初めての「ベトナム」。

昨日の注射と座薬が効いたのか、まだ、右足を多少は引きずるものの、何とか歩けるようになった。昨日の状況を考えると、奇跡としか思えない。

実は、来週火曜日から「初めてのベトナム」への出張が予定されており、何としてでもそれまでに治したいと思っていた。一先ず、安心である。

そのベトナムであるが、日本アジア投資の新家さんから「高度経済成長期(40年前の日本)とI.T.革命が同時に訪れているような状況なので是非、行った方がいいですよ」と言われており、気になっていたところ、インタースコープを経営している頃に知り合ったある方と数年ぶりに再会し、その彼がベトナムでビジネスをしており、尚かつ、ドリームビジョンの事業とも接点がありそうで、これは「神のお告げ」だと思い、急遽、訪越することにした。

自分で予感している「変化のピリオド(43~45才)」の最終年に入る今年、僕にとっての初めてのベトナム訪問が良い結果となることを期待したい。

ところで、僕は1995年にタイを訪問した際に「デング熱」と思しき熱病に冒された。

「思しき」というのは、救急車で運び込まれた杏林大学病院で抗生剤を投与され(対応も最悪だった)、病原菌の特定が出来なかったのだ。

杏林大学病院(三鷹)からタクシーを飛ばして行った墨東病院(錦糸町)の感染症科の大西先生に「なんで抗生剤なって飲んだんだ!!」と叱られて(事情は説明した)、「今日は帰れないよ」と言われて即入院だった。杏林大学病院では、迷惑そうに追い出されたにも係らず・・・(余談だが、大病院=安心ということではない。これは、またの機会に書くことにする)。

もし、デング熱だった場合、もう一度、感染すると「ショック状態(抗原抗体反応)」になり、命に関わるリスクがあるので、出来ることなら東南アジアの辺鄙な場所には行かない方がよいと、大西先生に言われていたので、今回のベトナム訪問を機に、デング熱の「抗体」があるかどうかを調べてもらった。

結果は、見事に「陽性」。注意が必要である。

東南アジアには、デング熱以外にもヤバい病気があるので、厚生労働省検疫所のウェブサイトで調べて、ベトナム訪問に際し、受けておいた方がよい予防接種を受けた(木曜日)。

そんなこともあり、火曜日からのベトナム出張は是が非でも行きたいと思っていた。

どうやら行けそうである。

ワールドビジネスサテライトの取材を受けて・・・「損」を許容できない人。

昨日は、先週からスタートした「無料講座」の第2号の原稿を書いていて、久しぶりに夜中まで会社にいた。30代の頃と違って、睡眠不足は身体にキツイ。

さて、今日のエントリーでは、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」の取材を受けたことに関連して、僕が考えたことを書こうと思う。

前回のエントリーで書いたとおり、WBSの取材を受けたきっかけは、ソフトブレーンの小松さんから打診されたことだ。

ソフトブレーンは多くの方がご存知のとおり、宋文洲さんが創業された会社である。僕は、宋さんのことがとても好きで、彼のメルマガを読んでいる

その宋さんのメルマガの最新号に、興味深いことが書いてある。

「高く買って安く売る人達の欲」というタイトルで、サブプライム問題に始まった株価下落局面において、買った値段よりも安い値段で株を売る人たち、つまり、「損」を確定している人たちのことを書いたものだ。

宋さんが言うには、長期投資ではなく、短期間のうちに「高く買って安く売る」人たちというのは、実は「欲深い」人だという。

つまり、「損」をすることが許せないので、とにかく「最低限」の損に留めようという心理から、すぐに「ロスカット」をするというのが、宋さんの主張である。なるほどと思った。

実は、僕は、2年ぶりに株式投資を再開した。正確には、再開しようと思ったが止めた、と言った方がいい。

昨年末に数銘柄を購入し、その内のひとつは年内に売却したのだが、年明けまで持ち越した銘柄は、何年かぶりかで安く終った年明けの初日に「損」を出して処分した。

そう、僕こそが「損を許容できない人」なのである。

実は、ドリームビジョンを創めてからは、殆ど株式投資はして来なかった。最もリスクの高い創業期には、いつ何時、財政出動が必要になるか分からないので、とにかく「損をする(お金が減る)」ことは許容できず、超低金利の銀行に預けるのを良しとするしかなかったからだ。

そういう状況であれば、株式投資をするべきではないのである。

昨年末、久しぶりに株式投資を始めようと思ってYahoo! Finance を見ていた僕に、妻は「余裕がない時に株を始めると、失敗するよ」と忠告をした。おっしゃるとおりである。

ひとつだけ、言い訳をすると、ここ2年間は、とにかく「がまん」の年と位置づけてきたが、今年は、少しずつ、自分から、変化なり「攻め」の姿勢を出して行こうという思いがあり、その一環として、自分が取れる範囲のリスクを取ろうということだった。

しかし、素直に自分の心の内を見つめてみると、「絶対に利益を出してみせる」という「強欲」な考えがあり、それが少しの「リスク(損)」も受け入れられないという心理と姿勢を生んだのだと思う。

因みに、僕は、何社かのベンチャー企業に個人的に出資しているし、昨年の秋から、ドリームビジョンとしての投資事業も始めたが、僕は「こいつに賭けて摩ったら仕方ない」と思える人間に、摩っても僕の生活や会社の経営が「困らない金額」しか投資しないことにしている。

つまり、僕は「損をすることを織り込んでいる(覚悟している)」ということである。何故なら、投資に百発百中はあり得ないからだ。

上場株式投資においても、同じことが言えるのである。

ところで、ワールドビジネスサテライトの取材のテーマである「起業率(開業率)の低下」は、まさしく、「リスク」を許容できない人が増えている=「リスク」を許容できる人が減っている、ということなのだろう。

それは何故か?というのが今回の特集の目的らしいが、その問いに答えるのは簡単ではない。

それでは、話しが前に進まないので、成否は別として、僕の意見を述べようと思う(実際に、WBSの取材で述べた)。

僕は、日本社会において「起業率(開業率)」が低下している「主因」は、今の日本社会が「失敗を許容しない価値観の社会」だからだと思っている。

例えば、起業して売上や利益がろくにない段階で、銀行の融資を受けようと思っても、殆どのケースで無理だろう。

また、それなりに軌道に乗ってきて銀行融資を受けようとすると、殆どの場合、代表者は「個人保証」を求められる。

確かに、融資をする側に立てば、何らかの「保証」を求める理由は理解できる。しかし、自分が経営している会社が倒産した場合、その会社の代表者に財産が残っているはずがない。つまり、返しようがないのである。

そうなると、自宅を担保に入れていたならば、一文無しになり、尚且つ、住む場所さえ失くすことになる。

そこまでの「リスク」を負ってでも「起業」しようという人は、余程の自信家か?バカかのどちらかである。

先日のエントリーに書いた「Mark Ferris」という僕の友人に言わせると、「起業家」というのは「超レア・アニマル(珍種)」らしい。上手いことを言うものだ。

さて、2/11(月)のWBSでは、「起業率(開業率)の低下」にスポットをあて、様々な人や会社を取材し、その本質を探ろうということらしい。

前回のエントリーで「ここ数年だか10年で、日本から100万社以上の会社が無くなった(廃業した)らしい」と書いたが、正確なデータをご紹介しておきたい。

「中小企業白書」よると、1986年に「535.1万社」あった企業数が、2004年には「433.8万社」に減っているという。

これが、開業と廃業の差なのか?それとも、合併等による社数の減少も含まれているのか?それは分からないが、いずれにしても、数として「100万社」が無くなったことが事実のようである。

2/11(月)のWBSで、どんな内容が放映されるのか?楽しみにしたいと思う。

ワールドビジネスサテライトの取材を受けました。

今日はとあることから「ワールドビジネスサテライト(テレビ東京)」の取材を受けました。来週の月曜日(2/11)に放映されるらしいので、ご関心のある方はご覧になっていただければと思います。

取材のきっかけは、ソフトブレーン・サービスの小松さんのところに取材の依頼があったのですが、テーマを考えた時に「これは、平石さんがドンピシャリだと思ったんです」とのことで、急遽、僕に白羽の矢が立ったということです。

テーマは、日本の「開業率(起業率)が低下している」のは何故か?というもの。ここ数年だか10年で、日本から100万社以上の会社が無くなった(廃業した)そうです。起業する人よりも廃業する人の方が多いのであれば、法人の数が減っていくのは当然です。

取材の内容は、最初に小松さんが今回の特集のテーマ(開業率が低下している)について、その背景や原因をどう見ているかに関するインタビューを受けて、その後、小松さんが主宰している勉強会というかセミナーのゲストとして僕が話しをさせていただき、受講者の方々との質疑応答を踏まえた上で、僕がインタビューを受けるというものでした。

セミナーで僕が話したことは、起業はそんなに簡単なものじゃないということや、僕の今までの苦労話しですが、その後のインタビューでは、何故、開業率が廃業率を上回ることができないのか?に対する僕なりの見解を述べました。

こういう取材は、あくまでもデレビ局側の意図に沿って編集されますので、はたして、どのような内容で放映されるかの?僕にも分かりませんが、多少なりとも「日本の開業率」の向上に貢献できれば幸いです。

僕も2/11(月)のワールドビジネスサテライトを楽しみにしたいと思います。

僕に影響を与える人たち。田坂広志さんと川井忠史さん。

東京としては久々の積雪となった今日は、暦の上では「節分」。子供に数粒の豆を渡すと、「鬼は外!!福は内!!」と、ちゃんと豆まきをしていた。

さて、昨日から何を書こうかと考えていた。

書きたいテーマはたくさんあるものの、その題材をもとに、僕はいったい何を伝えたいのか?その根底にあるものは何なのか?が自分でも整理できず、今まで書かずにいた。

でも、結論がないのも結論かと思い、ようやく子供が寝付いたタイミングを見計らって、こうしてキーボードに向かってみた。

先週の金曜日(2/1)は、渋谷マークシティで行われた「田坂広志さん」と「アレン・マイナーさん」の対談風のセミナーに出掛けた。

受付を済ませると、田坂さんとアレンさんが対談の準備をしている姿が目に留まり、挨拶をした。すると、田坂さんが「また、来てくれたの。いつも(僕の講演のことを)ブログに書いてくれて、ありがとう・・・」という、思いもかけない言葉が返ってきた。

まさか、田坂さんが僕のブログをいつも読んでくれているとは考えられないので、秘書の方が確認されたエントリーを読んでくれているのだろうが、それにしても驚いた。とても嬉しく、光栄に思う。

田坂さんの話しや著作は常に示唆に富んでいるが、先日の話しで最も印象に残ったことは、これからの知識社会においては「非言語」的価値が最も価値を持つ、ということ。つまり、「暗黙知」にこそ価値があるということだ。

最近は下火になったのかあまり聞かなくなったが、一時期は「形式知」という言葉が社会を賑わし、Knowledge Management という概念が注目されていた。

田坂さんが、形式知ではなく「暗黙知(非言語的価値)」が重要だとするのは、その概念が注目されなくなった理由とは別の理由によるものである。

それは、I.T.化が高度に進展した結果、何らかの知識が必要になった場合は、グーグルなりWikipediaなりで検索すれば、大概のことは調べられる時代になったわけであり、知識を持っていること自体には、あまり価値がなくなってきたということだ。

つまり、言語化できない、GoogleやWikipediaでは調べられない「知恵・スキル・センス」と言ったものが、これからの社会においては重要性を増すということだ。

これは、梅田望夫さんの「ウェブ進化論」で将棋の羽生善治さんが言っていた「知識の高速道路を抜けた後には大渋滞が待っている」ということにも通ずる話しである。

もうひとつ、このことに関連することとして、定量データよりも「定性データ」の重要性が増してくる、ということも仰っていた。

僕の直前のキャリアであるインターネットリサーチが普及したことにより、アンケート調査のコストは、従来のそれの「1/10」に低下しており、簡単に「定量データ」が取得できる時代になったことは、この話しの分かりやすい事例である。

田坂さんの話で、もうひとつ、考えさせられたことは、「お客様が知恵を出したい(貸したい)と思う企業かどうか?」ということ。

田坂さんは、アマゾンの書評を例に挙げてそのことを説明されていたが、アマゾンの書評自体は誰でも知っていることである。しかし、そのことが意味することの本質が理解できた気がした。

書評(コメント)の機能自体は、どの企業でも簡単につけることができる。現に、僕が始めたクローズドブログにも、コメント機能はついている。でも、そこにコメントしてくれる方がいるかどうかが問題なのである。

「お客様が知恵を出したい(貸したい)と思う企業かどうか?」という観点に関連することとして、前回のエントリーで紹介した、グレヒスの川井さんとの会話を思い出した。

ドリームビジョンを創業してからの僕は、とにかく、労働集約的な事業ではなく、仕組みで稼げる事業を毎日毎日考えており、そのひとつとして、人材紹介でいうところの「候補者」を集めるための「メディア」をつくりたいと思っていた。

何故なら、外部のメディアにかなりのお金を投下して「候補者」を集めているので、自社メディアをつくれれば、そのお金が浮く(=利益になる)ということと、優秀な「候補者」が集まるメディアをつくれれば、自社で「紹介事業」をするのではなく、人材紹介会社に「候補者」を紹介するという、僕らが利用しているメディアの立場に、自分たちがなれると思っていたからである。

しかし、川井さんは、僕のその「邪(よこしま)な考え?」を、見事に否定してくれた。

因みに、川井さんはインテリジェンス出身であり、人材関連ビジネスのことは熟知している。

その川井さん曰く、ドリームビジョンが新しい転職に関連するメディアをつくったとしても、それは、採用側にとっても、転職者側にとっても、あまり意味を為さない。つまり、メリットがないことだと教えてくれた。

「採用側」にしてみれば、その手のメディアが乱立することは、候補者が閲覧・登録するメディアが分散されることになり、出稿の数が増えることに繋がり、採用の費用対効果が低下するリスクがあるだけでメリットはないし、「転職者側」にとっても、登録するメディアが増えて手間暇が増えるだけで、あまり意味はないとのこと。

何らかの領域なりテーマに特化しており、その内容が優れていれば話しは別だが、それでも、自分たちの「金儲け」のため「だけ」のメディアは、絶対に成功しないだろうと付け加えていた。

この最後の一言は、僕にストレートに突き刺さった。

そうなのである。ここ最近の僕は、とにかく、非労働集約的な事業をつくりたい、はやく、売上・利益を伸ばしたいという想いが強く、以前の僕が持っていた「誰かの役に立つ」ということを何よりも大切にする姿勢が薄れていた。

それでは、田坂さんの言う、「お客様が知恵を出したい(貸したい)と思う企業」にはなれないだろう。

そのことに気がついた。

そして、以前から考えていた、あることを実行に移そうと思った。

その「あること」のことは、近い将来、実行に移した時にお話したいと思う。

2008年1月の出来事。

はやいもので、今日から2月。2008年1月は、体調を壊したこともあり、あっと言う間に過ぎて行った。

ある人が、2月は逃げる、3月は去る、と言っていたが、その言葉通り、日本の年度末は僕にとっても慌しく過ぎていくだろう。

ところで、1月の出来事で、僕にとって印象に残ったことをランダムに書き留めておこう。

・インタースコープのインターンだった本間さんがボストンから一時帰国していて、久しぶりに会ったこと。「アジア女子大学」なる新しい大学の設立プロジェクト(財団法人)で働いており、その資金調達および広報活動で日本を「訪れていた」。彼女らしい仕事だと思った。その件は後日改めて紹介しようと思う。

・ヴェネツィア国際映画祭グランプリ「ラスト,コーション(Lust,Caution)」の特別試写会&レセプションにお招きいただいたこと。来日されたアン・リー監督、主演女優のタン・ウエイ、助演男優のワン・リーホンのトークセッションは、とても華やかだった。特に、主演女優のタン・ウエイは、本作が映画デビューとは思えない存在感を示していた。西洋被れだった僕は、昨年の上海訪問がきっかけになり、アジア人としての自覚を持つようになったが、この映画を観て、その思いがよりいっそう強くなった。

・15年来の友人の吉川さんと数年ぶりに会ったこと。

・元楽天の役員だった吉田さんのオフィス@東京ミッドタウンを訪ねたこと。眺望がとても素晴らしいオフィスだった。

・日本アジア投資の新家チームの皆さんと当社の合同新年会を開催したこと。

・エンジャパンの越智社長の話しを聴いたこと。

・アスクルの岩田社長の話を聴いたこと。

・Mark Ferris という南アフリカ生まれ知り合いと1年半ぶりに会ったこと。1時間半ぐらい英語で話しをしたが、自分の英語が鈍っていないことが確認でき安心した。

末永さんというアントレプレナーシップ溢れる青学の学生が訪ねてきたこと。彼は、将来楽しみな人材である。青学の先輩ということで、カカクコムの穐田さんとも知り合いらしい。世間は狭い。

グレヒスという人材紹介会社を経営する川井さんと3年ぶりに会ったこと。彼とのランチで様々なインスピレーションを頂いた。

・そして、何とか無事に「創業経験6回の平石郁生が語る市場創造・事業開発ノウハウ無料講座」なる、何とも仰々しいタイトルのクローズド・ブログをスタートできたこと。これからが大変である。

などなどである。

これらの出来事が、これからの僕の人生にどう影響を与えるのか、楽しみである。

Made in Japan:僕も「挑戦し続ける」。周囲の人たちの「無言の励まし」に感謝。

昨日は、妻の修士論文の発表、つまり、口頭試問の日だった。

まあ、余程のダメダメな論文&発表でなければ、彼女の大学院生活は、この3月で無事、文字どおり「修了」するだろう。

学部(大学3年生)への編入試験を受けるために予備校に通い出した頃から数えて、丸5年になる。

振り返ると、僕にとっても密度の濃い5年間だった。特に、子供が生まれてからの2年半は・・・。

元グロービスの小林さんの奥さんの君江さんもそうだが、「ママ学生」は本当に大変である。

その苦労はなかなか他人には理解してもらえず、本人にとっては、それがプレッシャーにもなる。

自分の妻ながら、本当によく頑張ったと思う。僕と彼女の両方を知る人には、間違いなく、彼女の方が聡明であり、努力家であることは明白である。

30歳を過ぎての大学3年へ編入の受験勉強の頃は、中目黒の44平米の狭い賃貸マンションのリビングにおいた、僕と僕の弟が学生時代に一緒に住んでいた頃に使っていた正方形のダイニングテーブルで、朝は僕が起きる前から、夜は僕が帰って来る頃まで、毎日「12時間以上」勉強をしていた。そんな生活を10ヶ月ぐらいは続けていただろう。

当時の僕はインタースコープを経営していたが、幸いなことに会社はそこそこ軌道に乗っており、土日は殆ど出社しなくてもよくなっていた。

そんなこともあり、土曜日は、高円寺だったか荻窪だったかにあった彼女が通っていた予備校まで、しばしば、僕の人生で初めて買ったクルマで、送って行った。

大学院の受験の時は、学部受験の時ほどではなかったが、それでも、毎日8~10時間ぐらいの勉強を6ヶ月ぐらいは続けていたと思う。

学部への編入の競争倍率は「約20倍」。大学院入試のそれは「約10倍」。

上げたり下げたり激しいが、僕の妻は、極々普通の女性である。にも関わらず、頑張れば、そういう難関も突破できるということだ。

人間、本当に自分がやりたいことがあり、それに向けて自分にできる最大限の努力をすれば「何とかなる」ということを、僕は彼女から学んだような気がする。

今でも決して得意ではないが、中学生以下の英語力しかなかった彼女が、今では専門書を「原書(英文)」で読み、英語が得意(自己申告/笑)な僕に対して、「平石さんに訊いても無駄だから・・・」というようになった。実際、僕は会話は得意だが、難しい文法の英語を読むのは勘弁である(笑)。

さて、今週月曜日は、当社の「泉谷」も修士論文の「口頭試問」があった。彼曰く、とても緊張したらしい。

それはその筈だろう。何と口頭試問の審査を担当する教授が、彼が途中で受講を止めた授業の教授だったのだから(笑)。笑ってはいけないが、彼にとっては、生きた心地がしなかっただろう。

でも、彼の論文が通らないということはあり得ない。無事に大学院を卒業できるだろう。お祝いをしなければいけない(笑)。

さて、昨夜はパソナの南部さんたちが主宰する「QM義塾社長大学」のセミナーで、アスクルの岩田社長のお話を拝聴させて頂いた。

文具メーカーのPLUS社員だった岩田さんが、社内ベンチャーとしてアスクルを創業し成功に至った物語は至る所で紹介されているので、そのことはご存知の方が多いだろう。

因みに、アスクルのロゴマークは、僕も何度かお仕事をご一緒させて頂いた宮城さんというデザイナーの方によるものだ。そんなこともあり、僕はアスクルの岩田さんの講演をとても楽しみにしていた。

岩田さんのお話で最も印象に残ったのは「社会最適」という言葉だ。

「部分最適」や「全体最適」という言葉はよく見聞きするし、僕も時々使っている。

しかし、「社会最適」という言葉は昨日、初めて伺った。

ダーウィンの進化論のように、環境に適応できた「種」だけが生き残るのであるが、同じことを、マネックスの松本さんも言っていた。そのことを思い出した。

また、岩田さんの講演後、ご挨拶をさせて頂く機会に恵まれたが、僕は「アントレプレナー(創業経営者)」が好きだということを再認識させられた。

またひとり、僕が50代になった時に目指したい人が増えた。

またまた、話しは変わるが、前FRB議長のアラン・グリーンスパン氏の著作「波乱の時代」の下巻の100頁ぐらいまで到達した。本当に勉強になる本である。

そのグリーンスパン氏が、日経新聞の「私の履歴書」に連載されている。

今日の記事で彼の連載は終了であるが、昨日の記事にとても印象的なことが書いてあった。

「イチローの打率は驚異的である」。その一言が書いてあった。

グリーンスパン氏は現在80歳だったと思うが、その年齢の方は、戦前の日本と戦後の日本を知っており、そういう方にとっては、戦後の日本の復興は紛れもない「奇跡」として映っていることと思う。事実、奇跡だと思う。

高度経済成長期の日本に生まれた僕は、今までそんなことは考えもしなかったが、こうして僕らが何不自由ない生活が出来ているのは、紛れもなく「奇跡」であり、先人の並々ならぬ努力の賜物である。

グリーンスパン氏の本や私の履歴書を読んでいて、そのことを考えさせられた。

「Made in Japan」という言葉が流行った時代があったが、イチローは今の日本社会最大の「輸出品(人)」だろう。

毎日毎日、挫けそうになるが、僕も頑張ろう!!!

「開業医」の仕事。

昨日は、たぶん、記憶に残る日になった。

明け方から、かなりひどい頭痛と吐き気に悩まされ、午前中は掛かり付けの近所の病院に行き、約1時間ぐらいだろうか、診察室の横にあるベッドに寝かされて、点滴を受けていた。

その間、うとうととしながらも、看護士の方たちの話し声が聞こえてくる。とても楽しそうだ。

僕たち家族がお世話になっているこの病院は、とても人気があり、いつも混んでいる。近所にこの病院があって良かった。本当にそう思う。

人気の秘密は、医療技術はもちろんのこと、とても人間味溢れるお医者さんと、親切で愛想がいい女性陣(看護士さん)にある。僕らの子供もすっかり懐いている。

以前にも似たようなエントリーを書いたが、最先端の医療技術に触れていたければ、大学病院に勤務していた方がいい。

でも、何を目指して医者になったのか?それは人によって異なるだろう。

こうして地域の人々の健康を守っていること、安心を与えていることは本当に素晴らしいことだ。そのことを改めて感じた。

もうひとつ、自分自身のことで再認識したことがあった。

それは、僕という人間は、人と人との触れ合いや、人と仲良くしたいという欲求がとても強く、そのことに喜びを感じる人間であり、僕のモチベーションや生きる原動力はすべて、そのことに依拠していることだ。

頭痛と吐き気でふらふらになりながらも、点滴の注射の針を刺してくれている看護士さんの指輪を見て、かすれた声で「かわいい指輪ですね」と言ってみたり(「ありがとうございます」と言って、とても喜んでくれていた)、また、そのこと通じて相手を理解し、自分をも理解してもらえることが、僕にとって最も大切なことだということが、よく分かった。

昨年の納会の時に、全スタッフに手書きの手紙を書いたことも、すべては同じ理由に基づいている。

父親が生前、いつもいつも「俺が幼稚園を建ててやるから、お前は幼稚園の理事長先生をやれ」と言っていたのは、自分の子供のことをよく理解していたということだろう。

当時の僕は「どうして俺が子供の相手をしなければいけないんだ。俺はミュージシャンになりたいんだ」とか、バカなことを言っていたが・・・(笑)。

さて、10年後の僕は何をしているだろうか?
そして、ドリームビジョンは、どんな事業を行っているだろうか?

Future is the result of today.