人間が変わる方法は3つしかない。

ここ数日は、私生活のことを書いたので、今日はビジネス的なことを書こうと思う。

その必要があるかどうかは別として、大前研一氏に言わせると「人間が変わる方法は3つしかない」という。

1. 時間の使い方を変える。
2. 住む場所を変える。
3. 付き合う人間を変える。

この3つの要素でしか人間は変わらないそうだ。
 
また、「もっとも無意味なのは『決意を新たにする』ことであり、行動を具体的に変えない限り、決意だけでは何も変わらない」とも続けている。

ごもっともである。

さて、上記の3つを自分に当てはめてみると、

1. 時間の使い方を変える。
→ 子供が生まれたことで、時間の使い方は劇的に変わった。

2. 住む場所を変える。
→ 3年前に今の家に越して来て、生活スタイルは大きく変わった。

3. 付き合う人間を変える。
→ 自分で創業したインタースコープを2年半前に辞して、別の仕事を始めたことにより、付き合う人は大きく変わった。

問題は、その定義にもよるが、いわゆる「結果」を出せているかどうか?

その萌芽というか、予感めいたものは感じているが、まだまだ、自分が思い描く「結果(理想)」とは程遠い。

でも、インタースコープの頃と較べて大きく進歩したと思うことは、社会的価値基準ではなく、自分の良さに目を向け、それが「ニッチ」でも「小さくても」いいから、自分の良さを活かして仕事をしていこうと思えるようになったこと。

見栄や憧れでは、本質的な「幸せ」は得られない、と思うようになったこと。

焦らず、無理せず、しかし、決してサボらず、コツコツと・・・。

「幸せ」の定義。

「『幸せな子』を育てるのではなく、どんな境遇におかれても『幸せになれる子』を育てたい」。

皇后陛下 美智子様の言葉だそうである。

僕たちも、そう子供を育てたい。

1億円あったら「幸せ」とか、美人に生まれたら「幸せ」とか、定量的な基準も決まった条件もなく、あるのは「主観」だけである。

と僕は思う。

ここ15~16年、その間にはかなり貧乏な時期もあったが、僕は不幸だと思ったことは一度も無い。

生きているということは、ただそれだけで幸せなことである。何故なら、自分の意思次第で、色々な可能性があるから。

少なくとも、この日本社会で普通に暮らせているのであれば・・・。

追伸:そういえば、今週のどこかで「村上さん」の判決が出るらしい。

浅井慎平

全英女子オープン。不動裕理は残念だった

でも、素晴らしい活躍である。来年に期待したい。

ところで、1週間ぐらい前の日経夕刊に、写真家の「浅井慎平さん」に関する記事が掲載されていた。

いつからだったかは忘れたが、大阪芸術大学(現在は大学院)で「写真」を教えているらしい。

彼の話しで印象深かったのは、写真を撮るにも「言語化」能力が必要不可欠だという話し。

自分が何故、その写真を撮ったのか?その写真で何を表現したいのか?それを相手に伝えられなければ、自分でも何を撮りたいのかが分からないことになる。

自分には、この世界がどう見えているのか?

それを「写真」という「技術」を通じて表現するのだという。

ビジネスにも通じると思う。

ところで、最近、つとに思うことだが、僕はやはり、I.T.(デジタル)の世界よりも、写真や音楽などのアナログ(デジタル一眼レフ等、機材はデジタル化している)というか、何かを「表現する」世界の方が性に合う気がしている。

これからのドリームビジョンでは、自分のそういう性質を活かした事業を行っていきたい。

レンタカーを洗車する人はいない。

昨年の12月から読み始めた「波乱の時代(アラン・グリーンスパン)」を、約1ヶ月前に読み終えた。上下刊を合わせると700頁以上あり、本を読むスピードが遅い僕は、約3ヶ月の時間を要した。

僕は決して読書家とは言えないが、「波乱の時代」は今まで読んだ本の中で五指に入ると言っても良い。僕は彼の本から、多くのことを学んだ。

インタースコープの個人株主のひとりだった方から、ブログで連載ものをやってみてはどうかと言われているので、近い将来、僕が「波乱の時代」から学んだことを何回かに分けて書いてみたいと思うが、ひとつだけ、今日のエントリーで紹介したい。

それは、「国の統治」に関するものだ。

グリーンスパンは自身の著作を通じて、「資本主義」経済が根付くには「法の支配」による「財産権の保護」が保証されていることが極めて重要だと主張している。

つまり、せっかく頑張って得た富を、政府に吸い上げられてしまうのでは、そもそもやるきが起きるはずがない、ということである。なるほど、ごもっともな主張である。

グリーンスパンはそうは言っていないが、国という存在を「企業」に見立てれば、「国王=オーナー経営者」であり、「大統領なり首相=雇われ経営者」ということになる。

そして、その国を潤すためには、より多くの「税金」が必要であり、その税金を払うのは「個人と法人」である。

つまり、「企業」にしても「個人」にしても、どの「国」で「働く(経済活動を営む)」ことが、自社(自分)の事業(生活)にとってメリットが大きいか?によって「本社(市民権)=納税国」を決めるのではないか?と僕は考える。

こんなことを言うと、企業はさておき、個人にはそんなことは当てはまらないと思われるかもしれないが、現に、僕の知り合いで、拠点(納税国)を「シンガポール」に移してしまった人がいる。

また、僕の世代の人は知っているだろうが、一時期、テニス界を席巻した「ビヨン・ボルグ」は、その納税率(額)の高さに嫌気が指して、スウェーデンから他の国に移住してしまった話しは有名である。

さて、「レンタカーを洗車する人はいない」という今日のタイトルは、世界的に著名な投資家である「ウォーレン・バフェット」の言葉である。

つまり、実際にオーナーかどうかは別として、「オーナー(当事者)意識が無い経営者」が自分が経営する会社を良くしようと思って難題に取り組むはずがないし、その企業のオーナー(=株主)を向いた経営をするはずがない、ということを言っているのである。

話しを「国」に戻すと、大統領なり首相が、その国が自分の「財産」だと思えば、事なかれ主義なり、派閥の論理に任せたり、任期を大過なく過ごそうとは思わないだろう。

そういう意味で、衆議院を解散してまで「郵政民営化」を実現しようとした小泉さんは「オーナー意識のある首相(政治家)」であると言える。

僕が物心ついて以降の首相では、「田中角栄」以来と言ってもよい、リーダーシップのある政治家だと思う。

中国問題や靖国参拝等での問題はあったにせよ。

そう、誰だって「レンタカー」を洗おうとは思わないのである。

創業者精神やオーナーシップが大切な理由は、そこにある。

診察室の会話。

今年に入ってから体調不良が続いていたが、ようやく調子が良くなってきた矢先に、今度は「右股関節」を痛めてしまった。

3連休に郡山に帰省してた頃から左腰に張りがあり、左右両方の股関節(前方)が痛かったのだが、昨日の夕方、急に「右股関節」の横が痛くなり、殆ど歩けない状態になってしまった。

首や背中を痛めた時にお世話になっているスポーツトレーナーの先生のところに行き、針治療をしてもらったが効き目無し。今朝は近所の病院に行き、紹介状を書いてもらって日赤医療センターの整形外科に行ってきた。

先日、子供の腕が脱臼した際に「出くわしてしまった」超ヤブ医者が、日赤医療センターの整形外科にいる話しを書いたが、そのことを近所のお医者さんにも説明し、そんな医師の風上にも置けない若造ではなく、脊椎治療等で有名な名医の方を紹介してもらった。当然だが、この件で僕は、かなり立腹している。

さて、日赤医療センターでレントゲンを撮ってもらったところ、骨���は異常がなかったが、内臓疾患の可能性もあるということで(針の先生がそう言っていた)、血液検査をして帰ってきた。

ところで、今日は「トレジャーファクトリー」の上場記念パーティに招待されていたのだが、さすがに出席を断念せざるを得ず、安田に、僕の代理として出席してもらうよう、彼のスケジュールを調整してもらった。

社長の野坂さん(人格的にとても素晴らしい方である)とは、ETICを通じて知り合い、かれこれ10年ぐらいの付き合いなので、とても残念だったが仕方ない・・・。きっと盛会だったことだろう。

さて、日赤医療センターに行く前、近所の病院の診察室で紹介状を書いてもらうのを待ちつつ横になっていた時、横で診察を受けていた「中高年(年齢が判らないので)の女性」の話し声が聞こえてきた。

小さな病院なので、広い診察室の横にカーテンで仕切られたスペースがあり、そこにベッドが置いてある。お腹を診てもらう際に横になったり、そこで点滴を受けたりするのだが、診察してもらっている患者さんとお医者さんの会話が聞こえて来る。厳密に言えば、プライバシーの問題がなきにしもあらずだが、とてもアットホームな病院であり、殆どがシリアスな病気の患者さんではないので、問題はないだろう(笑)。

さて、その中高年の女性だが、知的水準も経済水準も高く、教養溢れる方だということが、会話の内容から推察された。紹介状を書いてもらい、ベッドから下りて、その方の顔を拝見すると、思ったほど華やかな感じの方ではなかったが、やはり、とても上品な方だった。最初に彼女の声を聞いた時は、若い女性かと思ったほどのステキな声の持主だった。

さて、僕は彼女とお医者さんとの会話を聞きながら、こういうところにこそ、社会の実態を知る「貴重な機会」があり、生活感を知る機会があると感じた。「恵比寿」という地域柄、患者さんの属性は、経済的にも知的水準においても、そこそこの人が多いが、その事実を「数字」というデータではなく、リアリティとして知ることができる。

前刀さんがアップルコンピュータ(現アップル)の日本代表をされていた頃、「いちいち市場調査をしているより、電車に乗って、その車両の中にどれだけiPodを持っている人がいるか?とか、そういう���とを自分の目と肌で感じることの方が大切だし、そもそも速いよ」と言っていたことを思い出した。

松任谷由実が、ファミレスでカップルたちの会話を聴きつつ、作曲のヒントを得ているという話しがあったが、まさしく、そういうことだろう。そのことを実感した。

付き添いで一緒に日赤医療センターに行ってもらった妻とお昼を食べながらその話をすると、彼女の研究領域である「臨床心理」の世界では、患者ひとりひとりと向き合うため、統計的データだけでは何ともならなず、まずは定性的な情報ありきで、それを「理論」として検証するために、定量的データを取るということだそうだ。彼女は、今朝は子供の付き添いで、昼前からは僕の付き添いで、帰宅した頃にはぐったりとしていた。無理も無い。

インタースコープの頃の仕事(インターネットリサーチ)も、自分が使ったこともない商品の質問設計やデータ分析をしても、そこから得られる知見は大したものはないと思っていたが、そのことを改めて実感した。

「股関節」を痛めたことのない人にその痛みは分からないし、子供がいない人に、子供がいる生活はイメージ(理解)できないだろう。

前FRB議長のアラン・グリーンスパンも、複数の企業の社外取締役をしていた経験が「経済分析に役に立った」と自身の著書で語っていたが、やはり、何事も「リアリティ」が大切である。

経営コンサルタントとして有能な人が、実際の経営ができるかと言えば、そうではないのは当然である。

「あなたの暮らし向きは向上していると感じていますか?」という質問に、5段階評価で答えてもらった結果を分析しているだけでは、世の中の実態は見えてこないし、本当の意味で有益な調査結果は得られない。

そんなことを考えた一日だった。

働くことの意味。

ひと頃よく言われたI.T.長者などの極一握りの人々以外、誰しもが生活の糧を稼ぐために働いているのは言うまでもないだろう。

でも、同じ100万円を稼ぐのであれば何でもいいか?というと、そうではないだろう。

では、何を大切にして自分の仕事を決めるのか?

また、何億何十億という資産がある人でも、それでも尚、一生懸命に働いている人もいる。そういう彼・彼女たちは、何のために働くのか?

そして、僕自身は、何を大切にして働いているのか?

ある出来事から、そんなことを考えた。

「自分の考え」を持つ。

さて、宮崎から帰ってきて2日が過ぎた。感覚的にはもっと経ったような気がする。

宮崎に行く前日は、ウェブサイトのリニュアル・カットオーバー当日ということもあり、会社を出たのが午前1時半過ぎだったが、機中で眠れたのと、その日は早く寝て、翌朝は子供に起こされることもなくゆっくり寝れたので、身体は楽だった。

昨日の夕方、スーパーに向かう途中で妻と話をしたが、インタースコープの創業期(最初の3年。特に初年度)は、24時前に会社を出ることは滅多になく、1時か2時頃の帰宅は当たり前だった。

さて、話しは変わるが、ある方から僕のブログにコメントをいただいた。僕の推察が正しければ、彼は旧インタースコープ社員で、現在はヤフーバリューインサイト社員の方だと思う。

彼はとても頭脳明晰な人間である。

彼の指摘には、なるほどと思わせることがあると共に、彼のコメントを読んで、改めて「自分の考えを持つ」ことの大切さを教わった。ブログを書いているメリットのひとつである。

「自分の考え」さらに言えば「明確な考え」を持つには、どうすればよいか?

それは、「深く考える」ことと「疑って考える」ことのような気がする。では、そのように「考える」ためには、どうすればよいか?

それは、社会の体制に依存せず、自分の力で生きて行こうとすることのように思う。

ところで、僕のブログを読んで下さっている方の中で、「仕事の学校」という試みをご存知の方はいらっしゃるだろうか?

実行委員長は、元楽天の副社長だった本城愼之介さんという方だ。

三木谷さんと共に楽天を創業し、楽天を退職後は、全国で最年少の中学校の校長先生を務められた方である。

僕は一度もお会いしたことはないが、ウェブサイトでお顔を拝見し、いかにも「教育熱心」な方だなと思った(笑)。ネットベンチャーという感じはしなかった。一度、お話してみたい方である。

また、話しは変わるが、一昨日は自宅の掃除を済ませた後、六本木ヒルズで開催されていた慶応義塾大学SFC主催の「ORF(Open Research Forum)」なるイベントに参加した。

インタースコープでインターンをしていた、同大学4年生のある学生の方からのお誘いを受けたことがきっかけだった。

会場はとても賑わっており、やはり、歴史と伝統のある大学故に為せる技であると感じた。

学生の方のみならず、彼らのご両親と思われる方々、一般社会人の方々、学術関係の方々、行政の方々等、様々な方が来場されていた。

僕が聴講したテーマは「地域の活性化」であるが、地方都市の「高校生」を対象とした「ケースメソッド」が盛り込まれており、唯一無二の答えのないテーマについて、自分の頭で考えて発言することの大切さと、ケースメソッドの効用として、社会には「様々な考えや意見を持つ人が存在する」ということを学ぶことができるということを、その研究成果として発表されていた。

どんなことにも「深い考察」に基づく「自分の考え」を持つ。

僕にはまだまだ足りていないそのことの大切さを、宮崎から帰ってきてからの2日間で学ばせいていただいた。