壁の無いベルリン。No Walls. Berlin in Diversity.

壁の無いベルリン。No Walls. Berlin in Diversity.

GSR vol.8では、vol.7で紹介した「世界の主要スタートアップ・エコシステム都市」に関する調査結果をもとに、Fireside Chat、パネル・ディスカッション、サテライトイベントでの講演等、とても貴重な機会を頂戴したベルリン州政府主催(運営は民間企業に委託)「Asia Pacific Week Berlin 2018(以下、APW Berlin)」の模様を紹介したい。

APW Berlin は、今年で13回を数える歴史あるカンファレンスである。東西冷戦、そして冷静終了の象徴でもあるベルリンが、21世紀の成長セクターである「アジア諸国」との経済連携、特にイノベーションおよび新産業の担い手であるスタートアップと、彼らに投資するVC等との「ネットワーク」づくりを目的として開催されている。筆者は昨年に引き続き、今年もお招きいただいた。

今年は、日本のみならず、アジア全域、特にインドのスタートアップ事情に精通する独立系VC, Rebright Partners 創業者の蛯原 健氏、宇宙ビジネスに挑む女性起業家のInfostellar共同創業者CEO 倉原直美氏等にもお声掛けし、ベルリンを中心に欧州各国から参加されている起業家、VC、政府関係者、アカデミア等の方々と共に、日本を含むアジア諸国の人たちとベルリンが、より密接に連携できるようになるためには何が必要か? をテーマに様々な議論を行った。

ベルリンのスタートアップ・エコシステムに関しては、GSR vol.5 でその概要を紹介しており、そちらも参考にされたいが、「ビザ取得が容易」「不動産を含めて生活コストが低い」「スタートアップ創業者の50%以上が外国人」「テクノロジーに対する受容性が高い」「東欧の優秀なエンジニアリソースへのアクセス」等の要因により、ロンドンに次ぐ、ヨーロッパ第2のスタートアップHUBとなっている。

また、2015年にベルリンのスタートアップに投じられた資金は「EUR1.97bn(約2,660億円) Source: Dow Jones Venture Source」となっており、2017年に「日本」のスタートアップに投じられた金額(2,717億円)とほぼ同等である。従って、東京 v.s. ベルリンでは、ベルリンの方が投資された金額が多いと言える。また、2017年は、2015年を上回る金額がベルリンのスタートアップに投資されていると推測される。

さて、上記のような基本情報を踏まえて、APW Berlin での内容を紹介する。

主催者発表によると、今年のAPW Berlin には、合計1,800人の方々が参加されている。

非常に多くのプログラムが用意されている中で、筆者が登壇したのは、

1. Fireside Chat:How Berlin is perceived in Japan.

2. Asian Investments in Berlin:Why are German Ventures of high interest for Investors in Asia?

3. Pitch Session(審査員として)

および、Side Event として bistream 武田氏が主催した youareberlin というMeetup でのオープニング・プレゼンテーションである。

以下、順を追って紹介する。

1. Fireside Chat:How Berlin is perceived in Japan.

弊社(ドリームビジョン)は、イスラエル出身のファウンダー3人が創業した「INFARM」という、ベルリンでも注目のスタートアップに投資していることや、前職でのInnovation Weekend Berlin(計2回開催)等の経緯により、APW Berlin 開催に先立ち、ベルリン州政府の Rainer Seider氏、Head of Unit, Foreign Trade, European Economic Policy, Development Cooperation および Norbert Herrmann氏Start-up Affairs |  Economic Policy Unit、そして、bistream 武田氏と、ベルリンとアジア、特に日本や東京との距離を縮めるにはどうすれば良いか? という意見交換を行った。

結論として、ベルリンという都市名は広く知られているものの、スタートアップやVC等にとっては、ベルリンに行けば何があるのか?(何が得られるのか?)という「ベネフィット」が明確ではないこと、つまり、どのような接点とベネフィットがあるのか? を明確に打ち出すことが、まずは必要だという話をした。

例えば、シリコンバレー詣でをする理由は、そこに行けば「すべてが得られる(難易度と競争は非常に高いが)」こと、そして、「シリコンバレーで認められれば=世界で認められる(クレジット機能)」からである。

同様に、New York、London、イスラエル、シンガポールといった都市には、イノベーションやスタートアップという文脈において、そこに行けば何にアクセスでき、どんなメリットがあるか?が、ある程度、想起されていると言える。

それらと比較した時、では、What’s in Berlin for me? という質問に答えること、マーケティング的に言えば「記号性と意味性の一致」を実現することが、必要不可欠である。

そのような議論を踏まえて、では、実際のところ、ベルリン(記号性)という都市は、イノベーションやスタートアップという「意味性」において、日本のスタートアップ関係者の方々に、どのように「認知・理解・マインドシェア(興味関心)・トライアル(訪問経験)・リピート」されているのか? を把握してみることは、この命題の第一歩となるだろうと考え、先日の調査を実施した。

また、主催者側の粋な?計らいで、Fireside Chat では、前述の蛯原氏と私日本同士がベルリンで英語で対談するという、非常にユニークなセッションを組んでいただいた。

※Fireside Chat 前、インタビューに答える蛯原さん。

さて、前置きが長くなったが、今回の調査結果は、参加された聴衆の方々にとって、非常に興味深いものだったようだ。セッション中、何人もの方がスマートフォンでスクリーンの写真を撮り、また、登壇後の名刺交換では、スライドを送って欲しいというリクエストをたくさんの方から頂戴した。調査結果の詳細は、GSR vol.7 のとおり。

ベルリンの方々にとっては、日本のスタートアップ関係者の「ベルリン訪問経験率」が他のエコシステムの後塵を拝していることは、大きなショックのようだった。一方、ベルリンへの関心(マインドシェア)はそこそこ高く、訪問意向が高いこと、ベルリンには、優秀なエンジニア、テクノロジー起業家がたくさんいると理解されていること、国際都市としても認知されていることを好感すると同時に、やはり、ロンドンは非常に大きな競合であることを再認識されていたように見受けられた。

蛯原さんからは、彼のポートフォリオの経営者(インドや東南アジア)には、ドイツ出身の人が少なくないこと、一方、アジアから見ると、ベルリンにはどのような産業があるのか? が見えていないこと等が指摘された。

実際、自動車産業を含めたドイツの大企業は「ミュンヘン」に本社を構えているケースが多く、金融は「フランクフルト」で、ベルリンには主だった産業が無いのは事実である。しかし、近年、Daimler Benz 社を含めて、数多くの大企業が「R&D機能」をベルリンに移設し始めており、ドイツ国内では「ベルリン=イノベーションHUB」という認知・理解が進んでいる。

ベルリン州政府が今後、力を入れるべきことは、それらの事例を広く世界に「英語」で発信すること!だろう。

また、実態はまだ確認できていないが、ベルリンには「ブロックチェーン(Blockchain)」関連のスタートアップおよびエンジニアが多数存在していると言われており、それらをベルリン(記号性)の「意味性」として確立できれば、大きな吸引力(競争力)になり得ると考えられる。

2. Asian Investments in Berlin:Why are German Ventures of high interest for Investors in Asia?

このタイトルは、正直に申し上げて、少々ミスリーディングだと感じている。Fireside Chat で説明したとおり、日本を含めたアジア諸国のスタートアップ関係者にとって、ベルリンは、まだまだ遠い存在である。ソフトバンクによる「auto1 (ベルリンのスタートアップ)」への「€4.6億」の投資に注目が集まっているが、ベルリンに対するアジアや日本からの興味関心は、まだ高いとは言えない。

このセッションでは、ベルリンの著名な司会者がモデレーターとなり、Rebright Partners 蛯原氏元Tech in Asia 編集者でエンジェル投資家のMs. Gwendolyn Regina、および筆者。そして、なんともうひとりは、主催者側の手違いか、本人の勘違いか、他のセッションに参加するはずができなかったので「飛び入り」させてくれと言って登壇することになった、中国人女性というメンバーだった(写真の左から2番目)。

ここでの議論は、どのような基準で投資先を選択するか?や現在の投資先、本人の自己紹介に加えて、ベルリンとアジア諸国の「精神的距離」を縮めるにはどうすれば良いか? ということになり、Fireside Chat でも紹介した「調査結果」を説明し、ベルリンの魅力づくりに関する広報会議のような内容となった(と記憶している)。

3. Pitch Session に関しては、様々なバーティカル、ステージもまちまちで、とてもおもしろかったが、登壇スタートアップの社名や事業内容の資料が手元になく、その魅力を伝えるのは困難なため、申し訳ないが、ここでは割愛させていただきたい。

ひとつだけ、敢えて申し上げると、海外のDemo Day に出たり、個別にスタートアップと会ったり、Innovation Weekend のワールドツアーを開催してきた経験から感じるのは、日本人の起業家は、海外の起業家と較べても、能力で劣ることはないということ。

しかし、取り組んでいる事業アイディアや解決しようとしている「イシュー」が、どうしても「日本社会固有」のものになりがちで、グローバルな事業機会(課題解決)にはならないケースが多いということ。そういう意味でも、もっともっと海外に出て、出来ることなら、Co-founder に海外の人を入れて、多国籍チームで起業することをお勧めしたい。

そして、もうひとつは、海外の起業家は、40代の人たちも結構たくさんいて、起業は「若者の専売特許ではない」ということ。素材関連や生産関連のソリューション、建設技術や農業等、ピュアなネットビジネスだけではない広がりがある。

日本でも「雇用の流動性」がもっと大きくなり、セイフティネットが整備されれば、大企業のエンジニアや研究者の人たちがスタートアップにチャレンジするようになると思っている。そして、そうなるような仕組みを創りたいと思っている。

以上が、APW Berlin 2018 で筆者がアサインされたセッションだった。

ここからは、サテライト・イベントとして実施された「VCツアー」や「個人的なアポイント」、そして、bistream 武田さんが主催された「youareberlin」というMeetup等、読者の皆さんにとって有益だと思われることを紹介したい。

ベルリンには、シード・アーリーステージを対象とするVCやアクセラレーター、エンジェル投資家が多数存在することは既に紹介したとおりである。

有力なシード・アーリーステージ対象のVCは概ね「独立系」で、起業家バックグラウンドが多い。従って、そのVCのファウンダーのバックグラウンドが「投資対象バーティカル」を規定していると考えられる。

今回の訪問では、TechCrunch により、2011年、2012年、ベルリンのみならず、ヨーロッパの「BEST Seed Investor」として選出された「Christophe Maire氏」率いる著名VC兼Startup Studio「Atlantic Labs」にて、Christophe と約1時間、ベルリンと日本(主に東京)との接点について議論をした。

<Atlantic Labs>

シリアル・アントレプレナーとして、数々のスタートアップを成功裏にEXITしてきているChristophe は以前(1990年代と言ったと記憶している)、TOTOでデザイン関連の仕事をしていた時期があるらしく、日本ファンのひとりでもある。因みに、彼はスイス出身であり、ベルリンでは「外国人」である。

彼との会話で印象に残っているのは、大きく、以下の3点。

・同じビルの下のフロアに入っているスタートアップは約50人。でも、国籍は「34国籍」。そういうスタートアップは珍しい存在ではない。ベルリンは極めて「ダイバーシティ」の高いエコシステムである。

ベルリンのスタートアップは、まずは、ドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイス@ほぼ日本と同じ市場規模の約1億人)をターゲットとするのか? という質問に対しては「No. Global market.」。その定義は? と尋ねると「米国市場」と返ってきた。多国籍チームであれば、言語もカルチャーも問題にはならず、むしろ、グローバルな「イシュー(課題)」を発見でき、アドバンテージがある、ということだ。また、ミドルステージ以降では、ロンドンとシリコンバレーのVCが入って来ることもあり、グローバル展開をサポートしてくれる。

・一方、シリーズAの資金は充分ではなく、いわゆる「シリーズAクランチ」が、ベルリンでもあるらしい。3-5Mぐらいまでの資金は何とかベルリン域内で調達可能らしいが、6-9Mの出し手がいない。つまり、二桁MにならないとロンドンやシリコンバレーのVCは入って来ない、ということだ。「じゃあ、そこにJapan Money を持ってきたら嬉しい?」と尋ねると、「それはイイね!」ということだった。「でも、現状はどうしているのか?」と訊くと、「クリエイティビティで何とか頑張るんだよw」と笑いながら言っていた。なかなか大変そうだw。

<医療系スタートアップ:Qunomedical>

日本に住んでいると、難民という存在には縁がなく、どうしても対岸の火事にしかならないが、ご存知の通り、ここドイツは多くの難民を受け容れて今日に至っている(APW Berlin に参加していた渡部清花さん」は、難民支援のNPOを経営している)。

今回のベルリン訪問で知り合ったカンボジア出身の起業家は、難民としてドイツに入り、オーストリアで育ち、苦労をしながら「博士号」まで取得し、ベルリンで「医療系スタートアップ」を起業した非常に優秀な女性である。人間的にも、とても魅力的で、何か一緒に仕事をしたいと思わせる人だ。

Dr. Sophie Cung が手掛けている事業は、一人ひとりの患者にとって最適な医者や病院をマッチングするプラットフォームだ。

日本は国民皆保険が整備され、総合病院も開業医のクリニックもレベルが安定しており、医者や病院選びで、医療技術でも、費用面においても、極一部の例外を除き、大きな問題はないと言っていいだろう(但し、膨張し続ける医療費は大きな問題である)。

しかし、ドイツを含めた海外では、先進国であっても、総合的にリーズナブルな医療サービスを求めることは決して簡単ではない。イギリスの医療制度はお世辞にも良くできているとは言えないし、アメリカの医療費は非常に高額なのは既知のとおりである。それを受けて、ZocdocDoctor on Demand 等、医療系スタートアップが多数、存在している。

そのような「社会環境」を踏まえて彼女が起業した「Qunomedical」は、医療サービス版「食べログ」のようなサービスだ。しかし、人の命に関わるビジネスであり、信用がクリティカルに重要なことは言うまでもない。ローンチから約2年。試行錯誤を経て、年間売上規模で10億円を視野に入れるまでに成長している。グローバルでのポテンシャルな市場規模は「$10Trillion(約1,000兆円!)」である!

<youareberlin>

今回に限らず、ベルリンに来る度に、武田さんには大変お世話になっている。彼は、いわゆる「帰国子女」で、ドイツ語はネイティブであり、英語、日本と3ヶ国語を話す。本業は「通訳(大臣クラスの通訳もされている凄い人です!)」だが、数年前からスタートアップ関連の仕事もされている。Innovation Weekend Berlin 開催に際してもお世話になった。

ひと言で言うと彼は、博愛の精神の持ち主である。今回のMeetupも、わざわざアジアからベルリンまで来てくれている人たちに、少しでも有意義な時間を過ごして欲しいということで、Co-Working ならぬ、Co-Living Place のオープンスペースを貸し切り、10数名の起業家を招き、ライトニングトーク&Meetup を主催された。筆者は光栄にも、そのオープニング・プレゼンテーションを仰せつかり、例の調査結果の紹介を含めて、ベルリンと東京(日本)とのブリッジについて、私案を披瀝させていただいた。

※後ろ姿が、主催者挨拶をされる武田さん。APW Berlin の運営チームのOpeners CEO Caroline (武田さんの左に写っている金髪の女性), スタッフのEva (前面の左から2番目の金髪の女性)も参加していた。

※ライトニングトークする起業家。下は彼のプロダクト。

※こちらは、右端が、Goodpatch Germany TOP, Bolis。左から2番め目の女性は、彼の奥さん Erikoさん。Innovation Weekend Berlin がキッカケとなり、一時期、INFARMで働いていた。

<Boat Cruise>

ベルリン州政府が予算を投じていることもあってか、ベルリン市内を流れる「シュプレー川」を約90分間クルーズするレセプションも用意されていた。

ベルリンはインドネシアのジャカルタと姉妹都市契約を結んでいるらしく、APW Berlin には、インドネシアからの参加者の姿が多く見られた。写真は、クルーザー上で知り合ったインドネシア政府のスタートアップ新興政策の責任者やドイツ人とインドネシア人の両親を持つ人。ベルリンと自国の関係だけでなく、様々なネットワークを広がっていき、非常に素晴らしい機会だと感じた。

以上、読者の皆さんにとって、多少なりとも参考になれば幸いである。

平石郁生 シリアルアントレプレナー&スタートアップアクセラレーター(株式会社ドリームビジョン 代表取締役社長)