分の中にエネルギーを感じるようになっていた。やはり、精神と身体は密接に関係しているということだろう。

鈴木さんが言うには、身体というのは、その人の「個性や人間性」を如実に物語っているらしい。

僕の場合、「こうじゃなきゃいけない」というような「頑固」なところがあり、その頑固さが「関節の動き(動かし方)」に表れているという。でも、腰の関節に関しては、その頑固さがだいぶ薄れてきたそうだ。頭は、まだ、僕の頑固さが残っているらしいけど・・・。

自分の中でも、今までの自分を支配していた「価値観」が徐々に新しいものに書き換わってきている感じがしており、鈴木さんが言う「頭(の関節)」の方も、少しずつ、ほぐれてくるのではないかと思う。

そんなこともあり、整体から帰った後は、以前から悠生を連れて行きたいと思っていた梅が丘(世田谷)の「羽根木公園」に行った。

僕の妻は、東京生まれの東京育ちだが世田谷のことはあまり知らず、羽根木公園には行ったことがなかったらしいが、気に入ってくれたようだった。羽根木公園は「梅の名所」としても知られており、来月初旬から「梅祭り」が開催される。

その頃に、また、家族3人で出掛けてみようと思う。

追伸:帰りは少し遠回りをして、世田谷通りに抜けて帰ってきた。これからの10年は、仕事と子育てとバランスを取りながら生きていこうと思う。普通の人よりも、10年遅れて人生を歩んでいるのかもしれない。健康に気をつけよう。