「ビジョン(イメージ)」が大切な理由。

昨日のエントリーで書いたとおり、今日は、子供の脳の発達に関することが専門のお医者さんから聞いた話をもとに、何故、ビジョン(イメージ)を持つことが大切かということを書いてみる。

子供にとって、○を描くよりも、△を描く方が、格段に難しいらしい。

○は、そのまま一筆でグルリとすれば描けるが、△の場合は、ある点を起点にして直線を描くわけだが、その間、スピードが上がって下がることになり、○を描くよりも脳の仕事が格段に多いことが、△を描くことを難しくしているという。

その延長線上での話として、では、「文字」はどうやって書くのか?

僕が話を伺ったお医者さん曰く、文字を見ながらでは書けないらしく、頭の中に「イメージ」があって初めて、文字を書くことができるという。

具体的に説明すると、脳のデータベースの中に、例えば「平」という文字があり、それを、実際に文字を書く機能を司るところに「転送」することにより、文字を書くことができるらしい。

つまり、頭の中に「イメージ(ビジョン)」がない文字は書けない、ということである。

因みに僕は、人の似顔絵を書く(相手の顔を見ながら写生をする)ことは得意だったが、マンガを描くことは苦手だった。要するに、頭の中に「イメージ」がなかったのである。

そう言われてみると、スポーツで「イメージトレーニング」が大切なことも納得がいくし、仕事においても、将来の「ビジョン(イメージ)」が明確でなければ、それは実現されないということだ。

自分がどういう人生を送りたいか?また、どんな仕事を成し遂げたいか?その「ビジョン」がなければ、そのために必要な「具体的行動」に移せない(脳がイメージを転送できない)わけであり、そりゃ、何事も具現化するわけがない。

「今ある材料で何ができるか?(Given Means)」を突き詰めるか、「自分が望む理想=到達したい場所(Given Goals)」を明確にすることが大切だということが、医学的に証明されているわけである。

さて、僕にとっての「Given Means(手持ちの材料)」と「Given Goals(僕が到達したい場所)」は何なのか?

それを明確にすることで、すべての答えは見えてくるということである。

「本当に好きでなければ成功しない」。

毎年のことだが、長いように思えるGWも、気がつけばアッと言う間に過ぎていく。

7(木)8(金)を休みにしている人にとっては暫く休みが続くが、6(水)で終わりの人にとっては、GWも残すところ、あと2日となった。

僕の場合、旅行にでも行かない限り、以前は、GWは「溜まった仕事を片付ける」時間に充てていたが、最近は「子供を遊ばせる時間」になっている。

それはそれで楽しいことだが、「溜まった仕事を片付ける」ことはできず、日々の時間の使い方が益々大切になる。

ところで、数日前に「自分の著書を買う」というエントリーを書いたが、やはり、初めて会う方に差し上げるために、東洋経済新報社の「THINK!」という雑誌で書かせていただいた「キャリア(職業)」に関する原稿を久しぶりに読んだ。

自画自賛で恐縮だが、「3年前」に書いたその原稿は、なかなか良いことを書いている。

しかし、今の僕が読むと「頭でっかち」な感じがする。

以下、原稿より。

(人間力を鍛えるために)ひとつだけ「有効」な方法は、より多くの困難を乗り越えることである。そして、すべての「困難」を「前向きに受け止める」ことである。それをせずして、人間力を「鍛える」ことはできない。少なくとも筆者はそう考えている。

筆者は、今までに6社の創業に携わり、2社の経営を行ってきた。そこから学んだことは、「自分のやりたいことをやろうと思うと、どうしても『他人』を巻き込まざるを得ない。ということは、その人たちの満足なくして自分の満足(やりたいことが実現できる)はあり得ない」ということである。つまり、「利他の精神」がなければ、事業(自分のやりたいこと)は成功しないのだ。

こうして言葉にするのは簡単だが、実際には、生身の人間が行うことなので、お互いに「我」もあるし、考え方も「感じ方」も異なることの方が多いのが現実であり、多くの苦労を強いられる。しかし、その苦労をせずして、望む結果は得られないことを学んできた。

ここまで。

「お前、なかなかいいこと言うじゃん。でも、本当に分かっているわけ?」と言いたくなる(苦笑)。

ただ、この原稿を書いてからの約3年間で学んだことは、「自分が言っていたことは、本当だった」ということである。

苦労もしたし、大変な思いもしたし、また、多くの人たちに迷惑をかけた。

そのせいもあり、最近は「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」的なところがあるが、要するに、最も大切なことは、「苦労」を覚悟してでも「やりたいこと」があるかどうか?ということだと思う。

苦労をしてまでやりたいことがなければ、当然のことながら「苦労」が先に立つ。

でも、どうしてもやりたいことがあれば、「苦労を厭わなくなる」だろう。

すべては、「その違い」なのだと思う(ようになった)。

また、「苦労を乗り越える」ためには、本当に「好き」かどうかが重要である。

「本当に好きでなければ成功しない(by カルロス・ゴーン)」。

「駐車違反」と「税金」。

晴天の昨日、仕事帰りに洗車しようと思い、クルマで出かけて、路上の「パーキングメーター」に駐車した。

仕事を終え、クルマに戻ると、なんとフロントガラスに「駐車違反」の貼紙。

「えっ」という思いと共にその貼紙を剥がすと、「時間制限駐車区間」での「時間超過」とのこと。

注釈には、「この標章は、この車の使用者(通常は、車検証の使用者欄に記載されている者)に、この車が『放置車両』であることを警察官又は駐車監視員が確認したこと等をお知らせするものです」とある。

確かに、パーキングメーターというのは、制限時間「1時間」であるが、そこに「2時間」駐車したからといって「放置車両」と言われるのには、いささか不快感を覚えた。

以前にも「道路交通法」に関するエントリーを書いたことがあるが、交通の妨げになっているわけでもなく、大きな迷惑をかけているわけでもないクルマを取り締まるよりも、他に優先順位の高いことがあるように思う。

貼紙を読んだ後、反則金の支払い方法を確認しようと思い、警察に電話をしたところ、「より多くの方に使用してもらいたいので(制限時間を守っていただきたい)」とのことだった。

たしかに、交通法規に違反したのは事実であり、おっしゃることはご尤もではあるが、「300円」を入れて、900~1,200円をケチった結果が、1万円の罰金か・・・と思うと、何ともやるせない思いに駆られた。

しかし、規則は規則。守らなかった僕が悪い。

昨日は、ツイてなかったかもしれないけど、ラッキーってことも多々あるわけで、国庫に寄付したと思うことにしよう。

でも、それであれば尚のこと、天下りの受け皿のような「特殊法人」は、無くして欲しい。

国民の「税金」も「罰金」も、大切に使っていただきたい。

余談であるが、国民の意識を変えるためにも、僕は「源泉徴収」制度は廃止すべきだと思う。

「確定申告」を行うことで、自分がどれだけ税金を払っているか?が分かり、納税者としての意識が高まり、政治や行政に対する関心が高まるはずである。

何がテーマのエントリーだか分からなくなってしまったが、僕のブログを読んで下さっている皆さんも、交通事故には気をつけて、楽しいGWをお過ごし下さい。

「満開の桜」と「石川遼」選手。

快晴の日曜日(昨日)は、ほぼ1年ぶりに「砧公園」に出掛けた。

朝10時半に家を出て、10:50に到着。駐車場に並ぶクルマの列もなく、スムーズにクルマを駐車し、公園に入った。

砧公園に限らず、都内の主な公園は、朝11時を過ぎると、急に駐車場待ちのクルマが増える。昼過ぎになると、駐車場にクルマを入れるために「30分~1時間待ち」になることも珍しくない。

ほんの10分から20分の差が、天国と地獄の分かれ目となる。

ところで、久しぶりの砧公園は、桜の花に替わって、新緑がとてもキレイだった。

実は昨日も、先週の日曜日も出掛けた「新宿御苑」に行くはずだったが、子供が「砂場セット」を持って行き「砂場遊び」をしたいと言い出し、正確には公園ではなく「庭園」の新宿御苑には砂場なるものはなく、急遽、砧公園に変更したという経緯がある。

ご存知の方も多いと思うが、新宿御苑には様々な種類の桜があり、先週も「満開の桜」を楽しむことができた。

おそらく昨日も、新宿御苑では、何かしらの「満開の桜」を楽しめたと思う。以下は、4/5の新宿御苑。

シリアルアントレプレナー  「3度目の起業」と「初めての子育て」

シリアルアントレプレナー  「3度目の起業」と「初めての子育て」

シリアルアントレプレナー  「3度目の起業」と「初めての子育て」

ところで、先程、NHKの番組で、プロゴルファー「石川遼」選手の特集を見た。

その番組を見るまで知らなかったが、彼は、この春の「米国PGAツアー挑戦」の直前に、スイング改造に着手したという。

通常であれば考えられないことである。

でも、17歳という年齢(先が長い)が、無謀とも言える、その挑戦を可能にしたのだろう。

番組では、彼の「苦悩」を紹介していた。

いくら「石川遼」選手とは言え、そう簡単に新しいスイングが身に付く筈がない。

でも、腐らず、諦めず、ただひたすら「ボールを打ち続ける」石川遼選手の姿は、何かを訴えるものがあった。

番組の中で、14才で単身渡米し、18年の歳月を経て昨年、ようやく米国PGAツアーで初勝利を挙げた「今田竜二」選手との練習ラウンドの模様が紹介されていた。

通常のドライバーショットでは、17才の石川選手が、今田選手の飛距離を上回っていたが、あるアゲインスト(逆風)のホールでは、今田選手のドライバーショットが石川選手のそれを、約20~30ヤード上回っていた。

その光景に釘付けになっていた石川選手に今田選手は、「状況に応じて、様々な球筋を打ち分ける必要がある」とア���バイスしたそうだ。

「満開の桜」を咲かせるためには、長い時間が必要だということだろう。

何事も「根っこ」が大切。「一過性の結果」は、「再現できない」。

日々、精進あるのみ。

「誕生日」。

今日(3/30)は、僕の「46才」の誕生日。色々なことを考えた一日だった。

産みの両親、父方の祖父母の法要と今の母の誕生日のお祝いをして昨日夕方、東京に戻ってきた。

3月はロシア出張に帰省と忙しい月だったが、4月も忙しくなりそうなので、その前に済ませてしまおうと思い、今日は「運転免許の更新」に出掛けた。

いつもは7時頃には起きるのだが、ロシア出張から帰り、その数日後、実家に帰省して泊まりがけのイベントがあり、さすがに疲れていたのだろう、今朝は8時まで目が覚めなかった。

そんなことで朝から「予定」が狂い、子供を保育園に送り出し、メールをチェックしたり、身支度を整えたりしている間に11時過ぎ。

自宅を出たのは、11時半ちょっと前だった。

金曜日に帰省する際、僕が自分から言い出した「出発」の時刻を守れず、妻から小言を言われ、でも、それはすべて彼女の言うとおりなので反論もできず黙って聞いていたが、今朝もそのことを思い出し、「どうして俺は、いつもこうなんだ・・・」と自己嫌悪に陥りながら、山手通りを鮫洲の運転試験場に向かった。

最近のマスコミを賑わせていることのひとつに「国策調査」という言葉があるが、今年1月12日、横浜の「みなとみらい」地区の「人もクルマも殆ど通っていない広い道路」で「Uターン」をしたところ、「指定横断等禁止違反」で呼び止められ、交番でキップを切られた。

同乗していた我が子は、父親が警察官に連れられて交番に入って行く光景を、とても心配そうに見ていたらしい。

また、先月は、六本木通りから六本木ヒルズの横に下りる道で、前を走るクルマが、その道路ともうひとつの道路が「合流」するところで停車した(警察に呼び止められた)ため(標識や路上のペイントが見えなかった)、やむを得ず、その右側を通って合流する道路に入ったところ、その先に警察官が待っていて、「一時停止違反」で呼び止められた。

さすがに僕は、「これって、捕まえようとして見張っているんじゃん!!」と思い、怒りがフツフツと沸き上がり、クルマを止めて窓を降ろしたものの、「キップを切るなら、早く切って下さいよ!!」と警官に悪態をついた。

「反対車線に駐車しているクルマの方が、よっぽど迷惑だし、危険じゃないですか?国民の税金���使っているわけですから、もっと費用対効果を考えて取り締まりをして下さいよ。先日も、代官山のある場所で、コンビニに入ろうと思い、ほんの数分、クルマを駐車しようとしたら、婦人警官の方が来て『駐車場に停めて下さい』と言われました。(反対車線の)あのクルマは、何分、駐車しているんですか?コンビニに行くために、わざわざ駐車場にクルマを停めろと言うんですか?クルマの往来も激しくない、住宅街ですよ。どっちが迷惑だと思います?とは言っても、どこでどう取り締まりをするのかは、他の方が決めるんでしょうけど・・・」。

僕の血相が激しかったのか、それとも、僕の言うことが尤もだと思ってくれたのかは分からないが、その警察官の方は、「では、警告書(正式な名称は憶えていない)ではどうですか?減点も罰金もありません」と言い、僕に「黄色」の「警告書(文字どおりイエローカード)」を手渡した。

そんなことを思い出しながら、クルマを運転していた。

でも、試験場に着き、手続きを済ませ、「違反者講習」を受けながら、「誕生日にこうして試験場に来たことは、きっと何かの意味があるんだろう・・・」と思うようになった。

ご存知の方が多いかもしれないが、ゴールド免許(僕は今まで、そうだった)の方は「30分」、更新の40日前から5年以内に軽微な違反が1回の方は「60分」、僕のように「2回以上の違反(2~3年前にスピード違反が1回ある)」がある人と「初回の更新」の方は「120分」と、それぞれ講習の時間(プログラム)が決まっている。

僕が受けたプログラム後半の「飲酒運転による悲惨な事故」に関するビデオを見て(とても心が痛んだ)、ここ最近の僕は、たしかに、ちょっとしたことでイライラしがちだったことに気がついた。

ここ数ヶ月の僕が何故、そういう意識に駆られていたかは、もちろん、分かっている。

でも、その意識に自分が支配されていたことには、気づいていなかった。

試験場に着き、講習を受けるまでは、「無駄な取り締まりをして、無駄な講習を受けさせて・・・」と思っていたが、それは僕の思い上がりであり、不遜な考えだと思うようにになった。

そう、「人生はすべて必然(自業自得)」であり、「身から出た錆」である。

一方、これまた最近のマスコミが報じているとおり、「検察」を取り締まる制度(機関)がないのは事実であり、最終的には「司法の場(裁判所)」が検察の間違いを防ぐ機能を担保しているとのことだが、ここでは詳細説明は省くが、「法体系の不完全さ」による問題が生じているのも事実らしい。

しかし、いずれにしても、自分自身の「考え方」や「精神状態」を振り返るきっかけとなったことは事実だし、そのことには素直に感謝をしている。

「GREE」の寄せ書きにメッセージを書いてくれた友人もたくさんいて、その他にも、月末且つ年度末という忙しい時期にも関わらず、個別にメールをくれた友人もいた。

そのような彼・彼女たちに感謝をし、僕にとって大切な「区切り」の最初の年を、文字どおり、一日一日、大切に過ごしたい。

また、僕の拙いブログを読んで下さっている皆さんにも感謝し、皆さんにとっても充実した一年となることを祈りたい。

皆さんにとっては、今日から一年という区切りはないだろうけど(笑)。

「体脂肪率」。

ドリームゲートを通じて知り合った武田悠貴彦さんという方がいる。

彼はリクルートを辞めた後、アストミルという会社を興し、「ベトナム」でのオフショア開発、ベトナム人エンジニアの育成と日本企業への紹介予定派遣等の事業を行っている。

その武田さんから届いたメルマガに、とてもおもしろいことが書いてあった。

それは、~万病に効く?「半日断食」~。

知り合いの経営者からその話を聞いた彼は、半信半疑だったため、Amazonで関連する書籍を購入し、読んでみたらしい。

結論として、「絶対にやらないといけない」と思ったという。

理由は、こういうことだ(彼のメルマガより)。

・そもそも人類は人類史上、何億年と飢餓と戦いつづけている
・飢餓が身近である時代は、20世紀前半まで世界中にあった
・人間には飢餓に対応できる能力を体内細胞に持っている
・この飽食の時代は、人類史上数十年程度
・実は体力の80%は食物消化にパワーを奪われている
・食べ過ぎると、消化器官がフル稼働するので疲れやすい体質になる
・胃腸を休める、つまり断食をすることでパワーを温存できる
・同時に飢餓状態をつくると、眠っていた遺伝子が活動し始める
・細胞が活発になって、体調が良くなる
・断食で意図的に飢餓状態を作ることで健康になる

※参考書籍1:脳がよみがえる断食力/著:山田 豊文
 参考書籍2:奇跡が起こる半日断食/著:甲田 光雄
 参考書籍3:遺伝子オンで生きる/著:村上 和雄

「なるほど」と思った。

特に、僕が「そうだよな」と思ったのは、下記の2点。

・実は体力の80%は食物消化にパワーを奪われている
・食べ過ぎると、消化器官がフル稼働するので疲れやすい体質になる

半日断食まではしていないが早速、食事の量を減らし、また、とにかく歩くことを心掛けたところ、なんと「2日」で「1.5kg」ほど体重が落ちた。

今朝の体重は「63.3kg」。体脂肪率は「14.5%」。体内年齢は「22才」。

因みに、伸張は約170cm。

40代半ばでも、まだまだ新陳代謝能力があることが分かり、ちょっと嬉しくなった(笑)。

実は、先週のロシア滞在中も、食べる量をコントロールしていたところ、以前は出張から帰ると必ず太っていたにも関わらず、同じ体重のまま帰国することができた。

このペースを続けてみよう。

ロシアの「起業家精神」。

さて、今回のロシア出張も明日で終了。今回も、色々な会社を訪問し、色々な人たちと会い、色々な話を聞くことができた。

その中で最も印象に残ったのは、ある会社の創業者のひと言である。

彼は、1991年の大学(大学院だったかもしれない)卒業と同時に現在の会社を創業しているが、その年の12月25日にミハエル・ゴルバチョフが辞任し、それを契機としてソビエト連邦が崩壊したことを考えると、その後の彼の起業家人生は、並大抵の苦労ではなかったことは想像に難くない。

どこにも就職せず、いきなり起業した(それも、それまで共産主義だった国で)彼に、僕が「どうやって起業したのか?」と質問したところ、彼は「I studied(learned) from books. but, I learned from my life.」と答えた。

もちろん、本も読んだし、本からも勉強したが、その後の人生で苦労をしながら学んだことが自分の身になっている、彼はそう言いたかったのだと思う。

成功には幸運が付き物だと思うが、どの国でも、努力と苦労の上に今日の成功があるという当たり前のことを、改���て考えるきっかけをいただいた。

オフィシャルなMTGは無事、すべて終了。ホッとしたせいか、さすがにちょっと疲れが出た。

明日の午後、気をつけて日本に帰りたい。