Windows VISTA の酷い「バグ」。

ここのところ固い話しが続いたので、今日はちょっとテーマを変えてみた。

僕の妻は今、修士論文の執筆の真っ最中である。

その論文を書いていたところ、きちんと「セーブ」したはずの「文書(WORD)」が跡形もなく「消滅」するという事件が何度も起きたそうだ。彼女にしてみれば、泣くに泣けない話である。

仕方なく、マイクロソフトのカスタマサポートに電話をしたところ、「毎回、テキストに原稿をコピー(バックアップ)を取るようにしてください」という回答だったそうだ。

妻が「他にも、同じ症状を訴える人はいるのですか?」と質問したところ「います」ということで、全員の方に上記と同じように説明をしているとのこと。それ以外に「仕方ない」らしい。

ところで、最近、アメリカではこんな「ジョーク?」それとも実際の「バトル?」があるらしい。

いわゆるI.T.関連のエンジニアに言わせると、自動車産業は、ここ何十年も「イノベーション」がなく進歩がないと映るらしいが、自動車産業のエンジニアに言わせると、何回かに1回の割合で「走行中にエンジンが止まる」ようなクルマには乗りたくないよ、とやり返すという。

たしかに、PC向けのソフトウエアには「バグ」がつきものだ。

しかし、それが「業務用のシステム」になると、バグは許されないだろう。

何千万、何億円、場合によっては何十億円という大金を払っているからだろうか?

それとも、「B2B」は「複数の人々」に責任があるが、「B2C」は個別の関係としては「ひとり」の顧客にしか責任がないからだろうか?

たしかに解せない問題である。

ウィンドウズもマッキントッシュも同じようにバグがあり、DTPの仕事をしていたことがある僕は、マッキントッシュのバグには髄分と悩まされたが、なぜか、憎めない存在だった。今も。

でも、ウインドウズには、感情移入はできない。

「効率」を最優先した「工業品」であり、「嗜好品」的な拘りが感じられないからだと思う。

それにも係らず、何時間もかけて書いた論文が「パー」になる、それも、きちんと「セーブ」したにも係らずというのは「不条理」極まりない。

こちらは、お金を出して買っているのである。

僕はますますウィンドウズが嫌いになった。

小沢さんの辞意撤回を受けて考えたこと。

昨日は体調が優れず、早めに会社を出た。

21時前に家に着いたところ、僕らの子供は宵っ張りで、まだ、起きていた。子供は、21時半頃に寝たが、どうにも身体が辛く、僕も22時前に就寝した。

その後、2時半頃に目が覚めて、メールのチェックをしているうちに、この時間になってしまった。

ところで、民主党の小沢さんが辞意を撤回したらしい。豪腕でならした小沢さんらしからぬ翻意である。

このドタバタ劇をどう理解するべきか?

原因は、「政局優先」という小沢さんの政治手法と、民主党が「寄り合い所帯」であり、根本的なところで「理念」が共有されていないことや、そのことにより、「目的」と目的を達成するための「戦略=手段」に対する判断が異なるというところにあるように思う。

「寄り合い所帯」という意味では、アメリカ合衆国は、その最たるものであり、最近であれば、「EU」もそれにあたる。

では、そのアメリカの求心力は何か?「自由」と「経済合理主義」だろう。

僕の理解では、すべてを「定量的」に価値判断するということであり、「儲ける」ことが最大の価値だということだ。それは極めて分かり易い。しかし、その弊害が噴出しているように思う。

さて、話しを民主党なり日本の政治に戻すと、この国をどうしたいのか? その「本質的メッセージ」が見えない。

そういう僕も「他人事=政治家事」と思わず、自分の問題として、自分の子供が今の僕の年齢になった時、日本がどういう国であって欲しいかを真剣に考える必要があるだろう。

それは、企業においても、同じだと思う。

「現在価値」しか考えなければ、自ずと「未来」に対する投資は行われなくなるだろうし、そうすれば、将来の競争力は担保できない。

企業の「未来」を考えるには、経営者の役割が重要であるのは言うまでもないが、その会社で働く人達が、どれだけ真剣に「未来を考える」かに懸かっていると思う。言い方を変えれば、「未来を考える価値のある企業であるかどうか?」ということだ。

それは、働く立場の人にとってみれば、それだけ真剣に未来を考えたことにより、自分にとってどういうメリットがあるのか?ということだろう。

高度経済成長期の日本では「終身雇用と年功序列賃金と慰労退職金」というものが、その役割を担ってきたのだろうが、これからの日本は、それに代るものとして、何を用意すれば良いのか?

「難しい」=「唯一絶対の解は無い」問いである。

その問いの答えが、その企業の性格を決めるのだろうし、そのひとつが「理念」であり、その理念の「実現リアリティ」だろう。

「理念」には、色々なものがあっていい。

自分に合う「理念」を選べばよいということだ。

「政党」を選ぶのも、同じである。

「国民の品格」。

藤原正彦さんが書かれた「国家の品格」を読んだのは、約2ヶ月前。かなり考えさせられるものがあった。

つい先日、リンクアンドモチベーションの小笹さんから、ご自身の著書である「会社の品格」という本を贈呈いただいた。こちらは、まだ、目次に目を通しただけだが、何を訴えたいかが伝わってくる。

さて、国家にしても会社にしても、それを構成しているのは「国民」である。

僕は、すべてのことは「国民のレベル」に帰結すると考えている。

あれから、1ヶ月ほど経ったのだろうか? 安倍総理の辞任について、僕は「安倍首相ひとりの責任か?」というエントリーを書いた。

最近で言えば、「亀田親子」の事件に関しても、同様なことを感じる。

彼らが取った行動は、スポーツ選手以前に、人間として認められるものではない。

しかし、彼らがあのような行動を取った背景には「国民の品格」という問題があるように思う。

言葉を選ばずに言えば、彼らは、学歴もない、教養もない。それを前提として社会で伸し上がるには、普通の人には出来ない、ある意味で特異な分野で勝負するしかないだろう。それが彼らにとってはボクシング(格闘技)だったということだ。

マスコミは、彼らを「商売のネタ」として祭り上げた。そして、実際にかなりの商売をしただろう。しかし、それが成り立ったのは、それを求める「国民(視聴者)」が存在したからだ。

これは突飛な論理かもしれないが、亀田親子が、いわば、国民的スターのような存在に祭り上げられた背景には、今の日本の社会構造に対する不満があるように思う。

つまり、「割を食っている」と思っている人達が、自分の「才能」だけで伸し上がってきた、社会に対する謙遜もなく不遜な態度をとる若者を支持することで、「権力者」に対する溜飲を下げていた。そして、それを煽るようにマスコミが取り上げた、ということではないだろうか?

人間は期待が大きければ大きいほど、その期待が裏切られた時の反動が大きい。亀田親子の「記者会見」に対して、抗議が殺到しているのは、そういうことだろう。

支持した層は異なるかもしれないが、ある意味、ライブドアの堀江さんが支持されたことと似ているような気がする。

「決断力の本質」 〜 羽生善治さんに学ぶ。〜

リクルート出身の安田佳生氏が経営する、「Y-CUBE」という、とてもユニークな会社がある。

「組織力」を高めるには、特にその企業独自の「カルチャー」を醸成するには「新卒採用が効果的」だという主張に基づき、中小企業にフォーカスして「新卒採用」のコンサルティングを行ってい���。

先週金曜日は、そのY-CUBE主催のセミナーに出席し、プロ棋士の羽生善治さんのお話を拝聴した。

実は、ここのところ睡眠不足が続いており、羽生さんのお話の最中、失礼にも居眠りをしてしまったが、ポイントとなる話しは聴くことができた。

講演のテーマは、「決断力の本質」。

彼の話は、決断力の本質を結論づけるものではなかったが、大きな論点は「直観力」「大局観」「ミス」「経験の価値」だった。

将棋の手は、無数にある。それを一手一手検討していたのでは、いくら時間があっても足りないし、集中力も体力にも限界がある。そこで必要になるのが「直観」であり、「大局観」である。

では、「直観」と「大局観」とは、どう異なるのか?

将棋に限らず、若い頃というのは「勢い」にまかせて、それが功を奏することが多々あるが、それらを含めて「直観」の有無が勝敗を分けることがある。

羽生さんは、「直観は『7割』当たっているが、それは、同時に『3割』間違っていることを示しており、直観だけに頼っていては敗北してしまう」と言っている。

そこで、必要となるのが、「大局観」だという。

「直観」は、才能やセンスがあれば、若くても働くが、「大局観」は、長年の経験に裏付けられたものがなければ働かないと羽生さんは言う。

若い頃に対戦した「大山名人」(と言っていたと思う)は、その時の羽生さん(19才)から見ると、失礼ながらどう考えてもそれほど真剣に考えているようには見えなかったが、ズバッと鋭い手を打ってきたそうである。

次に「ミス」の話し。これは、僕の好きなゴルフにも通ずると思った。

羽生さんでも「ミス」はするらしい。では、ミスによる悪影響とは何か?であるが、羽生さんは、こう仰っていた。

ひとつは「動揺」。もうひとつは、そのミスを取り返そうとして「無理なことをする」こと。つまり、「ミスがミスを呼ぶ」こと。

ゴルフで言えば、林に入れたら、状況にもよるが、基本は潔くフェアウエイに出す。それが大切。

さて、最後は「経験の意味」。これには、とても頷けるものがあった。

羽生さん曰く、「経験から得た『知識』というのは、殆ど使い物にならない。但し、『経験』があると、このぐらいのことを達成(習得)するには、このぐらいの時間や困難が必要だということが分かるので、その途中の焦りやプレッシャーに負けないで済む」。

これは、本当にそう思う。

才能があっても途中で挫折して行く若い人は、きっと才能があるが故、自分が期待する(出来るであろう)アウトプットと今の自分とのギャップなり、その途中の時間に絶えられず、精神的に参ってしまうのだろう。

もうひとつ、これは講演後の質問に対す答えだが、「リスク」というものに対する羽生さんの考えを述べられていた。

質問をされた方は、羽生さんがご自身の著書で仰っている「直観は7割当たっている」ということを引き合いに出し、「リスク」というものに対する考え方を尋ねていた。

それに対して羽生さんは、「直観は3割間違っているので、直観だけを信じて勝負を続けると必ず負けてしまいます。かと言って、定石だけを繰り返すことは誰でも出来ることであり、それはそれでジリ貧になっていくのも目に見えています。ですので、少しずつ、自分の立ち位置を変えていき、気がついたら、まったく異なる立ち位置に立っていた、とするのが良いように思います」と答えていた。

とても勉強になる1時間だった。

追伸:これは余談だが、羽生さんには、マネックスの松本さんに感じたものと同じようなものを感じた。凡人には到底イメージできない世界で生きている。異次元で生きている人と言ってもいい。まさしく「天才」である。

備忘録:「コンパクトにする(短くする)」「プレッシャー」

元SONY 出井さんの話し

昨日は、ソニーOBの方々が設立された株式会社CEAFOMという人材紹介会社が主催するセミナーに参加させていただき、元SONY CEO 出井さんの講演を拝聴する機会に恵まれた。

出井さんの話しは、I.T.系ベンチャーのカンファレンスであるNILSでも聴いたことがあるが、昨夜のお話は、SONYというグローバル企業のトップを務めていらした方らしく、その視野の広さが際立っていた。

特に、印象に残っているのは、タイガーウッズとイチローを引き合いに出し、「一流な人(存在)ほど変われない」と仰っていたことだ。

最近の風潮として、とにかく「変化」を求めるところがあるが、タイガーウッズにしても、イチローにしても、あそこまで登り詰めるには、相当の時間と努力を費やして来ており、それを今更、他のスタイルに変えろと言われても勘弁してくれということだろう。それは、企業にも当てはまるように思う。

出井さんは、トヨタやSONYのことを引き合いに出して説明されていたが、何もそこまでの企業ではなくとも、同様なことが言えるように思う。僕と山川さんで創業したインタースコープは、マクロミル的な会社にはなれなかったのも同じである。

たしかに、「環境変化」に合わせて、自分自身も「変化」していくことは大切であり、それは避けられないことでもあるが、問題は「何を変化させるのか?」そして「何は変えない(変われない)のか?」ということのような気がする。

それ以外で印象に残っているのは、資本市場としての「Tokyo」の評価だ。

この評価はロンドン市場によるもので、取扱高ではなく「使い勝手」だそうだが、1位が「London」、2位が「New York」は想定の範囲内として、3位が「Hong Kong」、4位が「シンガポール」と続く。間を飛ばして、「Tokyo」は「9位」。

因みに、日本の「国際競争力」は世界第7位(おそらくOECD調べ)だそうなので、それと較べても「資本市場の使い勝手の悪さ」が気になるということだろう。

上記にも絡んだ話しとして、出井さんは「日本的資本主義」を創ることが必要だと仰っていた。

上記以外にも勉強になる話しがたくさん聴けたが、出井さんの講演後の会場からの質問に答えて、「個人のマインドセットを変えることが最も重要だと思います。会社のせいにしたり、国のせいにしたり、『ツケ』を回しているようなところがありますよね」と言っていたことには、共感を覚えた。

それ以外としては、出井さんレベルの方になると問題意識が「日本」という点が、当たり前といえば当たり前だが、そのスケールの大きさと視点の高さを改めて感じた。

自分にどこまでのことができるかは分からないが、より大きな事を成し遂げていくためには、インフォプラント創業者の大谷さんが言ってたように、出来る限り海外に出て、「自分の目と足」で世の中の変化を確かめることの重要性を再認識させられた。

そのためにも、まずは、ドリームビジョンの収益基盤を確立したい。

パソナ南部さん主催の「朝食会」。

今朝は、パソナの南部さん主催の「朝食会」にお招きいただいた。

パソナ関係者を含めても12名のこじんまりとした朝食会で、短時間にも係らず、内容の濃い話しが出来た。出席者のひとりにアイスタイルの吉松さんがいらしたが、ネットビジネスの方は彼だけで、様々なジャンルの方がいらしていた。

パソナの南部さんとは10年ぐらい前にプラン・ドゥ・シーの野田豊氏の絡みでお会いしたことがあったが、ドリームビジョンを創めて暫くした頃、南部さんが主催者のひとりである「QM義塾社長大学」なる会合に参加させていただいた際、偶然にも同じエレベーターに乗り合わせた。

人の縁とは不思議なもので、ドリームビジョンで人材紹介をしていることに関係があるのか否かは分からないが、人材関連業界の第一人者である南部さんとの接点が出来たことは、僕にとってはとても嬉しいことであり、光栄なことである。

今朝の話の中で印象に残っていることがいくつかあるが、その中のひとつは、南部さんが考える「成功の条件(3つ)」だ。

ひとつ目は、「才能」。

これは、性格が明るいとか、体力があるとか、ある技術に優れているとか、人それぞれ様々な要素があると思うが、自分が成し遂げようとしていることに役に立つことであれば、どんなことでも構わない。

ふたつ目は、「努力」。これは当然だ。

三つ目には、「人との出会い」を挙げられていた。

「成功の条件」に関しては、しばしば「運」が挙げられることにも言及しながら、「運」は呼び寄せられるものなのか?ということを考え、南部さんとしては「人との出会い」ということの方がしっくりくるということのようだ。

つまり、「人との出会い」に関しては、誰と知り合うか(会いたいか)?知り合った方との関係をどうするか?という点において、ある程度、自分でコントロールができるという意味で、南部さんとしては、「運」よりもしっくりくるということなのだと思う。

たしかに、南部さんの秘書の方から今日の「朝食会」のお誘いを受けても、それに参加するかどうかは僕の意思で決められるわけであり、今朝の「出会い」は、「お招き」いただいたということと、そのお招きを僕が「お受けした」という二つによって実現したわけである。

僕の自作の座右の銘のひとつに「人生はすべて必然」というものがあるが、自分の行動(=原因)が結果をもたらしているという意味であり、それとも似たような考え方だと思う。

ところで、南部さんが考える「成功の条件」よりも、僕にとって印象に残ったのは、「人の採用」に関する話しだった。

南部さんは決済に関しては、かなりのレベルまで権限を委譲されているそうだが、ひとつだけ譲らないことがあると言っていた。

それは、新卒採用にしてもキャリア採用にしても、一次面接から、自分が会い、採用も自分が決める、ということだった。

その目的は「パソナイズム」というか、南部さんの「理念」を社内に浸透させるためだろう。

パソナに限らず、自主性があり、強い組織に共通している点は、「価値観」であり「判断基準」であり、その源泉となる「理念」を共有しているということだと思う。

そこに至る道筋とやり方はパソナとは違うと思うが、リクルートという組織も、独自の理念が隅々まで浸透していることを感じる。リクルートの方々と話しをしていると、そのことが伝わってくる。

最後にもうひとつ、印象に残ったのは、結果を出す経営者の「時間の使い方」だ。

とにかく、様々なジャンルの方とたくさん会っている。

そのことにより、刺激を受け、自分の視野を広げ、発想のヒントを得、構想を練る。

それが、経営者の仕事だということだ。

しかし、ここでひとつ忘れてはいけないことは、それは「収益基盤」があって初めて実現できるということである。

因みに、南部さんが35才の時に、パソナの売上は「880億円!!!」ほどあったそうだ。

その南部さんと同じようなことは出来ないのは当然であるが(こうして書くだけでもおこがましいが)、はやく、そういう「余裕」を持てるよう、まずは、足元の収益基盤を造りたい。

とても勉強になった朝食会だった。

南部さんと南部さんの秘書の方に改めて感謝したいと思う。

「経営者は必ずミスをする」。

日本ではあまり馴染みがないせいか、その価値が充分に理解されていないきらいがあるが、パリ・ダカール・ラリーで総合優勝を成し遂げた「篠塚健次郎」さんの本に、「ドライバーは必ずミスをする」ということが書いてある。

パリ・ダカ総合優勝というのは、F1で総合優勝するのと匹敵するぐらいの偉業である。

彼は三菱自動車を退職された後、日産自動車の契約ドライバーとしてパリ・ダカを走っているが、10年以上もパリ・ダカに挑戦し続けてきた三菱自動車とパリ・ダカ初挑戦(当時)の日産自動車では、スタート時点で既に圧倒的な差がついていたと語っている。

パリ・ダカというのは、1万キロ以上の道なき道を走るわけで、クルマに求められるのは、スピードもさることながら、とにかく「壊れないこと」だ。しかし、パリ・ダカ初挑戦の日産自動車のチームは、「スピード」を重視してクルマ造りをしていたそうだ。

当たり前の話であるが、彼の話から学ぶことは多い。

そして、もうひとつ重要な点として、「ドライバーは必ずミスをする」という性悪説的な発想でクルマを造り上げていく必要があるということを、ご自身の著書で書かれている。

これまたご尤もな話しだが、ラリー・ドライバーとしてパリ・ダカ総合優勝を成し遂げたご本人が言うので、とても説得力がある。

幸運にも篠塚さんとお話しする機会に恵まれたことは先日のエントリーで書いたが、彼が全盛期の頃に、お会いしてみたかった(その時代を共有してみたかった)。

篠塚さんのような人には、「夢」と「ビジョン」を感じる。

是非また、お会いしてみたい。出来れば、パリ・ダカで。

★かなり長い追伸:

僕がインタースコープ(インターネットリサーチ)で、そこそこの成果をあげることができたのは、サラリーマン時代を含めて、マーケティングリサーチというものに10年以上も取り組んできたという下地があったからだ。

一方、ドリームビジョンで行っている「人材紹介」事業に関しては、何の経験もなくスタートしているわけであり、そう簡単に勝てないのは当然である。

しかし、事業を立ち上げるなり、経営という意味では、当時の僕は持ち合わせていなかった経験とスキルを持っているわけであり、専門領域のハンディを補えると思っている。

あと「3年」で、自分が求めるレベルに到達したい。本気で頑張れば出来ると思っている。