人生はすべて「トレードオフ」。

僕が20代の頃にお世話になっていたコンサルティングファームには、「積極的に『公私混同』せよ」という語録があった。

ここで言う「公私混同」は、接待タクシーで酔っぱらっていた官僚のようなことを言うのではない。

2008年7月23日の夜、恋人とデートをすれば、仕事は出来ない。仕事をすれば、恋人とは会えない。

子供と遊べば、少なくとも、その瞬間は仕事はできない。

自分はひとりしかいない。どちらを取るのか?

つまり、仕事も私生活もすべて含めて、今この瞬間、自分の人生にとって「最も大切なものは何か?」を判断基準として意思決定をする必要があるということだ。

そして、何かを取るということは、何かを諦めざるを得ない。

ギリギリの選択だろうが、明確な選択だろうが、諦められるものは、それだけの価値だということ。

しかし、問題の「本質」は、自分が何を最も大切にしているのか(諦めてもいいことと、そうでないこと)を気づいていないことがあるということだ。

失ってみて初めて気がつく事が多い。

話しは変わるが、若い時に仕事に打ち込まなければ、打ち込む時はない。

僕はコンサルティングファーム勤務の時、月間最大労働時間が「368時間」だった。

インタースコープの創業期は、月間労働時間が「300時間」を下回ることはなかった。

それだけ仕事に打ち込んだから、今の僕がある。

それだけ仕事に打ち込めば、僕のような人間でも、それなりの結果は残せるということだ。

愚痴を言っている暇があったら、仕事に打ち込むことである。

職業人として大成したいなら・・・。

でも、そうでない人生もある。

すべては、自分で決めることである。

3連休は短い。

晴天に恵まれた3連休。皆さんはいかがお過ごしだっただろうか?

僕の3連休は、以下のとおり。

まず、初日の土曜日は「ゴルフ」でスタート。

コースは、2003年の日本プロ選手権(男子トーナメント)の舞台であり、最近は女子ゴルフのニチレイPGMレディスの舞台でもあり、難コースとして知られる「美浦ゴルフ倶楽部」。

僕は2002年に一度だけ、ネットエイジ(現ngi group)創業者の西川さん、三井物産の中野さんと3人で回ったことがあった。

今回のメンバーは、元アップルジャパン代表の前刀さん、ネットベンチャーの草分けカレンの創業者で尚かつ医療情報の口コミサイト「Q Life」を運営する山内さん、そして、なんと「カリスマ美容師」の「綾小路さん」と僕という4人。

(左から、山内さん、綾小路さん、平石、前刀さん)

僕は全員と親交がある(僕がコーディネイトした)が、他の3人は初対面。にも関わらず、あまりの難コースに会話よりもゴルフに熱中(当然と言えば当然)。

難コースと酷暑に全員ヘトヘト。しかし、綾小路さんは絶妙のショットを繰り返し、ゴルフでも「カリスマ」ぶりを存分に発揮。他の3人を魅了した。

さて、その翌日の日曜日は、予てから下調べを重ねていた「電動アシスト付き自転車」を購入しに、碑文谷のダイエーに出掛けた。ダイエーOMCカードをつくると、その日の買い物が「5%」割引になるので、10万円もする電動アシスト付き自転車を買う前にカードの申し込みを済ませる。5,000円の割り引きは大きい。

日曜日は、子供が朝5時から起きており、さすがに眠かったのか、途中からぐずりにぐずって大変な騒ぎに。帰りのクルマの中で眠ってしまい、帰宅後もそのまま昼寝。

僕はその間、来月のシリコンバレー出張に向けて、現地で会う人たちにメールを送ったり、飛行機の最終FIXをしたり、また、火曜日に泉谷(ドリームビジョンのメンバー)とブレストする案件に関連するウェブサイトを見たりと、慌ただしい日曜日の午後を過ごした。

さて、3連休最終日の今日は、朝から駒沢公園に出掛けた。まずは、自転車を借りて、サイクリングロードを2週する。途中にプールが見えるところがあり、そこを通り過ぎる時、子供が「プールに入りたい」と言うので、ジャブジャブ池に連れて行ったところ、怖がってしまい、結局は入らずじまい。

仕方なく、家の近所にある公園のジャブジャブ池に移動。ここでは慣れているせいか、だんぜん元気になり、思う存分に遊び始めた。先週に引き続き、我が子の「ネイチャー(持って生まれた性格)」を実感させられた。

そんなことで、晴天に恵まれた3連休は、あっという間に過ぎて行った。

ところで、日本が「海の日」の連休中、ゴルフ発祥の地「英国」では、全英オープンが開催されていた。

残念ながら、僕が応援する「グレッグ・ノーマン」の優勝は無かったが、それでも、ノーマンは全盛期を彷彿とさせるプレーを披露してくれたらしい(僕はテレビを見ていない)。

新旧の対決は、いつも見応えがある。

45才のシリアルアントレプレナーの僕も、まだまだ頑張らないと!!!

追伸:グレッグ・ノーマンが全盛期の頃、僕は彼のプレーに魅了されていた。そのノーマンは、なんと今年6月、僕が大ファンだった「クリス・エバート」と結婚した。何という組み合わせだろう。

「野茂引退」。

日本人がメジャーリーグに挑戦する道筋を切り開いたと言っていい野茂選手が引退を表明した

寡黙でストイックな姿勢は、多くの人たちに「勇気と自信」をもたらしただろうし、「人生の意義」や「生きる目的」を見つけるヒントを、自らの姿を以て示してくれたと思う。

誰かが切り開いた道を歩くのと自ら「最初の一歩」を踏み出すために要求される勇気やエネルギーとは比較にならないし、そのことが生み出す価値は量り知れない。

どんな言葉を使っても、野茂選手が残した偉大な功績を賞賛することは難しいが、野茂選手のような人物が存在することを日本人として誇りに思う。

そして、こうしてブログを書いている僕自身も、現実や障害に安易に妥協せず、自分の持てる力を存分に発揮し、自分がなし得る限界を目指して頑張りたいし、その責任がある。

「人生は短い」。

「本当に『挑戦』したいこと」があるなら、次善の策に甘んじている暇はない。

母の命日。

今日は、産みの母の命日だ。母は、僕が15才の時、45才で亡くなった。

ところで僕は、来月の誕生日で「45才」、つまり、母が亡くなった年齢になる。そう考えると、母の人生は、とても短い人生だったことを改めて実感させられる。

もし、仮に、今、母が行きていたら、僕たちはどういう関係で、どんな会話をしているのだろう?

どう頑張っても言葉には尽くせないが、こうして生きていることのありがたさと、亡き母に対する表現できない想いが湧いてくる。

人生とは不思議なものである。

こういう感情を持てる僕は幸せなのかもしれないと、最近、思うようになった。

僕たちの子供のためにも、長生きをしたいと思う。

今日からベトナム。

さて、何とか「右股関節」も治り、いよいよ今日からベトナムである。

僕の身体の中に「デング熱」の抗体があるようだが、まあ、大丈夫だろう。

明朝(テクニカルには今朝)は「07:13@渋谷発」の成田エクスプレスなので、そろそろ、荷造りをして、休むことにしよう。

東南アジア初心者の僕にとって、初めての「ベトナム」は、とても楽しみである。

元気に行ってきます。

大切な友人たちとの至福の時間。

建国記念日を含めた3連休、僕たち家族は僕の出身地である福島県郡山市に帰省していた。初日(2/9)は、夕方から雪が降り始め、朝までに約15センチほど積もった。郡山にしても数年ぶりのことで、僕にとっては子供の頃に見て以来の雪景色だった。

今回の帰省は、僕が高校を中退して予備校に通っていた時の仲間と久しぶりに会うためだった。

地元では有名な親父さんが創業した会社を継いだ奴、水道工事関係の会社に勤務していて、忙しなく東北六県を出張で回っている奴、地元にある松下電工の子会社に転職をしたばかりの奴、東京で警察官をしている奴、そして、僕である。

東京で警察官をしている奴とは高校を卒業して以来で、つまり、25~26年ぶりだった。それにも係らず、何のギャップもなく、すぐに29年前のあの頃の関係に戻り、楽しい時間を過ごした。

ところで、今回の同窓会?のきっかけは、同じく予備校時代の同級生だったひとりが「自殺」したことにある。

その時は、さすがに、その事実は書けなかったが、今年の正月(1/6)に大阪に焼香に行ったのは、そのためである。

僕らの仲間内で最後(と言っても10年ぐらい前だが)に会ったのが僕で、年賀状のやり取りをしていたのも僕だけだった(だから、彼の奥さんから僕に電話があった)こともあり、僕にとっては、どうしても大阪に行き、彼の霊前で焼香せずにはいられなかった。

さすがに、お袋にも弟にも、今回の帰省の理由は言えなかったが、弟夫婦の家で食卓を囲んでいた時、弟だったかお袋だったかに、「ところで、今回はどうしてみんなで集まったわけ?」と訊かれて、その理由を話すと、当然のことだが、とても驚いていた。

話しを「5人での同窓会」に戻すと、当然ながら、大阪での出来事(亡くなった友人の奥さんと会った)を報告したが、それ以外は湿った雰囲気になることもなく、昔話しと今現在の話しとを自由自在に話しながら、とても楽しい時間を過ごした。彼が引き合わせてくれたのだと思う。

5人とも「父親」になっていた。中には、20歳になる娘がいる奴もいて、人生が積み重なっていることを感じた。

こうして、元気に再会でき、お互いの立場(社会的立場)に関係なく、くだらない冗談を言い合ったり、マジメな話しをしたりして、夜中まで一緒に時間を過ごせることが、とても幸せなことだと感じた。

その中のひとりが「これを機に、5年に1度はこうして会いたいね」といったので、僕は「毎年、集まろうぜ」と返事をした。

お金も名誉も欲しいけど、こういう掛け替えのない仲間がいることが何よりの財産だと思う。

あの頃の仲間とこうして10年ぶり25年ぶりに会っても何の違和感なく時間を共有できるのは、出会った時の僕らが、高校受験に失敗して挫折した、何の見栄も飾るものも無い15歳の少年だったからだと思う。

ところで、2代目社長の親父さん(創業社長)は、若かりし日々、ゴルフのハンディが「2」の達人である。その親父さんと僕の友人と一緒にゴルフに行くことを約束した。とてもお世話になった親父さんが元気なうちに一緒にゴルフをしたいと思っていた。

後悔は先に立たず。しておけばよかった・・・では遅いのである。

人生は短い。

「ギターの神様」が絶賛する原宿のレストラン。

僕は中学高校時代、いわゆるバンドを組んでいて、ギターを弾いていた。

当時の僕のヒーローは、ロック少年なら誰でも憧れたエリック・クラプトン、ジミ・ヘンドリックス、リッチー・ブラックモア、ジェフベックといったギタリストだった。日本人では、チャーこと竹中尚人の大ファンだった。

さて、今日は会社のスタッフと、ギターの神様と言���れる「エリック・クラプトン」が来日時に必ず立ち寄るという原宿のあるレストランにランチに出掛けた。

レストランと言っても、「定食屋」のようなお店である。

このお店の存在は随分前から知っていたが、そのうち・・・と思って、行かずにいた。

先週、とある時に、泉谷というスタッフにその話しをしたところ、「平石さん、出来ることからやりましょう。すぐにやりましょう」ということで、早速、本日のランチタイムに出掛けてみた。

なるほど、クラプトンにとっては「日本情緒」溢れる空間なのだろう。

人の良さそうなおやじさんが一生懸命に料理をつくっていた。

今日は、特にオチがなく、失礼!!