都会の自然。

今日は子供の日。東京は初夏を思わせる素晴らしい天気だった。

ところで、昨日は「砧公園」、今日は「新宿御苑」へ出掛けた。どちらも初めてだった。

我が家から「砧公園」までは車で約20分。連休で都内の道は空いているせいか、いつもなら30分はかかるだろう道がスムーズに流れていた。

公園に入ると同じような親子連れがたくさんいた。思っていたよりも広い敷地に驚いた。芝生や雑草で地面が覆われており、子供を遊ばせるには絶好の場所だ。我が子は大はしゃぎで歩き回っていた。

今日は「新宿御苑」。インフォプラントのオフィスは一時期、新宿御苑にあったことがあり、彼らは花見でよく出掛けていたらしい。

新宿御苑は「御苑」というだけあって、公園というよりは「庭園」という赴きである。イギリス風の庭園、フランス風の庭園、そして、日本庭園と様々な赴きの「庭園」が作られている。また、植栽されてから数十年という時間が経っていることにより、都会のど真ん中にあるにも関らず、鳥や昆虫や狸?などの動物や植物が棲息しているエリアもある。

僕の妻がいつも言っていることだが、東京は「緑が多い」と思う。大都会ということを行政が自覚しているせいか、街路樹や公園が多い。おそらく、大阪や名古屋よりも多いのではないかと思う。因みに、僕の実家の福島県郡山市の市街地では、あまり「街路樹」を見かけない。このGW前半に帰省した際に意識して見ていたが、東京と較べて「市街地(都市部)」の緑が少ないと感じた。

ところで、初めて行った「新宿御苑」は、ニューヨークの「セントラルパーク」を思い起こさせた。

新宿の高層ビル群と御苑の大きな樹木のコントラストが、セントラルパークから「Central Park South」と言われている「59th Street」の方を見た風景にとてもよく似ている。「都会の自然」とでも言うような何とも形容し難い美しい景色である。

さて、待望のGWも明日でお終いだが、昨日今日は実に「お金を使わない」二日間だった。自宅から公園までのガソリン代と駐車場代(公共施設なので、3時間強で数百円と安い)と昼食代、子供用のボールとビニールシート。二日間合わせて1万円程度だろう。

国民一人当たりのGDPが1万ドルを超えるとGDPの額が必ずしも「豊かさの指標にならない」と、元マッキンゼーの波頭亮氏が自身の著書で書いていた。ハイシーズンの料金を払い「混雑極まりない行楽地」に行くことだけがGWの過ごし方ではない、ということだろう。in 新宿御苑05052007
新宿御苑_西新宿高層ビル群05052007

完璧なんて求めない。

先週末は大変だった。

土曜日は、妻が大学院での発表があり、僕が家で悠生の面倒を看ていた。朝は37度台だったので安心していたところ、昼頃から39度以上の熱が出て、一日中、そのままだった。熱で身体が怠く、尚かつ、精神的に不安なのだろう、とにかく抱っこしてくれと僕にしがみついている。時々、眠りにはつくのだが熟睡はできないようで、30分から1時間ぐらいで目が覚める。そんな繰り返しだった。

夕方6時前に妻が帰ってきて、その日の事情を説明すると、座薬を入れた方がいいだろうといい、座薬を入れた。すると、その30分後、38度ぐらいまで見事に熱が下がり、悠生も元気になった。ただ、やはり、食欲はなく、夕飯も二口ぐらいしか食べられなかった。

日曜日は終日、熱が上がることはなく、このまま治ってくれればと思っていた。

僕は、SONYの若手メンバーが主催する勉強会の講師として招かれており、10:30頃に家を出た。帰宅後、妻から聞いたところでは、僕が家を出た後からしばらくの間、原因は分からないが、2時間近く、ずっと泣きじゃくっていたらしい。

僕が帰ってからは比較的機嫌をよくしており、21:30頃には寝た。ところが、23時頃に起きてしまい、激しく泣き出した。それからは、何をやってもダメで、02時過ぎぐらいまでだろうか、尋常ではないほどに、泣きじゃくっていた。きっと精神的に不安定になっているんだろう。

数ヶ月前、僕も妻もどうしても休めない時に「病児保育」に預けたことがあるが、その直後は、やはり、精神的な問題だと思うが、2週間ぐらいだろうか、夜は1~2時間おきに起きて泣くということがあった。

ところで、昨日からさすがに僕も具合が悪くなり、渋谷での勉強会(ドリームビジョンで初めて借りたオフィスのすぐ近くだった)が終わってから、東急プラザの横にある薬局に薬を買いに行った。

宮益坂から駅構内を抜けて南口の東急プラザに行く途中、東急プラザ前のバスターミナルのところで、僕の好きな「ビッグイシュー日本版(ホームレスの方の自律を支援する目的で発行されている)」を売っている(オジさん)ことを思い出し、薬局に行く前に立ち寄った。

「明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」と声を掛けると、とても元気な笑顔を返してくれて、二言三言、立ち話をした。★皆さんも是非、買って欲しい!!!★

表紙には、女優のニコール・キッドマンが載っていた。目次を見ると、「パーフェクトなんて求めない」というタイトルで、彼女のインタビュー記事が載っていた。とても興味を惹かれ、山手線の中で読み始めた。

「パーフェクトなんて求めない。退屈でしょう? 私が誰かについていちばん魅力を感じる部分は、その人の不完全なところにあるの。完全なものや、完全であろうとすることから『幸せは見つけられないものよ』。私は欠点もみんな好きだし、いつまでも惹き付けられるような複雑でおもしろい人のさまざまな要素を発見していくのが好きなの」。

たしかに、感情移入できる人というのは、どこか不完全なところがあり、親近感を持てる人だ。キレイ過ぎる女性や頭が良過ぎる人には、僕は接点を見出せず、感情移入ができない。

ニコール・キッドマンに言わせれば、「人生も不完全なもの」なのだろう。

悠生が具合悪くなっても、自分も具合悪くなっても、当たり前の話しだが、彼が生まれて来なければ良かったとは思ったことはない。

ひとつだけ考えるとことは、子育ては「体力」勝負だということ。

でも、10年前に子供が出来ていたら、僕は、今のように悠生に接することはできなかったと思う。

当時の超未熟な自分だったら(今も未熟だが)、悠生や妻に当たり散らしていたかもしれないから、やはり、僕らにとっては、今が子育て適齢期なのだろう。

「不完全」を受け入れる精神力のある人間になりたいと思う。

子供に罪はない。

八戸に向かう新幹線に乗り込んで15分ぐらいした時、ある用事があって妻に電話をしたところ、悠生が39.6度の熱を出して、掛かり付けの病院にきているという。

以前にも一度、このブログに書いたことがあるが、悠生は免疫システムが普通の子供よりも劣っているようで、疲れが溜まると、空気中のウイルスに対する抵抗力がなくなるのだろう。

今日は、妻が大学院で自分の発表があり、どうしても休めないということで、午後から僕が家に帰り、悠生の面倒を看ていた。

だいぶ熱は下がったが、38度程度の熱が続いており、食欲もあまりない。

具合が悪いので精神的に不安定なのだろう、機嫌が良くない。元気な時はひとりで遊んでいることも多いのだが、今日は常に僕にしがみついていた。

ところで、八戸で一緒だったニューズ・ツー・ユー社長の神原さんは、小学校1年生の男の子がいるという。ご主人も会社を経営されており、お子さんは「学童保育」に通っているらしい。

夫婦どちらかの両親が近くにいれば、子供を預けて働くことができるが、そうでない場合は、どうしても学童保育を活用することになるのだろう。

当たり前の話しであるが、子供ができてから、そういうことを日常的に考えるようになった。

僕の考えとして、子供を育てること、子供に対する教育というのは、未来に対する最大の投資だと思うが、その結果は自分たちには返ってこないし、今を生きながら、そのことを実感するのは難しい。

なので、税金の使われ方としても、教育に対するものを、道路建設に対する公共投資が上回ってきたのだろう。

ところで、子供を育てているからといって、経営者としての責任は変わらないし、そのことで子供に不憫な思いはさせたくない。

そうなると、自分の時間は「有限」なわけであり、何かを「削る」しかない。

要するに優先順位をつけて「削れるものは削る」「捨てるものは捨てる」ということだ。

そのことを、創業メンバーの安田くんと極めて優秀なインターン(大学院生)の増田くんとのMTGで、改めて考えさせられた。

生きているという「幸せ」。

僕の妻は僕と結婚する前、DCカードというクレジットカード会社に勤めていた。

当時の僕は、CREED EXECUTE(信条を遂行する)という名前のチッポケな会社を経営していたが、DCカードは、そのチッポケな会社の大切なクライアントだった。

DCカード時代の彼女の同期の友人や先輩達とは、僕も仕事上の付き合いを超えて仲良くさせてもらっていた。そのうちのひとり(夫婦)と僕らで、一緒にハワイ旅行に行ったりもした。

大学院で臨床心理を専攻している妻は、今日は学会というかカンファレンスというかがあり、先程、帰ってきたが、開口一番で僕に話しかけたことは、なんと、彼女の友人の子供が「突然死」したということだった。双子のうちのひとりで、1才になったばかりだった。

考えてみれば、高齢出産だったこともあってか、僕らの子供も、1度は流産をしかけて、1度は早産をしかけてと、この世に生まれてこれなかったとしても不思議ではなかった。

僕は詳しいことは知らないが、「ここのところ整理ができなかったことが整理できて、今日のカンファレンスはとても有意義だった。何が一番大切かが、よく分かった。悠生(僕らの子供)が一番大切だ。優先順位を間違えないようにしないと・・・」と言っていたが、と同時に、僕が取り込んだままにしていた洗濯物をたたみながら、涙を流していた。同じ女性として、さぞかしショックだったのだろう。

僕も何と声をかけていいか分からず、こうしてブログを書いている。

こうして「生きている」ということは、ただそれだけで「幸せ」なことである。

人間は愚かな生き物で、その「幸せ」に気づかないのかもしれない。

24日の告別式には、夫婦で参列するつもりである。

追伸:昨日(金曜日)お会いした投資会社の方から、「CREED EXECUTE(信条を遂行する)って、いい名前ですよね」と褒められた。この名前に込めた「意味」が、僕の原点である。

野毛山動物園

日曜日の午後、悠生を連れて横浜にある「野毛山動物園」に行った。

動物園は、悠生にとっては初めてであるが、僕にとっては、いつ以来だろうか?

行ってみるまで知らなかったが、野毛山動物園は横浜市が運営しており、入園料は「無料」である。

野毛山動物園は都会の動物園にも関わらず、思いの他、ライオンやトラ、キリン、ラクダ等、たくさんの種類の動物がいた。

1時間半ほど滞在したが、犬と猫以外の動物を見るのは初めてだった悠生が最も反応したのは、レッサーパンダだった。庭の中をぐるぐると歩き回るレッサーパンダに手を振っていた。

頭の中に「言葉」がない彼に、動物たちはどのように映ったのだろうか?

無理なことだが、言葉が話せるようになった悠生に、昨日の感想を聞けたら、おもしろいだろうと思う。

悠生が歩けるようになり、言葉を話すようになったら、また一緒にいきたいと思う。

彼が、どんな反応をするのか?それが楽しみである。

追伸:ジローと長島さんの結婚式が横浜だったお陰で、久しぶりの動物園を楽しめた。彼らに感謝である。

★au の風船

先日の3連休に久しぶりに横浜に行ったことはブログに書いたが、その後日談で紹介したいことがある。

ナンバーポータビリティが開始され、各キャリアともマーケティング投資を活発化させているが、au は、みなとみらい地区の道行く人々に、au および自社サービスのロゴの入った風船(ヘリウムガス入り)を配っていた。

我々家族も悠生のために風船をもらってベビーカーに付けると、暫くは楽しそうに遊んでいたが、すぐに飽きてしまい、見向きもしなくなってしまった。

その風船は家に持ち帰ってその辺に放置しておいたのだが、翌日にはヘリウムガスが抜けてしまい、しぼんでしまていた。

それを妻が、息を入れて膨らませてみせたところ、悠生はそれには物凄く反応したらしく、妻が風船を膨らませるのを止めると、悠生は、風船をとって、何度も妻の口にあてがってきたらしい。

子供というのは大人とは興味関心の視点がまったく異なり、とても面白い存在である。既成概念がないということだろう。

「たかが風船」にも、発想のきっかけというか、創造的な視点があるということを教わった気がする。

ヨコハマ(横浜)の夜景

11/19(日)に「ヨコハマ」で結婚式がある。

インタースコープ第1号インターンで伝説のインターンのひとりであるジロー(天辰次郎氏)と新卒入社の長島さんの結婚式だ。

僕の妻も創業メンバーとして働いていたので、彼らの結婚式&披露宴には夫婦で出席することになっている。僕らにとっては、とても感慨深いものがある。

そこで、問題なのは「悠生」をどうするか?だ。

このブログにも何度か書いたとおり、妻は東京生まれであるが、彼女の両親は既に亡くなっており、悠生をあずけられるアテはない。結論として、テンポラリーにあずかってくれる託児所を探した。

候補は2つ。渋谷のセルリアンホテルにある託児所と横浜みなとみらい地区にあるパンパシフィックホテルにある託児所。

先週の日曜日にセルリアンの託児所を見学に行ったが、やや狭いためか、悠生が泣きそうな表情をした。

それで今日は、横浜まで託児所の見学に行った。

パンパシフィックホテルに入っている託児所はホテルの部屋2室分を使っており、窓もあるので開放感があった。子供はみんな鏡が好きなようだが、壁には鏡のようなものがあり、悠生は大はしゃぎだった。保育士さんとも相性がいいようだ。ここなら悠生をあずけても大丈夫だろうと思い、安心した。

実は昨日も横浜まで出掛けていた。この3連休に第三京浜を2度、往復したことになる。この季節は夕方5時にはすっかり日が暮れており、首都高から見る横浜の夜景はきれいだった。

昨日もパンパシフィックホテルの託児所に行ったのだが、その時はあずかっている子供がいたため、安全のためだと思うが、施設の中には入れてもらえなかった。事前に電話をしてから出掛けたので、そのことは承知の上だった。

当然と言えば当然なのかもしれないが、悠生が生まれからは、週末はゴルフに行く日を除くと、子育てで何らかの用事があり、ゆっくりと時間を過ごすということができない。

自宅がある恵比寿から横浜までドライブがてら出掛けるのは、とても良い気分転換になると思い、二度手間(足)になるのは承知の上で、一昨日と今日と、横浜まで出掛けた。

久しぶりの横浜は、活気があった。ホテルのロビーに座っていると、なんとなくどこかに旅行に来たような気分を味わえた。

みなとみらいには小さな遊園地のような施設があるが、悠生を連れていくと、生まれて初めて見る「乗り物」に興味津々で、ベビーカーに乗ったまま、終始、顔を上げてそれらを見つめていた。

まだ、言葉を話せない(まだ、頭の中に言語はない)彼は、何をどう感じたのだろうか?