「子供を持つ女性」の「職業選択」の「現実」。

今週の日曜日、世田谷に住む弟家族の家を訪問し、弟の奥さんがつくる関西風「お好み焼き」を食べた。お好み焼きはどうでもいいのだが、従兄弟同士の交流をさせたいと思い、お互いの子供を遊ばせていた。

さて、お好み焼きを食べながら「子供を持つ女性の職業選択」の「現実」について話しをした。

弟の奥さんは、出産を機に、企画営業職を離れて、総務的な部署に異動した。勤務時間は、朝から16時まで。子供を保育園に預けながら働いている。そうやって働けるということは、ある意味、恵まれているのかもしれない。

ところで、僕の妻は、この3月でめでたく大学院を卒業の予定。先週、何とか無事に「修士論文」を提出した。僕もホッとした。

しかし、問題は「卒業後」の就職である。

彼女は「臨床心理」を勉強しており、卒業後は、出来る事なら「クリニック」で「鬱病」等の患者さんのカウンセリングをしたいらしいが、そのような仕事をするとなると、子供の具合が悪くなったからと言って、患者さんの予約をキャンセルするわけにはいかず、両親が健在且つ近所に住んでいる or 同居している等の条件がなければ、事実上、不可能である。

そうなると、会社を辞めて予備校に通い、まずは、大学3年時に編入し、その後、大学院を受験して・・・という苦労をしてきたにも係らず、本人が望む仕事には就けない。

結婚以来、散々、僕の人生を手伝ってもらってきた身としては、せめてもの恩返しと思って予備校を含む「5年間」を見守ってきたが、何ともやりきれない思いにかられる。

彼女は大学院に入って暫くしてから、指導教授の指導のもと、カウンセリングの実習を行ってきており、その日は、僕がアポイントを入れないようにし、子供の具合が悪くなった場合、僕が会社を休むなり、保育園に迎えに行けるようにしてきたが、さすがに、それを週に3日も4日もすることはできない。

残念で仕方が無い。

病児保育という制度が、もう少しフレキシブルであるとか、お金をかけてベビーシッターを頼むか?まあ、それは経済的に無理なので、現実的な選択肢はない。

話しは変わるが、僕の「産みの母」は、教師をしていて、フルタイムで働いていた。そんなこともあり、僕にとって「子供を持つ女性」が働くことは当たり前のことだ。

僕たち家族にとって幸いだったのは、親父の両親、つまり、僕らにとっては祖父母と一緒に住んでいたことであり、僕たち両親は、心置きなく、仕事に精を出せたということである。

そして、僕は「寂しい」と感じたことは一度もなかった。

さて、ドリームビジョンでは、子供を持つ女性が働いている。

そんなこともあり、僕は、そういう彼女達に出来る限りのことをしてあげたいと思っている。

次回のエントリーでは、彼女達のことを紹介したいと思う。

エン・ジャパン越智社長の話し。

今日は東京の初雪。我が子にとっては、文字どおり、初雪。

朝、保育園に行く前、大騒ぎだった。

ところで、今日は「初雪」がちらつく寒さの中、普段は滅多に行かない新宿西口にあるエン・ジャパン本社で開催された越智社長の講演を聴きに行った。

越智社長とは、僕がインタースコープを経営していた頃、一度だけ、ダイヤモンド経営者倶楽部が主催する会合でご挨拶をさせていただいたことがある。若輩者の僕の言葉に耳を傾けて下さり、インタースコープの事業内容を理解されようとしていた、その紳士な姿勢を今も覚えている。

さて、その越智社長の話しは、とてもシリアスな内容だった。

ここに来て、サブプラム問題が実態経済にも波及したことにより世界同時株安の様相を呈しているが、ここ数年の好景気による企業の人材採用意欲の高まりにより、エン・ジャパンの業績は、7年間に渡り、増収増益を続けているらしい。

エン・ジャパンの売上の「9割」は「求人広告」である。

具体的には、転職サイト、派遣社員サイト、アルバイト求人サイト、新卒向けサイト等の運営による売上だ。

しかし、今日の越智社長の講演のテーマは、同社の売上の「1割」に過ぎない「人材紹介」関連売上に関するものだった。

一言で言えば、越智社長の話しは、「倫理観」を欠いた人材紹介大手企業および某新興ヘッドハンティング会社(越智社長は、同社を「ボトムハンティング」と呼んでいた)の営業手法に関する批判と、そのことが「人材紹介」業界全体に与える悪影響に関する警鐘だった。

ご本人によれば、朝日新聞社の「アエラ」でも同様な批判をしたらしいし、業界大手の経営者にも苦言を呈しているらしいので、このブログで社名を出してもいいのかもしれないが、上場企業であるエン・ジャパンとその経営者である越智さんにご迷惑がかかってはいけないので、それは止めておこう。

ご関心がある方は是非、asahi.comの「あおられ転職? 人材ビジネス盛んだけれど」という記事を読んでみて欲しい。

話しは変わるが、僕はインタースコープを経営している頃、インターネットリサーチ研究会という業界団体のような組織を運営していた。最盛期には、100社近い企業が参加してくれていた。

その頃、シンポジウムやセミナーや取材等で僕がいつも言っていたことは、「リサーチ業界とリサーチャーの社会的ステイタス(評価)を向上させたい」ということだった。

今日の越智社長は「このままでは『人材紹介』という業界の評価が損なわれる。この業界の『社会的評価』を上げていきたい」と再三、訴えていた。

ところで、僕は元来、人の話をすぐに信じるし、疑ってかかるということを知らなかった。

それは何故かというと、僕自身が常に「本音」しか言わない人間なので、世の中の人もそうなのだろうと勝手に思っていたからである。

しかし、40才も超えて初めて僕は、どうやら、そうではないということに気づき、最近は「この人の本音は何なのかな?」と考えるようになった。

僕があまり好きではないというか嫌いなMBAチックな表現を借りれば、「Critical Thinking(疑ってかかる)」ということが、幸か不幸か、そういう能力が多少は身に付いてしまったということなのだろう。

今日の越智社長の話しを聴きながら、彼の「狙い」はどこにあるのだろうか?と考えていた。

でも、僕の結論は、彼は「本心」で言っているのだろうということだ。というか、事の真意はどうでもよく、僕はそう思うことにした。その方が何より僕自身が幸せである。

さてさて、またまた、話しは変わるが、本当は、今日のエントリーは「子供を持つ女性の職業選択」というテーマにしようと思っていた。

それは、明日に持ち越しとしよう。

Russian Tea Room(New York の超高級レストラン)

僕たち家族にとって、今年の「成人の日」を含む3連休は、とても静かな連休となった。

一昨日のブログで妻の具合が悪くなったことは書いたが、やはりというか、案の定というか、僕も具合が悪くなり、尚かつ、治ったと思った子供が、またしても発熱してしまったので、おとなしくしている以外にはなかった。

ところで、中途半端な知識や理解で「政治や経済」に関するエントリーを書いているので当然のことなのだが、今回も、一昨日のエントリーに、僕が直接知っているある方からコメントを頂戴した。

その方のコメントの趣旨を正確に理解できているわけではないが、上記のとおり、中途半端な知識故、僕が的外れなことを書いている可能性もあるし、僕の表現力の稚拙さ故、誤解を招いてしまっている可能性もあると思う。

しかし、こうしてコメントを頂戴するということは、自分の理解や考えを改めて熟考する良い機会になるので、今後もまた、これはと思う疑問やテーマがあった時は、稚拙なことは承知の上で書いてみようと思っている。

その方のコメントは、一昨日のエントリーのコメント欄に書いてあるが、要約すると「380円で昼食が食べられたり、100円ショップで色々なモノが買えるのは、企業や個人の努力の賜物であって悲観することではない。悲観すべきは、労働者が搾取される傾向にあることだ」というものだ。

後者の部分に関しては、彼が社会のどの部分を指して言っているのかが分からないので何とも言えないが、前者、つまり、物価の部分に関しては、なるほど、そういう考え方もあるな・・・と思った。

しかし、僕が一昨日のエントリーで、友人の発言まで引き合いに出しで言いたかったことは、そういうことではないので、僕が実際に経験したことをもとに、改めて説明してみたいと思う。

1986年2月、僕は初めて「New York」を訪問した。

昨年の3月(だったと思う)に「上海」に行った時も同様なインパクトがあったが、今から22年前、当時22才だった僕にとって、その経験は「衝撃的」であり、物凄いインパクトがあった。

街全体から感じるエネルギー、誰もが「よそ者」であり「New Yorker」であるという「懐の深さ」、とんでもない(商業的)成功と挫折が隣り合わせにあり、チャレンジする人なら誰でも受け入れる、そんな街のように感じた。

人種の坩堝(るつぼ)と言われるように様々な国・地域の人々が集まっており、肌の色も背格好もまちまちであることも、僕がそのように感じた大きな理由でもあった。

New York には約3週間ほど滞在したが、その8年後、僕らの結婚式で立会人を務めてもらうことになる元H2Oの赤塩正樹氏(当時、マンハッタンに住んでいた)と、東京で知り合っていたアメリカ人の友人宅(マンハッタンから車で30~40分の距離)とその彼の友人宅(Queens)に泊めてもらっていた。学生の僕には、ホテルに泊まる余裕は無かったのである。

当時の為替レートは、1ドル=「200円」ぐらい。1985年9月22日の「プラザ合意」から半年ほど経っていたが、今の「倍」ぐらい、円に対してドルが高かった。つまり、当時の僕にとっては、とても「高い」旅行だった。

因みに、僕のアメリカ人の友人の「初任給」は、4万7,000ドル。当時の為替レートで計算すると、なんと「940万円」である。

「知的専門職(多くが大学院卒)に就く高給取り」のことを、当時の言葉で「Yuppie(Young Urban Professional)」と呼んでいたが、彼らはまさしく、そういう人たちだった。

しかし、1ドル100円になると、話しは変わってくる。アメリカ国内にいる分には関係ない話しかもしれないが、海外に行こうとすると、同じ年収にも係らず、彼らの「経済力」が全く異なってくる。

僕の友人達は、その後の「円高ドル安」時代以降、一度も、日本に来ていない。

因みに、その間、23~31才の頃、僕は「財政赤字(借金をして)」での話しだが、15~16回ほど、New York に行っている。

僕は経済学を学んだことがあるわけでもなく、残念ながらきちんと説明出来るだけの知識は持ち合わせていないが、通貨としての「円」の「価値」は、実質的には「プラザ合意」前の水準にまで落ち込んでいるらしい。購買力平価でみた国民ひとり当たりのGDP額や経済成長率等、日本の経済力が、相対的に目減りしてきているということだろう。

「為替レート」ということでは、円に対して、ユーロやポンド、ルーブル等がここ数年、高くなっており、ロンドンで「天ぷら定食」を食べようと思うと、4,000~5,000円は覚悟しないといけないとか。

「資源バブル」に沸くロシアの「モスクワ」では、まともなホテルに泊まるには「5~6万円」、安いところでも治安を考えると「2~3万円」は覚悟する必要があるらしい。

残念ながら、円とルーブルの為替トレンドは探せなかったが、円とポンドの「10年間の為替トレンド」をみると、2000年後半に「150円」だったものが、昨年には「250円」をつけており、ポンドに対する「円の価値」が「40%」下がったということになる。

僕は行ったことはないが、ロンドンの地下鉄の初乗り運賃は「3ポンド」とのこと。ということは、昨年の秋あたりに行っていた場合、3ポンド=「750円」。今の東京の「タクシーの1メーター(初乗り料金=710円)」よりも高いという計算になる。ひょっとしたら、ロンドンやモスクワが高いのではなく、TOKYO が安いと思った方がいいのかもしれない。

ところで、今日のタイトルの「Russian Tea Room」は、New York の6th アベニューと7th アベニューの間で57th streetにある、80年も続く(1927年開店)超高級レストランである。初めてNew Yorkに行った時に、友人に教えてもらった。もちろん、入ったことはない。

当時の為替レート(1ドル=200円)だと、コーヒー1杯が「1,400円(7ドル)」。今のレートだと、750円ぐらいか。同じ10万円を持って行っても、その価値が違う。

因みに、最近では「高いルーブル」を味方につけて、銀座の高級ブランドショップのお得意さんはロシア人という話しも聞く。例えば、同じルイヴィトンのバッグを買うにしても、自国の通貨の「レバレッジ」が利く「日本」で買った方が安いということだろう。

たしかに、日本の代表的産業である自動車メーカーや家電業界にとっては円安の方が円換算した場合のメリットがあるが、エネルギーや食料の大半を「輸入」に依存する日本という国の構造を考えると、自国通貨が「高い」方がよいのではと、僕は思っている。

ところで、そもそもの話題の「ランチ」であるが、僕は高校生か大学生の頃、定食屋に行くと「卵丼」をよく食べた記憶がある。「鶏肉」が嫌いな僕にとって、親子丼よりも安い「卵丼」は嬉しいメニューだった。お店によっても異なるが、たしか「380~450円」ぐらいだったと思う。今は、いくらぐらいするのだろう?

たしかに、今の東京で「380円」で食べられるランチはあると思う。

でも、それはマクドナルド等のファストフードや極端に安い定食屋での話しであり、それが平均値ではないだろう。大戸屋でも、それ以上はすると思う。

また、100円ショップで売っているモノの殆どは中国や東南アジア製であり、それらの国が経済力をつけ、また、円の価値が下がり続ければ、100円では売れなくなる。事実として、一部の100円ショップでは、商品によっては「値上げ」をしたと聞いている。

いずれにしても、僕は自分が生まれ育った日本という国が好きだし、1963年という「高度経済成長期」に生まれ育ち、僕は殆ど恩恵に与らなかったが「バブル経済」も、その崩壊も目の当たりにし、その後のネットバブルでは運良くネットビジネスを興すことができ、具合が悪いにも係らず、こうして、1円にもならないブログを書くことが出来ている僕は、自分の子供の世代の日本が「貧しい国」や「食えない国」になっていて欲しくない。

そのことを言いたかっただけである。

もうひとつの「労働者が搾取される傾向・・・」に関しては、別の機会に僕の考えを述べてみたい。

追伸:1/8(火)の日経新聞に、元産業再生機構(現 経営共創基盤 代表取締役)の冨山和彦氏が、「後世への富継承こそ品格~鎖国型再分配脱せ~」と題して、とても示唆に富んだ提案をされている。興味のある方は是非、ご一読されることをお勧めする。

「若者の4割」は日本の未来に「悲観的」。

子供の具合がだいぶ良くなったと思ったら、昨晩から、今度は妻が発熱した。先程、熱を測ったら、39度を超えていたようだ。

おまけに僕まで喉が痛くなった。先日の「ノロウイルス?」騒動を思い出し、何とも嫌な感じである。

さて、そんなことで、この3連休はおとなしくしているしかないのだが、妻は大学院の関係でどうしても休めない用事があり、冷たい雨が降っていたので、子供を保育園に預けた後、大学院までクルマで送っていった。

大学の近くで彼女を待つ間、コインパーキングにクルマを駐め、久しぶりに、昔ながらの「喫茶店」に入った。まだ、朝10:30過ぎだったので、僕以外にお客さんは誰もいない。

店内には、お店のオーナー(夫人)と思われる女性の他に、アルバイトらしき日本人の女性と、日本語のアクセントから外国人(アジア人)と分かる若い女性がいた。妻が通っている大学の留学生だろうか?

さて、メニューを開き、そのお店のオリジナルブレンドの中で最も美味しいと勧められたコーヒーを注文した。

実際に飲んでみると、たしかに美味しい。スタバやドトールのコーヒーとは格段に違う。「700円」もしたが、その価値はあったと思う。

妻の用事が終わるまでの1時間ちょっとの間、僕は読めなかった新聞を数日分まとめて読んでいた。こうしてゆっくりと新聞を読むのは久しぶりだった。

その中で、特に気になった記事は3つ。

「YEN漂流 私はこう見る」での「マネックス松本さん」へのインタビュー、
「三菱商事と三井物産」の収益構造の比較分析、
そして、コマツ社長の野路国夫氏の「もう円には頼まない」だ。

その他では、任天堂の岩田聡社長、楽天の三木谷さんの各インタビュー記事、トヨタ自動車の「国・地域別」営業利益構造、寡占化する百貨店業界に関する記事、そして、ソフトバンクの孫さんへのインタビュー記事等が目に留まった。

そこから共通することは、今のままで行ったら、間違いなく、10年後20年後の日本は、どこにでもある「普通の国」になるだろうということだ。

それが現実になれば、おそらく、「G7(先進国首脳サミット)」にはお呼びが掛からなくなるだろう。

もっとも、「世論」も株価同様に「センチメント(心理状況)」の影響を強く受けるものであり、昨年末、特に、年明けからその傾向を強めている新聞やテレビの「悲観論」のバイアスはあると思うが、2050年(僕の子供が、ちょうど今の僕の年齢になる!!)には「中国のGDPが45兆ドル」となり、日本の「7倍以上」になるという予測数値から考えれば、今のままでは地盤沈下は避けられないのは議論の余地はないだろう。

そのことを「直感的」に察知してか、今年成人する人たちに対するアンケート調査では、約4割の人が「日本の将来は暗い」として、自分の親の世代よりも、自分たちの世代は貧しくなるだろうと答えているらしい。

また、「残業」はせず「家庭や友人との付き合い」を大切にすると回答した人の割合が「7割?」とか・・・。

子供を持った僕としては、その考えは理解できなくはないが、20才の人間が・・・と思うと何とも憂いたくなる。それこそ直感的に、一生懸命に働いても報われないと諦めているのだろう。

では、彼・彼女たちを責めれば済む問題なのか?そうではないだろう。

GDPの額を遥かに超える「財政赤字」があるにも係らず、更に「赤字国債」を出す人たちの考えが、僕には全く理解できない。

現実をつぶさに語ることにより「票(職)を失う」ことを恐れて、リスクを先送りしているとしか、僕には思えない。

彼岸の国アメリカでは、大統領選が熱さを増しているが、クリントン氏が大統領だった頃、彼は「国民の人気取り」に終始するのではなく、徹底して「財政赤字の削減」に取り組み、あくまでも長期的な繁栄に「コミット」したという。

議会(上院)との凄まじい戦いの結果、「予算案」を「僅か1票差」で通したそうだが、その「1票」は、当時、副大統領だった「アル・ゴア氏」が、議長として「最後に投じた1票」だったというから何ともドラマチックな話しである。

日本で言えば、小泉前首相が「衆議院を解散」してまで「郵政民営化」を成し遂げたわけだが、そのぐらいの「信念と気概」を持たないと、大事は成し遂げられないし、この国は変わらないということだろう。

アジア外交に関する言動等、小泉さんに関する批判は多々あるし、僕も「ここはどうか?」と思うところはあるが、それでも、あれ程の信念で政治にあたった政治家は、近年では小泉さん以外にはいないだろう。

そんな日本の現状を思うと、電車の中刷りで見かける「ファッション雑誌」の「見出し」に、僕は何とも情けないものを感じる。

子供ができたことが大きく影響していると思うが、彼らが大人になった時、日本が住みやすい国であるためにはどうすればいいか?を真剣に考えるようになった。

こうして、ブログで問題提起をしているだけでは何も変わりはしないわけで、とても小さなことかもしれないが、僕に出来ることを「事業」としてやっていこうと思う。

追伸:今週金曜日(昨晩)、今では「親友」となった伊藤忠商事の庄司さん(ロシアに駐在中)と久しぶりに会ったが、彼の「昼飯を380円で食えるのは『TOKYO』だけだよ。モスクワ(現時点で世界一物価が高いと言ってもいいらしい)だけでなく、ロンドンでも、パリでもあり得ないよ。(日本は)発展途上国(と同レベル)に成り下がったということだよ」の発言に、リアリティを感じた。さて、それを踏まえてどうするか?である。

オモシロくなければ、テレビじゃないのか?

もう随分前のことになるが、どこかのテレビ局が「オモシロくなければ、テレビじゃない」ということを言っていたと思うが、本当にそれでいいのだろうか?

たしかに、収益構造を考えれば「視聴率」を取れなければ売上が上がらないわけで、より多くの人に受ける番組を製作せざるを得ないことは理解できる。そして、その「視聴率」は国民のリテラシーによって決まることも事実である。

しかし、だからと言って、知性のかけらもないバラエティ番組だけを製作していればいいということではないように思う。

法律で「外資規制」の対象となっていることからも分かるように、そこには「公共性」というものがあることは間違いない。

弁当代だったか制作費だったか忘れたが、とんでもないお金の使われ方がされていたNHKを無条件で支持するつもりはないが、子供が生まれたお陰でNHK教育テレビを見るようになり、子供番組以外にドキュメンタリー等でとても素晴らしい番組を製作している事実を知り、広告スポンサーからの収入で成り立っている民放とは違い、視聴率を気にせずに番組を作れることのメリットを改めて認識した。

また、今でこそテレビ東京の看板番組のひとつと言っても過言ではない「ワールドビジネスサテライト」は、スタートから「10年間」は視聴率「1%」だったらしいが、クオリティの高い番組をコツコツと頑張って製作し続けていけば、視聴者から支持されることは実証されている。

そもそも「番組」という「商品」自体が「社会的責任」を追っているわけで、テレビ局こそ、真剣に「CSR」を考えて欲しいと思う。

子供達のために、どんな未来を創るのか?

12月も今日で3分の1が過ぎた。時間の経つのは本当に速い。

「ジャネーの法則」というものがあるらしく、「主観的に記憶される年月の長さは、年少者にはより長く、年長者にはより短く評価されるという現象」らしい。

具体的には、50才の人にとって1年の長さは「50分の1」だが、10才の人にとっての1年の長さは「10分の1」になり、それ故に、同じ1年でも、年長者には短く感じられると提唱されているそうだ。

この法則を僕と僕の子供(2才)に当てはめると、僕(44才)にとっての「1年」は、彼の「2週間」ぐらいに相当し、僕の「1ヶ月」は、彼の「1日強」に相当する。

最近、1週間が過ぎるのが本当に速い。

ところで、子供ができて変わったことはたくさんあるが、その中で最も大きいのは「社会観」だろう。

子供ができる前は、自分の「職業的成功」という観点から社会を見ていたが、今は子供が暮らす「地域社会」として社会を見るようになった。

どうすれば、より良い社会が実現できるか?そのことを、よりいっそう真剣に考えるようになった。

子供という存在は、とても大きなものである。

俺が骨を拾ってやるから最後までがんばれ!!!

今日は午後から、ドリームビジョンの社外取締役でもある野口さんが経営されるHRI主催のセミナー&パーティがある。

野口さんは、非常に優秀な経営コンサルタントであるだけでなく「社会起業家」的な思想を持っている方であり、コンサルティングファームであるHRIとしての活動とは別に、より良い社会のあり方を考える「ビジョンハウス倶楽部」なる組織を設立し、運営されている。

さて、その「ビジョンハウス倶楽部」主催による今日のセミナーは、様々な観点で問題提起がなされている「これからの日本における教育のあり方」がテーマである。

因みに、会場は、僕らが結婚式&披露宴を行った場所である。野口さんとは「縁」があるのだろう。

ところで、今日は子供を保育園に送り出した後、時間が取れずに読めないでいたウェブ上の記事を読んでいた。

伊藤忠商事会長の「丹羽さん」のインタビュー記事、ウェブ進化論の著者「梅田望夫さん」と日本発のオープンソースでは世界的に有名な「Ruby」の生みの親である「まつもとゆきひろ」さんの対談記事など・・・。

立場は違えど、丹羽さんが主張されていることも、梅田さんとまつもとさんが対話されていることも、その根底には、日本人としての「生き方」というテーマが流れていると思う。

丹羽さんが仰るには、この地球上には飢餓に苦しんでいる人が「8億7,000万人」もいるという。そして、飢餓に苦しむ子供たちを救うために、約12円で、とうもろこしと大豆で作ったお粥が1杯作れるらしい。

その財源に充てようということで、丹羽さんご自身が会長を務められいる国連WFP協会(United Nations World Food Programme)主催にて、「仕事と人生~どう生き、どう働くか~」と題するチャリティ講演会を催されるそうだ。早速、申し込んだ。

丹羽さんのインタビュー記事では、「人間は自分自身で意識を変えない限り、自己を変革することはできません。自分は自分で変えるしかない」という言葉が心に残った。

梅田さんの話しは、いつ読んでも様々な示唆を提供してくれる。

彼の話しでは「シリコンバレーには『おれが骨を拾ってやるから最後までがんばれ』というような社会のムードがある。実際、出資してくれる人がいて。だけど、日本にはそういう文化はなかなかできない」という一言が気になった。

柔軟で創造的な「生き方」を自ら考えて実践し、チャレンジする人を「リスペクト」し、尚かつ「応援」する。

そういう社会を子供たちに残したい。